341話 「ラングラス最強とディングラス最強 中編」


 ソイドダディーも瞬時に本気の戦闘モードに入る。静かな中に熱い闘志が燃え、体表を力強い戦気が覆う。


 頭がおかしいとはいえ、ファテロナは実力的には都市でトップクラスの達人である。


 彼女が装備を整えたならば、こちらも素手だけで対応することは難しい。


 何よりも『毒』が危険だ。一つの浅い傷から全身に回る。かすり傷一つさえ許されない戦いになるだろう。


 それに対抗するため押入れ君から『鉤爪』を取り出すと、両手に装備。


 篭手と爪が合体したような頑強なもので、武器にも防具にもなりそうなものだ。これがダディーの戦闘用のメインウェポンである。


 素手であれだけ強い彼が武器を持てば、さらに強くなるのは道理である。それだけファテロナが強いことを認めた証であった。



「てめぇらが引くっていう選択肢はないのか?」


「そんなつまらないことをしても誰も喜びません。周りをごらんください。ショーを楽しみにしている方々で溢れかえっております。返り血を浴び、自ら死んでもよいと思っている勇気あるモッサッ(猛者)!たちを、歓喜の饗宴きょうえんで真っ赤に染めてやりましょうぞ! ソーワンダフォー! ヒーコー(コーヒー)プリーズ!!! ゲッツモーニンッ(やっぱりモーニングセットください)!!!」



 もう補足が入らなければ意味が通じないようになってきた。いや、注釈が入っても意味がわからない。ヤバイ兆候だ。


 テンションが上がると会話すら難しくなる。それがファテロナクオリティーである。



「ああ、そうだったな。お前はそういう狂ったやつだったよ。まるでホワイトみたいなやつだ」


「ありがとうございます」


「褒めてねぇ―――よっ!!」



 話し合いの価値すらないことがわかったので、ダディーから突っ込む。



(暗殺者相手に後手に回るのはまずい。こっちからいく!)



 暗殺者は多彩な技を持っているので、それに翻弄されて相手のペースになるのが一番怖い。


 ならば、こちらから攻めるのが常套手段である。


 アンシュラオンのように余裕で待ち受けるなど普通はできないので、攻め続けることで逆に後手に回らせるのだ。


 身体中に戦気を放出させ、圧縮した力を一気に爆発。弾丸のように突っ込んでいく。



 そして、間合いに入ったファテロナに鉤爪の一撃を振るう!



 スピード型のファテロナとパワー型のダディーでは、性質が正反対だ。


 やはりスピードに長けた武人は体力に劣る傾向にあるので、戦車すら簡単に破壊する攻撃をまともにくらえばノックアウトである。


 むろん、それが当たれば、であるが。



 スススッ スススッ



 ファテロナは『すり足』のように大地に足をすり付けながらも、そのまま流れるように高速で動いていく。


 その姿はまるで氷の上でスケートをしているかのように滑らかで、摩擦など一切存在していない様相である。


 暗殺術、『忍足しのびあし』。


 音を立てないように歩くことを忍び足というが、この技も実際に音がしないので意味合いとしては同じであろうか。


 原理としてはアンシュラオンやアル先生が、足の裏に命気あるいは戦気を放出して移動するのと似ているのだが、暗殺術の忍足は『ステップ』でもあり、これ自体が回避運動を兼ねたものになっている。


 また、暗殺者の資質がないと使えないので、ほぼ忍者か密偵、暗殺者専用の技である。



 ススススッ ブーンッ スカッ



 迫りくる鉤爪を華麗にかわす。


 このあたりはスピード重視の本領発揮だろう。焦ることなく冷静に回避する。


 だが、ダディーにしても一発で当たるとは思っていない。



「おおおおっ!!」



 ダディーの追い討ち。両手の鉤爪で連続攻撃を放つ。



 ブンブンブンブンッ スススススッ シュルリッ



 当たれば大ダメージ必至の攻撃が鋭く繰り返されるが、フィギュアスケートのジャンプのように回転しながら、連撃をすべて紙一重でかわしていく。



 それどころか回避した瞬間にカウンター、一閃。



 ズバシュッーーッ! ガキィイインッ



 ダディーの首に向かって鋭い一撃が放たれる。それを篭手の部分で受け流すも、本気で頚動脈を狙った一撃に肝を冷やす。


 ファテロナは回避も速いが攻撃も速い。小剣という小振りの武器を装備しているのも素早さを生かすためだ。


 対するダディーはパワー型なので初動はかなり鈍い部類に入る。筋肉モリモリゆえに、どうしてもモーションが大きくなるのだ。


 このタイミングで防げたのは、武器としては比較的軽い鉤爪だったからであろう。こうした武器は手の延長感覚で扱えるのも利点である。




 ブンブンッ スカッ ガキィイインッ


 ブンブンッ スカッ ガキィイインッ


 ブンブンッ スカッ ガキィイインッ




 ダディーが攻撃し、それをファテロナが避けながらカウンターを入れるという攻防がしばし続く。




「うふふっ、やはり少しは楽しめますね」



 ファテロナには相当な余裕が見て取れる。


 まだお互いに様子を見ている段階だ。それぞれの攻撃に危険な要素があるので迂闊に飛び込めないという事情もある。


 だが、そういったことを差し置いても、ファテロナの表情が気に入らない。



(遊び感覚かよ、このやろう。同じく流れもんだが、立場も責任もまったく違うな)



 ダディーは義理堅い性格なこともあり、自分を拾ってくれたラングラスに強い愛情を感じている。


 四大会議でホワイト討伐を志願したように、そのためならば死んでもいいと思ったのは本音だ。


 しかし、ファテロナは享楽のみで生きている。領主への態度を見ていればわかるが、ディングラスへの忠義はない。


 たまたまベルロアナを気に入った、という理由で従っているにすぎない。


 もちろん変人には変人の矜持が存在するので、彼女もイタ嬢のためならば死んでもいいと本当に思っていることだろうが、背負っているものの大きさや重さはダディーと比べられない。



「なめるなよ!! こっちは組を背負ってんだ!! ラングラスを背負ってんだよ!!」



 ブオオオオオオッ


 強い精神エネルギーが力となり、激しい戦気がダディーを包む。


 それと同時に鉤爪が燃えるように光り輝き、膨大な戦気に包まれる。



「うおおおおおおお!」



 そこからのラッシュ。鉤爪の性質を利用して、引っ掻くように攻撃を繰り出していく。


 スス ススッ


 ファテロナは再び忍足でかわす。さすがに暗殺者だけあって回避は得意中の得意だ。まるで当たる気配がない。



 しかし、鉤爪が―――さらに肥大化。



 一回り以上大きくなったと思ったら、攻撃の瞬間に周囲に【火花】を撒き散らす。



 ジュオオオッ ボボッ



 その火花に触れたメイド服が焼け焦げた。『火耐性』が付与されている服が、あっさりと燃えている。



 覇王技、雷火宴武爪らいかえんぶそう


 戦気で生み出した爪で攻撃しつつ、その際に【雷火】を撒き散らして追加ダメージを与える技だ。


 アンシュラオンがよく使う蒸滅禽爪じょうめつきんそうと同じ系列の技であるが、こちらは因子レベル2の技で完全なる下位互換となっている。


 ただ、火と雷の複合属性なので、因子レベル2とはいえ攻撃力は高い技だ。


 こうして連撃で使えば周囲を巻き込んでダメージを与えられるので、素早い敵や数が多い場合に有用だろう。


 戦気が強いため防御が弱い相手ならば、雷火だけで十分倒すことも可能だ。このあたりの技の選択も熟練した武人であることをうかがわせる。



 また、彼が使っているのは、あくまで覇王技である。


 ダディーは鉤爪という武器を使っているので、剣気を放出してもいいように思えるが、残念ながら彼の剣士因子は一般人に近いレベルの「0」である。


 剣気を出しても戦気と大差がないので、鉤爪を使うのは拳の補強を目的としたものでしかない。


 まさに生粋の肉弾戦ファイター。すべての因子が身体強化にのみ使われている状況である。


 もともとのパワーが強ければ剣気の強化をしなくても強いので問題はないわけだ。むしろ武器に頼らない分だけ自由に動ける。




 じゅっ ジュウッ



 メイド服が焼ける。攻撃の余波が強くなったため、ファテロナが完全に回避できなくなる。


 しかし、暗殺者の本領はここからだ。



 ズブブブッ



 ファテロナが地面に吸い込まれるように消えた。


 アンシュラオンとの戦いでも使った『影隠かげかくれ』である。



(これだから暗殺者はよ! どうなってんだ!)



 相手が消えてしまえば、どんな相手でも攻撃のしようがない。


 暗殺者のスキルラインは完全に独立しており、他の系統とは異質なものとなっている。


 一説によれば無意識に術式を併用しているという話もあるので、半分は術者と考えてよいのかもしれない。だからこそ奇妙な技が多いのだ。


 そして、これが非常に厄介である。


 通常戦闘では対応できないことが多くなり、多少の実力差くらいは簡単に覆してしまう。


 暗殺者が『暗殺』を多用するのは、そうしたスキルが充実しているからだ。違う視点で見れば、彼らは暗殺という手段を使うしか生き残る道がなかったのだろう。


 因子の覚醒が『半端』な者が暗殺者になるといわれているくらいだ。戦士にも剣士にもなれない器用貧乏と揶揄されることもある。



 ただし、もしうっかり条件が噛み合えば―――【脅威】となる。



 特殊なスキルを使いながら、パワーやスピードにも長ける『特異種』が生まれかねない。歴史に名を残す暗殺者の多くが、そうした特異な存在であった。


 そしてファテロナも、術士の因子を持つ『ハイブリッド〈混血因子〉』である。


 ぱっと見ると彼女の因子レベルは「剣士2」「術士1」と低く見えるかもしれないが、ハイブリッドならば、この数値は二倍以上になると考えたほうがいい。


 本気になれば「剣士4」「術士2」程度の力を、『劣化なく扱う』ことができるのだ。それはまさに脅威となる。



 ズズズッ



 とはいえ、その者の頭がおかしければ意味不明なこともする。


 ファテロナが出現した場所は、なぜかミエルアイブの後ろであった。



「えええええっ!? どこから出てくるのですか!! なぜここに!?」


「暴漢に襲われています。怖い。助けて」


「自分はあなたのほうが怖いです!!」


「油断してはなりません! 来ますよ!!」


「来るって言われても…どわわ!!」



 ミエルアイブが慌てて屈むと、そこにダディーの拳衝が飛んできた。


 ドゴーーン


 背後にあった武器運搬用馬車が吹っ飛ぶ。拳の衝撃波だけでこの威力だ。当たれば一般人なら即死である。



「惜しかったですね」


「何がですか!? 巻き込まないでいただきたい!」


「そんな髭では女性にモテませんよ。ファックユーッ!!! ザクッ」


「あー、髭が切れた!! なぜ斬ったのです!!」


「これが私の愛情表現なのです!!!」


「もう来ないでください!!!」



 慌てて逃げ出したミエルアイブは、切れた髭を懸命に接着剤でくっつけている。彼の硬い髭はこうして生まれたのだろう。


 このやり取りはまったく不要で不毛である。テレビ番組だったら編集で容赦なくカットだ。


 だが、真面目な戦いの最中でもフリーダムに動くのが彼女の生きざまであった。




「ふざけたやつだ! やる気があるのか!」


「私はいつでもやる気満々です。では、ご要望に従い、そろそろギアを上げてまいりましょうか」



 ファテロナは、お返しとばかりに剣衝を放つ。


 ただし普通の剣衝ではない。放たれた剣圧が水の刃に変化し、ダディーに襲いかかる。


 ダディーは肥大化した雷火爪で防御。



 バジュウウンッ!! どんっ!



 水と火が属性反発を起こして膨張、腕が押される。


 その間にファテロナが一気に加速して突っ込んでくる。



 ズバババババッ! ざしゅっ ズバッ!



 生粋の剣士かと見まごうばかりの華麗な剣技が炸裂。


 細かい剣の動きが不規則な乱舞のような剣閃となり、ダディーの身体を切り裂いていく。


 いつの間にか刀身には風の力が宿っている。風で加速された剣だからこそ、この速度が出るのだ。



(こいつがファテロナの『属性剣』か。術士の因子があるってのは本当らしいな)



 ファテロナはハイブリッドなので理屈上は術も扱うことができるが、因子があるからといって誰もが自在に術式を組めるわけではない。


 実際に何の補助具もなく術を発動させるのは難しいものだ。大半の術士も何かしらの術具をブースターとして利用しているのが現状である。


 ファテロナの場合、直接放つ術式は得意ではないが、その代わりに武器を媒体にして各種属性を発動させることができる。


 この世界では『属性剣』と呼ばれるが、いわゆるRPGでいうところの『魔法剣』である。


 系統としては『化紋かもん』という属性付与の補助術式に該当する。


 グランハムも術符を使う『術符剣士』であったが、彼女の場合はいちいち術符を使わずとも自在に属性を変化させられるので、時間を置かず即座に技の性質を変えることができる。


 武人の戦いにおいては一瞬の時間すら惜しい。術符を取り出さずに化紋が使えるのは相当な利点だ。



(だが、属性剣を使っている間は毒が使えないようだな。むしろありがたいぜ)



 ファテロナは『火水風雷』の四属性の属性剣を使えるが、何事にもデメリットはあるものだ。この間は毒は使えない。


 ダディーが見抜いたように毒も属性の一つなので、同時に扱うのは難しいわけだ。


 もともとこの技は、毒が効かない相手や特定の属性に弱い者、あるいは強敵相手にペースを掴むために繰り出すものである。


 こうして速い攻撃で相手を翻弄し、最後はお得意の毒で決めるのが彼女の強者用の必殺パターンなのだ。


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