340話 「ラングラス最強とディングラス最強 前編」


 ウィーン


 今度は戦車がダディーに砲身を向ける。


 戦車砲の威力は速射砲を上回る。口径もこちらのほうが大きいので、討滅級以下の大型魔獣にも十分通用するだろう。



 ドンッ



 発射。


 ダディーはまたもや、よけない。


 だがしかし、これも当然ながら―――



「ぬるいんだよ!!」



 ぐしゃっ ボンッ


 着弾のポイントを正確にアッパーカットで打ち抜き、破砕。戦車砲も簡単に防いだ。


 砲弾の速度を完全に見切る目、一点を狙う攻撃の質の高さ、大きな見た目通りの溢れるパワー。


 肉体の強さ、戦気の質、戦闘経験値、どれもが非常に高いレベルにある。まさにラングラス最大の武闘派組長に相応しい力だ。



 そして、ラングラス最強の武人にかかれば、戦車の装甲もやわいものである。



 接近したダディーは砲身を掴むと―――



 めきょぉおおっ バチンッ!!



 強引に捻じ曲げ、引きちぎる。


 鉄鋼製の戦車砲を腕力だけでちぎる。まさに力技である。



「はっ!!」



 ボゴーーーンッ


 再び虎破。真下に正拳突きを打ち込む。


 拳は戦車の装甲を貫通して、突き抜けた衝撃で中にいた衛士が全身を打ち砕かれて死亡。


 さらにそのまま力を入れて持ち上げ―――宙に軽々と放り投げた。



 ひゅーーーん ドゴンッ!!



 戦車は逆さまに地面に落下。ひっくり返った亀のように身動きが取れなくなる。


 こうして、いともたやすく衛士隊の切り札を無力化。速射砲も戦車もまるで役に立たない。



 その光景にミエルアイブは、目が飛び出さんばかりに驚愕。



「ひ、ひぃいいいいっ!! ちょっと、なにあれ!! 反則じゃないの!?!」


「言っただろう。玩具だとな。こんなもんが通じるほど、俺らの世界は甘かねぇんだよ。本気でやるなら、せめて戦艦くらい持ってきな」



 なぜこの世界の人間が剣を持つのか。素手で戦うのか。


 理由は簡単だ。銃や砲台よりも拳や剣のほうが強いからだ。


 それは戦車や戦艦などの近代兵器とて例外ではない。アンシュラオンほどの武人ともなれば単独で戦艦を撃沈させることも容易である。


 たとえば覇王流星掌を受ければ、複数の艦を一瞬で潰すこともできるだろう。



 人間の可能性をとことん追求した存在。


 それこそが【武人】なのである。



 ソイドダディーのレベルともなれば戦車とて脅威にはならない。


 これも逆に考えれば、東大陸にいる魔獣は戦艦よりも脅威なのである。戦艦程度ならばデアンカ・ギースでも簡単に破壊するだろう。


 とはいえ西側の高性能戦艦になれば高出力の障壁やら、高位の術式弾も搭載している可能性があるので油断はできない。一発数十億円もする術式弾ならば、普通の武人ならば簡単に焼き殺すこともできる。


 このあたりも両者ともにピンキリである。


 最低でもダディークラスの実力者でないと対応は難しい一方、パミエルキならば高位術式弾でも簡単に弾くだろう。





 こうしてダディーは、衛士隊の相手を一手に引き受ける。


 彼が来たことで工場に立て篭もっていた構成員も安堵していることだろう。


 しかしダディーにしてみても、突然の惨状に戸惑いの感情のほうが強いようだ。



(ちっ、バッジョーが死んでやがる。俺も殺しちまったし、死人まで出たら後には引けないぞ)



 ダディーもバッジョーの死体を発見。あからさまに目立つところに置いてあるのは、殺した人間の悪意だろう。おそらく挑発だ。


 大事な構成員を殺されたのだ。組長として黙っているわけにはいかない。


 一方の衛士隊にも死者が出ているので、どんな結果になろうとも禍根は残る。仲間が殺されれば誰とて怒るものだろう。



「ミエルアイブ、どういうつもりだ! どうして衛士隊が工場を襲っている! 答え次第じゃ、ただで済ますわけにはいかねぇぞ。こっちは組員に死人も出ているんだ。その償いがてめぇの首一つで足りると思うなよ。文字通りにねじ切るって意味だぜ」


「くっ! 戦車を潰したからといって、いい気になるものでないぞ! これは領主様のご命令だ! 貴様こそディングラスに逆らうのか!」


「領主の…? そりゃ衛士隊が勝手に動くわけはないが…領主が俺らに喧嘩を売る理由なんてないだろうが」


「問答無用である! 麻薬を取り締まることに理由はいらん! おとなしく降伏せよ!」


「状況を見て物を言え。降伏するのはお前たちのほうだ。領主の命令なら領主の詫びが入らないと済まねぇぞ」


「詫びを入れるべきは貴様らのほうである!! 理由は言えんがな!!」


「理由がわからなければ詫びようもないだろうが。…ちっ、悪いときには悪いことが重なるもんだぜ。みそぎも済ませていない間に、また問題が起こるとはな…」



 プライリーラにホワイト制裁の権利を奪われ、行き場のない怒りと焦りを感じていた矢先である。


 ソイドファミリーにしてみれば他派閥に加えてディングラスにまで攻撃され、踏んだり蹴ったりの最悪の状況といえるだろう。


 それもこれもアンシュラオンに関わったからだ。まさに疫病神。災厄である。



(どうする? ここで衛士隊を潰すわけにはいかねえ。殺しすぎると、また話が面倒になる。かといって、やられっ放しじゃ面子が立たねぇ。どこかで落としどころを探さないと…)



 衛士隊が一方的にどこかの派閥を攻撃するなど、今まではなかったことだ。


 それが起きた以上、何かしらの原因があるはずだ。だが、仇をとらないまま終わるわけにもいかない。それでは組として成り立たない。



 その狭間でダディーが迷っていた時である。





「っ―――!!!」




 ぶんっ!!!


 ソイドダディーが突然、まったく後ろを見ないで背後に裏拳を放つ。


 さすが巨体なだけあり、放たれる豪腕の空圧によって砂煙が起きるほどだ。その圧力に、前方にいたミエルアイブが思わず飛び退くのが見える。


 もちろん誰にも当たっていない。大気を弾き飛ばしただけである。



 ぽたぽた



 しかし、ダディーの腕からは血が流れていた。地面に数滴、赤い血が落ちる。



 見ると、腕には―――【切り傷】。



 銃弾や砲撃でさえ傷つかない彼の鋼鉄の肉体である。簡単に切れるようなものではない。


 それが傷つくとなれば、それ相応の原因があってしかるべきだ。



「…また面倒なのがいやがるな」



 ダディーが振り返ると、そこにはいつの間にかファテロナがいた。


 そう、この戦場においてダディーは強者であるが、残念ながら一強ではない。


 有力な対抗馬、あるいはトラブルメーカーと呼べる悪魔がいる。いきなり隣の馬に噛み付き、レースを滅茶苦茶にしかねない凶暴な存在だ。



「あら、よく気がつきましたね。さすがはソイドダディー様。お噂に違わぬ実力です」


「そんだけ殺気を出していればわかるさ」


「それはそれは未熟でございました。少々興奮してしまったようです。なにせこれだけ大きな猪は久しぶりなものですから」


「忘れたのか? うちの家紋はジャガーだぜ。猪と一緒にするな」


「では、大きな猫さんでございますね。うふふ、刺したら可愛く鳴いてくださいね。にゃーご♪」



 ファテロナが可愛く猫の声真似をするが、ダディーはそれどころではない。


 彼女がいるとなれば危険度は一気に跳ね上がる。



(『毒殺のファテロナ』…か。今の一撃に毒はなかったようだが…挨拶代わりの一発ってわけか。なめてくれるぜ)



 ダディーが筋肉操作で傷を塞ぐ。今のところ体内に毒が侵入した形跡はない。


 やろうと思えばできたはずなので、彼女も全力で殺しにきたわけではないようだ。


 だが、親愛の気持ちを込めたわけでもない。これからの戦いを想像して興奮しているだけのようだ。


 噂の異名だけを知っていて実際に相対したことはないが、一撃受けただけでファテロナの実力がわかる。間違いなく達人である。



(まだ若いくせに、ここに来る前は随分と暗殺稼業で鳴らしていたと聞く。たしかにヤバイ感じがビンビンしやがる。しかも【戦闘モード】かよ。どうやら領主の命令ってのはマジらしいな)



 ファテロナの格好はバッジョーを殺した時とは違っていた。どうやら離れていた間に着替えたようだ。


 同じメイド服ではあるのだが、いつもとは少しデザインが違って、微妙にゴツゴツと膨らんでいるところがいくつか見受けられる。


 また、短い刀身の暗殺ナイフではなく、脇差くらいの長さ六十センチ程度の小剣を持っている。


 その切っ先には赤い液体、血が付着していた。ソイドダディーの腕を切り裂いたときに付いたものである。



 普段なかなか見ないが、これこそ彼女の『戦闘用装備』である。



 ハングラスほどではないが領主も金を持っている。不動産というあこぎな商売をしているのだ。何もしないでも金は入る。


 その大半が軍事力に割かれるため、戦車や速射砲同様、武人の装備に力を入れるのも当然のことであろうか。


 『戦闘用メイド服』の内部には術式で強化された装甲版が入っており、薄い見た目に反してミエルアイブたちが使っている装甲服に劣らない物理防御力を持つ。


 さらに防御術式ジュエルも内蔵しているため、非常に強固な防御障壁を『生み出し続ける』ことが可能で、術式攻撃にもかなりの耐性を持っている。


 小剣も彼女の能力を最大限に発揮できるようにと、アズ・アクスの鍛冶職人に依頼して作ってもらった特注品である。



 小剣に刻まれた銘は―――「V・F」。



 そう、アンシュラオンの包丁と同じ鍛冶職人が作ったものである。


 ただし包丁とは目的が違う。こちらは人を殺すためだけに打たれたものであり、造りそのものが異なる。


 ランク的には準魔剣に匹敵するので、いわばソブカが使っている火聯ひれんの兄弟剣のようなものといえる逸品だ。


 さきほどの一撃も、そう力を入れていないにもかかわらず、ダディーの肉体を簡単に切ることができた。


 非力な暗殺者の彼女にとっては実に心強い武器となるだろう。



 これだけの相手がフル装備となると、いくらダディーでも簡単にはいかない。




「まさかこの『イカれ女』までいるとは…とことんやるつもりかよ」


「イカれ女とは酷いです。私はいつだって真面目で本気に生きています。そう、お嬢様への愛情によってのみ生きているのです!!!」


「いつも一方通行だろうに」


「それがよいのではありませんか。若干私を嫌っているけど時々依存してしまう、お嬢様のあのお姿…。反省をすっかりと忘れて、同じミスを何度も繰り返す、あの魅惑のお姿…はぁぁああ、ふひひひ、スバラシーーーー!! モエルーー! あんな馬鹿、見たことねーーーーー!! サイコーーーー!」


「完全にディスっているようにしか聴こえんがな…」


「いえいえ、これは褒め言葉なのです!! 私はそんなお馬鹿なお嬢様のためならば、命を捨てることさえも厭わないのです! ええ、それが愛なのです!! そして、私の愛するお嬢様を【麻薬漬け】にしたあなた方を許すわけにはまいりません!! ビバッ! ジャスティス!! これは正義の剣! YEH!」


「ファテロナ侍従長ぅうううううううううううう!! ストゥゥウウウプッ!!!」


「なんですか? 髭野郎」


「それは機密事項ですぞ!! 絶対に話してはいけないことです!!! …ん? 髭野郎?」


「私ではありません。この剣がしゃべったのです」


「しっかりと口が動いていたではありませんか!!」


「仕方ありません!! 正義の心が燃え滾る情熱を! パトスを吐き出すのですよおおおお!! お嬢様が麻薬でズンドコーーーーー!!」


「ひーーーーーー!! やめてぇええええええええ!」



 剣がしゃべったとかいう話はどうなっただろう? などと訊いてはいけない。


 これがファテロナの日常だ。まともに相手をすると頭がおかしくなる。


 ダディーも「マジで(頭の)ヤバイやつにあたっちまったな」と相当引いている。


 しかし、ファテロナの魂のシャウトで合点がいく。



(ベルロアナに麻薬がいったのか? だから激怒したってわけか…。だが、そんな阿呆がうちの売人にいるのか? どんな手違いだ。運が悪すぎるだろうが。とことん最悪だな)



 ダディーも領主の子煩悩は知っている。遅くなって出来た子であるし、妻のキャロアニーセによく似たベルロアナは目に入れても痛くないほどだ。


 自分も同じく家族想いかつ、息子たちのことは心から愛している。だからこそ気持ちはわかる。女の子ならばなおさら心配だろう。


 しかし、あまりに横暴。強引である。


 いくら娘のためとはいえ、ラングラスにこれほどの攻撃を仕掛けるとなれば、領主の中に「ある程度の覚悟」があることを示している。



(領主がラングラスを【見限った】ってことか。やべぇ、このままじゃラングラスは一人負けだ。ディングラスまで敵にしたら終わりだ。四面楚歌じゃ勝ち目はない)



 衛士隊と戦うということは領主と争う、つまりはディングラスと揉めるということだ。


 四大会議でも示されたように、すでにラングラスは厳しい立場に追い込まれている。そこにきて領主の反感を買うことは最低の流れだ。


 まさに四面楚歌。



 他の四つの勢力から包囲される【四対一】、という構図が成り立つ。



 実際はハングラスが戦闘力を失い、プライリーラがアンシュラオンに負けたことでジングラスも脱落しているので、ディングラスとマングラス対ラングラス、という【二対一】の状況なのだが、こればかりはダディーが知る由もないことだ。


 ただし、仮に後者であっても最悪であることには変わらない。


 グマシカは有利なほうに味方するはずなので、あえて負け組濃厚のラングラスを助けるわけもない。


 せいぜい仲介を申し出るくらいだろう。


 そして、その仲介が問題となる。ラングラスの力をごっそりと奪う、あるいは大きな貸しを与えるような内容になるはずだ。


 そうなればラングラスはマングラスの舎弟に成り下がる。それだけは避けねばならない。



(こんなところで躓いてたまるかよ!! この女を殺してでも勝たないといけねえ! そうだ。勝ったもんが道理を決める! それが自然界のルールだ!!)



 相手がやる気ならば、こちらも全力で相手をするしかない。



 この最悪の状況を打開する唯一の道が【ディングラス最強】のファテロナを倒すことのみ。



 ラングラスが強いのだと見せ付けるしかないのだ。


 実に動物的な考え方だが、力ある者が上に立つのが、あらゆる世に共通する絶対のルールである。




 こうして何の因果か、ラングラス最強とディングラス最強の武人が激突するのであった。





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