355話 「ラングラス一派の集い 中編」


「それでその後、ディングラスとはどうなったんだい? これ以上他の派閥と揉めて、嫌がらせが増えるのは勘弁願いたいね」



 ずっと気になっていたのだろう。ストレアが頃合を見計らって話を振る。


 ソイドファミリーがホワイトとつながっている、という話が出た際、他派閥から嫌がらせを受けたのは当人たちだけではない。


 同じラングラス一派の組織にも被害が出ているのだ。


 ストレアのリレア商会は女性用品を扱う手前、さほど大きな嫌がらせはなかったようだが、店先にゴミ(動物の臓物など)を撒き散らす程度のことはされている。


 ここで衛士隊まで敵になったら、この都市で商売をすること自体が難しくなるだろう。商売をする身としては迷惑この上ない話だ。



「ディングラスにはマングラス側が話をつけているはずだ」


「結局、マングラスに貸しを作ったってわけだね。タダより高いものはない。そのうち倍以上の損失になるよ」


「しょうがねえ。オヤジが動けるならともかく、今の状況じゃ俺らに交渉材料がねえ。せめて領主の嫁の病気が好転すればいいんだが…」


「申し訳ありません。そちらは今のところ進展はありません」



 イニジャーンがスラウキンを見るが、彼は静かに首を横に振るだけだ。


 もしキャロアニーセの病気をラングラスが治せていれば、今回の一件は起こらなかったに違いない。


 いくら領主とて、愛する妻を助けてくれた相手を攻撃などしないだろう。少なくとも武力行使はしなかったはずだ。


 そういったところも含めて、ラングラスの評価が下がっていた面は否めないだろう。アニルからすれば役立たずに見えるのかもしれない。



「兄貴、オヤジの調子はどうなんですかい?」


「父さんは…まだ動ける状態じゃない」


「…そうですかい。というわけだ。これが俺らの現状だ。貸しを作っても今は騒動を収めるほうが先ってことだ」


「騒動騒動って、全部ソイドのところから始まっているじゃないのさ。うちらはいい迷惑だよ」


「ソイドを庇うつもりはないが、その言い草はねえだろう。お前のところだって組織の一部には違いないんだぜ。ちったぁ真面目に考えろや」


「切った張ったは、そっちの領分だろう? うちはあくまで経済組さ」


「経済組って言うほどの売り上げもねえだろうによ」


「っ! てめぇ、言ってくれるじゃねえか、このやろう! ぶっ刺されてぇのか!! 顔の傷を増やしてやるよ!!」



 しゃきんっ


 イニジャーンの何気ない言葉にストレアがドスを取り出し―――机にぶっ刺す。


 非常に切れ味の良いドスは、およそ十センチ程度、机に突き刺さった。


 いくら刃物だろうが、それなりに硬い木製の机に刺すのは、一般人にはなかなかにして難しいものだ。


 彼女がドスを使い慣れていることがわかる。


 その勇ましい様子をイニジャーンが笑う。



「なにが経済組だ。お前のほうが、よほど斬った張ったが似合っているぜ。そういや前に、お前のところの女に手を出したうちの組の若いやつが刺されたな」


「ガキが色気づくからさ。半殺しで勘弁してやっただろう。感謝しな」



 そのドスの利いた声は、さながら『極道の女』である。


 女性が裏社会で生きることは思った以上に大変だ。その中で生き残ってきたのだから、ストレアがただの女であるわけがない。


 前にイイシ商会の若い衆がリレア商会の女性構成員手を出そうとした時にも、しっかりとケジメをつけさせている。(リレア商会の構成員は、リンダのようにストレアが助けた女性がそのまま組員になるので大半が女性である)


 脅しではなく実際に刺す覚悟がないと渡り合っていけない世界だ。迫力があるのも当然だろう。


 ちなみにドスを持ちながらドスを利いた声を出したわけだが、特段駄洒落でも何でもないので注意が必要だ。


 今ここでそんなツッコミをしたら絶対に刺されるに違いない。



「うちらは女を守るために身体張ってんだ! あんたら男がだらしないから女が生きづらくなってんだろうが! 言葉には気をつけな!」


「まあまあ、姐さん。オジキも悪気があったわけじゃない。許してやってくれよ」



 モゴナオンガが手慣れた様子で仲裁に入る。


 序列第三位という真ん中のポジションは、こういうときに効果を発揮するものだ。


 彼自身もツーバの血の流れにないので言葉に中立性が宿るわけだ。それによって調和を図ることができる。


 彼がそれなりに組織で慕われているのは、こういった役回りをするからだ。



「ふんっ、悪気がないから問題なんだろうさ。で、どうするんだい? 今言ったように、うちは混乱は避けたいんだ。やるならさっさとやっておくれよ。それで終わりにすればいいさ」



 おそらくストレアの意見こそが、直接被害を受けていない組の本音だろう。


 多少のいざこざはあれど穏やかな生活を続けられてきたのだ。


 ソブカのように急激な進化を求めない人間にとっては、できるだけ長く静かに暮らすことが幸せである。


 それが『緩慢な死』だとしても、彼らが求めるのは平穏なのだ。


 マフィアがそう思うのも不思議に感じられるが、マフィアかどうかは商売上の役割の違いにすぎず、構成員の多くは普通の人間なのである。




「オジキ、マングラスの件、どう考える?」


「やつらが外に出る時は文字通り血の雨が降る時だ。またこんな時勢になっちまったってことだよ。ホワイトはやりすぎた。俺たちには止められない」


「受けるのか?」


「最初から選択肢なんてないのさ。マングラスとは力の差がありすぎる。歯止めだったはずのジングラスが機能しない以上、ハングラスもマングラスに組するしかなくなるはずだ。この段階でアウトだが、さらに領主のディングラスもマングラス側に立つだろう」


「…三対一、か。考えるまでもない。うちらも乗るしかないな」


「そういうことだ。…が、しかしだ!」



 ドンッ


 イニジャーンが机を叩く。



「このままホイホイとマングラスの手を借りたら、それこそラングラスの意味がなくなっちまう。役割が果たせねえ」


「役割? 何のだ?」


「モゴナオンガよ、うちらラングラスはな、マングラスを止めるために存在しているんだよ。やつらが暴走しないように見張る使命がある」


「そいつは初耳だが…そんなことは不可能だろう? あいつらの数は相当なもんだ。うちらじゃ、どうあがいても無理だ」


「だから今は異常な状況なんだよ。このままじゃ溢れかえった水で都市内が押し潰されちまう。こんな城塞都市で洪水が起きたら全員が溺死だぜ」



 マングラスは水を司る。他方、ラングラスは火を司る。


 属性理論でいえば両者は反発する存在であり、互いに監視するという役割を背負っていると考えることができる。


 現在では到底考えられないが、昔の力あるラングラスはマングラスと均衡を保っていたのかもしれない。


 人と医療は密接に関係している。互いが互いを支えあいながら、医者としての信頼を勝ち取ることで人々の暴走を防いでいたと思われる。


 逆にマングラスも薬師が暴走しないように圧力をかける役割があるのだろう。そうして両者は対等に並び立ってきたのだ。


 また、この理論ならば、風のジングラスと雷のハングラスも同じような関係にあるといえるだろう。


 ジングラスが食糧という人間にとって一番重要な物資を担当し、ハングラスがそれ以外の物資を担当しているのも、こうしたことが理由となっている。



 だが今、ジングラスという風がやんだ。



 その代わりに吹き荒れたホワイトという乱気流にグラス・マンサーが翻弄されている。


 バランスが大きく崩れ、すべてが濁った水に飲み込まれようとしている。


 本来ならば水の氾濫を阻止する役割を持つ火は細り、あまりに弱くなってしまった。このままでは簡単に消されてしまうに違いない。


 しかし、それを黙って見ているわけにはいかない。



「ソイドよ、セイリュウのやつは、兵はマングラスが出すって言ったんだな?」


「ああ、好きな人材を要望しろって話だ。やたらと強気だぜ。セイリュウ自身もそれに含まれているらしい」


「あからさまな罠を仕掛けるじゃねえか。その手に乗るわけにはいかねえ。あくまでうちが前を張るってんなら、やつらの手を借りるのは最小限にしないとまずい。少なくともセイリュウの手は借りたくねえ」


「それはわかっている。だが、今の俺は…悪いが戦力にはならない。こんなときに出られないなんて最低だ。自分自身に苛立つぜ!」


「お前だけの責任じゃねえ。うちらが武力に関してテコ入れを怠ったことも要因だ。いつの間にか負け犬根性が染み付いちまったようだな。なさけねぇのは俺らも同じだ。しかし、だからといって簡単にマングラスに従うわけにはいかねえんだ」


「だがオジキ、うちらにこれ以上の戦力強化は不可能だ。できたらやっているさ」



 モゴナオンガの言葉も、もっともである。


 都市に入ってくる人材はすべてマングラスが管理している。どこかに務めようとすればハローワークの労働許可証があってもマングラスの調査が入るのだ。


 もちろん当人の意思があればどこに雇われようが自由であるも、実質的にはマングラスがある程度操作している現実がある。


 特定の組織が一定以上強くなりすぎないように、自分たちより強くならないようにしているわけだ。


 それを考えると、ソイドダディーやアーブスラットのような流れ者は稀有な例ともいえるだろう。


 これだけ強くて他派閥に入れるとなると、そこには運命的な出会いが必要となるからだ。


 いや、もしかしたら、それも含めてマングラスが調整している可能性がある。それほどマングラスの力は強いのだ。



 そのような事情があるので都市内部で戦力強化は非常に難しい。何よりも人材がいない。


 いるとしても、サリータやベ・ヴェルのような下位の傭兵くらいだろう。


 しかし、サリータを手に入れたアンシュラオンの苦労を見ていると、その程度の者たちならばいてもいなくても変わらない、というのが実情である。


 強い武人というのは、それだけ貴重な存在なのだ。アンシュラオンがプライリーラに目を付けられたのも頷ける話である。



 では、どうするか。



 これを打開する唯一の方法がある。



「決まっている。都市内部の人材がほとんどマングラスに牛耳られている以上、【外から雇う】しかねえ」



 それは、外から人材を引っ張ってくる、という単純なもの。


 ソブカが腕利きの傭兵を外で雇ったように、当たり前だがマングラスの息がかかっていない人材を連れてくるのだ。



「外の傭兵か。たしかにそれしかないが…そんなんで面子が立つのか?」


「マングラスの連中だって同じだろうが。外から人材を仕入れているのと同じだ。そこを言い出したらきりがねえ。重要なことは戦力を手にすることさ」


「なるほどな。オジキの提案も一理ある。必要なものは外から持ってくればいい。たしかハングラスもそうやって自衛団を作ったはずだ。だが、言うまでもないが二つの問題があるぜ。一つは、そんな連中をどこで雇うのかということ。もう一つは、その金をどうするかってことだ」



 モゴナオンガが極めて当然の問題を提示する。


 外から人材を持ってくる方法が気軽に使えるのならば、マングラスはここまで大きくはならなかっただろう。


 マングラスが吸収するのは基本的に、自らの意思でグラス・ギースにやってきた者たちだ。


 彼らは行き場所がなく、ここで生活するしかないからこそ本気で仕事を欲する。


 それを斡旋して面倒をみてやることで恩を売り、少しずつ組織内部に入れていくのだ。



 では、外から呼ぶ場合はどうだろうか。


 グラス・ギースは最北端の都市であり、お世辞にも栄えている場所とはいえない。文化レベルも高くはない。


 周囲も魔獣だらけで危険も多く、住んでいてもあまり面白い場所でもない。


 そこにわざわざ人材を引っ張ってくるというのは、なかなか難しい話だ。


 簡単にいえば、都会から田舎の町に能力のある若い者を呼ぶようなものである。


 多くの者が都会を選ぶ傾向にあるので、田舎はどうしても過疎化が進んでしまう。それを打開しようにも「売り」がないといけない。


 そのために町興しをする元気もないし、接待が持続するわけでもない。呼ぶことはできても定着せずに戻っていってしまう。


 それ以外の方法とすれば、ソブカがやったように大金を支払うという手段もあるが、そんな金があったら最初から苦労しない。



 こうしてマングラス一強時代が到来した、というわけだ。



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