343話 「ソイドダディーの死 前編」


 ファテロナが突如、三人に分かれた。


 『分身』スキルである。


 陽禅公が『実分身』スキルを持っているように、分身スキル自体は暗殺者以外も所有が可能なものだ。


 魔獣の中にも幻影を生み出して分身と似たように撹乱してくるものもいるので、さほど珍しいというわけではない。


 ただし、完全に極めるためには相応の努力と才能が必要だ。


 分身にもそれぞれタイプがあり、必要な才覚が決まっている。


 たとえば十人や八人に分かれる凄腕の者たちもいる。それはたしかに優れた才能なのだが、操作数が多ければ多いほど一体一体のクオリティーは下がっていく。


 一方のファテロナは本体を入れて三人、作り出す分身は二体だけであるが、その質が極めて高い。


 今もノーモーションでいきなり三方向に分かれるので、どれが本体かまったく見分けがつかないレベルにある。



 これは陽禅公とほぼ同じレベル。



 分身だけ、という条件付きならば、覇王と同レベル帯にあるというわけだ。このレベルに至るとアンシュラオンでさえ本物が見抜けない。


 これも逆に言えば、戦士の陽禅公が一流の暗殺者と同じレベルの分身を、【最大で三十六体】生み出せることのほうがおかしい。


 実分身だと最大で半数程度になるが、それでもチートである。


 さすがに現役覇王と比べられるとアンシュラオンでさえ霞むので、このレベルに至っているファテロナを褒めるべきだろう。




 三つに分かれたファテロナは、三人でトライアングルを作るようにしてダディーに突っ込む。


 シュバババッ


 着地したダディーを狙い澄ましたように剣撃の嵐。


 フェンシングの剣のように刺突を重視した高速の突きを放つが、小刻みに素早く放っているので威力そのものは低い。


 普通の剣士が斬り抜くことと比べれば、かすり傷にしかならないような攻撃だろう。


 しかし、強毒に塗れたドス黒い刀身である。毒の威力も最初とは比にならない。


 できれば掠めることも避けたいくらいだが、速くて避けるのは至難のため『皮膚硬質化』を最大限に展開して対応。



 ガキガキガキィインッ



 速度重視のファテロナの攻撃はすべて直撃。ダディーの身体に当たる。


 が、硬質化している彼の肌は剣先を通さない。戦気も固めて、がっちりとガードしている。


 ピュピュッ


 と安堵していたら、刀身から毒が顔に向かって飛ばされる。



「しゃらくせええ!」



 ダディーはそれも読んでおり、右手でガード。


 硬質化した皮膚ならば毒も通さないで済む。実際には経皮吸収でじわじわと入っているのだろうが、致命傷に至るまでには時間がかかるのだ。


 その程度ならば、細胞の活性化によってなんとか対応できるレベルである。当然これもダディーレベルの武人だからこそ可能なことだ。


 そこらの構成員程度では、どんなに戦気を放出して防御しても数秒後には死亡するだろう。



 次はダディーの反撃。豪腕が唸る。



 ブーンッ スカッ



 鉤爪がファテロナに当たるも、これは分身体。


 その隙にファテロナが喉に向かって渾身の突きを放っていた。


 ドンッ ぐにゅにゅ!


 ダディーが喉を硬質化させて防御。人間の急所とも呼べる喉であるが、攻撃のポイントを見切っていれば対応はできる。


 だが、その時にはすでにファテロナは再度分身体を生み出して三体になっていた。



 両者は一度離れるが危険な状況が続く。特にダディーはやりにくそうであった。



(くそっ、危なかった…! 下手すりゃ、やられてたぜ!)



 まるでシンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)のように、三人が同調しながら同時に攻撃を繰り出してくる。


 同じ動きでありながらも、それぞれ微妙に違う箇所を攻撃してくるため、受ける側としては多大なる神経の消耗を強いられる。


 少しでもインパクトの場所と瞬間を見誤れば、毒の刀身が突き刺さってしまう。


 今はなんとか長年の経験から読み勝ちしたが、絶対に喉に来ると見抜いていたわけではない。



 それから数十秒の間、細心の注意を払わねばならないダディーを、ファテロナが分身で押し込んでいく展開が続く。



 かろうじて防いでいるが、ファテロナの動きは鋭さを増すばかりで衰える気配がない。むしろどんどん突っ込んでくる。



(暗殺者が戦士の間合いで堂々とやってくれる! 今度は逃げ隠れしないってか!!)



 今のファテロナの動きは上位クラスのスピード型剣士に匹敵する。そのうえ、さらに分身で仕掛けてくるので厄介極まりない。


 実はアンシュラオンに負けたことでファテロナも学んでいる。


 彼女がこうして近距離で分身を使っているのは、相手の距離感を惑わせるためである。


 完全に別々に動かしてしまうと山勘でも当たる場合があるし、アンシュラオンのように全部潰してしまうといった、単純だが一番確実な手段もある。


 それをやられるよりは、こうして近くで残像のように使うことで幻惑するほうがよいという判断からだ。


 それだけダディーが強い相手であることがうかがえる。ファテロナも珍しくガチできているようだ。



 そして、彼女が本気ならば、こんなこともできる。



 ボオオッ


 ファテロナの剣が燃える。


 『火化紋ひかもん』の術式を発動させたのだ。文字通り、火属性を剣に付与するものである。


 ただしこれは、さきほどまでの普通の属性剣ではない。


 以前のものは単一の属性しか付与できなかったが、今はファテロナの血毒によって刀身が毒を帯びている状況なので、『火と毒の複合属性』という現象が発生している。


 この理屈は簡単だ。


 彼女の血は毒だが術式ではない、というだけのことである。その成分は自らの血液で調達しているので別枠扱いとなって重複する。


 強毒を持ちながら火属性によって攻撃力を強化した剣。


 こう言えば、それがどれだけ怖いものかがわかるだろう。




 攻撃力がさらに増強された熱せられた剣が、ダディーを攻撃。



 ガキガキガキィイイッ



 今度も弾かれるものの―――



 ジュウッ



 高温になった剣が硬質化した皮膚を突くたびに、炉に入れられた鉄のように少しずつ柔らかくなる。


 このまま何十、何百と突けば、いつか剣は皮膚を突き破るだろう。焼き貫くのだ。


 毒も熱によって蒸発するが、血で補充し続けているため枯渇することはない。



「離れろ―――よっ!!」



 ここでダディーは防御を捨てて攻撃に転身。


 暗殺者の戦いに付き合っていたら不利になるだけだ。当初のプラン通り、ひたすら攻め返すしか方法はない。


 両手を使って雷火宴武爪の猛撃を繰り出す。


 ブンブンッ!! バチバチッ


 その都度周囲に雷火を飛ばすため、近距離で分身を使っているファテロナには厄介な技だ。


 ダディーもアンシュラオン同様、手当たり次第に全部の敵を倒すという手法を選択したのだ。


 それはファテロナが分身を周囲に展開して変化をつけてきても同じ。


 毒を入れるために接近して攻撃しなければならない以上、そこを狙い撃ちするだけのことである。



「おらああ! こいやあああ!!」



 ダディーの気迫で戦気が燃え立つ。それによって防御力もさらに強固になる。


 ラングラスを背負う者として負けるわけにはいかない。その想いが彼を強くする。



 毒の攻撃を怖れずに一歩前に踏み出し、爪を振るう!!



 スパッ じゅうっ



「っ!」



 ダディーの一撃が本体を掠める。


 研ぎ澄まされた感覚が徐々にファテロナを捉え出したのだ。


 本来ソイドダディーは本能の赴くままに戦うタイプ、カオス側の武人である。


 長年の経験から多少考えることはできるが、最後に頼るのは自身の闘争本能と直感だ。



 その動物的な戦い方は、まさに魔獣の如く。



 どんなに計算した戦い方をしても、ラッキーパンチ一発で試合が決まってしまうように、感覚で戦うタイプの人間は奇跡を生み出す。


 否。それは奇跡ではない。直感が理屈を上回る瞬間なのである。




 調子に乗ったダディーに対して、ファテロナは攻撃を当てつつも打開できないじれったい状況が続く。




(硬い。やたら硬い。これだから逞しい殿方というものは…。仕方ありません。こうなれば『アレ』を使うしかありませんね。アレならば必ずヤレますが…しかし、さすがにうざいですね。あいつら。早くドッカイケヨナー)



 ファテロナにはまだ見せていない技がある。それを使えば、どんな強固な相手でも殺すことが可能だ。


 が、公衆の面前で使うことははばかられた。


 ミエルアイブがすごく見てる。衛士たちも、みんな見てる。凝視してる。


 プライリーラも自分の情報を周囲に教えすぎたためにソブカに不覚を取ったのだ。暗殺者である彼女にしてみれば、なおさらデリケートな問題である。


 暗殺者なのだから本当は闇夜に紛れて相手が独りの時に仕掛けるのが普通だ。こんな目立った場所で戦うものではない。



 その一瞬の迷いが、ダディーにチャンスを与える。




「おらっ!!」



 ボンッ ドバンッッ


 ダディーが足で石畳を蹴る。


 当然その足には戦気をまとっているので、爆発が起きたかのように炸裂。無数の石ツブテが襲いかかる。



(ちっ、面倒ですね)



 ファテロナは後方に回避。


 考え事をしていながら咄嗟に回避できるのは見事であるが、さすがに隙が生まれた。


 そこにダディーが突っ込んできて拳を振るう。



 ブンッ スカッ



 ファテロナはこれも宙に飛んで回避。暗殺者を捉えるのが、いかに難しいかがよくわかる。


 しかしながら彼女も万能ではない。逃げ場がなければ、よけられない。


 死に体のファテロナにダディーが追撃。跳躍してからの蹴りが襲う。



(剣を盾にすれば、かわせる…!)



 ファテロナは剣を使って、蹴りを受け流そうとするも―――そこから加速。



「おおおおおっ!!」


「っ―――!!!」



 ドンッッッッ!!!


 ダディーの両手の戦気が爆発し、空中でもう一度伸びた。


 それはまるでロケットの切り離し二段ブースターのように、さらに追加で加速したのだ。



 突然変わった速度に対応できず―――



 バギャッ


 蹴りがファテロナの肩にヒット。


 女性、しかも暗殺者タイプの体力に劣る彼女が、この魔獣のような大男の蹴りをくらえばどうなるのか。



 ボギンッ ぐしゃっ





―――へし折れる





 ファテロナの左肩が完全に外れ、胸骨も肩甲骨も巻き込んで粉々になる。



 覇王技、天覇てんは魯灯脚ろとうきゃく


 ある日、道を通りがかった両手首の無い男に対し、心無い店主が「今調子が悪くて動けない。代わりにあの天井の灯りを取り換えてくれ」と頼んだ。


 両手が無いので梯子は使えない。取り換えるのも無理だ。それを知っての意地悪である。


 だが、その男は気軽に引き受ける。店主はどうせ安請け合いだと思って見ていると、男は両手から戦気を放出して、足を使って軽々と灯りを取り換えてしまったという。


 そして驚いた主人をよそに、両手の無い男はこう言って去っていった。



「実は私は目も見えず、光を知らない。灯りというものが生活に必要だと教えてくれてありがとう」



 これはその時の逸話を元に生まれた技であるといわれている。


 技としては両手から戦気を放出して、二段加速するという単純なものだが、姿勢制御が難しくて好んで使う者はあまりいない。


 ただ、上手く使えれば回避が難しい技なので、主に空を飛ぶ魔獣などに対して効果的である。今ダディーがやったように追撃に使う時にも威力を発揮するだろう。



 ちなみにこの盲目の手無し男であるが―――



 その男こそ、のちの覇王である『天覇公てんはこう』。



 生まれながら大きなハンデを背負った彼にとっては、天井も床も、光も闇もなく、天すら理解しえない。そうであるにもかかわらず、天を自由に駆ける姿は人々を魅了した。


 手がないゆえに放出系の技を得意とし、覇王流星掌を生み出した覇王としても有名だ。


 覇王流星掌に「天覇」の文字がないのは、覇王ならばそれくらい使えて当然だ、という意味合いもあるのかもしれない。


 単に彼が無欲で自分の名前を付けたがらなかったという話もあるが。




「………」



 ファテロナは吹き飛ばされながら自身の砕かれた左肩を見る。ショックだったのか、じっと傷を見ている。


 アンシュラオンは女性ということで手加減していたので、彼女がここまでのダメージを受けるのは久しぶりだ。


 だが、今は真剣勝負の最中。悠長にしている暇はない。


 しかも実力が拮抗しているのならば、こんなチャンスを見逃すはずがないのだ。



 さらにダディーは追撃。



 ドガシャッ



 ファテロナを思いきり殴りつける。鉤爪を付けているので、抉るような強烈なパンチが炸裂した。




 ヒューーーーンッ ドンッ!! ゴロゴロゴロッ




 地面に墜落したファテロナが、野球のボールのように転がっていく。





 ダディーも着地。様子をうかがう。



(死んじゃいないとは思うが…さすがに顔は殴れねえな。まあ、女の胸を殴るのも好きじゃないが…これで終わったか? あの細い身体だ。さして体力があるとは思えないが…)



 殴ったのは、硬化した胸部。


 顔を狙わなかったのは男としての優しさであるが、骨折と内臓破裂程度は覚悟してもらわないといけない。


 ダディーの渾身の一撃を受けたのだ。これは致命傷であろう。



「なっ、ま、まさか…ファテロナ侍従長が!! ディングラス最強の武人が!!」



 これにはミエルアイブも驚く。


 なにせ彼女が最後の拠り所だったのだ。それが負けてしまえば必然的にこちらの完全敗北が決定してしまう。


 その先に待っているのは罵詈雑言の嵐と降格のコンボである。



「ど、どうすれば…そ、そうだ! 後ろに前進だ! それならば逃げることにはならんぞ!!」



 戦車を破壊するような敵がいるのだから気持ちはわからないでもないが、なんともなさけないことを言い出す。


 それも仕方ない。強力な武人同士の戦いに常人が入っていけるわけがない。彼らにできることは撤退することだけなのだ。


 それが判断できるだけでも十分指揮官としての資質はあるだろう。神風特攻を命じるアンシュラオンよりは、よほど優秀だ。




 その時、ダディーが大声で怒鳴った。




「逃げろ!!! さっさと行け!!」


「なにぃいいい! 我々は逃げるのではない! あちらに全力前進するのだ! 訂正しろ!!!」


「馬鹿が!! 死にたいのか!! 逃げろ!!! 全滅するぞ!!」


「誰が馬鹿であるか! 自分は誇りある特別上級衛士隊の隊長で…」


「ちいいいっ!! くそっ! 間に合わん!!! 死んだら自業自得だからな! 俺たちのせいにするなよ!」


「何を言って―――」




 ゾゾゾゾゾゾッ ブワワワッ




 突如、地面に紫色の【霧】が立ち込める。


 それは徐々に増え始め、気付くと周囲が紫色の濃霧に包まれていた。



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