351話 「マングラスの提案 前編」


(こいつが俺よりも昔からこの都市にいるってことだけは確かだ。だからあのことを知っていてもおかしくはないが…たったこれだけで気付くとは、最初から疑ってやがったな)



 セイリュウが黙って戦いを見ていたのは、もしかしたらダディーが秘宝を持っているかもしれないと当たりをつけていた可能性がある。


 そうでなければ、これだけの情報で秘宝を使ったかどうかの判断はできないだろう。


 そして何よりもセイリュウは『秘宝の中身』を知っていた。それが一番問題なのかもしれない。


 ジングラスは都市を守る都合上仕方ないにせよ、各派閥が互いに何を持っているか知らないからこそ牽制の意味がある。


 だが、情報が漏れていれば、その効果は薄まる。対策を練ることができるからだ。


 ラングラスの秘密を知るセイリュウに対して、ダディーはますます警戒を強くする。



(何が目的だ? 脅して秘宝を奪うつもりか? それともラングラスを乗っ取るつもりか? くっ、状況が悪すぎる! どうすりゃいい!)



 今は何をやってもセイリュウに太刀打ちできない状況だ。


 仮に逃げるにしても、このレベルの実力者が相手だと難しい。しかも今はビッグというお荷物までいる。


 弱った自分には見守ることしかできない。それが一番もどかしいものだ。




 そんなダディーの心配をよそに、セイリュウはビッグの前に到着すると、軽く上を見上げた。



「ソイドビッグさん、ですね?」


「お、おうっ…!」



 いきなり近寄って話しかけられたので、ビッグは一歩後ろに下がる。


 身長はビッグのほうが高くて体格も良いはずなのに、びびったかのように引いた体勢となった。


 なんともなさけないことであるが、相手がマングラス最強の武人だと知れば誰でもこうなるだろう。


 むしろ逃げ出さないことを褒めたいところだ。ただ、怯えてしまって足が動かないのが本音だろう。豚と龍とでは格が違うから、これまた仕方がないことだが。



「ビッグさん」



 次の瞬間、セイリュウは何を思ったのか―――ぎゅっとビッグの手を握る。


 あまりに自然にその行動を取ったので、ビッグはまったく反応できずに握手するような形となった。



「うぇっ!?」



 もちろん突然の握手にも驚いたわけだが、それ以上にビッグは手の感触に驚く。



 セイリュウの手は―――異様に冷たかった。



 氷に触れたかのようにひんやりしていたため、ビッグは反射的に手を引っ込めようとする。


 ぐいっ ぴたっ


 が、相手が強く握っているので放すことができない。


 というより、びくともしない。まるで岩に手がくっついたかのように動かないのだ。



(う、動か…ねぇ! ぬぐうううううっ!! ま、マジかよ! 全然動かねぇ!! こんな細身のやつが、なんてパワーだ!!)



 ビッグは身体中の血管が浮き上がるくらいの力を入れて引っ張っている。


 戦気を出していなくても、そこらの石ならば軽く握り潰せるくらいのパワーがある。


 その力をもってしても目の前の優男はまったく動かない。ただただ静かに手を握っているだけだ。


 かといって意図的に強く握り返しているわけでもない。


 この違いがわかるだろうか。



―――【気付いていない】



 のだ。


 セイリュウはビッグが力を入れていることに気付かない。


 これほどの武人に洞察力がないとは思えないので、気付かないことなどないとは思うのだが、本気で気付いていないようだ。



 それはつまり―――感じないほど弱いから。



 人間が小さな昆虫の足をつまんだとき、あまりの力の差にもがいていることに気付かない状況に似ている。


 人間側としては非常に優しく握っているのだが、極小の虫からしてみれば万力で絞められているような圧力を感じるだろう。


 ビッグとセイリュウの間には、それだけの差があるということだ。


 この現象は、『誰かさん』を強烈に彷彿とさせる。



(ば、化け物か、こいつ! こ、この感じ…人間離れしたこの感覚は……ほ、ホワイト!? そ、そうだ! こいつは…あいつに似ている!)



 脳裏に浮かぶのは、あんなに小さいのに化け物のように強いアンシュラオンのことだ。


 あの男もまるで強そうには見えないのに、実際はとんでもない怪物である。


 アンシュラオンとセイリュウの外見はまったく似ていないのだが、なんとなく【内面】が似ているような気がしたのだ。



 性格とかではなく、その【本質】が、だ。



 その奥底に秘められた強烈なパワー、感情、圧力、人間とは思えない存在感。


 こうしたものは簡単に出るものではない。選ばれた者だけが発するものだ。



 セイリュウは―――狩る側の人間。



 アンシュラオンと同じく喰らう側の存在なのだ。


 こればかりは仕方がない。存在そのものが違うのだから受け入れるしかない。


 それに気付き、ぶわっとビッグの身体中から大量の汗が滲む。その姿は捕食者を前にした獲物であった。



 しかしながら、そんなビッグを完全に無視して、セイリュウは【歓喜の表情】を浮かべる。



「いやぁ、ビッグさん、私は感動いたしました!」


「はへっ!? か、感動? 何に!?」



 喰われるかと思って硬直していたビッグに対し、セイリュウは満面の笑顔だった。しかも声まで多少弾んでいるようだ。


 そのギャップにビッグの頭が混乱する。



「まだお若いのにたいしたものです。さきほどのお言葉、しかと拝聴いたしましたよ」


「こ、言葉? 何か言ったっけ? え?」


「またまた、ご謙遜を。あなたはこうおっしゃった。『ホワイトは俺が殺す』と。実に勇敢で雄々しいお言葉です。いやぁ、素晴らしいことです。最近の若い者はどうにも奥手だと思っていたのですが、ソイド商会さんは頼りになる跡取りをお育てになられましたね」


「うえぇえっ―――!!??!!?! あ、あれはその!! ち、ちがっ…」


「おや、聞き間違いでしたか? 私もかなりの歳になりますが、まだ耳は詰まっていないという自負があります。…おっしゃいましたよね?」


「あっ…え……言い………ました。調子に乗って言っちゃいました」



 まったくである。何度思い返しても調子に乗りすぎだ。


 ダディーが死んだと思ったので逆上し、その勢いでのことではあるのだが、今思えばとんでもないことを言ったものだ。


 しかも自分が独りの時に怒りで燃え立つのならばよいものの、他人に聞かれるというのは非常に気まずいものだ。


 だが、あくまで言っただけだ。それだけのことである。


 「ちくしょう! 部長のやつ、ムカつくな! ぶん殴ってやる!」「あの店員、なめやがって! 尻の穴にワサビでも突っ込んでやろうか!」と、怒りが収まらずに自宅で文句を言うこともあるだろう。


 所詮その程度のことだ。人間ならば誰にだってあることだろう。ちょっとした過ちである。




 そのはずだったのだが―――聞かれた相手がまずかった。



 パンッ



 セイリュウが握手を解除し、自分の手を叩く。


 ようやく手が離れたことを喜びたいビッグだったが―――



「素晴らしい! やはり聞き違いではなかったのですね」


「…いえ、その…忘れてください」


「いえいえ、しっかりと私の胸に刻み込まれておりますよ。そこでご相談なのですが、ぜひ我々に協力させてくださいませんか?」


「え? 協力…って?」


「なるほど、ご自分の力だけでやるつもりだったのですか。しかし、侮ってはいけません。敵は強大です。若者の勇気は称えますが蛮勇は無謀と紙一重です。ご無理はなさらないほうがよろしい。他者を頼ることは恥ではないのです」


「…あの…何を言ってるのか…」


「ホワイトを倒すのでしょう? マングラスがバックアップしますので、ぜひその【旗印】になっていただけませんか?」


「旗印…?」


「先頭に立って皆を鼓舞する、という役割です。それは勇気あるあなたにこそ相応しい。いやぁ、あなたのような若者を待っておりました。このような場所で出会えるとは強い運命を感じますね」


「………」



 ビッグは、じっとセイリュウの顔を見つめる。


 「こいつ、何言ってんだ?」という顔でしばらく見つめる。


 それから上を向いてみたり、視線を横に逸らしてみたり、首をごりごり回してみたりする。


 それを五セットくらい繰り返したあと、ようやくにしてビッグの回転の遅い頭が答えを見いだす。





 チッ チッ チッ ポーーーーンッ






「ぶほぉおおおおおおおお――――――!??!??!!!!!」






 本気で吹き出した。


 こんな『笑い話』には吹き出すしかないので当然の反応だろう。


 まったくもって何を言っているのか理解不能だ。いや、理解したからこそ意味不明なのだ。


 いくらビッグとて、ここ最近の出来事によって自分の実力くらいは理解している。


 アンシュラオンに何百倍も劣るファテロナにさえ、手も足も出なかったのだ。


 その程度のレベルの自分に何ができるのだろう。普通に考えればセイリュウが狂っていると思うだろう。



 だが、このセイリュウが何の算段もなしに動くわけがない。



 彼がこう提案した理由の一つが、まずはこれだ。


 手を握れるような距離でビッグが吹き出せば、飛び出た唾液などがセイリュウにかかるが、彼の顔は綺麗なままであった。


 それどころか―――



 パラパラパラッ



 唾液が細かい粒子となって掻き消えた。



「うっ、さぶっ!!」



 それと同時に強烈な寒気が襲う。


 セイリュウの圧力という意味ではなく、本当に肌寒かったのだ。



「ああ、失礼。つい咄嗟に反応してしまいました。他意はありませんのでお許しください」


「これは…まさか……あいつと同じ…!」



 セイリュウの身体から、ひんやりした冷気が発せられており、一気に温度が下がった周囲に霜が降りていた。



 それは―――【凍気】。



 アンシュラオンが得意とする水の上位属性だ。



「あんた…凍気が使えるのか?」


「凍気をご存知でしたか。ええ、そうです。グマシカ様より凍気を扱う資格を与えられています。これはとても光栄なことです。マングラスを象徴する気質でございますからね」


「どういう意味だ?」


「すでに忘れられた逸話ですが、五つの家はそれぞれの基本属性を示してもいるのです。我々マングラスは『融和の水』、あなた方ラングラスは『活力の火』、ジングラスは『護りの風』、ハングラスは『物質の雷』、そしてディングラスは『王の光』を示しています」


「…へぇ、あんた博識だな。そんなの初めて聞いたぞ。あれ? 基本属性ってもう一つなかったか?」


「はい。『闇』がございます。闇は一般的に『愛』を象徴します。この自然溢れる豊かな大地こそ『恵みの闇』なのです」


「自然溢れる…? ここが?」


「かつてはそうだった、ということです。災厄が訪れ、荒れ果てる以前は…ですが」



 四大市民にはそれぞれ方角が与えられており、同時に役割と属性も示している。



 東のラングラスは、火。


 人々の潜在能力と力を引き出す『活力の火』。


 これはソブカを見ているとわかりやすいだろうか。


 彼が着ているローブも臙脂色であったし、鳳凰のような刺繍が見受けられた。復活の火であり、活力の火であり、燃えるような心の炎を象徴する。


 彼が火の準魔剣にこだわったのも、それがラングラスの象徴だからだ。


 古い伝説や伝統に詳しいソブカだからこそ知っているものであり、ビッグなど今の世代の人間はほとんど知らない事実である。



 西のジングラスは、風。


 人々を守護せし武人の象徴、『護りの風』。


 プライリーラの髪の色もそうだし、彼女も風の上位属性である『嵐』を使ったこと、守護者が風を象徴していたことからもわかりやすい属性だ。


 西部は当時も未開の地が続いていたので、西からの魔獣の攻撃をジングラスが守護していたことから西の方角が与えられているわけだ。


 プライリーラの邸宅が都市の西側、中級街にあったこともそれが関係している。当時は城壁がなかったので西が一番危険なエリアだったのだ。


 また、ラングラスが東なのは、その風を受けて火が活性化するからだ。つまりは相性が良いのである。


 プライリーラがソブカのことを気に入っていたことも、そうした相性が多少は関係しているのだろう。(ビッグも火のはずだが)



 北のハングラスは、雷。


 人々が大地で生活するうえで絶対に必要な『物』の象徴、『物質の雷』。


 彼らが雷を象徴する由来は、原子核と電子のように、あらゆる物質を構成する要素が磁気的なものだからであろう。


 実際に雷属性を持つ人間は、いろいろなものを引き寄せる性質がある。


 ゼイシルは神経質な性格だが、ああ見えて部下からの人望は非常に厚く、そうやって作り上げた人脈によって多くの人と物を引き寄せている。


 そういった意味も含めて、まさにハングラスは雷に相応しいといえる。



 南のマングラスは、水。


 集まったすべてのものを中和し、融合させる象徴、『融和の水』。


 多種多様な人材を一つのまとめる力は、やはり水である。すべてを受け止め、浄化し、一つに混ぜ合わせてしまう魅力を持っているのだ。


 アンシュラオンも水を象徴するので似ているところはあるだろう。


 彼という巨大な中核がいなければ、どんなにスレイブがやってきても一つの集合体にはならないはずだ。彼が包み、彼の色に染めてしまうからこそ一つになるわけだ。


 マングラスが強いのは、そうした融和性の力を持つからなのだろう。


 彼らが南に配置されているのは、南部からやってきた人間を最初に受け入れる役割を持っていたからだ。


 こちらも雷を象徴する北のハングラスとは抜群の相性となる。人と物は切っても切り離せないのだ。



 最後に中央に位置するは、光のディングラス。


 人々を導き輝く王の象徴、『王の光』。


 今ではまったくの逆になっている気がしないでもないが、ディングラスは王の家系である。


 かつては五英雄のリーダーとして君臨しており、今も対外的にはトップの領主という立場にいることからも、その名残が見て取れる。


 どんなに苦しい時でも光さえ見えればがんばることができる。人々を鼓舞し、人間の可能性を示す存在こそが王なのだ。



 最後の闇は、この自然そのものである。


 闇というものは闇の女神が象徴するように、この世界では『慈愛』や『母性』を示すものなので、むしろ褒め言葉になることを忘れてはならない。


 種が芽吹くのは土の闇の中でこそだ。そこで養分を受けて、光を目指して昇っていくのである。


 また、人間が地上生活を送り、肉体(闇)に内在する霊(光)を育てることからも、大地は闇は象徴でもあるのだ。



 このように物事には必ず意味が存在する。


 ただ何気なくあるように見えても、それは意識して考えないからにすぎない。



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