342話 「ラングラス最強とディングラス最強 後編」


 ファテロナは属性剣を使いながら、ダディーを押し込んでいく。


 非力な彼女ではあるが、剣の質の良さと属性強化によって切り傷を付けられるようになっている。


 そして、どこかで毒を入れるタイミングを計っているはずだ。


 浅い傷では致命傷に至る前に対処されるので、強撃を入れて深く毒を注入させようと考えているのだ。



 その時である。



 ブンッ!



 ダディーが剣撃の隙間に強引に拳を伸ばした。


 無理やり突破して乱打戦に持ち込もうと思ったのだろう。力勝負になればダディーの勝利は間違いないのだ。


 ただ、ファテロナからしてみれば、この不用意な行動は完全なるミスに映る。



(置きにきましたね!! そこがラッキぃいいいーーーーセブン!!! 流し打ちのチャンスなのですよぉおおおおおお!! ウィッヒーーー!!)



 きわどい球をすべてカットして投手を焦らせ、ストライクを置きにきた甘い球を叩く。狙い通りの行動だ。


 ホームランバッターならば強振なのだろうが、ファテロナは一番や二番を担当するようなスピードタイプなので流し打ちと表現したのだろう。


 なぜか野球を知っているファテロナ。侮れない女性である。



 すかさずファテロナは強撃の構え。最高の一撃を出すために体勢を整える。



 ここで野球のたとえを出したのは、べつに野球好きだからではない。


 剣での攻撃がバット同様、【芯】に当てることが重要だからだ。


 非力な人間でも、バットの真芯でボールを捉えればホームランになるように、剣にも芯と呼べる部分が存在する。


 その芯の部分を鋭い角度でタイミング良く当てると驚くほど簡単に切れるのだ。


 パワーがあればもっといいが、スピードとタイミングだけでも十分な威力が生まれる。


 これもRPGでいうところの「会心の一撃」であろうか。ヒットすれば通常攻撃でも『防御無視』効果が発生するのだ。


 強い武人というのは、そういった知識も理解しているものである。同時に、そういったところで差を生み出すものだ。



 ここだ。このタイミングだ。



 ファテロナは剣に毒を満たし、渾身の力で切り下ろす。



 シュパッ!!



 大気を裂く閃光が走り、ダディーの腕に向かっていく。


 もしこれがヒットすれば腕が飛ぶかはわからないが、ひとまず大きなダメージを与えられるはずだ。


 それだけ深く刺されば毒も致命傷になる。その段階で終わりだ。


 ファテロナは自分のペースに持ち込んだ。そこで必殺の毒を使った。まさに計画通りであった。



 だがしかし、しかしである。



 ソイドダディーがなぜラングラス最強と呼ばれるのか、その理由がわかるだろうか。


 ほぼ単身でラングラスの武を担ってきた男である。のし上がってきた男である。


 そんな無骨な男が闘争によって練り上げてきた力は、伊達ではない!!





―――ガィインンッ!!





 剣が―――弾かれる。



 最高のタイミング、最高のスピードで入ったはずの剣が、弾かれてしまった。


 まるで金属同士が当たったかのような硬質的な音がし、剣を持った腕が強く痺れた。



(―――っ!! 斬れない!? 硬いっ!)



 この現象にはファテロナも困惑。いつもよりちょっと真面目な顔になった。


 攻撃はたしかに防具のない腕にヒットしている。彼女は本気で腕を切り落とそうとしたのだ。


 だが、直撃したはずの刃は、通らない。


 そうなれば当然、今度は反撃が生まれる。



 ダディーの鉤爪がそのまま振り払われ―――




 ザクウウッ!!




 ファテロナの胸にヒット。




「くっ!!」



 ファテロナは一度後退。バックステップで間合いを取る。


 ボタボタッ ボタタッ


 その際に彼女から血が飛び散り、地面に赤い染みを作っていった。


 見れば、白いメイド服の胸部が装甲版ごと切り裂かれ、真っ赤に染まっているではないか。


 なんてことはない。ダディーからしてみれば装甲服など無意味で無価値なのだ。


 彼のパワーから繰り出される一撃は、いともたやすくファテロナの身体を切り裂ける。相打ちになっても彼が勝つわけだ。




「随分と硬い腕をお持ちのようですね。おみそれいたしました」



 ファテロナは傷ついた自身の胸をまさぐりながら、ダディーを熱い視線で見つめる。


 筋肉操作で乳房を硬質化させていたこともあり、それがクッションとなって心臓を守ったようである。



「腕だけじゃねえ。全身だ。今後はてめぇの攻撃なんぞ通らないと思え」


「それはそれは。殿方の身体が硬いのは素晴らしいことです。きっと下半身も硬いのでしょうね」


「当然だ。なんなら試してみろよ」


「ふふ、さすがソイドダディー様。貫禄がございます」



 息子二人の父親である。その程度の言葉には動じない。



 ギラギラ



 そしてなんと、ソイドダディーの皮膚が【黒光り】しているではないか!


 盛り上がった肉がテラテラと黒く輝き、その力強さをこれでもかと主張している。まるで油を塗って日焼けしたボディービルダーである。


 けっして卑猥な表現ではない。ファテロナの発言と相まって誤解されるかもしれないが、そういう意味ではない。



 これは―――『皮膚硬質化』。



 ダディーが持っているスキルの一つであるが、ユニークスキルではなく一般スキルだ。一部の魔獣などにもこうしたスキルを持つものがいる。


 このスキルは文字通り、身体の体表を硬質化させるものである。


 武人はもともと肉体操作ができるので、アンシュラオンが局部を硬くしたように、身体を硬化させて防御力を高めることが可能だ。


 これはそれをさらに強化するものだと思えばいいだろうか。一時的に皮膚の硬質化を強めることで身体全体を魔獣の鱗のようにしてしまうわけだ。


 それによって重い鎧などを着なくても、身軽なまま防御力を維持できる便利なスキルである。



 使っている間はBPが減り続けるデメリットもあるが、それ以上の最大のメリットが―――『防御力貫通不可』を一時的に与えることだ。



 一時的にではあってもクリティカル攻撃をすべて無効化し、さらに防御力も高める鉄壁スキル、というわけだ。


 これはファテロナにとっては、特に非常にまずい能力である。


 こうなるとダディー自体の耐久力が高いので、彼女程度の攻撃力では、いくら属性剣を使っていても貫通は無理だと言っているようなものだ。



「てめぇは俺には勝てねぇ。背負っているものが違うからな」


「…たしかにこのままでは勝てそうもございませんね」



 ファテロナがいくら攻撃をしてもダメージが与えられない。


 そうなれば持久戦となり、体力的に劣る彼女の負けは必至である。




 だが―――これでヒートアップ。




 まだ力を全部出していないのはファテロナも同じことである。




「いい、イイですね! いいですよ! これでこそ私の血も燃えてくるというものです。あーー、熱い…アツイ!! アツイヨーーー!! ママーーーー!! うふふふ、アハァアアア!!!」




 ガシャンッ ブスブスッ


 ファテロナが剣の柄を強く握り込むと、そこからいくつもの刃が出てきて手の平に突き刺さる。


 自分が握る柄である。そこに刃があるなど何の罰ゲームだろうか。


 だが、本来ならば流れ落ちる血液はどこにも見られない。地面にもこぼれていない。



 その代わりに刀身の色が少しずつ変化していき―――濃い紫色になる。



 これは彼女の血液の色、以前アンシュラオンにも使った『血毒』の色である。


 この小剣、『血恕御前ちじょごぜん』には一つ変わった能力がある。




―――【吸った血液を力に変換する】




 それが血恕御前と呼ばれる準魔剣の力なのである。



 忘れてならないのが、彼女の異名は―――『毒殺のファテロナ』。



 好きでこの異名を付けたわけではない。周りがそう名付けたのだ。


 彼女の息が、彼女の血液が、彼女の体液すべてが毒となって、触れる者すべてを死に至らしめる。


 近づくだけで呼吸困難を引き起こし、痙攣して死んでいく。草木も枯れていく。


 幼少時代、傷ついた彼女を介抱しようとした男性が、血液に触れただけで死んでしまったこともある。お釣りをもらうために手が触れただけで、女性が死んでしまったこともある。


 そんなことが重なり、誰もが彼女に近寄らなくなった。いや、近寄れなくなった。



 そして彼女は『毒殺』の名を与えられる。



 気をつけて彼女の動きを見ていれば、不用意に他人に触れないようにしていることがわかるだろう。自分自身が危険な存在であることを自覚しているのだ。


 人ごみに出るときは呼吸も止めている。武人なので数時間くらいは軽く止められるが、好きでやっているわけではないだろう。


 ただし唯一ベルロアナと一緒のときだけは、まったく気を遣っていない。彼女が不用意に自分に触れようがまったく気にしない。


 コシノシンに対する抵抗力を見てもわかるように、ベルロアナはやたらそういうものに強いのだ。麻薬中毒も放っておけばすぐに治るだろう。



 馬鹿は風邪を引かない。


 馬鹿は中毒になってもすぐ治る。


 馬鹿は毒に侵されても【気付かない】し、死なない。

 


 馬鹿最強伝説である。


 だからこそファテロナは、ベルロアナのことをいたく気に入っているのかもしれない。



「ハァァア!! お嬢様を傷つけていいのは…私だけ。フフフッ!! イーーーーヒッヒッヒッヒッ!!! ヒャハアアアアアアアア!! さあ、吸ってぇええ! もっと、もっと激しく!! ママの血を吸ってぇええええ!」



 どくどくどくどくっ どくんどくんっ


 血恕御前がファテロナの血液を大量に吸っていく。そのたびに剣の色が強く、濃くなる。


 そこに彼女の【ドス黒い戦気】がまとわりつき、凶悪な剣気を生み出していく。



(本性を現しやがったか…やべぇな。【裏スレイブ】はこれだから怖い)



 ダディーはファテロナを裏スレイブと称する。


 事実ファテロナはこれまで何十人という武人を殺しているし、一般人ならば三桁以上は確実に殺している。


 そう、この女性も裏スレイブと呼ばれても不思議ではない経歴を持ってるのだ。


 たまたま「メイドきぼんぬ(死語)」と書いて表スレイブに登録しただけで、裏の業界でも喜んで迎え入れられたであろう逸材である。




「イキますよぉおおおおおおおおおおっ!!!」



 ファテロナが離れた位置から剣を振り払う。


 ドパパッ


 放たれたのは水滴。細かく水飛沫にした毒を振り撒いたのだ。


 狙ったのは―――顔。



「ちっ!」



 ソイドダディーは、体格に似合わぬ素早い動きで回避。横に飛び退く。


 水滴は後ろにあった木に当たると―――


 シナシナッ ハラハラ


 急速に葉を散らしながら枯れていき、一瞬で丸裸の痩せた木が生まれる。



(呼吸器を狙ってきやがったか。たしかに皮膚は通らなくても粘膜からは通るからな。ちっ、そういうところもイヤらしいぜ)



 ファテロナが狙ったのは、口や鼻、耳などの体内に通じる穴がある部位だ。


 特に呼吸は武人にとっても命なので、うっかり吸い込めば毒に汚染されてしまう。無理に皮膚を突き破る必要はないのだ。


 シュパパッ


 再びファテロナが毒水滴を放つ。今度はホースで庭に散水するように、大量に広い範囲に放ってきた。



(こんなもの、いつまでもかわしきれるか! 焼くのが一番だ!)



 ダディーはよけない。右手に戦気を溜めると前方に放出。激しい熱量で一気に焼き払った。


 アンシュラオンもよく使う戦気掌である。


 ハンベエを戦気で隔離すれば毒が封じられたように、強い戦気を使えば毒そのものを蒸発させることが可能である。


 だが、もちろんそれはファテロナも承知の上。


 気付くと、すでに彼女の姿は地上になかった。



「っ!!」



 ダディーは咄嗟に上空にジャンプ。


 次の瞬間にはファテロナが影から現れており、小剣を払っていた。



「あらあら、惜しかったですね。フフフッ」



 ダディーが戦気掌を使ったことで、一時的に防御戦気が衰えた瞬間を狙ったのだ。


 血恕御前が血を吸って力を増している今、戦気を集中させないと防げない可能性が高い。ダディーは咄嗟にそれに気付いたのだ。


 これも長年の経験による危機回避能力である。



「影にばっかり隠れてんじゃねえ!!」



 上空から地面に向かってダディーが発気。


 生み出された火気が大きな火の龍になって襲いかかり、大地に激突。爆炎を生み出す。


 ドボオオオオオオッ!!


 炎は一気に広がり、周囲一帯を焼き尽くした。



「あちちちっ!! 退避、退避である!! 戦いに巻き込まれたら死ぬぞ! そこ、燃えているぞ!! 消火しろ!!」



 ミエルアイブが必死に叫ぶも、その余波は少し離れていた衛士隊にまで及び、何人かが火に包まれる。


 少し距離があったことと鎧を着込んでいたので助かったが、ここが室内だったら確実に焼け死んでいたことだろう。



 覇王技、炎龍掌えんろんしょう


 因子レベル2で扱える技であり、火気を広域に放射するものである。その姿が炎龍を彷彿させるので、そう名付けられている。


 低級技だが威力は高く、至近距離で使われると回避できないので非常に危険である。


 ダメージ倍率の良い範囲攻撃でもあり、火属性がある戦士ならば、ぜひとも覚えておきたい技といえるだろう。




 ススーーーススッーーー




 そして、爆炎に包まれた大地で何かが動いているのが見えた。


 真っ黒な円形状の影が、ぽつんと不自然に浮かび上がっている。


 そこからぬるっと、ファテロナが出てきた。



(暗殺者との戦いには慣れているようですね。これで影隠は使えませんか)



 ダディーが周囲を炎で覆ったのは、他の影をなくすためである。


 当たり前だが、影隠は本当に影に潜むわけではない。言ってしまえば空間格納術で自分だけが入れるスペースを作って隠れているだけだ。


 ただ、ポケット倉庫のように完全に隔離はできないので、どこかしらに出口を作っておく必要がある。それを周囲の影と同化させて見えにくくしているにすぎない。


 こうして周囲の影がなくなってしまえば、逆に滅茶苦茶目立ってしまうのだ。


 このあたりの判断力は、さすが熟練の武人である。ソイドファミリーは外部の敵とも戦っているので暗殺者との戦闘経験も豊富なのだろう。


 暗殺術などというものは種がバレてしまえば簡単に対処が可能だ。


 だが、次はその中でも一番厄介なものを展開。



 ファテロナが―――三人に分かれた。



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