347話 「ソイドビッグ、咆える 後編」


 ソイドビッグが工場に着いたときには、ファテロナが最後の猛攻を仕掛けていた時であった。


 ビッグはその光景に目を丸くする。



(な、何が起きてやがるんだ! み、見えねぇ!! あれで本当に戦っているのかよ!?)



 すでにその領域は彼が立ち入れるものではなかった。


 あまりにレベルが違いすぎる。動きが速すぎて、ファテロナがどこにいるかも認識できないほどだ。


 ダディーが傷ついたり周囲の地面や木々が破壊されていくので、それでようやく戦っていることが理解できるほどだ。


 ここにきて彼は本格的に自己の未熟性を知るに至る。



(ちくしょう、ホワイトの言っていたことは事実だったぜ! 俺なんて話にならないほどガキじゃねえか!! あの野郎は最低のクソだが、戦いに関しちゃ憎らしいほどに間違ってねぇ! かろうじてダディーが劣勢だってことくらいしかわからねぇよ!)



 それがわかるのも、ビッグが少しばかりでも成長したからである。


 陽禅流鍛練法を受けて死線を潜り抜けたからこそ、この達人の領域の偉大さがわかるのだ。


 肌が大気を通じて武人の戦いを感じる。そこにわずかに含まれる殺気に反応できるのだ。


 これもヤドイガニ大先生の教えの賜物であろう。やはり実戦こそが武人を一番強くするのである。





 そして、ビッグがただ見守るしかできない中、ついに【あの瞬間】が訪れる。





「SINEEEEEE!! ハッスルハッスルゥウウウッ!!」




 ズブウウッ!! バチイイーーーーーーーーーンッ!!



 ファテロナの一撃がダディーに命中。背後から心臓を抉る。


 『即死無効貫通』の即死攻撃なので、これが決まれば確実に死に至る。だからこそ怖れられている奥義なのだ。


 仮にこれがアンシュラオンであったとしても、その術式が効果を発動させてしまえば即死するだろう。『基本的に』世界の法則を歪めることはできないからだ。



 九天必殺・六天刺滅は、相手を確実に殺す技。



 それをすべて受ければ、訪れるのは死のみ。





 ダディーが―――死ぬ。





 身体から力が抜けていく。


 瞼が半閉じの白目になり、両手がだらんと垂れ下がり、首がかくんと垂れる。


 それでも立っていられるのは気迫のおかげだろうか。死してなお立ち続ける姿には天晴れというしかない。




 とくんとくん―――ぴたっ




 ずぶっ


 HPが0になった証拠でもある心肺停止を確認して、ファテロナが小剣を引き抜いた。



「…あー、だりー。疲れたー、もー無理でございますー、ちぬー」



 だるだるメイドに成り下がったファテロナからも、がくんと力が抜ける。


 怪しい言動ながらも常に平静だった彼女が、ここまでだらけぶりを表に出すのは珍しいことだ。


 白かったメイド服も半分以上が自身の血で赤く染まっており、戦いがいかに激しかったかを物語っている。


 ディングラスとラングラスの最強の武人同士が本気で戦ったのだ。



 その激突は―――どちらかの死によって終わる。



 まさに死闘と呼ぶに相応しいものであった。疲労は極限状態だろう。




「ま、まさか…マジかよ! だ、ダディー!!」



 ようやく状況を認識したビッグが、よたよたとダディーに近寄る。


 いつもの彼ならばリトルを助けたように猛ダッシュするはずなので、いかにショックが強かったかがうかがえる。



「あら、いらしたのですか」



 ファテロナも今になってビッグの存在に気付く。


 視線に敏感な暗殺者がここまで接近を許すのも珍しいことである。これも相当弱っている証拠だ。



「誠に申し訳ありませんが、ダディー様はお亡くなりになりました」



 一応侍従長らしく、ビッグに対して優雅に一礼してみせる。


 しかし、ビッグはそんなものは見ていない。



 よた よた よた


 よた よた よた



 ゆっくり歩く。


 ゆっくり歩く。


 ゆっくり歩く。



 一歩ずつ大地を踏みしめることで現実を理解できるように、理解しなければならないと言い聞かせるように歩く。



 そして、十数秒かけてダディーにたどり着き、身体に触れてみた。




 心臓は―――止まっている。




 何度押し当ててみても心臓が止まっている。脈拍がない。


 さらに、どんどん冷たくなっていく。血流が止まったことで体温も急激に下がっていっているようだ。



「そ、蘇生を…き、気付け薬を…!」



 ラングラスには、いわゆる蘇生薬と呼ばれている『気付け薬』がある。


 何かしらの原因で血流が弱まって気を失ったり、朦朧とした場合に使うもので、強制的に意識を覚醒させることができるものだ。


 ビッグはカプセル状の気付け薬を取り出し、尖端のキャップを外して針を出す。


 これは液体状の薬品を入れておくカプセルで、他の薬でも代用できる携帯用の注射だと思えばいいだろうか。麻薬摂取にも使われるので彼らが持っていても不思議ではない。



 ブスッ チュウウッ



 針をダディーに押し当て、中の薬を注入する。



「………」



 ビッグは言葉も発さず、ひたすら覚醒するのを待つ。




 だが、一分経っても二分経ってもダディーが復活することはなかった。




 そもそも簡単に針が入ること自体が問題である。


 もし『皮膚硬質化』スキルが発動していれば針など簡単に折れてしまうのだから、今現在スキルが使われていない何よりの証拠であろう。


 つまりは、もうBPもゼロになった、ということだ。


 BPは生体磁気の量なので、身体的活動が止まったことによって供給が止まったのだ。


 結局のところ気付け薬というものは、まだ息があって血流が生きている人間にしか効果がない。


 もし死んでいれば、何度やっても、どれだけ待っても何も起きないのは当然だろう。



 そのことを徐々に受け入れ始めたビッグの顔が―――強張る。




「なんで……こんな…! なぁ、ダディー! 嘘だろう!? 嘘なんだろう!!! なぁっ!!!」



 バンバンと身体を叩くが反応がない。


 即死攻撃はHPを0にする技だ。ゼロといったらゼロなのだ。


 ただ、このHPであるが、同じゼロでも状況によっては蘇生する可能性がなくはない。


 たとえば身体が完全に砕け散ってしまえば、さすがにHPうんぬんの問題ではないが、身体の損壊具合が軽微であったり、まだシルバーコードが切れていなければ可能性はある。


 即死攻撃は文字通り即死だが、術式による即死なので身体はかなり綺麗なほうである。もしかしたら、まだ霊体が肉体から離れていない可能性もある。



 であれば、切れるまでの数分間が勝負となるだろう。



 もちろんシルバーコードも人それぞれ状況が違うため、切れるまでどれくらい時間がかかるかはそれぞれ異なる。


 ただ、戦闘での死亡の場合は、即座に切れるか数分間以内というのが一般的だ。(実際の霊体の切り離し時間とは別)



 こうなると地球での救命措置のように、一秒ごとに蘇生できる確率が減っていく。



 すでにダディーは心肺停止から三分以上経過している。この段階でかなり難しい状況だ。


 ここからでも治せるとしたらアンシュラオンの命気か、一部の高位の魔王技くらいなものだろう。


 命気でもギリギリといったあたりなので、その二つのどちらも持ち合わせないビッグにはどうしようもない。



「ぁっ…ああ……」



 ビッグは、放心したようにうな垂れる。


 ソイドファミリーの家族の結束は非常に強い。誰も頼れない厳しい世界では家族だけが最大の拠り所だったのだ。



 その一家の大黒柱が―――死んだ。



 このショックは極めて大きい。ソイドファミリーにとっても大きいし、ラングラス一派にとっても大打撃だ。



(ダディー、俺はこの先…どうすりゃいいんだよ。何を頼ればいいんだ…何を信じればいいんだよ…何もわからねぇ…)



 本当にショックの時は涙すら出ないと聞くが、まさにその通りである。


 まず何よりも、この状況自体が理解できない。なぜこうなったのか頭が追いつかない。


 そんな中、このマイペースでクレイジーな女性がビッグを逆撫でする。



「死亡確認!」



 何を思ったのか、ファテロナがソイドダディーの額に手を伸ばし、「あの言葉」を発してしまう。


 なぜそんなことをしたのかは謎なのだが、当人に悪気があるわけではない。


 空気を読まないのは、ただの病気なのだ。許してあげてほしい。


 特にいじって楽しむ獲物(ベルロアナ)がいない場合、彼女の無邪気な好奇心が他者に向けられるようになるので危険が増す。


 領主がいろいろあってもイタ嬢の護衛に彼女をつけているのは、そのほうが安全に制御できるからだ。


 領主軍にとって一番怖いのがファテロナが暴走することなので、そのストッパーとしてベルロアナが必要だということだ。


 その意味では、何もしなくてもベルロアナは相当に役立っているといえる。当人の知らないところで、だが。



 とはいえ、家族を失った者の目の前でやることではないだろう。



 たとえば病院で、父親を失ったばかりの息子に葬儀屋が「このコースはこの値段になりますが、どうします?」と訊くようなものだ。


 まったくもってデリカシーのない発言だと誰もが思うだろう。今言うことではない。


 イラっとして当然。ムカついて当然。





 殴られて―――当然!!!





「てめぇえええええええええええ!!!」



 ボオオオオッ!


 その瞬間、ビッグが切れる。


 戦気が燃え上がり、そのままの勢いでファテロナに殴りかかった。


 女とはいえ容赦はしない。全力で顔面に向かって拳を繰り出す。それだけ怒っていた、ということだ。


 ショックで忘れていたが、目の前には親の仇がいるのだ。武人ならば闘争本能が刺激されてしかるべきだ。



「いやぁああ! 何をなさるのです! 暴漢だー! 暴漢が出たぞー! ヤラれるー!」



 シュッ


 と言っておきながらビッグの拳を難なくかわすと、カウンターで首筋に手刀を叩き込む。


 スパッ ぶしゅっ


 暗殺者として研ぎ澄まされた彼女の一撃は、それが素手であっても凶器となる。


 簡単にビッグの首を切り裂き、ぶしゃっと血が噴き出した。



「ぐっ…てめぇ……」



 ビッグは首筋を押さえて後退する。


 まだ動けるところを見ると、どうやら傷は浅いようだ。


 運がよかったのは、それが本気で殺すための一撃ではなかったことと、ファテロナが血を失いすぎて毒素を引っ込めたことだ。


 もし本気だったらバッジョーのように首が裂けるほど掻っ切られていただろうし、毒によって死んでいただろう。


 しかし、さすがの彼女も血を失いすぎた。これ以上の毒の使用は命に関わるのでセーブしたのだ。



「ちぃっ!! 半死半生じゃねえのかよ!」


「はい。今すぐにでも倒れそうです。これ以上はマジ無理です。吐きそうです! おえぇっ! 産まれそう!!」


「それでこれかよ!」


「それだけあなた様が弱いということでありましょう。しかし…あなたはダディー様の足元にも及びませんね。そんな弱いのに、なぜ向かってくるのですか? 頭が悪いのですか?」


「んなことはわかってんだよ!!」


「なるほど、頭が悪い、と。しかとメモしておきます。では、油性ペンで『肉』…と。カキカキ」


「どわっ! 何しやがる!!」



 なぜかビッグの額に「肉」の文字が書き込まれる。


 不思議だ。その文字が入るだけで強そうに見える。



「そっちじゃねえよ!! 弱いことなんぞわかってんだよ! だが、そんなに強くてもホワイトにはかなわないじゃねぇか!! てめぇも俺と同じだ!!」


「その通りです。それが何か? 私が悔しがるとでも思っているのですか。次は『中』の文字を書きますよ」


「てめぇら衛士隊は馬鹿か!!! まんまとホワイトのやつに踊らされやがって!! 全部あいつの差し金なんだよ! 思い通りなんだよ!! イタ嬢に麻薬を渡したのだって、こうやって俺たちを仲違いさせるためだ!! そうやって楽しんでやがるんだよ! あのクソ野郎はな!!!」


「私は衛士隊ではございません。あくまでお嬢様の侍従長です」


「やらされていることは同じだろうが! それに対して何も思わないのかよ!!」


「お嬢様以外のことはどうでもよいのです」


「そのイタ嬢を麻薬漬けにしたのはホワイトだろうが!」


「あっ、それには大賛成ですので」


「受け答えがおかしい!? あんた、頭がおかしいぜ!!!」


「ありがとうございます。ぽっ」


「なんで頬を赤らめるんだ! 意味がわからねぇ!!」



 普段ファテロナと話し慣れていないビッグには、彼女の思考はまったくわからない。ただただ困惑するばかりだ。


 いや、思えば領主やイタ嬢でさえ理解できていないので、誰も彼女とはわかりあえないのかもしれない。ある意味で一番イタイ女である。




 そして、この変なイカれ女と接触したことで―――ビッグがさらにキレる。




「ふざけんじゃねぇぞ!! ふざけるんじゃねええええ!! 俺は…俺はよ! 家族が一番大事なんだよ!! そうだろう! 家族を守るためにこうやって我慢してきたんだぞ!! それがそれがそれがそれがぁああああ!! こんなことで失ってたまるかよおぉおおおおお!! ふざけんじゃネェエエエエええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」




 ボオオオオオッ!!!


 ビッグの身体から非常に強い戦気が湧き上がる。


 極限にまで膨れ上がった怒りと激情が彼に力を与えたのだ。


 その怒りは『小さな悪であるファテロナ』には向かず、当然ながら『より大きな悪であるあの男』に向く。




「ホワイトぉおおお!! 許さないからなああああ!! 俺はお前を絶対に殺してやる!!! ホワイト商会なんて、俺が全部ぶっ潰してやるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」




 獣のように咆える。


 それがただの「負け豚の遠吠え」であっても、彼は咆える。咆え続ける。


 今までの不満を全部吐き出すように、大声で。


 弱い自分に対する怒りも、なさけなさも含めて、全部全部吐き出す!!




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