335話 「麻薬工場、強制査察 前編」


「リトル様、お帰りなさいませ」


「うん、ただいまー」



 マドカが衛士に捕まる少し前のことだ。麻薬工場にソイドリトルが戻ってきた。


 それを構成員の男、バッジョーが入り口で出迎える。




―――ソイドリトル




 もはや懐かしい名前でもあるので、改めて紹介しておくとソイドビッグ(豚君)の弟である。


 筋肉質で大柄な兄とは似ておらず、ひょろっとした痩せ型であるため、彼らが一緒にいても兄弟と思う者は少ないだろう。


 現ラングラス当主のツーバや、その息子のムーバは普通の体型なので、どちらかといえばリトルのほうが従来のラングラス本家の血をよりよく顕現しているといえる。(ムーバは単なる肥満)


 痩せているからといって麻薬をやっているわけではない。ソイドファミリーの構成員自体は麻薬をやらないのが暗黙のルールとなっている。


 身体にも悪いし、上役がラリっていたらまともな経営などできなくなる。あくまで麻薬は商品であり、金を稼ぐための手段にすぎない。


 リトルが痩せているのは、単に少食なだけである。同時に「デキる男は小食」という本を読んだことにも起因している。



 以上である。



 これだけ紹介すれば十分だろう。つまりはソイドリトル当人に関しては、それ以外に目立った特徴はない、ということだ。


 武人としての資質はほぼないし、普段鍛えてもいないので戦闘力は一般成人男性と同じだ。


 これはラングラス自体の血筋が、純粋な戦闘系の家系でないことも関係している。ソブカを見ればわかるように、どちらかといえば知的な役割を担っている家なのだ。


 そこに新しい戦闘系の血を入れようと、ツーバがソイドダディーを勧誘した、という経緯があるので、本格的に武人の血を覚醒させた子が生まれるのは、まだ数世代は後になるだろう。



 さて、このようにソイドリトル自体は変哲もない青年だが、彼のファミリー内での担当が『麻薬製造工程』となっていることは非常に重要だ。


 彼こそが、この麻薬工場のトップなのである。


 それはつまり、シャイナの命運を握っている、ともいえる。




「女の子もいるから奥の部屋を使うよ。酒とか持ってきて」


「かしこまりました」


「ほら、ニャンプルちゃん、入っておいで」



 リトルは隣にいた女性の肩をぐいっと引き寄せ、工場の中に引き入れる。



「うわー、これってリトルさんの仕事場なんですよねー」


「そうそう。これ全部が僕のものだよ」


「すごいです! やっぱりリトルさんってお金持ちなんですね!」


「まあ、これでも一応幹部だしね。これくらいは軽いもんさ」


「そういう人って憧れるなー。素敵ですぅー」


「こんなの、たいしたもんじゃないんだけどね。ははは! まあ、持って生まれた才能だけは捨てられないからねー」



 隣にはニャンプルも一緒にいた。眉毛じいさんの店で働く、ふっくらむっちり体型のホステスである。


 リトルは一度、眉毛じいさんの店で飲んだあと、彼女と一緒にここにやってきたのだ。


 いわゆる「アフター」というやつである。


 店で飲んだあとのフリータイムのようなもので、この時間帯はホステスの判断で自由に活動を行える。店側も関与しないので完全に個人の責任での付き合いとなる。


 アフターと聞くといかがわしいイメージばかりが先行するが、実際はホテルに直行ということは少ないようである。大半は飲みの延長のようなものだ。



 ただしもちろん、そういう行為を別料金で行う者もいる。



 ニャンプルなどはその典型例であり、金を稼ぐためにちょくちょく金持ちの男性と関係を持っていたりする。


 「そんなにニャンプルはモテるのか?」いう疑問も多少浮かぶのだが、栄養事情を考えるとグラス・ギースで太っている女性はあまり多くない。そこで希少性が生まれるのだ。


 女性は太ることを忌避するし、それは健康上も正しいわけだが、ふくよかな女性を求める男性心理があるのも事実だ。


 特にリトルのような劣等感を持ちながらも、自己顕示欲と安らぎを欲している男性には人気がある。


 彼女自身もそれを理解しているので、痩せないように気を配っているほどであった。



 言い方は悪いが、リトルたちは「金づる」のようなものだ。



 ホステスなのだから金が目的なのは仕方ない。これもお仕事の延長でしかない。


 その代わり、もらう分はしっかりと返す。


 身の上話を聞く都合上、リトルの寂しさもよく知っているので、アフターでは男性の欲求をすべて満たすように努力している。おべっかもうわべではなく、できるだけ本音で言うようにしている。


 シャイナはそうした女性たちを半ば軽蔑していたようだが、彼女たちとて生きるために全力なのだ。あとはプライドの線引きの問題であろう。


 ただ、手の平を返してあっさりと乞食になる女もどうかと思うので、シャイナにニャンプルを軽蔑する資格は一切ないことだけは間違いない。





 リトルは工場に入ると奥の部屋に行き、ニャンプルと談笑を始める。


 会話の内容も至って普通で、仕事上の愚痴や悩みを軽く言い、それに対してニャンプルがフォローしたり慰めるという形になっている。


 彼はそれによって安らぎを得ている、というわけである。それで満足できる小さな男でもあるのだ。


 スレイブを支配することを生き甲斐にしているアンシュラオンと比べれば、実にささやかな楽しみといえるだろう。


 そこにバッジョーが酒を持ってくる。


 それと同時に、さきほど起こったことも報告する。



「リトル様、お楽しみのところ申し訳ありません。少々問題が起きました」


「えー、問題? 何? まさか製造ラインが止まったとか? やめてよー、これから楽しいところなのにさ。あれ直すの面倒なんだよねー」


「いえ、そちらは順調です。それとは『別件』で進展がありました」


「ん? 別件って?」


「在庫数の不一致の件です」


「あー、あー、あったね。そんなの。で、何かあったの?」


「はい。やはり握りをやっていた売人がいたようです。すでに捕らえております」


「ふーん、そうなんだ。じゃあ、始末すればいいんじゃない? 全部任せるよ」


「それが…ホワイトの助手をやっている女でして…」


「んん? ホワイトって…あー、兄さんが接待した医者か! そういえば、うちの売人で助手をやっているやつがいるって聞いたなぁ。取引相手の女じゃ、ちょっと面倒だな。そっちは兄さんの管轄だし、変に手を出したくないよね」


「はい、ホワイトに関しては慎重に対応するようにと、ダディー様からも言われております。いかがいたしましょう?」


「そうだなぁ……」



(うーん、ホワイトか…。たまに噂は聞くけど…よく知らないんだよなぁ。兄さんに任せちゃったからね。…あれからどうなったんだろうなぁ。この仕事が終わったらリンダと結婚するって話だったけど、進展はあったのかな? …ああ、もういいや、そっちは。なんだか面倒だから早く終わらそう)



 アンシュラオンに関しては、最初に下調べをした時の情報以外をあまり知らなかったりする。


 これだけ世間を騒がしている「噂のホワイト」であるが、直接関わっているのは大手のマフィア連中が大半なので、自分に関係がなければ知らなくても問題はない。


 そもそもリトルはインドア派であり、工場のある上級街から出ることはほとんどない。工場と歓楽街を行き来する以外に外には出ないのだ。


 加えて興味がないものは調べないという性格もあってか、一度兄に任せた以上は関係ない、というスタンスでいた。


 兄弟の管轄に手を出すのも好ましくないので、さっさと終わらすことにする。



「なくなったのはコシノシンでしょ? あれってまだ在庫があるし…いいんじゃない。放っておいて」


「よろしいのですか?」


「コシノシンね…あれは僕としてはまだ完成品じゃないんだよね。早く『コシノシンシン』に切り替えたいんだけど…どうも化合がイマイチなんだよね。既存の薬品じゃ駄目なのかもしれないなぁ…。コシノシンは売り物だから仕方なく作ってるけど、そんなに貴重なもんでもないし、その子、女の子なんでしょ? 少し脅して釘を刺しておけばいいよ。女性に酷いことをするのも、かわいそうだしね」


「わー、リトルさんって優しいですね」


「こういう仕事をしているから怖く見られるけど、女性には優しいんだよ。まあ一応、この話は兄さんに伝えておいてよ。あとはそっちに任せるって感じで。そのほうが角が立たないでしょ?」


「わかりました。では、そういたします」



 ニャンプルがいる手前、少しばかり格好を付けたかったこともあり、シャイナへの拷問等の措置はなくなる。


 騙されたからこうなったとはいえ、本当ならばかなり酷いことになっていたので、マドカの末路を含めて運が良い女である。



 しかもシャイナの幸運はさらに続く。





 ドタドタドタドタッ



 バタンッ!!




「た、大変です!! なんかやべえことに!!」



 その時、ドアが勢いよく開け放たれる。


 入ってきたのは、ひどく慌てた様子の斜視の男だった。



「なんだ、騒がしい! リトル様の前だぞ! 勝手に入ってくるな!」


「ひっ! す、すいやせん!! で、ですが…そ、外が…!」



 いきなり入ってきた男をバッジョーが怒鳴りつける。彼が簡単に入ってきていい場所ではないからだ。


 だが、斜視の男にしても緊急事態らしく、怒られても出て行こうとはしない。


 その様子を怪訝に感じ、リトルが直接話しかける。



「外がどうしたの?」


「あ、ああ! リトルさん! そ、その…なんかたくさん人が来て…出せって言うんですよ! その、偉いやつをって! だから大変なんっす!」


「は? 何を言っているの?」



 なんたる語彙力の低さであろうか。説明されても状況がまったくわからない。


 義務教育の大切さを知る瞬間である。とはいえ教育を受けても教養が身につくとは限らないが。



「外に誰かいるってこと?」


「は、はい! お、大勢! 大勢います!」


「大勢…? 工業街だから人がいなくはないけど…こんな時間に来る理由もないよね。まさか殴り込み? いや、でも…うちにそんなことを仕掛けるやつらなんていないと思うけど…」


「リトル様、私が様子を見てまいります」


「んー、僕も行くよ。なんたって、ここの責任者は僕だしね」


「大丈夫ですか? もし敵でしたら危険ですが…」


「大丈夫、大丈夫。ソイドファミリーに喧嘩を売ったら、ただじゃ済まないってことを教えてやるよ!!」


「わー、リトルさん、カッコイイ!!」


「ははは、任せておいよ。ニャンプルちゃんは、ここで待っててね。危ないことは男の仕事だし!」


「はーい♪ 待ってまーす♪」



 バタンッ



 再びニャンプルに格好を付けて、意気揚々と飛び出す。


 だが、このような時間に来訪者とは珍しいものだ。本当に殴り込みならば、もうとっくに攻撃が始まっているはずだが、今のところその様子はない。



(こんな夜に誰だ? うちに用事があるのは売人くらいなもんだけど…他の都市からやってきた人間かな? でも、大勢か…。上級街に余所者が大勢入るなんて無理だし、どういうことだ?)



 そんなことを考えながら、リトルはバッジョーと一緒に工場の入り口に向かう。





 いくつかの生産ラインを通り過ぎ、暗い通路を抜けていくと入り口が見えてきた。



(ん? 灯りがついているのか?)



 普段は月明かりしかない夜道に光が灯っているのが見えた。


 角度的に最初は一つか二つしか見えなかったが、近づくにつれて光の数はどんどん増え、至る所で煌々と輝いていることがわかった。


 それと同時に大量の人の気配を感じる。


 十人や二十人ではない。もっともっと大勢の、たとえば学校の校庭に何百人もの生徒が集まっているような、とてもざわついた気配だ。


 見ると、入り口周辺には工場に勤める製造作業員たちが、棒やら斧やらを持って警戒しながら外を睨んでいた。


 そこにバッジョーが割って入る。



「なんだこれは! おい、どうなっている!」


「へ、へぇ…俺らにもよくわからないことでして…」


「どこの組だ!? どこが殴りこみを…」


「は、はぁ…それが……」





「えー、こちらは特別上級衛士隊、隊長のミエルアイブである! 責任者はおとなしく出てきなさい! 出てこなければ強制武力制圧を行う!! 繰り返す! こちらは上級衛士隊である! 責任者に対し、早急の投降と施設の明け渡しを勧告する! これは脅しではない! 繰り返す! これは脅しではない! 抵抗するようならば武力制圧を行う! おとなしく投降することを勧める!」





 ミエルアイブが拡声器を使って工場に投降を呼びかけていた。


 この場にいる者たちも彼の勧告を聞いて集まってきたのだ。


 作業員もソイドファミリーが雇っている売人や筋者たちなので、多少の荒事には慣れている。中には殺しをやった者もいるだろう。


 しかし、相手が衛士隊と知って戸惑っているようだ。


 今までこんなことは一度もなかったので、どう対応していいのかわからないのだろう。



 さらにミエルアイブたちは【重装備】で身を固めている。



 一般衛士はいつもの革鎧だが、上級衛士隊はDBDから購入した西側の重装甲アーマーに加え、数は少ないがバズーカや速射砲まで用意している。


 重装甲アーマーには術式ジュエルによる障壁機能があり、対人用の小さい銃弾くらいならば弾くことができる優れものだ。


 これはガンプドルフたちが使っているパワードスーツの旧型、型落ち品を安く流してもらったものだ。


 同様にバズーカは余りものであるし、速射砲は駆逐艦用の副砲を強引に剥ぎ取ったジャンク品となっている。西側においては廃棄されても仕方ないオンボロばかりである。


 戦争で戦うのは騎士ばかりではない。自国が侵略されれば民兵も戦う。そうなると誰でも扱える武器が重用され、安価な劣悪品が出回っていくものだ。


 戦争が長く続いたDBDには、こうしたものが大量に放置されて社会問題になっている。


 戦争が終わっても地雷が残っていて子供が巻き添えになるように、大量に残った兵器が平和への道を阻害するのだ。



 しかしながら西側では使い道のないジャンク品でも、東側からすれば宝の山だ。



 ガンプドルフたちは東側での自衛および経済手段として、ジャンク品を積極的に仕入れていた。


 案の定、領主であるアニルはそれに食いつく。


 口ではああ言っていたが、衛士隊の戦力不足には彼も日々頭を悩ませていたものだ。


 落ち目のDBDとはいえ、こうした武器を積極的に提供する者はありがたい。こうして両者の間に共存の道筋が生まれたというわけだ。




 そして極め付けは―――【コレ】。




 キャタキャタキャタキャタキャタ


 独特の音を響かせながら一台…いや、一両のクルマがこちらに向かってきた。


 それは普通のクルマとは違って浮いてはおらず、地球でお馴染みの大地に接した無限軌道によって車体を動かすタイプのものであった。


 一般的なクルマは風のジュエルで浮かすのだが、けっして普通の車輪タイプのクルマがないわけではない。


 結局のところ一般車両はあまり浮かないので、岩場のような想定以上に酷い悪路になると先に進めなくなってしまう。


 そうした場合は車輪式や無限軌道式のほうが有利になることもあるので、西側では両方の生産が行われている。



 このクルマも接地型であり、最大の特徴は―――【砲門】を持っていることだ。



 無限軌道と砲門を持つクルマ。





 人はそれを―――【戦車】と呼ぶ。





 まさに元祖クルマそのものが、ついにここに出現したのだ!!




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