354話 「ラングラス一派の集い 前編」


 上級街の東、上級住宅街の最東端には百坪はあろうかという、ひときわ大きな館がある。


 庭や他の施設まで含めれば二百坪(約660平方メートル)はあるだろうか。


 地理的には西門の正反対の場所にあたるので、城塞都市の最奥とも呼べる場所に館があることになる。



 ここは―――ラングラス本家の館。



 一応はツーバ・ラングラスの所在地となっているが、いろいろと身を隠すことも多いため、実際にはどれだけ利用しているかは不明である。


 それでもここがラングラスの城であることには変わらない。彼らにとっては、とても重要な場所である。


 他の派閥の館よりも安全な場所にあるのは、彼らが薬師の家系だからだ。


 傷ついた者たちを治療し、再度戦場に送り込むために、医者はできるだけ非戦闘地域にいなければならない。そうした配慮によって与えられた場所でもある。



 この夜、館には『六人の人間』が集まっていた。



 六人は全員が各組織を束ねる組長クラスで、ラングラス一派を構成する中核メンバーである。


 衛士隊が麻薬工場に突入したのが明け方前のことなので、その日のうちにメンバーが集まったことになる。それだけラングラスにとって重要な会議であることがうかがえた。




 では、メンバーを紹介しよう。



 まずは一人目。


 ラングラスの家長が座るべき椅子にいるのは、やや弱気な顔をした肥満体のムーバ・ラングラス。


 現当主である父親のツーバ・ラングラスが病に臥せっているため、代理としてラングラスのまとめ役を務めている男だ。


 彼がどんな人物であるかは、すでに四大会議で見た通りである。


 威厳とカリスマで皆を引っ張るリーダータイプの父親とは違い、細々とした調整を得意とする補佐役に向いている男だ。


 頼りなくともツーバがいない以上、ラングラスの最高責任者である。彼がいなければ始まらない。



 二人目はソイドファミリーの組長であるソイドダディー。


 彼の人柄も今までの言動を見ていれば、ある程度のことはわかるだろう。


 粗野に見えるがラングラスのことを第一に考えている男で、ムーバの娘を嫁にもらったことからラングラス直系筋に躍進した男だ。


 正確に言えばダディーは外から血を運んできただけであって、直系筋はマミーの子供であるビッグから数えるのだが、その実力はラングラスになくてはならないと言っても過言ではないだろう。


 彼がこの場にいるのも当然のことだ。



 次からは、今まで名前は出ていたが初めて登場するメンバーたちの紹介となる。



 三人目は、日に焼けた肌をした白髪のスーツの初老の男で、顔に大きな刀傷があるのが特徴である。


 ダディーほどではないが肩幅も広く、座っているだけで相当な威圧感がある。


 彼こそは大型医療機器を担当するイイシ商会の組長、イニジャーン。


 長年組織に尽くした功績から、ツーバの娘でありムーバの妹であるミバリを嫁にもらったことで、分家筋のトップに位置している男だ。


 分家筋とはいえ、イニジャーンはこの都市の生まれでもあるため、外部からやってきたソイドダディーよりは格上の扱いとなっているので、序列はソイドファミリーよりも上の『第二位』だ。


 当主のツーバにも信頼されており、ムーバがいないときは彼がまとめ役をやるほど影響力を持っている。



 四人目は、中年を過ぎて渋みが出てきた俳優のようにダンディーで、高級スーツを華麗に着こなしているオールバックの男。


 小型医療器具を担当するモゴナッツ商会の組長、モゴナオンガ。


 この男も分家筋に当たる者で、ツーバの血の流れにこそないが、その前の世代の直系筋に連なる家系であるため、序列はキブカ商会よりも上の『第三位』となっている。


 商売人としてもそれなりにやり手で、細々とした小型医療器具を扱いながらも、さりげなく他の商品まで便乗して手を出して売り上げを伸ばす狡猾さを持っている。


 気さくかつ面倒見の良い男のため、ラングラス内部の若い衆からは「兄貴」や「兄さん」と呼ばれて親しまれている。



 五人目が、日本の着物を彷彿とさせる桜色の民族風衣装を着た、五十歳くらいであろう中年の女性。


 紅一点の彼女は、女性用品を担当するリレア商会の女組長、ストレア。


 リレア商会はアンシュラオンがサナと買い物を楽しんだ一般街にも店を構えており、女性物の医薬品や生理用品などはもちろん、オムツやマタニティーウェアなども手がけている。


 彼女は直系でもなく分家筋というわけでもなく、序列もこの中では最下位という立場に甘んじているが、ラングラスは伝統的に女性物を扱う商会を組織内に組み込むため、その中で最大規模の組がリレア商会ということで幹部に数えられている。


 文化レベルが低い地域だと生きることに必死で、どうしても女性は後回しになる傾向にある。


 しかし、女性がいなければ子供が産めず、蔑ろにしていれば都市は疲弊していくばかりだ。女性を大切にしない社会に発展はない。


 薬師や助産師として妊婦と関わることも多いラングラスだからこそ、こうして女性のことも考えることができるのだ。


 そう思うとなかなかまともな組織に見えてくるし、実際リレア商会は女性の『駆け込み寺』としても有名だ。


 困った女性がいれば助ける。そうやって支持を伸ばしてきたからこそ、今の地位を確立できたのである。



 最後の六人目は、医師連合の代表たる理事長を務めるスラウキン。


 彼についてもすでに登場したので、あまり語ることはないだろう。相変わらず学者肌の医者として日々研究に勤しんでいる。





 こうしてラングラスの主要組織の長たちが、館に集まった。




 ここに集まった者たちこそが、ラングラス一派において最大の発言権を持つ幹部たちといえる。


 彼らによってラングラスの方向性が毎年決められているのだ。


 ただし、各組は多少連携しつつも普段は別々に動いているため、こうして臨時で各組長が一堂に会するなど、年に一度ある同派閥会合以外ではまずお目にかかれない珍事である。



 今この場では誰も口を開かず、しばしの沈黙が続いていた。



 すでにソイドダディーから話は伝わっているので、誰もが事の重大性を知っている。


 だからこそ言い出せない。言葉が出ない。


 普段はリードを取るタイプのモゴナオンガでさえ、今日は重苦しい雰囲気の中で沈黙を強いられている。


 たまにトレードマークのボーラーハット(トップが丸い形の帽子)をくるくる回す程度で、話を切り出す様子はない。


 ここで本来ならば司会役になるべきはずのムーバは、あまり気分が優れないのか、やや青い顔をしながら黙ったままだ。


 おそらく事の詳細を聞いて、プレッシャーに押し潰されそうになっているのだろう。自分のことで精一杯で話を切り出せる様子ではなさそうだ。



(…しょうがねえ。親父さんからしたら寝耳に水だからな。さすがに同情するぜ。こうなれば俺から動くしかないか)



 そんなムーバの状態を見たソイドダディーが、仕方なく動こうとする。


 事の発端となったのは自分たちなのだから、最初に話を切り出すのが筋というものだろう。



 そう思ってダディーが口を開こうとする前に―――イニジャーンがぼそっと呟いた。



「ソブカのガキは来ないのか?」



 よく通る低く野太い声が、静まり返った部屋に響く。


 ラングラスの中核を担ってきたに相応しい威厳と迫力が、その声音には滲んでいた。



「あのクソガキが。普段は偉そうに物を言いやがるくせに、こういうときにいないってのはどういう了見だ」



 イニジャーンが呟いたことにより、部屋の空気に流れが生まれた。


 それによってモゴナオンガも口を開く。



「たしかに。こんな重大な会議に遅れるってのは問題だな」


「なめてんだよ、あのガキは。人がムカつくことをあえてやって挑発してやがる。まあ、あんなガキなんぞいなくても問題はないがな」


「まあ、そう言うなよ、オジキ。あいつのおかげでうちらの財政も潤っているんだ。役に立つならいいだろう?」


「馬鹿野郎! この世界で一番重要なのは義理と筋だ! 金なんてもんは、そのあとからいくらでもついてくる! 最近のガキどもは、それがわかってねぇ!!」


「言い分はわかるが時代は変わったんじゃないのか。今はいくら筋を立てても金が物を言うしな」


「その結果が、このざまか。俺はあいつを認めないからな」


「やれやれ、オジキのソブカ嫌いは筋金入りだ。一応は親戚筋なんだからよ、もう少し可愛がってやれよ」


「だから腹立たしいんだろうが。あいつはラングラスの恥だ」



 イニジャーンは義理や筋道を大切にする『昔気質のヤクザ』である。


 その彼にとってみれば、いとも簡単に会議をすっぽかすソブカは嫌悪の対象だ。


 いや、それ以前からソブカは旧来の体制に強い敵意を向けていたので、イニジャーンに対しても皮肉をよく浴びせて挑発していたものだ。


 ソブカは地球で言うところのいわゆる『経済ヤクザ』と呼ばれる存在で、昔の流儀を無視して金さえ稼げればよい、という理屈で動いている。


 そんな両者が仲良くできるわけがない。水と油の関係である。



「兄貴、いないやつのことは無視していいですかい?」



 イニジャーンが隣にいたムーバに話しかける。


 この『兄貴』は、自分から見た組織内でのムーバの立場のことでもあるし、実際に嫁であるミバリの兄であるのでこう呼んでいる。



「あ、ああ…そうだな。ソブカは…いないのか。こんな大事な時にな……困ったやつだなぁ」



 いきなり話しかけられたムーバは、周りをきょろきょろしてソブカがいないことを確認する。


 あまりの緊張からか、いないことに気付かなかった可能性すらある。あれだけ目立つ男を見逃すとは、さすがムーバであろうか。




 そう、この場には―――ソブカがいない。




 彼は今、プライリーラの館を襲撃して待ち伏せを行っている最中である。ここに来られるわけがない。


 ソブカとしては、このタイミングで仕込みが発動するとは思っていなかったわけだが、そもそもラングラスの会合に出るつもりはなかっただろう。


 彼はすでに本気で動き出している。


 プライリーラたちへの苛烈な仕打ちを見てもわかるように、あらゆる犠牲を覚悟で突き進むつもりでいる。


 そんな彼がこの場に来てしまったら『興奮してしまって』、溢れ出る殺気を抑えることができなかっただろう。


 この段階で自分の野心を悟られるわけにはいかない。それならば最初から出ないことを選択したほうがいい。


 この程度ならば「またなめた真似しやがって!」で済むわけだ。


 むしろソブカがイニジャーンや古株連中に対して嫌味や皮肉を述べていたのは、こういうときのための『予防線』である。



 普段からそうしていれば怪しまれない。そういうやつだからと流される。



 彼が【下克上】を夢見た瞬間から、その結果を得るための道筋は作られていた。自分を殺し、偽って騙すことも含めて、全部を用意していたのだ。


 この場にいる者たちは、まさかソブカが反逆を企てているとは思っていないはずだ。反抗的だとは思っていても反逆するとまでは考えていない。


 この覚悟と認識の差が後々大きな違いを生み出すことになるが、それはまだ少し先のことである。





「ふぅふぅ…では、そろそろ始めようか…今日の議題はな…ふぅふぅ」


「兄貴、つらいようなら俺が代わりにやります。無理をしないでください」


「あ、ああ、そうか。じゃあ、イニジャーンに頼むとするかな」


「はい。わかりました」



 やたら汗を掻いているムーバを気遣ってイニジャーンが声をかける。


 こうして簡単に譲ってしまうあたり、イニジャーンとしてもいろいろと思うことはあるが、逆にラングラスの一大事をそんな状態のムーバに任せるわけにもいかないだろう。


 改めてイニジャーンが進行役として、今日の議題を提示する。



「マングラスの提案はお前たちも聞いたな? 時間がねえ。どうするか今晩中に決めるぞ」



 イニジャーンらしい実に単刀直入な物言いである。


 だが、あまりに直球すぎて、それに対しては誰も口を開けない。



「やるしかねぇ。俺はもう決めた」



 唯一、ソイドダディーを除いては。



「お前のところが発端になったんだ。そりゃそうだろうな」


「勘違いしてもらっちゃ困るが、うちはやつと取引はしたが、あくまで医者としてだ。組としては関わったつもりはねぇ。それは何度も通達したはずだ」


「だが、結果的にはこの有様だ」


「だから責任を取ると言っているだろう。四大会議の時はジングラスに邪魔をされたが、今回はうちらがケジメをつける」


「お前はいいが、あの話…ビッグのボウズがやると言い出したってのは本当なのか?」


「…ああ、事実だ」


「本当にいいのか? 危険だぞ?」


「あいつも男だ。覚悟を決めた以上はやらせてやるしかねえ」


「俺はべつにお前の息子の心配をしているわけじゃねえ。ラングラスの跡取りの心配をしているんだ。そこはわかってんのか?」


「重々理解している。逆にそうだからこそ、あいつが出る意味がある。あいつ自身もそれをわかって言っているんだろうよ」


「…そうか。あの鼻垂れボウズがな…。昔は泣いてばかりいやがったのによ」



 イニジャーンにしてもビッグは近い間柄の親戚である。


 心配していないというツンデレ発言もあったが、幼い頃から知っているし、それなりに可愛がってきたものだ。


 ソブカが嫌いでビッグを可愛がるのは不思議なものだが、『馬鹿な子ほど可愛い』というのはどの世界でも共通なのだろう。


 その馬鹿な子が本当に馬鹿なことを言い出したものだから、さすがのイニジャーンも驚きを隠しきれないようだ。



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