346話 「ソイドビッグ、咆える 前編」


「あっ」


「あっ」



 両者が出会い、互いに驚きの声を出す。


 リトルを安全な場所に退避させたソイドビッグが、逃げてきたミエルアイブと遭遇したのだ。



「てめぇ!! よくも弟をやってくれたな!!」


「そこを動くな! 撃つぞ!」



 ミエルアイブに突っかかろうとするビッグの前に、衛士たちが銃を持って立ち塞がる。



「邪魔するんじゃねえ!」


「ぐあっ」



 が、簡単に薙ぎ払う。


 そして、装甲服を脱いでいたミエルアイブの胸倉を掴んで片手で宙吊りにする。



「ぐぇええっ!! 何をする!! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」


「ああ!? やってみろや、こらぁ!! ソイドファミリーをなめてんじゃねぇぞ!!」



 重ね重ね言うが、アンシュラオン相手だと何もできないビッグも小物相手には強い。


 こう見えても武闘派であるソイドファミリーの若頭だ。うっかり忘れそうになるが、巷では怖れられる武闘派ヤクザの一人なのである。


 その圧力をもってミエルアイブを詰問する。



「なんでお前がここにいる! 逃げてきたのか!」


「なんだと! 逃げたのではない! こちらに前進しているのだ!」


「屁理屈言いやがって! 同じだろうが! ダディーはどうなった! そっちに向かったはずだぞ!」


「や、やつなら…ファテロナ侍従長と戦っている…」


「ファテロナ!? ディングラスの狂人かよ!!? なんであいつまで…というか、どうして俺たちに攻撃を仕掛ける! 誰の差し金だ!!」


「ふん、衛士隊の長は領主様に決まっておろう! 直々のご命令だ!」


「訳がわからねぇ…! 理由はなんだ!? 吐け!!」


「ぐううっ…それは…!」


「この場で殺されたいのか!」


「ぐええええ!」



 ギリギリと強く首を締め上げる。


 この大男の圧力は武人でなければ耐えきれない。仕方なくミエルアイブが吐く。



「わかった! わかったから、まずは放せ! 死んではしゃべられないぞ!」


「ふんっ! ほらよ」


「はーはー、まったくお前たちはディングラス家への敬意というものが足りぬな」


「いきなり攻撃を仕掛けられて、そんなもんを抱けるかよ。そもそも各派閥は平等のはずだろうが。役割が違うだけだ。それで、何が原因だ? 命惜しさに適当にだまくらかすなよ」


「嘘など言わぬ。本当は機密であるが…お前の父親には助けられたし、ファテロナ殿がすでに言ってしまったからな。仕方ない。理由は…お前たちがお嬢様に麻薬を渡したからだ。領主様がお怒りになられるのは当然だろう」


「お嬢様…? イタ嬢か?」


「ベルロアナ様と呼ばんか! 不敬であろう!」


「うるせぇ! 俺だってラングラスの直系だぞ! 身分的にはあまり変わらねえよ! それより、どういうことだ! なんでシロが渡ってやがる! うちにはディングラスに麻薬を売るような馬鹿はいないはず……」


「お前たちがホワイトとつながっているのはわかっているぞ! 諦めてお縄につけ! それですべてが済む話だったのだ!」


「なっ、ホワイト…だと!」


「無駄に抵抗をするから犠牲が増えた。…くっ、これほどの被害が出てしまうとは…領主様に報告すると思うと胃が…胃が痛い!! ラングラスなのだから胃薬くらい持っているだろう。あったら分けてくれ」


「………」



 ミエルアイブの言葉がまったくビッグの耳に入ってこない。それだけショックを受けたのだろう。




―――ホワイト




 その言葉ですべてを理解した。


 これほど雄弁に原因を語っている言葉も珍しい。この名前を出せばすべてが理解できるとは、なんと便利な名称だろう。



 あの男が全部悪い。



 これ以上の説明は不要である。


 アンシュラオンがイタ嬢にコシノシンを渡したのは、最初から衛士隊と揉めるためである。


 そして、その矛先がソイドファミリーに向かうことも計算してのことだ。


 イタ嬢とあの場で出会ったのは偶然だったが、そのうち届けようと考えていたのは事実である。遅かれ早かれ起きたことだ。


 デパートでの買い物も、すべてこの時のため。自分とソイドファミリーが結託している様子をアピールするためである。



 そもそもアンシュラオンの目的は、『金を得る』ことだ。


 それと同時に【目立たない】ことも重要だ。


 いくら金を手に入れても誰かから狙われる煩雑な日常は嫌だろう。手に入れた金を気ままに使うためには自由も必要なのだ。


 ではなぜ今こんなことをしているかといえば、【終局への道筋】がはっきりと存在するからにほかならない。


 ソブカとの共闘によって多少の変化が生まれたが、最終的にはアンシュラオンが思い描いた通りの状況が生まれている。



 これはすべて―――予定通り。



 唯一の予想外があるとすれば、ソイドダディーが死んだことくらいだろうか。


 まさかファテロナと戦うとは思ってもいないだろう。せいぜい派手に揉めてくれればいいくらいに考えていたことだ。


 ただ、仮にそうなってもアンシュラオンが困るわけではない。最終的に麻薬の利権を手に入れれば問題はないのだ。


 むしろ死んでくれたことはラッキーだろう。ある意味において手間が省けたともいえる。この状況ならばソイドファミリーが滅んでも辻褄が合う。



 当然そのことをビッグが知る由もない。



 豚君は台本も知らずに舞台の上でブヒブヒ踊るだけが仕事だ。このショックの表情も演技ではないから意味がある。


 豚は華麗に踊る。踊らされる。



 それに対してビッグの苛立ちが頂点に達する。




「…またかよ。またここで…あいつが…! ちくしょう、うんざりだ! いいかげん、あいつに振り回されるのはうんざりなんだよ!! いいか、よく聞け!! イタ嬢にシロを渡したのはあいつであって、こっちは関係ねぇ! 言いがかりなんだよ!」


「もう遅いわ! そんな言い訳が通じるか! 麻薬の氾濫が都市の治安を悪化させていることに変わりないのだ! 摘発には正当な理由がある!」


「てめぇらだって好き勝手やってきただろうが! 汚ねぇ野郎だぜ!」


「我々上級衛士隊は他の者とは違うのだ。賄賂を受け取るような輩と一緒にするでない」


「くそっ!! どいつもこいつも…! 自分勝手な!」


「それよりこんな場所で油を売っている暇はなかろう。貴様の父親が負けそうであるぞ。私が言うのもなんだが、早く行ったほうがいいだろう」


「はぁ? 何を言ってやがる! ダディーが負けるわけがないだろうが! あの人はラングラスで一番強いんだぜ!」


「たしかに強いな…戦車ですら破壊するのだからな。さすがと言っておこう。だが、あくまでラングラスでは、だ。貴様らこそファテロナ殿を侮らぬほうがよいぞ。伊達に領主軍のトップにいるわけではない。どうやら今回は本気のようだ。お前の父親でも危なかろう」


「なんだそりゃ!? 普段は手抜きしているってのか?」


「以前領主城に侵入した者を逃したことがあるようだが、それはおそらく勝てないと知っていたからだ。勝てない勝負では力を出さない。それもまた優れた武人の資質なのであろうよ。常人の私にはわからぬ世界だがな」



 事実、ファテロナがアンシュラオン戦ですべてを出していないことは、この戦いを見ればわかるだろう。


 なにせ相手が悪すぎる。


 最初の羅刹を見た時点で実力を見抜き、全力を出しても負けることがわかっていたので、無駄にあがくことなく抵抗をやめたのだ。(裸だったし)



 ここで一つの疑問が生まれる。



 仮に彼女が今回のようにフル装備で、すべての技と奥義をフル活用した場合、結果はどうなっていただろうか?


 その状況をシミュレートしてみるが―――




 結果は―――ワンパン。




 飛影で背後に移動しても、そこからの動作は通常の彼女の動きである。


 素の動きがすでにファテロナ以上のパミエルキと組手をしていた男である。その程度ならばアンシュラオンには容易に対応できる。


 ワンパンチで終わりか、あの時に持っていた斧で殴って終わりだ。


 では、六天刺滅を使ったらどうなっていたか?



 それも―――ワンパン。



 あの男相手に六回も攻撃を当てることが、いかに難しいかはプライリーラたちを見ていればわかるだろう。


 あれだけの武人と魔獣を相手に、直撃らしい直撃は一発も受けていないのだ。


 せいぜいアーブスラットが惜しいところまでいったくらいだが、あれも実力差を見せるためにわざと打たせたものだ。


 そんな化け物に六発当てるなど不可能だ。もしアンシュラオンが本気ならば、最初の一発目にカウンターを合わせられ、顔が粉々に吹き飛んで死亡である。


 ファテロナが強いからこそ、アンシュラオンの強さが理解できる。


 ここまで差がある場合は、生き延びたときにそなえて奥の手は見せないことが重要だ。このあたりは強い武人のしたたかさが発揮された場面であるといえよう。



「ダディーが負けるとは思わないが…くっ、嫌な予感はするな。ホワイトが関わる案件は全部ヤバイってのが相場だ」


「わかったら、自分など放っておいて行くがいい。今回は特別だ。見逃してやろう。恩を受けたままでいるわけにはいかん。少なくとも今日は、これ以上はお前たちに手は出さぬ」


「いちいち偉そうなやつだな、お前は!! 壊滅状態で出せないんだろうが」



 衛士隊の多くは毒にやられて意識不明の状態であり、馬車の荷台に寝かされて運ばれている。


 耐毒薬は投与したので死ぬことはないだろうが、即座に入院が必要なレベルであった。強い武人が少し暴れただけでこの有様だ。


 その惨状には、ミエルアイブ自身も心を痛めている。



「…我々とて好きでお前たちと争ったわけではない。それは理解してもらいたい」


「んなこたぁ、わかってんだよ! 悪いのは全部あいつだからな!!」


「我々に怒りは感じないのか?」


「あ? あいつ以上にムカつくやつなんているかよ!! てめぇもムカつくが…ああ、どうでもいい! やっぱりあいつのほうが数万倍はムカつく!! あんなやつに踊らされやがってよ!! 俺もお前も災難すぎるぜ!!」



 ビッグはミエルアイブを無視して、さっさと工場に急ぐ。


 ダディーが心配なこともあるだろうが、今さっきまで殺し合いをしていた者たちである。その連中をあっさりと見逃せるというのは、なかなか見ない光景であった。


 人間はさらに大きな悪(ホワイト)に対する際、小さな悪にこだわらなくなるものなのだろう。


 凶悪な殺人者をどうにかしないといけない時に、いちいち万引き犯にかまっている暇はないのと同じだ。


 それでも怒りは簡単に消えないものだ。やはりビッグの中には「同族」への愛情があるのかもしれない。


 もともとソイドファミリーは身内を大切にする。それを少し大きく広げれば「グラス・ギース全部が家族」ともいえるわけだ。


 アンシュラオンという外部からの敵がいると思うと他派閥すら仲間に感じられるのだ。


 よく少年漫画である「県大会で死闘を演じた敵が、全国大会では味方になって身近に感じるパターン」である。



「あの若者が甘いのか…それともそれが本来の姿なのか。我々が力を合わせられれば一番よかったのだがな…」



 そんな若者を見て、ミエルアイブは失われた栄光の日々を夢想する。


 五つの家がすべてそろったならば、かつての偉大なる五英雄の再来となれたかもしれない。


 その時こそグラス・ギースが【災いの名】を捨て、本来の姿を取り戻せる最大の機会となるのだろうが、このいがみ合っている状況では不可能なことだ。


 それが何よりも惜しいと思うのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます