352話 「マングラスの提案 後編」


「このように五つの勢力はグラス・ギースの要として存在してきました。しかし、長い年月の間に多くの美徳は失われ、此度の一件でも大切なものが失われようとしております。それが私は…とても哀しいのです!」


「は、はぁ…なるほど…」


「ビッグさん!」


「は、はい」


「あなたは非常に見所がある若者だ。どうですか? 一緒に祈祷などをしてみませんか? そうそう、この数珠をつければさらに効果が倍増しますよ。おっと、これを忘れてはいけません。この聖なる水を祭壇に掲げればもっと我々は神と一体となり…」


「あ、あの…急いでますんで。すんません。そういうのは大丈夫です」



(やべぇ、こいつ! 危ないやつだ! こえーよ!!)



 セイリュウの発言が危ない。道端で遭遇する頭のおかしいエセ宗教人のようだ。


 なまじ相手が強いからこそ怖さ倍増となる。早く立ち去ってもらいたいものである。


 だが、この男も遊びや宗教の勧誘でここに来たわけではない。マングラス最強の男がわざわざ出向く意味があるから来たのだ。




 そして、ようやく本題に入る。




「申し訳ありません。少し脱線してしまいましたね。しかし、私たちが力を貸すという話は本当です。我々は共に力を合わせねばならないのです」


「待て、セイリュウ! てめぇ、いきなり何を言い出す! ホワイトに関してはジングラスの戦獣乙女がやるって話だろう! 俺たちは不干渉じゃ…」


「プライリーラ・ジングラス様は敗北なされました」


「―――なっ!! 戦獣乙女が…!? 本当なのか!?」


「はい。すでに確認いたしました。さすがに証拠を提示するのは難しいのですが、間違いなきことです。お疑いになられるのならば静かに待ってみればよろしいでしょう。そのうちホワイトだけが都市に戻ってくるはずです」


「アーブスラットはどうした!?」


「彼も負けたようです」


「あいつが…! 馬鹿な!!」


「驚くのも無理はありません。アーブスラットさんは相当な手練れ。単独の戦闘力ならばプライリーラ様すら凌駕する可能性のある武人です。ですが負けたのです。それが現実です。そして、時間によって事実が証明される事柄に対して、私が嘘をつく理由がありません。信頼を損ねるだけでしょう」


「…どうやって知った?」


「人の噂が隠せぬように、人の目を隠すこともできません。いつどこで誰が見ているかわからぬものです」


「………」



 マングラスは人を御する者たちだ。密偵だけではなく、数多くの一般人ともつながりがある。


 遠くで巨大な竜巻を見た者がいれば街での酒の肴になるだろうし、聞きつけた情報屋が詳細を買い取ってくれることもある。


 アンシュラオンもプライリーラを倒してからは、敵意のある者以外は無視しているので、そうした情報を持ち帰る商人や旅人もいるだろう。


 それらの情報を組み合わせれば極めて事実に近い情報を得ることは可能である。


 マングラスが嘘をつく理由もないので、この情報は確かなものだと思われた。


 ただ、あまりに早い。


 電話すら満足に存在しない地域で、しかもこれだけ離れた場所において昼間起こったことをすでに知っている。


 その情報力が何よりも怖ろしい。これが人を動かす者たちの実力なのだろうか。



 そしてもちろん、プライリーラとアーブスラットを倒したアンシュラオンが一番怖ろしい。



(プライリーラは若いが、実力は文句のつけようもない。アーブスラットもそうだ。間違いなく俺より上の武人だぜ。それをホワイトが…? 信じられねぇ…想像以上だ!)



 その情報にダディーも驚愕するしかない。


 戦獣乙女は、この都市の切り札のようなものだ。それが倒される意味は極めて大きい。


 もし自分が死ぬ覚悟でいっても、たとえ秘宝を使って挑んだとしても、肉体そのものをすべて粉々にされてしまえば本当に死亡確定だ。


 あるいはアーブスラットのように氷漬けにされてしまえば、そもそも生きていようが死んでいようが関係ない。


 ここでダディーは、アンシュラオンの危険度をさらに引き上げるしかなくなった。


 アンシュラオン側の視点から見れば気楽な人生だが、こうして反対側から見れば、これほど凶悪な存在はいないだろう。



 と、ここまで情報がそろえば、セイリュウがここにやってきた意味もおのずとわかるだろう。



「てめぇの情報が本当だとして、今の話はいったい何だ? どういうつもりだ?」


「簡単なことです。戦獣乙女が倒れた以上、話は四大会議での議題に戻ることになります」


「ホワイトへの制裁か」


「その通りです。そこでグマシカ様は【合同制裁】を提案なされました。私がここに来たのは、その御意思を伝えるためです」


「合同制裁? 一緒にやるってことか?」


「はい。すでに戦力を失ったジングラス以外の全派閥が、共に力を出して彼らを排除するということです」



 制裁自体が各派閥による共同作業なのだが、そこはやはり派閥それぞれの思惑がある。


 実際に制裁するにしても、もっとも利益を手にする者が主導してしかるべきだろう。


 たとえば地球の国連軍も、その議題を提示または支持した国が主に軍隊を派遣することになる。


 名目上は国連となっているが、実質は特定の国家の軍隊の派遣を認める口実になることがあるわけだ。


 それと同じようにグラス・ギースの制裁も主導する派閥が重要になる。



 マングラスが提示したのは、合同制裁。



 一見すれば「みんなで仲良くやろう」と言っているようなものだが、力関係が対等でない以上はどうやっても平等にはならない。


 結局はマングラスが多大な影響力を発揮するだろう。



(ちっ、セイリュウのやろう、念を押しにきやがったのか! このままだとマングラスが主軸になることを認めることになる! それだけはまずい!)



「セイリュウ、会議での俺の言葉を覚えているか? ジングラスの戦獣乙女だから譲ったが、やつは俺がやると言ったはずだ。これは俺たちラングラスの問題だ。お前たちが口を挟むんじゃねえよ!」


「ラングラスだけでやるとおっしゃるのですか?」


「当然だ。てめぇの尻はてめぇで拭くんだよ。それが俺らの生き方だ」


「ソイドさん、それが不可能であることは、ご自分が一番よく理解なされているはずですよ。今のあなたの身体では到底立ち向かうことは不可能です」


「そんなことを言っているんじゃねえ。ケジメの問題だ」


「…なるほど。組長としては実に見事なお覚悟です。しかしながら、事はグラス・ギース全体の問題に発展しております。本日起こった衛士隊との騒動も根幹は同じところにあるのではないでしょうか。マングラスとしても黙って見ているわけにはいかないのです」


「お前たちの好きにはさせねえ!」


「敵意はないと申し上げたはずですよ」


「それが信じられるほど俺たちは仲良くないからな」


「…そうですか。長い諍いの月日によって私たちは互いを信じられなくなってしまったのですね。まるで氷のように…哀しいことです」



 セイリュウの凍気の影響か、周囲には雪が降っていた。


 水さえ商品となるグラス・ギースにおいては、本来ならば希少な情緒溢れる光景なのだが、その冷たさは互いの心の温度を示してもいた。


 五つの家が利権を争うようになってから、互いに牽制しあい、潰し合うことが当たり前になっていったのだ。


 一度敵対の歴史が生まれてしまうと、その確執を取り除くことは容易ではない。


 ダディーの中にはマングラスに対する警戒感しかない。そんな状況で合同制裁などできるはずがないだろう。


 当然、それはセイリュウも予期していたことだ。



「この氷は簡単には解かせません。ですが、若い世代ならばどうでしょう」



 そう言って、セイリュウはビッグを見る。


 セイリュウのことも五英雄の成り立ちも、その意味さえ知らない若い者たちは浅慮であるが、一方でしがらみに縛られないという最大のメリットもある。



「過去の慣習に囚われない若者こそ、この先のグラス・ギースを支える貴重な人材です。マングラスはそうした者たちに援助を惜しみません」


「結局は、お前らの手先になれって言っているようなもんだろうが。認められるかよ」


「それがご心配ならば、我々は完全にバックアップに徹する、ということでいかがでしょう。あくまで主導はラングラスかつソイドファミリーが行ってもらう形となります。それならば面子は潰れません。ですが、ソイドさんの今の状態では到底戦うのは不可能なことです。誰か代わりに先頭に立つ人物が必要です」


「それでビッグ…か」



 ラングラスが主導して制裁を行うにしても、それを率いる人間が必要だ。


 本当は戦闘が得意なソイドダディーがやるべき立ち回りだが、現状では戦うことは不可能だ。


 となれば【代役】が必要となる。そこで選ばれたのがビッグだ。


 ダディーによく似ている彼ならば、たしかに旗印としては適任だろう。あくまで見た目は、であるが。



 だが、ここで最大の問題に直面する。



「お前もわかっているだろう。こいつはまだ力不足だ。息子に死ねなんて言うつもりはない。どうせ死ぬのならば俺が死ぬ。それが最期の花道だ」



 当然、実力の問題である。


 ダディーほどの実力があっても足りないのだから、ビッグなど何の役にも立たないだろう。



「あなたはまだラングラスに必要な人材です。ジングラスが倒れた今、我々はこれ以上のパワーバランスが崩れることを望んではおりません」


「なぜだ? そんなに力があるなら、お前たちが都市を牛耳ればいいだろうが」


「どうやらそこに誤解があるようですね。まず大前提として、五英雄の血筋を絶やすわけにはまいりません。その偉大なる血には多くの強い力が眠っています。失うには貴重すぎるものばかりです。そして、その健全な活性化と存続には、各派閥がそれぞれに自立している必要があるのです。飼われた家畜では堕落してしまうからです。あなたのように外から来た人間の血を受けても維持していかねばなりません」


「はっ、俺たちを家畜呼ばわりかよ。てめぇの性根がよくわかる言葉だぜ」


「それもまた事実なれば受け入れましょう。私は聖人君子ではありません。あくまでグマシカ様の右腕にすぎないのです」


「そんなやつに息子を任せることはできねえな」


「ソイドさん、可愛い子供には旅をさせよ、と申します。いつまでも牧場の中にいてばかりでは強くはなれません。荒野に出てこそ生物は強さを得るのです」


「…てめぇに言われるまでもねぇ。だが、あまりに力が違いすぎる。危険だ」


「男子三日会わざれば刮目して見よ、とも申します。親から見ればいつまでも子供なのでしょうが、なかなか気骨のある若者に見えます。化けるかもしれません」


「ふん、世辞なんて言われても気持ち悪いだけだ」



 と言いつつも、セイリュウの言い分にも理があることは認めねばならない。



(たしかにビッグに足りないのは実戦と勝負度胸だ。武人ってのは死線の数だけ強くなるもんだ。…俺はそういったことをこいつに教えてやれなかった。自分の可愛い息子を死地に追いやるなんて…俺にはできねぇからな)



 だが、そんな息子も少しばかりは強くなっている。


 ファテロナとの戦いをわずかの間だけでも生き延びたことには、正直驚いた。


 どこで経験したのかわからないが、いつの間にか息子は一回り大きくなっていたようだ。


 ビッグの成長線は、まだ伸び始めたばかり。これからもっと死線を潜り抜けることで強くなっていくだろう。


 ただし、それをセイリュウに任せるかどうかは話が別である。


 それ以前に勝ち目がなければ意味がない。死んだら成長も何もないのだ。



「お前たちに勝算はあるのか? 戦獣乙女でさえ駄目だったんだぞ。勝てるとは思えねぇ」


「今までの敗戦はすべて単独で挑んでいたからです。いくらプライリーラ様がお強くても、やはりジングラスだけでは無理なのです。ですが、我々が力を合わせれば勝てます」


「たいそうな自信だな」


「それだけグラス・ギースの底力を知っているのです。我々に眠っている力はこの程度ではありません。ただ、多くの者たちが協調を忘れてしまっただけなのです。それが一番嘆かわしいことです」


「具体的にどうするつもりだ?」


「戦力はマングラスが出しましょう。物資はハングラスが担当します。それを指揮するのは、あくまであなた方ラングラスです」


「話がうますぎる。俺たちだけ美味しいところをもらうじゃねえか。あとで見返りを要求されたら意味がない」


「すでに申し上げましたが、グマシカ様はグラス・ギースを愛しておられるのです。この都市が混乱に陥ることを一番懸念しておられる。そのためならば労力を惜しむようなことはいたしません」


「ふん、よく言うぜ。仮にそれが事実として、ディングラスはどうする? うちらは衛士隊と揉めたぞ。それをどう収める?」


「その件につきましては我々にお任せください。すでに領主城に使者を送っております」


「何から何まで準備万端だな」


「マングラスだけが楽をするわけにはまいりません。共に苦労を分かち合う姿こそ、本来の五英雄の姿ではないでしょうか」



 などと、こうしてセイリュウは「いい人ぶって」いるが、やはり所詮は化けの皮にすぎない。


 ダディーにはこの男の内面、どす黒い部分がよく見えていた。



(このやろう、全部予定通りってわけか!! うちらが揉めるのを待っていやがったな!)



 この発言で、マングラスが『このタイミング』を見計らっていたことが確定する。


 さすがにベルロアナのことまでは知らなかったかもしれないが、いつか衛士隊とラングラスとの間で致命的な決裂が起こることを予測していたはずだ。


 ホワイト商会が商店街でマキとも揉めたので、決裂の予兆を感じ取ることは誰にでもできるだろう。


 また、衛士隊の中にもマングラス側の人間が数多く紛れ込んでいるはずだ。


 上級衛士隊と外周組の軋轢を見てもわかるように、そこには大きな待遇の隔たりが存在する。


 そうした不満に付け込み、多額の賄賂を送ってマングラス側に引き込むのだ。


 ベルロアナが麻薬を受け取った事実も、もしかしたらすでに把握していた可能性もある。領主の性格を考えれば激怒することも容易に見抜けるだろう。



 どちらにせよ―――思惑通り。



 両者の対立が深まった時にグマシカが出てきて、すべてを取りまとめることで、必然的にマングラスの影響力はさらに増していくことになる。


 今回の制裁でラングラスを前面に出すとはいっても、結局はマングラスの力によって成されることには代わりがない。


 それは四大会議の流れのまま、何一つ変わっていないのだ。



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