356話 「ラングラス一派の集い 後編」


「重要なのは、やはり金だろう。自分が住む場所ながら、たいして面白い場所でもないって自信を持って言えるくらいだ。となれば、あとは金しかない。今回だけの助っ人ってことにしても、かなりの額が必要になるだろうな。そんな金がどこにあるんだ?」



 ラングラスには金がない。売り上げも年々落ちてきているので、自分たちの組織を維持するだけでも精一杯だ。


 さらに腕利きを雇うとなると大金が必要だろう。とてもとても無理な話だ。


 それはイニジャーンもよく理解している。しているが、背に腹はかえられない。



「ラングラスの命運がかかっているんだ。そこは捻り出す」


「無い袖はどうあっても振れないぜ?」


「そこを出すんだよ。物件を売ってもいい」


「そうは言われてもな…身を切りすぎてしまったら体力が落ちる。ここを防いだとしても長期的には破産だ。結局負けになる」


「今負けても同じじゃねえか」


「苦しみが続くのもつらいぜ」


「つべこべ言わずに掻き集めろ! やるしかねえんだよ! 命張る時だろうが!」


「…ふぅ…わかったよ。だが、うちはギリギリだからな。用意できても億に届くかどうかだ。ストレアの姐さんはどうだい?」


「うちはいつだってギリギリだよ。儲かっていたらもっと羽振りがいいさ」


「ごもっとも。先生のところは…まあ、無理だわな」


「申し訳ありません。医師連合はあくまで医師の登録管理組織でしかありませんので、個々人に対して金銭的な強要はできません。どうかご了承ください」



 医者は儲かっているイメージがあるだろうが、スラウキン自身は金に頓着しない男であるし、グラス・ギース全体が儲かっていないので必然的に医師連合も金がない。


 また、医療方針に対しては強い権限を持っている反面、医者個人に対する強要はしないことが慣習となっている。


 医者が各組織と癒着していても、そこには干渉できないのだ。あくまで医療に関してのみ協力を求めることで医師連合としてまとまりを図っているわけだ。


 アンシュラオンは医者は儲かると言っていたが、命気を扱えるあの男が特別なだけである。


 ホワイトが出現してからは、ソイド商会だけではなく他の医者の利益も減っているのだ。



「俺は出せるだけ出す。全部売り払ってもいい」



 ソイドダディーは覚悟をもってそう述べる。


 が、それはイニジャーンが止める。



「お前のところは本家筋のガキがいるんだ。そいつらを養うことも責任だ。無理はするな。言い出したのは俺だ。五億は用意する」


「オジキ、やはり限界じゃないか? 今は出せても続かないぜ」


「オヤジが寝ている間にラングラスを潰すってのか? そいつだけは許されないぜ! 絶対にだ! 俺らは死ぬまでオヤジに忠義を尽くすんだ。それが盃ってもんだだろうが!」


「それはわかっちゃいるが…」



 盃を酌み交わす時は、互いの血を一滴ずつ入れる。


 仮に本物の血縁関係ではなくとも、血を飲めば同じ一族になるのだ。


 あくまで形式的なものだが神聖な儀式であり、恩義に報いるために死ぬまで尽くすべき、というのが筋者として生きてきたイニジャーンの矜持である。


 古臭い考えではあるが、それはそれなりに美徳だろう。


 金や物ですぐに裏切る者たちには絶対に到達できない絆の世界だ。自分たちの組織、ファミリーを守るという覚悟が表れている。



 そして、覚悟を示した者たちを見たムーバが、そっと口を開く。





「金なら―――ある」





 突然の言葉に全員の視線が彼に集中した。


 まさかムーバがそんなことを言うとは思っていなかったのだろう。


 数秒間、沈黙が続いた。



「親父さん、どういうことなんです?」



 硬直から復帰したモゴナオンガが、ムーバに確認を取る。


 こういうとき比較的若い者の動きは素早い。


 ちなみにソイドダディーだけではなく、他の面子も彼のことを「親父さん」、ツーバを「オヤジ」と呼び分けている。



「金はあるんだ。最高級の腕利きを雇えるくらいの、な」


「オヤジの隠し財産ですか?」



 ラングラス一派の組織が稼いだ金は、半分を本家に上納する仕組みとなっている。


 本家はそれを体制維持のために使用するわけだが、多少の余剰は出るだろう。それをプールして隠し財産とすることはよくある話だ。


 むしろ隠し財産くらいないと、いざというときに困るだろう。


 それを知っているモゴナオンガが期待の眼差しで見つめる。


 しかし、ムーバは首を横に振った。



「そんなものはない。父さんは慎ましい人だから、金はすべて組織運営に回していた。自分が代理をすることになってからも、他の派閥の介入を防ぐための根回しに使っている。余剰金などはないのだ」


「じゃあ、その金ってのは?」



 本家の金でないのならば、どこの金なのか。


 金が勝手に湧き出るわけがないので、必ずどこかで入手したものだろう。



 ならばそれは―――






「金の出所は―――『キブカ商会』だ」







「キブカ商会…ソブカですか?」


「ああ、今日は出席していないが、こうなることを予期していたのだろう。金だけは事前に送ってきたよ。宝石類を含めて五十億以上はある」


「五十!! …簡単に出せる額じゃない。さすがソブカだ。儲けているな。しかし、どうしてすぐに言ってくれなかったんですか?」


「ソブカから『どうしても足りない時に使ってくれ』と条件が出ていたのだ。だから皆の意見が終わるのを待っていた」


「ちっ、気に入らねぇ。金だけ出せばいいと思っていやがる。しかも兄貴に条件だと!! 何様のつもりだ、あいつは!! 素直にさっさと渡せばいいものを、いちいちかんに障ることをしやがる!!」


「オジキ、そこは認めてやろうぜ。これで軍資金が出来た。十分な貢献だろう? 生意気なのはいつものことじゃないか。それよりは金だ」


「お前までそんなことを言うのか!」


「でも、これで少しは助かる。可能性が出てきたじゃないか。なぁ、そうだろう? これがあいつの愛情表現なんだよ。受け取ってやろうぜ」


「ふんっ…あの野郎、人を試すようなことをしやがって…そういうところがイラつくんだよ」



 ソブカが送ってきた金は、五十億という大金である。


 日本で運用すると考えた場合は、約二百五十億円くらいの価値に相当するので、一つの組が一つの作戦を動かす金としてはかなりのものだ。


 それだけならばソブカの優秀さを表すものとなるのだが、それで終わらないのが皮肉屋のソブカという男である。




 彼は―――他の組長を試した。




 ラングラスが窮地に陥った際、その者がどれだけ身を削って尽くせるかを試したのだ。


 人間の本質が見えるのは、本当に逃げ出したくなるほど厳しい状況でのみである。


 何の圧力もない平時に笑っていることは誰でもできるが、いざ危険な時に自己を犠牲にして、信じるもののために尽くすことは難しい。



 その覚悟、言い換えれば―――【ラングラス愛】を試したのだ。



 ラングラスになることに憧れ続けてきたソブカだからこその想いなのだが、それを知らない他の人間からすれば『イヤらしい挑発』に映るわけだ。



「ところで、それはいつ送られてきたのですか?」



 ふと疑問に思ったストレアが訊ねる。


 この会議の招集は今日の朝方に出た。それから金を出すこともできるだろうが、それならば会議に出席していてもいいはずだと思ったからだ。


 そのストレアの考えは正しい。


 なぜならばこの金が届いたのは―――



「四大会議の前だ。その時には届いていた」


「それはまた…! あの坊やもすごいものだね。こうなることを予期していたってことだ」



 ソブカの才覚は誰もが認めるところだが、会議の前にすでに想定しているとなると驚愕するしかない。


 ただし、これもソブカ側の視点からすれば当然のことである。


 アンシュラオンが行動する前から結託しているのだ。制裁の流れは最初からわかっていたことだ。


 四大会議の内容もグラス・ギースの闇をよく知っている彼からすれば、読み解くのは難しくないはずである。


 戦獣乙女が負ければ、次はマングラスが動き出す。そこにラングラスが危機的状況になる。


 すべては予定通りなのだ。




「ソブカのやつのことはいい。金が手に入ったことは認める。あとは肝心の傭兵だが…」


「本職の『殺し屋』じゃないと無理だ」



 イニジャーンの言葉に、ここは武闘派筆頭であるソイドダディーが助言をする。


 武人のことならば彼が一番詳しいので、誰もが素直に耳を傾ける。



「殺し屋ってのは…戦罪者とは違うのか? ホワイト商会の構成員は全員が戦罪者だって聞くぜ」


「戦罪者全員が殺し屋じゃない。単純に凶悪な犯罪者ってだけだ。それに戦罪者に対して戦罪者を当てる方法は、ハングラスがすでに試した。だが、負けた。その理由は簡単だ。ホワイトが強すぎるからだ」


「お前よりもか?」


「当然だ。戦獣乙女でも勝てない相手だ。俺が勝てるわけがない。そこを認めない限り、ここから先の議論は無駄になる。…俺が言った殺し屋ってのは『武人殺し』の連中さ」


「武人殺し?」


「強い武人を専門で殺す殺し屋のことだ」


「ハングラスもそういった連中を雇ったんじゃないのか?」


「たしかに腕利きを雇ったという情報だった。しかし、一般人を殺しの対象にしているような輩じゃ駄目だ。強い武人だけを専門に殺して回っているような本物の武人殺しじゃないと太刀打ちできねぇ」


「なるほどな。ならそいつらを…」


「それだけでも無理だ。ホワイトには勝てない。まともにぶつかるだけじゃ勝ち目は薄い」


「おいおい、どういうことだ。そいつらならやれるんじゃねえのか?」


「あくまで少しはまし、ってだけだ。それ以上の連中を俺は知らない。少しは役立てばいいと思っただけだ」


「そこまで強ぇのか?」


「当人も腕が立つうえに、その周りの連中を癒しちまうらしい。ビッグがそう言っていたし、第一警備商隊の生き残り連中も同じ証言をしている」


「なんだその化け物はよ。そんなやつに勝ち目なんかあるのか?」


「世の中に不死身なんてものはない。攻め続ければ、いつかは尽きるさ」



 そう言いながら、ダディーは無意識のうちに自分の胸に手を当てる。


 死にながらも生きているが、不死身でも不老不死でもない。ただ屍がかろうじて動いているだけだ。


 だからこそ、この世に絶対の無敵は存在しないことがわかるのだ。



「そいつらを捨て駒にしてでも削るしかないってことだ。だが、それでも闇雲に正面から相手をするべきじゃねえ。最低でもやつと戦罪者たちを切り離して各個撃破するべきだ」


「ホワイトは今、外に出ているんだろう? 今が最大のチャンスだが…肝心の兵がいないってことか。間が悪いな」


「そうでもない。俺たちにだって時間ができたことはプラス材料だろう。戦罪者をいくら殺してもホワイトのやつは痛くも痒くもねえんだ。頭を潰す方法を考えることも重要だ」


「やれやれ、これだから武人ってやつはよ…理不尽だなぁ」



 葉巻に火をつけながらイニジャーンが椅子に深く座る。


 長年この世界にいるので、その貫禄はたいしたものだ。ただし今は、その額にいくつものシワが寄っている。


 ラングラスは生粋の武闘派ではない。単純な戦力強化だけではハングラスの二の舞どころか、劣化版にしかならないだろう。



「思い出したんだけど、DBDの連中は使えないのかい?」



 ストレアが、ガンプドルフたちのことを思い出す。


 名前しか知らないが、名前が東大陸に知られていることだけでもすごいことだ。


 DBDの魔剣使いならば勝てる。素人ならば、そう思うのも無理はない。


 だが、問題はそれ以前の段階で頓挫している。



「セイリュウが言うには、領主はDBDの参加を認めないはずだとよ」


「なんでさ?」


「よそもんに鎮圧を頼めるわけがねぇ。そんなことをすれば領主自身で自分に統治能力がないって認めているようなもんだ。なめられるし、足元を見られる。あの領主がそんなことをするわけがねえだろう。政治的にも良くはない」


「こんなときまで面子かい?」


「こんなときだからこそ、だ」



 これはあくまでグラス・ギース内部の揉め事である。


 そんなことにまでDBDの力を借りれば、最悪は乗っ取りを促す結果になるかもしれない。


 そうなれば、より危険で厄介な問題がさらに浮上することになる。


 ここは是が非でもグラス・ギース内部の勢力だけで解決しなければならないのだ。だからマングラスも堂々と出てきている。



「じゃあ、どうするのよ?」


「それを考えているんだろうが」





 そうこう言い合っている間に、時間ばかりが経過していく。




 弱ったラングラスには対抗策は何一つなかった。


 結局のところアンシュラオンがいる限りはどうにもならないのだ。そこで詰んでしまう。



 イニジャーンの吸った葉巻の本数が三本に達し、このままマングラスに呑まれるしかないと思っていた時―――





「ホワイト医師の件ですが、もしかしたら無力化できるかもしれません」





 スラウキンが沈黙を破った。



「…なに? 本当か?」



 その言葉にイニジャーンが勢いよく反応する。


 驚きで葉巻が手から落ちそうになったくらいなので、よほどの食いつきである。



「ええ、あまり使いたくはない手段なのですが…」


「先生よ、そんなことを言っている場合じゃないだろう。打開策があるなら教えてくれ」


「そうだ。あんたもラングラスの組織に入っているんだ。うちらと医師連合は一蓮托生だぜ」



 モゴナオンガもスラウキンを促す。


 医師連合はある意味で独立した組織ではあるが、医療品を取り扱うラングラスとは切っても切れない間柄である。


 ラングラスの弱体化は、結果的に医師連合に大きな影響を与えるのだ。


 上位組織の組長二人にそう言われれば、スラウキンも覚悟を決めるしかないだろう。


 といっても、彼が提案した内容は極めてシンプルなものだった。



「では、お話しいたしましょう。まず状況を整理いたしますが、衛士隊が動いたきっかけになったのは、ベルロアナ様が麻薬を摂取したことが原因です。あくまできっかけにすぎませんが、それによってディングラスがラングラスに対して示威行動に出たのですから、極めて重要な問題です」


「たしかホワイトが麻薬を渡したんだよな? それでつながりがあったソイドに矛先が向いたってことだ」


「ですから―――【衛士隊にホワイト医師を拘束してもらう】のが一番だと思います」


「拘束? 衛士隊がか?」


「はい。医師連合は彼を医者とは認めておりません。正式な登録もされておりませんので、まず医療行為自体が違法です。また、麻薬の違法取引も当然ながら違法です。拘束するには十分な理由となります」


「おいおい先生、いまさらか? そんなことで逮捕できたら苦労はないだろう。相手は戦争を吹っかけてきているんだ。暴力で反抗されるに決まっている。マングラスの査察だって無視し続けているんだぜ。頼りない衛士隊じゃ無理だろう」


「普通にやれば難しいでしょう。ですが、私が得た情報ですと、領主はホワイト医師の助手であるシャイナ・リンカーネンさんを捕縛したようです」


「誰だ? そいつは?」


「今言ったように、ホワイト医師の助手であり麻薬の売人をやっていた女性です」


「売人…? まさかそいつも関わっていたのか?」


「そのあたりは不明ですが、それはさして問題ではありません。違法行為で拘束していることが重要です。彼女はホワイト医師と浅からぬ関係にあります。そこでその売人の女性、シャイナさんを人質に取るのです」


「人質…か。悪くはない。…が、それが通じる相手なのか? とてもそんな連中には見えないぜ。人の命なんて、なんとも思っていないようなやつらだろう。いまさら一人の女を人質に取ったところで動じるとは思えねぇが…」


「たしかにその可能性はあります。彼が見捨てれば終わる話です。しかし、私がじかに彼と出会った印象を述べますと、ホワイト医師は自分の大切なものを最優先にする人物です。また、極度の女性好きでもあります。場合によっては効果的な手段になるかもしれません」


「自分の女を守るために…か。乗ってくるか?」


「もう一つ重要なことが、これは【ディングラスが主導する】という点です。仮に失敗してもよいのですよ。そうなればむしろ好都合なのではないでしょうか。都市の最高責任者たる領主に逆らってくれれば、ディングラスは面子を保つために全力で向かわねばならなくなります。そうなれば積極的にディングラスを巻き込むことができるのです」



 今まで領主は中立の立場であった。ホワイト商会への干渉も他のマフィア連中に配慮して中途半端な状態である。


 しかし今回は、初めて明確な敵意をもって臨むことになる。それだけの理由があるからだ。


 そこでホワイト商会がどういう対応をするかで状況は変化するが、成功すればホワイトの分断につながり、失敗しても本来は中立であるディングラスを制裁に引きずり出すことができるようになる。


 マングラスの思惑を多少軽減させる、という意味合いでも悪くない手である。何よりもラングラスにデメリットがないのだ。



「やることがあるとすれば、医師連合として証明書類を作るくらいのことです。それくらいならば、すぐにでもご用意いたしましょう。それ以外にラングラスにデメリットはありません」


「なるほど。そう考えれば悪くはないか」


「あくまで小手先の策です。私にできる貢献は、これが精一杯です。本命は、やはり皆様方のほうでしょう」


「いや、十分だ。それだけやってくれれば助かる」



 スラウキンがラングラスに協力的な態度を示したことで、イニジャーンの気分も少しは良くなる。


 駄目でもともと。やらないよりはまし。今は打てる手は何でも打つべきだろう。



「考えてもしょうがねえことはある。俺たちは俺たちのできることをするぞ。ソイド、その殺し屋連中ってのはどこにいる? お前なら知ってんだろう?」


「ああ、昔ちょっと関わったことがある。まだやっているかわからねえが連絡はつけてみるさ」


「急げよ。あまり時間はないぞ」


「わかっている。こっちだって息子の命がかかってんだ。本気でやるさ」


「兄貴、そういうことになりましたが、進めていいでしょうか?」


「ああ、任せるよ。こちらは父さんの世話で手一杯だからな。頼むよ」


「はい。任せてください。ラングラスをなんとしても守ってみせます」




 こうしてラングラス側も動き出すのであった。




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