333話 「シャイナの奇妙な物語 中編」


「ちちち、違いますよ! 盗むわけないじゃないですか! これはマドカちゃんから借りたんです! 代わりに売って欲しいって! そ、そうだ、本人に訊いてみてくださいよ! さっきまでそこにいたから近くに…」


「あぁん? マドカだぁ? あいつは今日も休みだぞ」


「…え?」


「一週間くらい前だったか…子供の体調が悪いってんで、しばらく休むって連絡が来てな。んなこと言える立場じゃねぇんだが、さすがにガキ絡みじゃ仕方ねぇ。上のほうからも家族関係、それも子供に関しては甘く見ろってお達しだしな」



 ソイドファミリーは家族間の絆を重視するので、意外にもそういったことには甘い傾向にある。


 末端の売人でも家族の病気で休むことは許されている。これはマフィアにしては極めて珍しいことだ。


 そして今日、マドカは休みだという。それどころか一週間も姿を見せていないらしい。


 その情報にシャイナが困惑する。



「えと…えと…マドカちゃんは休みだけど…コシノシンを持ってた? どういうこと?」


「そりゃこっちの台詞だ! 最近な、コシノシンが盗まれる事件が続いていたんだよ。在庫と売り上げが全然合わねぇんだ。それで俺も警備を強化していたんだが…そうか、てめぇだったか。ついに尻尾を出したな。俺はずっとてめぇが怪しいと思っていたぜ。てめぇの親父も同じことをしていたからな! カエルの子はカエルってわけだな、おい!」


「ちょっとーーーー! なにこれーー! どうなってんの!! 違いますってぇえええ!」


「うるせぇ! このやろう! 覚悟しろ!!」


「ぎゃーーーーー! 助けてーーー!! あうううーーー!!」



 シャイナは斜視の男に簡単に取り押さえられる。


 やはり弱い。弱すぎる。所詮は駄犬。この程度のものである。



「おい! 誰か来てくれ! 握りの犯人を捕まえたぞ!」


「違うんです! 誤解なんですよ!」


「ブツを押さえたんだ。言い逃れはできねぇぞ!」


「なんだ? どうした!? 何事だ!!」


「あっ、こりゃどうも…!」



 叫び声を聞きつけてやってきたのは、斜視の男よりも明らかに格上の気配を身にまとっている、さらに上役の男であった。


 それも当然。この男の名前はバッジョー。ソイドファミリーの中級構成員であり、ソイドリトルの側近を務めている元傭兵だ。


 傭兵時代は喧嘩でブルーハンターを叩きのめしたこともあるため、武人としての実力もかなり高い。そこらの売人とはレベルが違う完全なるマフィアである。


 一方の斜視の男は、厳密に言えばソイドファミリーの構成員ではない。彼らに雇われている売人の一人である。


 ソイドファミリーは何かあった際にトカゲの尻尾切りができるように、こうして売人による【ツリー】を形成している。


 斜視の男は、数多くある店舗の一つを任されている雇われ店長のようなもので、構成員は本社から派遣されるエリアマネージャーだと思えばいいだろうか。


 つまりバッジョーは、この工場における重役の一人である。




「その女がどうした?」


「こいつがコシノシンを無断で持ち出していたんです! それを俺が捕まえて…! やりましたぜ! ついに捕まえました! こいつが盗人ですぜ!!」


「例の件か…。ご苦労だったな。よくやったぞ」


「へへ、ありがとうございます! それで、こいつはどうしましょう? 麻薬の持ち逃げは重罪です! 決まりでは良くてバラし、最悪で拷問死でしたね」


「うえぇええ!? どっちも死ぬじゃないですか!!」


「当然だ! 裏切り者には死が、この世界の常識だろうが! それが嫌なら身体で返してもらおうか! おとなしく娼婦になれや! てめぇは生まれたときから、そういう運命だったんだよ!!」


「せめてお父さんと同じく牢屋生活でいいですからぁあ! どうか命だけはご勘弁をーーーーー! 娼婦も嫌だよぉおーーー!」


「じたばたするな! 今回の損害分も親父の借金に上乗せだ! くたびれるまで売女でがんばりな!! ぐへへへ、安心しろ! 俺がてめぇのメロンを吸いに行ってやるからよ!! 稼ぎの足しにしてやるよ! ありがたく思いな!」


「ひぃーーー! せ、先生、助けてぇええーーー! なんでこういうときにいないんですかぁああ! 診察所、診察所に連絡してぇええ!! ホワイト診察所にいる怖い人たちに連絡してぇえええ!」



 ホテルにいるホロロたちを巻き込まないだけ立派だが、こういうときだけ裏スレイブたちを利用しようとするとは、実にイヤらしい女である。


 裏スレイブが彼女を助けるかは微妙なところであるも、この叫びが事態を少しばかり好転させる。



「…ん? 診察所だと? この女…まさか…。おい、お前、名前は何だ?」


「あうう、シャイナ…リンカーネン…ですぅ…」


「…ふむ、やはり例の女か」



 幹部の男は、じっとシャイナの顔を見て考え込んでいる。


 その様子に斜視の男も不思議そうな顔をしていた。



「あの…この女が何か?」


「その女は殺すな。両手足を縛って懲罰房に軟禁しておけ」


「で、ですが…裏切りですよ? そんなんでいいんですかい?」


「もうすぐリトル様が戻ってこられる。判断は上に任せる。文句はないな。ならば、さっさと言われた通りにしろ!」


「へ、へいっ! 了解です!」


「あうううう! た、たすけてぇ…せ、先生ぃ~~~! 殺されるー! ハメられるぅうう!!」


「うるせぇ! 静かにしろ!! 俺までとばっちりをくらうだろうが!」


「むぐううっ!! うーーー!」



 シャイナはロープでぐるぐる巻きにされ、口も(男の汚い)手ぬぐいで巻かれる。(腐ったネギの臭いと味がした。泣けてくる)



 ずるずる ずるずる



 そしてその後、斜視の男によって工場の奥にある懲罰房まで引っ張られ、簀巻きにされた状態で部屋の中に転がされる。


 ぽいっ ごろごろっ



「むぎゅううーー!」


「ふん、少しの時間だけ命拾いしたな」


「むうーー、むぅうーーー」


「何か言いたそうだな? やったのは自分じゃないってか?」


「こくこく、こくこく!」


「たしかにやったのはお前だけじゃねえだろうな。どんくさいてめぇが、あれだけの量のシロを持ち出せるとは思ってねぇよ。ほかにもいるんだろうぜ」


「こくこく、こくこく!」


「だが、証拠が出たのは事実だ。出た以上、捕まえるしかねぇ。握りが出るとよ、見張りの俺らの責任になるからな。てめぇは知らねぇだろうが連帯責任取らされてバラされたやつもいるんだ。これ以上は俺もやべぇ。とりあえず一人でも捕まえないと立場が悪くなる。まあ、てめぇは運が悪かったってことさ。諦めな」


「むーーーむっーーー!? むぅううう~~~!!」


「しかしまあ、あのクズの娘もこうなったか。へへ、これも運命ってやつだな。せいぜいそこで自分の親父でも呪っていな。全部あいつのせいだからよ! いい気味だぜ!」



 バタンッ がちゃっ


 斜視の男は鍵をかけて出て行った。




「むぅうう…ううううう……へんへぃ……ふぁふけふぇぇ…」



 助けを呼んでも、こんな場所には誰もやってこない。


 アンシュラオンも現在、プライリーラとお楽しみ中である。それをシャイナが知らないだけ、まだ精神衛生上は楽かもしれない。知っていたらもう絶望しかないだろう。


 こうして彼女は芋虫のように転がって、しばらくの間、つらい時間を過ごすことになるのであった。



 ただし彼女が殺されなかったのは、もちろんアンシュラオンの助手だからだ。



 ソイドファミリーの構成員の間では、このことは周知の事実である。むしろシャイナに何かあれば守れとも言われていたくらいだ。


 だが、最近の情勢変化によってアンシュラオンとの関係が疑われてからは微妙な状態だし、麻薬の持ち出しが重罪なのは間違いない。


 これだけ問題が大きくなると構成員程度では判断できない。そこで縛るにとどめているというわけである。


 ふと思えば、アンシュラオンがビッグに持ち出させた大量のコシノシンと比べれば、今回見つかったのは実に微々たるものである。


 力のある者は罰せられず、無い者は無慈悲に閉じ込められる。そう思うと同情の念しか浮かばない。





 そして、その光景を陰から見ていた者がいる。





(シャイナちゃん、ごめんなさい…)





 それは―――マドカ。




 彼女は出て行くふりをしていただけで、実際には工場から出ていなかった。


 というよりは、入り口に斜視の男がいたので出られなかったため、シャイナが来るまで隠れていたのだ。



 予想通り、彼女は男に捕まった。



 斜視の男は古株で、シャイナの父親と年代的には近い。父親が麻薬を持ち逃げした際も、彼が捕まるまでは男も連帯責任でボコボコにされたという経緯がある。


 そのためシャイナに対しては良い感情を抱いていない。最初から疑いの目を向けていたのを知っていたのだ。



(今がチャンスよ。急がないと)



 マドカはシャイナが捕まったのを確認し、誰もいなくなった入り口から素早く工場の敷地外に出る。


 さらに移動して数軒先の無人となった工場に到着。この工場はすでに廃棄されており、今では誰もいない廃墟となっている。


 マドカがくたびれた工場内部に入って奥に進むと、廃材置き場が見えてきた。


 虫もたかっている場所があるので、誰も興味を示さないような腐った木材ばかりが並んでいる。



 ゴトゴトッ ガタンッ



 しかし、いくつかの廃材をどかすと、中には黒い布がかけられた滑車が眠っていた。


 マドカは、ドキドキしながら布をどける。



「あった! よかった…無事だったわ」



 そこにはツボに入れられた大量の【コシノシン】があった。


 これは買ったものではない。そんな金があれば売人などやる必要もないだろう。



 だから―――【盗んだもの】である。



 盗み先は当然、ソイドファミリーの工場からだ。あそこにはまだまだ大量の在庫があるので、その気になればこの数倍の量を持ち出すことも可能である。


 が、あまり取りすぎると警戒が厳しくなるので、一年近くかけて少量ずつ集めたものである。少しずつ慎重に、バレないようにこっそりと。


 塵も積もれば山となる。その集大成がこれだ。



 そう、麻薬を盗んでいたのはマドカであった。



 それが発覚したのが、つい最近。


 アンシュラオンの登場によってコシノシンの売り上げが激減し、細かく在庫の確認などが行われるようになった。その過程でようやく組織が気付いたのだ。


 このあたりはずさんな管理体制に問題があるのだが、ビッグが横流ししても気付かれないレベルなので、もともとソイドファミリーは大雑把なのだろう。


 武力に偏っているせいか管理や経理といったものには弱いのだ。


 ソブカならば簡単に気付いただろうが、ソイドファミリーは基本的に頭が悪い連中であるため、当然ながら誰がやっているかまではわからなかった。


 面子に関わることなので本来ならばもっと警備を厳重にしたかったのだが、アンシュラオンが各地で暴れて他派閥からの嫌がらせが増えたため、そちらの対応で盗みの一件までには手が回らない。


 被害もアンシュラオンが引き起こす損害から比べれば微々たるものなので、ほぼ放置状態であった。


 シャイナを捕まえて喜び勇んだ斜視の男に比べ、バッジョーの反応が少し薄かったのはそのためだ。


 同様にマドカが悠々と外に出られたのも、そういった事情のためである。


 その混乱ぶりと警戒の緩みを見て取り、ついに動き出すことにしたのだ。今が最大のチャンスであった。




 で、そのマドカがなぜこんなことをしたかといえば―――




(これでようやく抜け出せる! この最低の環境から逃げ出せるのよ! ああ、そうだわ。そのためにも早くこの都市から出ないと…。まずは宿に戻ってあの子と合流して、用意した馬で素早く出れば、朝には東門を抜けられるはずよ!)



 マドカはこの生活から抜け出したいと思っていた。


 誰だって売人なんてやりたくはないものだ。それが貧困によってもたらされたものならば、なおさらである。



 彼女が選んだ道は、我慢するシャイナとは反対の―――逃げること。



 このまま売人を続けても未来などはない。もうこれしか道はなかった。


 しかし、リスクのある選択でもある。


 ここから東門までは相当な距離がある。今から飛ばしても朝にギリギリ間に合うかどうかだ。


 さらに子供が一緒だと都市を脱出してからもなかなか困難だ。コシノシンを換金するにもリスクがある。


 何よりもソイドファミリーにバレても終わりである。もし見つかれば、ただ死ぬだけでは済まないだろう。もっと酷い目に遭うのは間違いない。


 こうしたことを考えると、新しい人生を築ける成功率はかなり低いかもしれない。


 しかし、この計画はかなり前から練られていたもので、衛士にも賄賂を贈って見逃してもらえるように話はつけてある。彼女なりに準備はしてきたのだ。



(…逃げるのよ。あの子の未来のためにも。…親が売人なんてしていたら子供は不幸になるわ。娘まで狙われることにもなるもの。そんなのはうんざりよ)



 親が売人など、ろくなものじゃない。シャイナを見ていると自分の罪を見ているようで胸が締め付けられる。


 自分の娘も、いつかああなると思うと生きた心地がしないのだ。


 そんな想いを自分の娘にはさせたくない。それが親の素直な願いというものである。そのためにマドカは命をかけると決めたのだ。


 唯一気になるのは、自分の代わりに捕まったシャイナである。



(…本当にごめんなさい。あなたには酷いことをしたわ。謝っても許されることじゃないけど…でも、シャイナちゃんはホワイト先生のところに勤めているから、きっと殺されたりはしないわよね? ホワイト先生はソイドファミリーとも関係があると聞くし…大丈夫。大丈夫よ)



 マドカはシャイナがアンシュラオンの助手であることを知っていた。彼女の話し相手をしているうちに事情の一部を知ったのだ。


 まったくもってシャイナは嘘がつけない。さきほどの会話のように乙女心をつついてあげれば簡単に口を割ったものだ。


 このあたりはアンシュラオンが危惧していた通りである。油断するからこうして狙われるのだ。




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