337話 「衛士隊 VS ソイドファミリー 前編」


 衛士隊とソイドファミリーの膠着状態は続く。


 そんな状況を変えたのは、二人の女性であった。




 まずは衛士側。




「よろしいのですか?」


「うわっ!! びっくりした!! ふぁ、ファテロナ侍従長、どこから出てきたのですか!?」



 いつの間にかミエルアイブの真後ろに、ファテロナが立っていた。


 さすが暗殺者だ。気配をまったく感じなかった。



「あなたの影に隠れておりました。私とあなたはいつも一心同体なのです。何かあったら代わりに怒られてください」


「そ、それは告白…ではなく、ただの身代わりではありませんか!?」


「それ以外に聴こえるとしたら、お嬢様並みの馬鹿ということになりますよ?」


「自分とて、そこまでではありません!」



 たいそうな言われようである。もう少しベルロアナを労わってあげてほしいものだ。



「ほらほら、このようにぴったり動きますよ」


「うわっ! すごっ! なんですか、その妙技は!?」


「影真似の術です。相手と同じ動きをして苛立たせる術です」


「背後でやられると、たしかにイラっとしますな…」



 ミエルアイブが手を動かせば、それと同じようにファテロナも動くため、正面にいるリトルからはまったく姿が見えないという芸当を見せる。


 一応『影真似』という術ではあるが、特に何かをやっているわけではない。単純に相手の真似をして挑発するだけのものである。


 が、やるのはなかなか面倒だし、意味がないので使う者もまずいない。


 無意味なところで高等技術を使う女。それがファテロナである。


 その彼女が、耳元でぼそっと呟く。



「よろしいのですか?」


「な、何がでしょう?」


「このまま怖気づいて何もしなければ、領主様から罵詈雑言の嵐ですね。降格は間違いありません。領主様のお嬢様に対する溺愛ぶりはごらんになったでしょう? 確実に外周組に左遷されますよ」


「うっ! そ、それだけはちょっと…」


「それに加え、私の大切なお嬢様を麻薬漬けにするなんて…なんて極悪人でしょう。『きゃー、やめて!』『げへへ、これを打ったら気持ちよくなるからよぉ。ちょっとチクってするくらいだから我慢しな!』『嫌です! いやぁ! わたくしはこんなものなんて…! こんなに大きいものなんて、は、入らないぃい!!』『嫌よ嫌よも好きのうちってな! ほれ、ぶすーー!』『あああ、ふ、太い!! すごくぶっといのぉおお! お父様ーーーごめんなさい!! あああ、き、気持ちいいぃいいいい! 癖になっちゃうーーー! ビクンビクン』『げひゃひゃ、これでもうお前も俺らと同類だな! 毎日可愛がってやるぜ!』という声が聴こえませんか? ほら、ほらほらほら! あなたの正義はそれを許すのですか!?」


「ううううっ!! なんと卑劣で下劣なやつらだ! そのような輩は断じて許せぬ!」


「そうでしょうとも。そうでしょうとも。これはお嬢様の仇討ちでもあるのですよ! あの可憐なお嬢様が、こんな人間のクズどもの手によって穢されたのです! 領主様の娘が穢されるということは衛士隊が穢されたと同じ! あなたが人生をかけて築き上げた名誉ある衛士隊を穢したのです!! 家を売って媚を売り、ここまで必死にやってきたあなたが、今度は衛士の誇りまで売り飛ばすのですか!?」


「そのようなことは…! 自分は正義と市民の安全を守るために衛士隊に入ったのである! けっして見逃しはしない!」


「その通りです。ならば、もうやるしかありませんよ! レッツファイト!! ゴーファイト!! レディーファイトッ!!!」


「ぬおおおっ!! 全員、ひっ捕らえてくれるわ!!」



 なぜかミエルアイブを煽るファテロナ。


 自分もベルロアナに薬を提供したにもかかわらず、まるで他人事のように背中を押す。


 この行動に意味はない。退屈だったのでやってみただけだ。




 そして、この状況を動かした女性はもう一人いた。



 それは―――ニャンプル。




「…え? どうなっているの…?」


「ニャンプルちゃん…」


「あっ、リトルさん…これ、なんなんですか? どうして衛士隊が…」


「こ、これはその…ちょっとした揉め事というか…」


「もしかして…危ないんですか?」


「そ、そんなことはないよ!! 僕はソイドファミリーの幹部だよ! 一緒にいれば一番安全なんだよ!」


「で、でも…この雰囲気…怖いです」



 あまりに帰りが遅いので心配で見に来たニャンプルが、入り口からこちらをうかがっている。


 まるで子猫のようにリトルを見つめ、頼ろうとしてくれている。


 その光景が彼の自尊心を刺激。



(そうだ。ここにはニャンプルちゃんもいるんだ! 僕が守らないで誰が守るんだ!! 任せてよ! 君は僕が守るからね!! 僕だってソイドファミリーの一員なんだ!! 獣の血が流れているはずなんだ!!)



 今まで荒事は苦手で兄の後ろに隠れていた自分であるが、これでも武闘派で有名なソイドファミリーのナンバー4である。


 ここで貫禄を見せねば、いったい誰が自分についてくるというのか。


 自分を頼ってくれる女性一人も守れないで、なにがおとこか!



(衛士隊なんかになめられてたまるか! 相手がやる気なら、こっちだって黙っちゃいないぞ!! やったるで! やったるからな!!)



 と、一人で盛り上がる。


 ただし、それはあくまで当人がそう思っているだけであって、事実とは異なる。


 ニャンプルの内心はこうだ。



(なんだか険悪な雰囲気。これって強制査察ってやつだよね? もしかして工場が危ないのかな? …麻薬がなくなれば、リトルさんとなんて付き合う価値もないし…最近はあまりショッピング代も出してくれないし…そろそろ見切りをつけるときかも。それならさっさと逃げたほうが賢いよね。あとでバレても『怖かったから』で済むだろうし。これはお仕事でギブアンドテイクなんだから、割に合わなければやめるのは悪いことじゃないよね。うん、そうだ。そうしよう)



 ニャンプルは砲撃で部屋が揺れたため、危険を察知して様子を見に来ただけであった。


 マフィア連中相手にホステス(愛人)などしていれば、自然と危機察知能力が身に付くものである。両者の雰囲気から、すぐに危ないと理解する。


 しかも麻薬の売り上げが減ってから援助額も減ってきたので、あまり旨みのない相手になってきていた。



 そろそろ―――賞味期限。



 結局のところ人間関係というものは、金の切れ目が縁の切れ目である。


 特にホステスと客ならば、それが顕著だろう。女からすれば金だけが目的なのだ。


 したたかな女は決断してからが早い。


 ニャンプルは周囲の視線が衛士隊のほうに向いているのを見て取り、すっと工場内の闇に消えていった。裏口から逃げるつもりなのだろう。


 かつて兄のソイドビッグが言ったように、商売女など信用できないものである。その言葉は正しかった。





 そして―――二人の女がきっかけとなり、両者が激突の時を迎える。





「工場の制圧を開始しろ!! 抵抗するようならば対人発砲も許可する!!」


「た、隊長、よろしいのですか?」


「ここで衛士隊が臆してどうする!! 我々こそが都市の治安を守る者なのだぞ! 行け! 叩き伏せろ! ここで手柄を立てれば昇格だぞ!! 家が欲しくないのか!! 綺麗な嫁さんが欲しくないのか! 私は欲しいぞ!!」


「りょ、了解しました!! 自分も欲しいであります!!!」



 ミエルアイブが衛士隊を鼓舞。衛士たちの士気も(物欲で)上がる。




「衛士隊なんてやっちまえ! ソイドファミリーがなめられてたまるか!! こちとらラングラス最強だぞ! ディングラスになんて負けるな!!」


「り、リトル様、さすがにこの数が相手では…! すでに援軍要請はいたしましたので、せめてビッグ様かダディー様が来られてからでも…」


「僕だってダディーの子供なんだぞ! 男なんだ!! やれるんだ! お前たち、こいつらを叩きのめしたらボーナスを出すぞ!! 大盤振る舞いだ!! 借金も帳消しにしてやる!」


「り、リトルさん、俺…二百万借金あるけど…」


「お、俺は…その…今月のノルマがかなりやばくて…というかギャンブルでしくじった分も含めて、累計で三百万くらいあるんだけど…」


「ケチくさいやつらだな! それくらい出してやるよぉおおおお! 僕のぉおおおおお! ポケットマネーーーーでなぁあああああ!!」


「ま、マジかよ! や、やるぜ! 俺はやるぜ!! やったるでええええええええええ!!」


「俺もやるぞ!!!!! リトルさんを担いじゃるでえええ!! もうリトルなんて言わせねぇ! 俺らがハイパーリトルにしたるでええええ!」



 リトルがハイパーになれば、さらにリトルになるだけであるが、そんな細かいことはどうでもいい。



 こうしてソイドファミリー側も、金銭欲によって士気が大幅に上昇。



 両者ともども最初の目的が若干変わりつつあるものの、やる気にはなっているようだ。


 何事もそうだが、テンションが上がると止められなくなるものである。


 欲望の熱い衝動が彼らを混沌へと突き動かす。





「いけーーーーー!! 突っ込めええええ!」



「やったれーーー!! ぶっ潰せぇえええ!」




 両軍が―――激突。




 まさに抗争映画よろしく、両陣営が雪崩れのように突撃。



 ドンドンッ バキンバキンッ!


 ドガドガドガッ バッコン!!



 人と人が激しく衝突し、至る所で殴り合いやら押し合いが始まった。




「この犯罪者どもが!! おとなしく、お縄につけ!」


「なんだと! てめぇらだって賄賂を受け取ってるじゃねえか!!」


「あれは給料の一部だ!!」


「血税なめんな、こらあああ! 場数が違うんだよおおお!!」



 どう考えても衛士隊が圧倒的に有利ではある。武装もグラス・ギースでは最新式だし速射砲や戦車まであるのだ。


 が、衛士たちのテンションが激増したことと、ミエルアイブがうっかり突撃を命じたために両軍入り乱れる形となり、重火器自体が使えない状況に陥る。


 もちろん対人射撃を認めたとはいえ、もともと本気で殺しに来たわけではないので、心の奥底では躊躇もあったようだ。


 あまりやりすぎれば全面戦争になってしまう。それはやはり怖いものである。


 そのせいで喧嘩の場数では上の売人どもが本領を発揮し、衛士から武器を取り上げて応戦するという奮戦を見せる。




 現在のところ一進一退の攻防が続き、互角の情勢であった。



 そんな中、さらに混沌に導く一手を打った者がいた。




「ええい! 何をしている! 数で押せ! 押し込め!!」


「なかなか進みませんね。思ったよりつまらないので…ちょっと失礼」


「え? ファテロナ殿、何を…?」



 ファテロナがミエルアイブが持っていた銃を手に取ると、狙いをつけて―――撃つ。


 バンッ


 放たれた銃弾は―――



「ぎゃっ!!」



 工場の作業員に当たる。


 当たった箇所は肩なので致命傷ではないが、彼女がわざと外した結果である。



「衛士のやつら、撃ってきたぞ!」


「ちくしょう!! やりやがったなぁ!!! こっちもハジキで応戦しろや!!」



 これでどうなるかといえば、当然ながら激怒。


 今までは喧嘩の延長のような状態だったが、ここから一気にヒートアップ。


 工場側が銃を容赦なく衛士たちに撃つようになり、殴り合いから【殺し合い】になっていく。


 パスパスパスッ カンカンカン


 パスパスッ ブスッ



「ぐあっ!」



 足を撃たれた衛士が地面に転がる。


 重装甲の上級衛士隊は『銃耐性』があるのでまだいいが、軽装備の一般衛士たちに被害が出始める。


 ピーーンッ!


 その惨状にミエルアイブが青ざめる。(青ざめると髭が伸びる)



「なぁああ! な、何をなされる! とんでもないことになっちゃいましたよ!! なんで火に油を注ぐようなことをするのです!!」


「うけけけ、これで楽しくなりましたね。では、あとはお任せします! アバヨッ!」



 決めポーズをしたあと、しゅっ、とファテロナがどこかに消える。


 そして、独り取り残されるミエルアイブ。手には今、ファテロナが撃った銃だけが残った。



「えええええええっ!? ちょっ! これ、どうすれば…ええええ!?」


「あいつだ! あいつが最初に撃ったぞ!」


「いや、違うっ! 自分では…」


「てめ、ちくしょう! ミエルアイブ、このやろーー!! よくもこの前、俺の弟分をしょっぴきやがったな!! お返しにてめぇの髭を引っこ抜いてやるぜ!!」


「なんだと! それはお前たちの素行が悪いせいだろうが!! むしろ更生するチャンスをくれてありがとうと言え! まずは自分の日々の生活を反省せんか!! この人生の落伍者どもが!」


「んだとぉおおお! 偉そうにしやがって!! やっちまえっ!」


「やるか!? くるならこい!!」



 パスパスッ


 ミエルアイブと作業員たちとの銃撃戦が始まる。


 売り言葉に買い言葉。もはや事態は収拾不可能に陥る。




 ちなみにリトルがその後どうなったかといえば―――




「うおおおっ! いてもうたるーーー! ニャンプルちゃん、見ててねーーー!」



 果敢に斧を持って重装甲の衛士に突っかかり、思いきり振り下ろす。


 スカッ


 が、普段運動をしていない彼が斧を自在に操れるわけでもなく、ふらふらと身体が揺れて、あっさりとかわされる。


 というより相手は動いていないのにかすりもしない。完全にリトルのミスだ。



「あ、あれ? 斧って意外と重い!!! やっぱり頭脳派の僕にはちょっと無理―――」


「こいつ、抵抗するか!!」



 ブーーーンッ ドガスッ!!



「ぐえっ!!」



 ふらふら ばたん


 衛士の反撃。銃床で思いきり頭を殴られて気絶。


 まったくもって当然の結果だ。なぜ勝てると思ったのか問いただしたい気分である。


 せめてニャンプルが見ていればよかったのだが、すでに彼女はいない。とことん報われない男である。



「ああ、もう! リトル様!! だから言ったのに!! 貴様ら、よくもうちの若旦那をやってくれたな!!!」



 人波が邪魔で、距離が離れていたバッジョーがようやく合流。


 リトルを殴った衛士に接近し、拳撃を放つ。


 メキョメキョッ! バコンッ!


 拳が鎧にめり込んだ。


 そこらの作業員が斧でぶっ叩いてもびくともしない重装甲アーマーに、軽々と拳が突き刺さるのだ。その腕力はさすが武人である。


 ただし、これで倒すまでには至らない。軍事用の重装甲鎧は伊達ではない。



 が―――さらに雷撃。



 バチバチバチッ バチューーーンッ!!



「ぎゃあああああああ!! ぼぼぼぼっ…がくっ」



 衛士は感電して気絶。


 ブスブスと肉や体毛が焦げた臭いが漂う。放たれた力が中にまで到達した証拠である。



 覇王技、雷猖拳らいしょうけん


 因子レベル1で使える技で、拳と同時に雷気を叩き込む打撃技である。


 アンシュラオンがたまに使う雷神掌の基礎となる技で、雷気が鎧を伝って内部にまでダメージを与えるため、防御力が高い相手にも有用な技だ。


 重装甲になるのは利点でもあるのだが、雷気を通しやすくなるというデメリットもある。この点を考えると鉄鋼装備がすべて優れているわけではないことがわかるだろう。


 これは戦車も同じで、雷撃によって回路がショートすれば行動不能になるので、武人相手には対策が必要となる。


 たとえば『雷消紋らいしょうもん』の術で耐性を付与するか、完全絶縁仕様にすれば防ぐことは可能だが、一般戦車のお下がりにそこまで求めるのは酷である。コストがかかりすぎる。


 もともと戦士タイプの武人は多様な戦いをすることで、いかなる戦場でも安定したパフォーマンスを発揮できるのが最大の長所だ。


 雷対策をしても即座に違う属性で対応される等、高度な戦闘が当たり前の世界なので、すべてをカバーすることはできない。



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