336話 「麻薬工場、強制査察 後編」


 クルマの語源ともなったといわれる戦車が、ついにやってきた。


 その不思議なフォルムに、対峙する工場の作業員たちがざわつく。



「な、なぁ…! なんだありゃ!! 戦艦か?」


「馬鹿! ありゃ戦車ってんだよ! 西側じゃ戦争に使われるって聞くぜ」


「戦車…? 戦うクルマってことか? 小さい武装船みたいだな…あんな小さなもんが強いのか?」


「なんだよ、おい。小型のクルマと同じじゃねーかよ。街の中に入れるくらいが利点なんじゃないのか? あんなの怖くねーよ」



 初めて見る戦車に興味津々ながらも、その実力には疑いの目を向けている。


 なにせあれより大きな武装商船などもよく見かけるのだ。大きさだけならば既存の船のほうが強そうに見える。


 だが、なぜ戦車が戦争に使われ、怖れられているのかを彼らは知ることになる。



「ふむ、なかなか出てこないな。威圧行動を開始せよ!」


「はっ!!」



 キャタキャタキャタキャタ


 ミエルアイブの命令を受け、戦車が工場に向かって走り出す。


 ゆっくりとではあるが、正面から鉄の塊が向かってくるのだから威圧感は強い。



「敷地に入ってきやがったぞ!!」


「おい!! ハジキ持ってこい! 穴だらけにしてやれ!」



 作業員たちが工場にある自衛用の銃を持ってくる。


 商会申請をすれば誰でも手に入る、衛士たちが使う一般的なものである。


 恫喝しながら敷地内に入った以上、それはもう敵である。前にソブカも言っていたが商会には自己の財産を守るための自衛権があるので、それを行使するわけだ。



「やっちまえ!!」



 パスパスッ パスパスパスパスッ


 六人の男が銃弾を発射。風のジュエルに押されて弾丸が戦車に向かう。


 カンカンッ カンカンカンカンッ


 が、当然というべきか戦車の装甲は銃弾を弾く。キャタピラにも当たっているが、まったく何も起きない。


 そのまま戦車は中に突入。



「くそっ! 銃が効かねえ! あんなの得物でぶっ潰しちまえ!!」


「おららああああ!! くたばれや!!」



 今度はバットやら斧やらを使って襲いかかる。


 ガンガンッ ガンガンッ


 当然、それも効かない。戦車の装甲がそれくらいで破壊されるわけがない。


 キャタキャタキャタキャタッ



「うおっ!! 轢かれるぞ!! 気をつけろ!!」


「なんだこりゃ! このこのっ!!」



 男たちが何をやっても戦車はダメージを受けない。それどころか彼らを引きずりながら人の壁を軽々と突破していく。


 戦車とは、そもそもが戦線を突破するために造られたものである。


 もしここに石垣があったとしても破壊しながら進むし、それによって悪路になっても踏み潰して突破していく。人間の壁ならば、なおさら簡単である。


 だが、まだ威圧行動なので、作業員を轢き殺すようなことはしない。



 ある程度のところで止まると―――



 ウィーーンッ



 砲塔が工場のやや上、屋根あたりを狙う。



 ドンッ!!



 火砲を―――発射。



 ヒューーーーンッ バーーーーンッ!!



 その一撃は屋根を破壊し、さらに貫通して飛び越え、二キロ先にあった城壁に激突。爆散して消えた。



「げええっ! 撃ってきやがったぞ!!」


「くそっ! 後退だ!! 工場内に戻れ!!」



 飛び出していた作業員たちが慌てて戻っていく。


 さすがに生身で重火器と戦うのは分が悪い。しかもクルマに搭載された主砲である。人間ならば簡単に粉々だ。


 さらにこの世界の物は基本的にビッグサイズなので、作業員たちは「小さい」と言っていたが、それは普通の輸送船と比べた場合であって、サイズ的には地球の戦車の倍に近い大きさがある化け物タンクである。


 主砲もかなり大きいので、一気に十人くらいは粉々にする力があるだろう。





「城壁に着弾! 壁は無事です!」


「ふむ、壁は問題ないか。領主様の命令とはいえ…少し怖かったぞ。もし壁に穴があいたら自分の胃にも穴があきそうだったし…本当によかったぁ…」



 ミエルアイブは緊張で多量の汗を流しながらも、ひと安心する。


 実は戦車を持ち出す際、領主から城壁の耐久テストも命じられていたのだ。


 だがテストとはいえ、「壁に穴があきました!」などと報告したら、あの領主のことである。激怒するに違いない。


 そのときはストレスで、もれなくミエルアイブの胃にも穴があいたことだろう。



 では、なぜ壁のチェックをしたかといえば、西側の勢力を意識してのことだ。



 たとえば南地域の勢力、西側の入植地には戦車もあるはずだ。


 そういった西側諸国の勢力が攻めてきた際にそなえ、どれだけ壁が持ちこたえられるのかをチェックする必要がある。


 この戦車は他のスクラップ同様に型落ち品で、西側では骨董品扱いされているオンボロ兵器だ。


 現在の西側の最新戦車は術式弾を中心に扱っており、普通の砲弾よりも威力がかなり上がっている。砲身にも術式加工が施されているので、加速力も倍増されて駆逐艦レベルの戦闘力を誇るものさえある。


 それと比べれば、この戦車は明らかに弱い。装甲もそこまで厚くないので最新戦車の砲弾一発で撃沈することだろう。


 といっても、術式なしでは主砲の威力そのものにあまり差はない。その意味ではテストに最適であったのだ。



 結果は、なんとか無事。



 ほとんど城壁はメンテナンスされていないので心配であったが、この距離ではたいして傷もつかないらしい。


 ただ、もっと近距離で術式弾が大量に発射されればどうなるかはわからない。ガンプドルフが乗っている戦艦の主砲あたりも非常に怖い。


 そこはもう仕方がない。防御には限界があるので、撃たれる前に撃つしかないだろう。



(ひとまず戦車は戦力になるようだ。DBDのお下がりというのが気に入らんが、これがある程度の数までそろえば我々衛士隊の戦力もぐっと上がるだろう。あとはやつらが持っているという【MA】なるものを手に入れれば安泰だ)



 ガンプドルフが条件として提示してきたものの中には、通称【MA】、【魔人アーマー】(マジンアーマー)と呼ばれる小型の人型兵器も含まれている。(40話参照)


 今ミエルアイブが着ている重装甲の鎧も、その試作途上で生まれたものであり、MAの有用性をアピールするために格安で売られたものだ。


 ただ、MAの開発はまだガンプドルフたちでさえ手探りであるし、目玉商品であるため今すぐに流通というわけにはいかない。


 おそらくは彼らの最大の目的である『移民船団』がやってくるタイミングで何かしらの動きがあるだろう。


 逆に言えば、それまでにグラス・ギースは軍備を拡充しておかねばならないのだ。


 そこで交渉決裂ともなれば何が起こるかわからない。DBDと争いになる可能性もある。


 だからこそ領主は、あの手この手で武器を輸入しようと計画しているのである。この耐久度チェックも、そのときのための準備である。




 その実験台にされたソイドファミリーは災難であるが、ともかく衛士隊は型落ちながらも近代兵器を導入してきたのだ。


 このあたりに領主の本気さがうかがえる。本気で怒っているということだろう。


 当然、この状況に一番驚いたのはソイドリトルである。



「な、なんだよ、あれ…何がどうなってんだ!?」


「警告する。あと六十秒以内に責任者が出てこなければ、我々は武力制圧を開始する。繰り返す、あと五十八秒以内に出てこなければ…」


「ちょ、ちょっと!! ちょっと待ってよ!! はいはーーーーい!! 僕が責任者です!!」


「リトル様、危険です!」


「いやでもさ、まずは話し合ってみようよ。それで解決するなら、そっちのほうが早いし」


「し、しかし…、すでにこれだけやられては…」


「だからでしょう? 相手は衛士隊だよ。数も違うし、あんなの持ち出されて工場に被害が出ると困るんだ。ともかく何をするにしても、相手の出方を見ないと対策も練れないじゃない。でも、万一のために兄さんたちに連絡する準備はしておいて。今は倉庫に戻ってきているはずだからさ」


「…わかりました。それまで私が護衛します」


「ああ、任せるよ」



(ほんと、もー! なんなんだよ! いきなりこんなもんで突っかかってきて!! 父さんや兄さんじゃなくてよかったよ。もしあの二人だったら、即座に殴りあいだからね。感謝してよね、もうっ!)



 こんなものを見せられたら武闘派ではないリトルはたまらない。


 ニャンプルには格好を付けたものの、リトル自身に武闘派のプライドはあまりない。


 面倒事が増えることのほうが嫌なので即座に名乗り出る。


 両手を広げながら無抵抗をアピールしつつ、ミエルアイブのところに向かう。


 その間も衛士たちは彼に銃を向けており、それをバッジョーが威圧する構図が続く。



 そうこうしている間に、リトルがミエルアイブに接近。


 会話ができる距離まで近づく。



「僕が責任者のソイドリトルです。ええと、ミエルアイブさん…でしたか? うちに何か御用ですかね?」


「むっ、君が…ラングラスの。まだ若いな」


「才能豊かなもんでしてね。それで、どのようなお話ですかね? うちは衛士隊と揉めるようなことはしていないと思いますが…」


「領主様のご命令だ。この麻薬工場の明け渡しを要求する」


「…は? …聞き間違い…ですか? 今、明け渡し、とおっしゃいました?」


「間違いではない。領主様は麻薬の氾濫に対して危機感を抱いておられる。これ以上の生産を認めるわけにはいかない。即刻生産を停止し、工場を明け渡すことだ」


「なななな…! 何を馬鹿な! うちの商売に口を出すつもりか!!!」



 その高圧的な要求にソイドリトルも怒りを露わにする。


 ソイドファミリーは麻薬のみで生計を立てている組織だ。そんな彼らに対して麻薬生産をやめろというのは、死ねと言っているようなものである。


 いくら好戦的ではないリトルとはいえ、これに黙っていることはできない。



(当然の反応だな…。それはそうだ。豆腐屋に豆腐を作るな、と言うようなものだからな…。だが、お嬢様の名誉のほうが重要だ。悪く思うなよ)



 ミエルアイブ自身も、これが無茶な要求だと理解している。


 しかしながら「ベルロアナが麻薬中毒になったから報復する」とは言えない。


 世間からイタ嬢と呼ばれていても、アニルからすれば可愛い娘である。彼女の名誉を守らねばならない。


 ミエルアイブたちもディングラス家に仕えている性質上、ベルロアナに対しては寛容の気持ちのほうが強い。


 哀れで痛くて駄目な彼女を守ってやらねば、という同情と庇護の気持ちも働く。


 そのためならばソイドファミリー、ひいてはラングラスと揉めることも厭わないのだ。


 なので、半ば強引に話を進めるしかない。


 無理があると思いつつも、ミエルアイブは声を荒げる芝居をする。



「ええい! 麻薬によって人々を堕落させることが商売とほざくか! 恥を知れ!」


「うちが作っているのは医療麻薬だ! それを娯楽目的で使うのは買った人間側の問題だろう! 医療麻薬がないと、あんたらだって困るだろう! それをやめろっていうのか!」


「管理が十分ではないのに生産を続けるほうにも問題がある! お前たちが売人を囲うせいで都市の治安が悪化しているのだ! もはや言い逃れはできぬぞ!」


「なんだよ、それ! 他の組織だって同じだろう! なんでうちだけなんだ!」


「ここだけではない。順次取締りを強化する予定だ。…いつやるかは未定だが」


「ふざけるな! うちがソイドファミリーだって知ってのことかよ! やるのか! ああ!?」


「抵抗するのならば武力制圧を行うぞ!! 戦車の力を見ただろう!」


「やってみろよ! ダディーが黙っていないぞ!! お前たちなんて皆殺しだ!!」


「そんなものが脅しになると思うのか!! 衛士隊をなめるなよ!! こちらにはディングラス家の御旗があるのだぞ!」


「こっちだって四大市民のラングラスで、僕は本家筋だぞ! そっちこそなめるなよ!! やるなら戦争になるぞ!!」


「望むところだ!!」


「むむうううううっ!!」


「ぐぬううううっ!」



 睨み合い、お互いに引く様子はない。



 が、内心では―――



(ソイドダディーって、ラングラス最強の武人だよね。…やだ、怖い)



 ミエルアイブもソイドダディーのことは知っている。


 彼に喧嘩を売った組織が一晩で潰された話や、討滅級魔獣を素手で倒したという逸話もあるくらいだ。正直、敵に回したくはない。


 が、後に引けないのもお役所仕事である。必死に踏みとどまる。



 一方、ソイドリトルも内心ではかなり動揺していた。



(マジでやるつもりかよ! こ、こえぇえ! なんだよ、この数! しかも重武装じゃないか! 本当に戦争になるのか!? 無理無理! 普段鍛えてないんだから無理に決まってるじゃん!! 兄さん、父さん、早く来てよ!!!)



 グラス・ギースでは長らく組織間の争いは起こっていない。


 アーブスラットが都市に来たくらいの時期は何度か大きな争いがあったが、それで疲弊して都市の力が落ちることを懸念した四大市民の間で安全協定が結ばれたのだ。


 よって、リトルの年代では抗争自体が珍しいものなのだ。


 暴力行為は兄や父親に任せているので、こんなふうに啖呵を切ることも初めてに近い。


 今も足が震えそうなところを我慢しているのだ。これでもがんばっているほうである。




 睨み合いがしばらく続く。




 両者ともに動き出すきっかけが掴めず、時間だけが経っていく。



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