350話 「ラングラスの伝説 後編」


(なんだこいつ? もしかして…いいやつなのか?)



 ビッグは礼儀正しいセイリュウに困惑している。


 マングラス最強の男というからには、もっと強面の危ないやつを想像していたからだ。


 『マングラスの双龍』という異名からも強そうなイメージが先行しているので、そう思っても仕方ないだろう。


 事実ディングラス最強のファテロナは非常に危険人物であった。それと比べると物腰も柔らかくて普通に見える。



 しかしながら、ぼけっと無警戒のビッグとは対照的に、ダディーはセイリュウから目を逸らさない。



 彼を見る目は鋭く、明らかに敵対的な視線であった。



 その理由は、セイリュウが【ファテロナ以上の危険人物】だからだ。



 まだ経験の浅いビッグにはわからないのだ。この男から発せられる『嫌な雰囲気』が読めない。



(この状況でこいつはまずい! 一番最悪のやつだ!)



 セイリュウの危険性を知っているダディーは、焦りを隠しきれないでいる。


 詳しい実力は知らないが、プライリーラと対しても動じることはなかったので、最低でもファテロナ級以上だと思っていいだろう。


 あくまで勘だが、下手をしたらプライリーラに匹敵する実力者ではないかとも疑っている。


 だが、そうした強さの面も脅威であるが、それ以上に不気味なことがある。



 セイリュウが最後に外で目撃されたのは、【二十年も前】のことだ。



 この男を四大会議場以外の都市内で見ることなど、まずありえない。そもそもどこに住んでいるかもわからないのだ。存在自体が珍しいのである。


 それゆえに、まだ二十三歳のビッグが彼を知らないのも無理はない。




 そして、セイリュウが外に出る時は必ず【血生臭い何か】が起こる。




 彼が外で目撃された二十年前は、外部からの勢力がちょっかいを仕掛けることが多く、ビッグが誘拐された事件もそれに連なるものだった。


 その件にマングラスの一部の組織が関わっていたことが判明し、セイリュウはその粛清に乗り出したことがあった。


 それはとても凄惨なものであったという。


 彼の手によって加担した組織の者たちは皆殺しになり、徹底的に傷めつけられた死体が市内にいくつも晒されることになった。


 現モザート協会の会長であるジャグ・モザートも、その際に殺された者たちの死体を見て激しいトラウマと恐怖心を植えつけられている。



 グラス・ギースの治安とマングラスの結束が緩む時、必ずこの男が表に出て【見せしめ】を行うのだ。



 それ以後、外部の勢力からのちょっかいも減ったので、マングラスが何かしらの対抗手段を講じた可能性も考えられる。


 どちらにせよ、セイリュウが出てきて平和的に何かが解決したためしがない。


 優男の美青年に見えるが、その中身はファテロナ以上に真っ赤なのだ。殺された者たちの血の臭いが、今この場でも感じられるほどに赤に染まりきっている。


 一番怖いのが、それだけの人数を殺してもセイリュウは何も感じていない、ということだ。


 ファテロナが自分の楽しみで相手を殺すのに対し、セイリュウは何の感情もなく人を殺せる男である。


 どちらが上とか下ではないが、後者のほうが人間味が薄くて寒気がする。



 じわり



 今のダディーの額に汗は流れない。そうにもかかわらず、まるで本当に汗が流れたかのような、ねっとりとした嫌な感じがする。


 見た目に騙されてはいけない。本当に危険な人間は、こうした静かな圧力を放つのだ。




「てめぇ、その様子だと、ずっと見てやがったな」


「衛士隊がこのように騒いでいれば、何か異常が発生したのはすぐにわかります。様子を見に行くのは自然なことですよ」


「高みの見物か。いいご身分だな」


「状況を判断するためです。好きで見ていたのではありません」


「だが、てめぇならば戦いを止められただろう? ええ? マングラスの幹部さんならよ」


「ファテロナさんが暴れておられたのでは、さすがの私でも危険が伴います。さきほども申し上げましたが、危うきに近寄らぬが長生きの秘訣。私は臆病者なのですよ」


「よく言うぜ。四大会議であれだけ大見得切ったくせによ。お前たちの力があれば怖いものなんてないんだろう?」


「すべてはグマシカ様のお力であって、私の力ではございません。私個人の影響力など、たかが知れております」


「ふんっ、そうかよ。それなら何の用だ。ここでラングラスを潰そうって腹積もりか? 最大のチャンスだもんな」



 マングラスの目的が勢力拡大であることは明白だ。


 こうした何か大きな出来事があれば、それを口実に攻める可能性があることを四大会議の際に示唆していた。


 衛士隊と大きく揉めたラングラスは、その理由がどうあれ、他派閥から攻められても仕方ない口実を作ってしまったことになる。


 マングラスがこのチャンスを逃すとも思えない。セイリュウが出てきたのが何よりの証拠だ。


 ここでダディーを仕留めておけば、もはやラングラスに抵抗するチャンスは皆無となるだろう。


 ムーバを操ることなど簡単だろうから、それでラングラスが簡単に手に入る。実に美味しいシチュエーションだ。



「俺は絶対にラングラスを負けさせねぇ! 死んでも絶対に守る!! マングラスが相手だって、それは同じだぜ!! 甘く見るんじゃねぞ!!」



 ダディーは必死に虚勢を張って威圧する。


 気休めでもやらないよりはいいだろうし、本気でそう思っていることだ。


 何があってもラングラスだけは守る。それが自分自身に課した誓いなのだ。




 と、このようにダディーは激しくセイリュウを警戒していたのだが―――





「えっ…!?」





 当のセイリュウは、なんとも間の抜けた顔をして驚く。


 その驚き方は演技ではなく、本当にびっくりした、というものだった。



「なっ…」



 それを受けたダディーもまた、セイリュウの驚きに対してさらに驚く、という間抜けな構図になってしまっている。


 両者ともに互いの反応が意外だったのだろう。




 そこでしばし時間の空白が発生した。




 均衡を破ったのはセイリュウ。


 ゆっくりと時間をかけて、いつもの薄い笑みを浮かべた表情に戻っていく。



「ああ、いえ、申し訳ございません。まったく心に思っていなかった事柄でしたので、思わず驚いてしまいました」


「嘘をつけ。どう見てもチャンスだろうが! てめぇらマングラスが勢力を拡大するのは、こういうトラブルが起こるときって決まってんだよ! それ以外にお前が出てくる理由なんてあるか!」


「ソイドさん、あなたは誤解していらっしゃる。たしかに怯える気持ちはわかります。力無き者からすれば私たちは脅威に映るでしょう。人を制するということは世界を制することに等しいものですから、我々マングラスが強くなるのは自然なことなのです」


「自慢のつもりか? それとも挑発か?」


「事実をお伝えしているのです。そして、もっと大切な事実があります。我々マングラスは…いえ、グマシカ様はこのグラス・ギースを心より愛しているのです。そのような慈悲深い御方が、同胞であるあなた方を排するわけがありません。だから誤解なのです」


「お前を信じろってのか?」


「私のことを無理に信じなくてもけっこうです。しかし、グマシカ様は誰よりも都市を愛しておられる。それだけは疑わないでいただきたいのです。マングラスが兵を動かすとすれば都市を守るためなのです。けっして私利私欲のためではありません」


「人の心を覗くことはできない。言葉だけならガキにだって言えるもんだ。はっきり言うが、俺はお前を信じてねえからな。信じてほしいなら行動で示すしかないぜ」


「言葉よりも行動で、ですか。良い言葉です。ならば私は自らの態度でそれを示しましょう」



 そう言うとセイリュウは、ゆっくりとこちらに歩いてきた。



(何をするつもりだ? ちっ、やっぱり腕は良さそうだ)



 こうして歩いている姿も自然体だ。


 強面かつ実際に強い武人のダディーを前にしても、まったく心が乱れていない。


 ダディーはいつでも迎撃できるように構える。本当はそんな状況ではないが、そうできると見せかける。



 そうしてセイリュウを警戒しながら見ていると―――




 くるり




 何を思ったのか途中で方向を変え―――ビッグのところに向かう。




「っ!! ビッグ、逃げろ! 手に負える相手じゃないぞ!!」


「えっ!? えっ! どういう状況!? こいつ、味方じゃねえの?」


「馬鹿野郎! 逃げろって言ってんだろうが!! ぐふっ…まだ身体が…」


「ソイドさん、無理はなさらないほうがよろしい。なにせ【一度死んだ】のです。まだ【根】は完全に張っていないのでしょう? 不完全な状況で動けば、次は本当に死んでしまいますよ」


「っ―――!!」


「ふふふ、見学していたおかげで一つ謎が解けました。なるほど、【あなたが持っていた】のですね。ご安心ください。誰にも言うつもりはありません。もちろんムーバ様にも内密にいたしましょう。もし私が下手なことを伝えて、ラングラス内が剣呑な雰囲気になられても困りますからね」


「てめぇ…どこまで知ってやがる!」


「少しだけ長生きしているだけのことです。あなたよりグラス・ギースのことに詳しくても、私の年齢を考えれば不思議ではないでしょう?」


「くっ…」



 ソイドダディーは、自分の胸をぎゅっと押さえる。


 今その中では、さまざまな作業が行われているのだ。




 セイリュウが言ったように、ダディーが一度死んだことは―――事実。




 紛れもない事実なのだ。実際に死んでいる。


 『九天必殺』を侮ってはいけない。彼女の六天刺滅は間違いなく必殺技で、ダディーのHPをゼロにしたのだ。


 対人という限定要素があるからこそ、その威力は絶大。


 六天ならば六回の攻撃を連続して与えねば即死させられないが、逆に言えば六発刺せば即死効果が必ず発生するわけだ。


 さすがにアンシュラオンほどになると、全部受ける前に初撃で返り討ちにするだろうから問題ないが、ダディーはそれらを全部受けてしまった。



 ならば―――さようなら。



 死亡は死亡だ。例外はない。





 ダディーは―――死んだ。





 汗を掻いていないことも、傷口から出血をしていないことも、すでに死んでいるせいだ。


 それはまるでリビングデッド。


 映画の題材によくありそうな『生ける屍』のごとく、少し変な表現になるのだが、ダディーは死にながらも生きている。


 ここで「生」というものを改めて定義するのならば、霊体がまだ肉体にとどまっている状態である、ということだ。


 それはシルバーコードが切れていない状態を意味する。


 普通ならば死亡すればコードが切れ、徐々に、あるいは一気に霊体が肉体から飛び出るのだが、ダディーの場合は肉体が死んでいながら切れていない。



 では、なぜそうなっているのかといえば、物事には必ず理由があるものだ。



 ここで思い出してほしいことがある。


 これと似たような話をどこかで聞いたことがないだろうか。



 たとえばそう―――





―――「初代ラングラスは、死者さえも蘇らせた」





 という伝説を。



 伝説が伝説ではなく、それが本当だったらどうなるだろう。


 もし一時的であれ、死なない状況を作り出せるとすれば、その価値は計り知れない。


 当然、ラングラスの存在価値も今よりも遙かに上がるに違いない。



(こいつの言う通り、【アレ】は根付くまで時間がかかる。くそっ、まさか死ぬとはな…。ファテロナのやつが思った以上に強い隠し玉を持っていたせいだ。ああ、それはもう仕方ない。死んだものはしょうがねぇ。どうせホワイト相手に死ぬつもりだったんだからよ。相手と場所が変わっただけのことさ)



 ダディーは四大会議に出た際、ホワイト討伐を申し出て死ぬつもりでいた。


 普通に倒せれば一番だが仮に負けたとしても、とりあえずラングラスとしての禊は立てられる。そういう計算もあってのことだ。


 一度死ぬつもりだったのだから、それ自体は比較的受け入れやすい。


 今回の一件だってラングラスを救うための行動でもあったので、後悔はしていない。



 しかしながらソイドダディーは、蘇ったことに触れたくない様子である。



 セイリュウとの会話を途中で切ったのも、ビッグにそれ以上のことを教えないためだ。


 世の中、都合の良いことなど何一つない。すべての事象が法則によって管理されている以上、何事にもメリットに対するリスクが存在するものだ。


 ダディー自身も最悪の次に悪い、と思っているように、この状況はあまりよろしくない。それだけ追い詰められたがゆえの最終手段だったのだろう。


 これはすでに起きてしまったことなので潔く受け入れるしかない。


 過去には戻れないのだから自分を殺したファテロナを褒めるしかないだろう。



 であれば最大の問題は、なぜダディーに蘇ることが可能だったか、という点に尽きる。



 その答えは、実にシンプルだ。




(セイリュウのやつ…気付きやがったな。俺が―――『秘宝』を持っていることに!)





―――【ラングラスの秘宝】





 ムーバが四大会議で、ツーバを存命させたい理由の一つに挙げたものだ。


 『五英雄の秘宝』とも呼ばれるもので、各派閥にはそれぞれ初代が集めた武具や貴重なアイテムが保管されている。


 たとえばジングラスの秘宝は、初代の武具と守護者、魔獣を操る力がそれに該当する。


 アンシュラオンだからこそ簡単に守護者を打倒できたが、普通の武人ならば到底太刀打ちできない相手である。


 下手をすれば軍隊でも難しいだろう。竜巻だけでも大損害となる。


 それと同じようにラングラスにも秘宝がある。



 その一つがダディーを『生ける屍』にしているのだ。



 まさかダディーも気付かれるとは思っていなかった。セイリュウのことを甘く見ていた。


 さらに軽い脅しまでかけてくるという、ありがたくないオマケ付きである。


 ダディーが一部とはいえ秘宝を持っていることを知れば、ツーバの息子であるムーバとしての面子が立たない。


 ムーバは自意識が強い人間ではないが、さすがに実の父親から信頼されていなかったと知ればショックは大きいだろう。


 特に血筋を大事にする慣習の中で、外部からやってきたダディーのほうを優先した、ということは大きな禍根を残す。



 この段階で弱みを握られてしまった。



 セイリュウに先手を打たれた形になったのだ。


 やはり油断できない男である。



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