331話 「領主、超激怒!!!」


「ミエルアイブを呼べ!!!」



 その領主の声で、非番だったミエルアイブが領主城に呼び出されたのが、およそ十五分前のことだ。


 彼は部屋に入った瞬間から、赤鬼のような激しい形相の領主の圧力に晒され、額から大粒の汗を流していた。


 アニルの激怒はまったく収まらない。それどころかますます大きくなっていくようだ。



「ミエルアイブ! 貴様は何をやっていた!! 都市の治安維持はお前の役目だろうが!!!」


「も、申し訳ありません!! すべては私の不徳の致すところです!」


「そうだ! お前が悪い! 今回の一件、どう責任を取るつもりだ!」


「そ、それは…その…申し訳ありま…せん」


「お前の謝罪を聞きたいわけではない! どう責任を取るかと訊いているのだ!!」


「は、はぁ…それはその…なんと申し上げますか…私個人ではもうどうにもならないことでありますので…お嬢様の件は本当に残念でありまして…」


「残念だと!! ベルに子供が出来たことが残念だというのか!!」


「はひぃいっ!! 素晴らしくおめでたいことであります!!」


「ふざけるな!!! クズにサンバを踊らされて出来た子が幸せだと思うのか!!! もっと真剣に答えんか!!」


「ひぃいいいい!!」



 どちらの答えを述べても怒られるのだ。こんな理不尽な拷問はない。


 アンシュラオンとの出会いからもわかる通り、アニルも普段からこんな感じである。このあたりはアンシュラオンと性格が非常に似ている。



「ふーーーーふーーーっ!!! まあいい。どうやら子供の件はベルの勘違いだったようだしな。ファテロナ、そうなのだな?」



 アニルがファテロナに視線を移す。


 さすがに事が事なだけあり、あのあと天井に煙を撒かれて(バル〇ン的に)強引にあぶり出されたのだ。(その後、領主からめっちゃ怒られた)



「はい。お嬢様を穢してよいのは私だけです! そこは信用してくださいませ!」


「お前も駄目に決まっておろうが!! いかんいかん! ベルは誰にも嫁にやらん! 子供の頃、わしと結婚すると言ってくれたのだからな!! わし以外の男は認めんぞ!」


「…気持ち悪っ、おえっ」


「っ!?!? ファテロナぁあああ!! そんなことを言えた立場か!」


「申し訳ございません。つい本音が出てしまいました」


「くっ、貴様ら…わしがどれだけ本気で怒っているのかわかっておるのか? ふーー、ふーーー! 怒りで今すぐにでも誰かを八つ裂きにしたい気分だ!」



(『貴様ら』ということは、私も含まれているのだろうか…? 寝ていたら突然叩き起こされてやってきたが…なぜこんな目に遭うのだ? やはり家を売ったことが悪かったのか? 母さん、僕は今、とても不幸です)



 ミエルアイブにしてみれば、ただのとばっちりだ。


 だが、領主に逆らうわけにもいかなので、ひたすら耐えるしかない。



 そんな時である。ようやく救いがやってくる。



 コンコンッ




「入れ」


「し、失礼いたします」



 入ってきたのは、あの時に廊下でベルロアナとすれ違った侍女である。


 彼女もペーグに任せてしまった手前、非常にばつが悪そうな表情をしている。


 本当は来たくなかったのだろうが、領主から特別な使命を与えられているので、その報告にやってきたのだ。



「…どうだった?」


「は、はい。その…問題ございませんでした。お嬢様は『乙女』です。『子供はどうやって産まれるのか』とお訊ねしたところ、『パンパン鳥が連れてくる』とおっしゃっておられました。そのあたりは正しく認識しておられないようです。ですので、一時的な錯乱状態による虚言か勘違いだったのでしょう」


「…ふぅうううううううう、そうかそうか。それならばよいのだ…ふぅうう」



 その答えを聞いたアニルは深い息を吐いて脱力し、机に突っ伏してしまった。


 死ぬほど怒っていたので、その反動がやってきたのだ。今はまるで、しぼんだ風船のように力が抜けている。



 侍女に与えられたのは―――『処女』かどうかの確認。



 幸いながらベルロアナは処女であった。


 これによって子供の一件は、彼女の麻薬中毒による幻覚であることが判明する。


 それはそれでよかったが、もう十四歳なのにその程度の性知識というのが驚きである。




 そして、これによって領主が都市内部の治安悪化について厳しくミエルアイブを詰問することになる。




「ミエルアイブ、都市の治安はどうなっている? わしは簡単に麻薬が手に入るような街にしたつもりはないぞ」


「はっ! 我々は領主様が統治なされるグラス・ギースをより良い都市にするため、日々尽力しております! 衛士隊は責務を果たしていると自負しております!」


「ではなぜ、このようなことになっている! 責務を果たしておらんから、こうなったのではないのか!! それをどう説明する!!」


「は、はぁ…そ、それはその…領主様もご存知の通り、麻薬の取り扱いにつきましてはラングラス一派の管轄でして、我々衛士隊の権限では摘発は困難でありまして…」


「麻薬の取引があっても関知しない、ということか? 売人がいても見て見ぬふりか?」


「は、はい! それが伝統的な慣習であります!」


「馬鹿もん!! 何が伝統的な慣習だ!! それで治安が守られていると言えるのか!! 麻薬中毒者が溢れかえる街など、ただの恥晒しではないか!! そんなことで健全で安全な都市が維持できると思っているのか!! 麻薬など堕落の象徴であろうが!!」


「ええええ!? で、ですが以前は『麻薬は金になるから放っておけ』とおっしゃられていたような気が…」


「なんだそれは。市民を愛するわしがそんなことを言うわけはあるまい! 貴様らはすぐに自分のミスを他人のせいにする! 恥を知らんか!!」


「はい!! 申し訳ありません!! 自分で自分が恥ずかしいであります!!」


「まったく、それでも上級衛士隊か! 使えんやつらめ」



(前と言っていることが違う…)



 以前ミエルアイブは、上級街における麻薬中毒者の増加に対して上申書を提出している。


 たしかに麻薬はラングラスの縄張りではあるのだが、上級街で氾濫するとラリって暴れる労働者が増えるので安全が著しく損なわれるし、売人がたむろするだけで景観が悪くなる。


 中毒者同士の争いに衛士隊が駆り出されることも多くなった。上申書は、それに危機感を抱いてのことである。


 がしかし、当時のアニルは「ラングラスの領分だし、金になるから放置しろ」と命令していたものだ。


 さすが領主、もう忘れている。



「麻薬が氾濫している現状はわかった。だが、どういう経緯でベルに麻薬が渡ったのだ? あいつに麻薬を売りつけるような馬鹿は誰だ!」


「それは…いろいろな入手方法がありますので…」


「ベルが使っていたのは二等麻薬の『コシノシン』だったそうだな。それなりに高い麻薬だ。扱っている売人も絞れるだろう」


「…あの、もしかして売人を捕らえる…のでしょうか?」


「当然だ!! ベルに麻薬を売りつけた輩を許すわけにはいかん!! わしの可愛い娘を中毒者にしたのだぞ!! 極刑こそが相応しい処分だ!」


「は、はぁ…しかし、実際に麻薬を使うかどうかは個人の意識の問題かと思いますが…」


「なんだ? 何か言ったか?」


「い、いえ! 何でもありません! お嬢様に麻薬を売りつけるなど万死に値します!!」


「うむ、その通りだ。それで売人に心当たりはないのか?」


「その…衛士隊はあまりそちらに関与しませんので…申し訳ございません!」


「ふん、使えんやつめ。そうだろうと思ったわ。それで、ファテロナはどうだ?」


「はい。知っています」


「そうか…護衛のファテロナも知らないのならば………ん? 今なんと言った?」


「知っています。ずばっともっこり知っております。なぜならば、お嬢様の近くには必ず私がいるからです!! ビシッ!」



 と、謎のポーズを決めて自信満々に言うが、当然ながら領主は激怒である。



「貴様! そのような大事なことを黙っておったのか!!」


「今初めて訊かれましたので! 私は悪くありません!」


「ええい! お前と話していると頭がおかしくなりそうだ! それで、いったい誰だ!! 誰がベルに麻薬を売ったのだ!!」


「売られたわけではありません。『友達』からもらったのです」


「…ん? 友達?」


「はい。お嬢様の『友達』です」


「わしをまたおちょくるつもりか! ベルに友達などいるわけがなかろう! 嘘ばかり言いおって!!」



 実の親とは思えない発言である。驚愕だ。


 以前も馬車の御者が同じような発言をしていたが、彼らの中ではありえない現象なのだろう。



「少なくともお嬢様がそう思っていれば友達です」


「麻薬をくれるようなやつが友達なわけがあるまい!! ただの悪友ではないか!! くくうう、いつの間にかベルに変な虫がつきおって! どこのどいつだ、そいつは!」


「ホワイトという医者です」


「医者だと? なぜ医者がベルに…? 医者ということは医師連合に所属しているのか?」


「そのあたりはわかりません。私の知っていることは以上です」


「ミエルアイブ、ホワイトという医者を知っているか?」


「はっ、その名前は聞いたことがあります。たしか上級街に診察所があったと記憶しております。医者ならば麻薬を所持していることはおかしくはありません。渡した意図はわかりかねますが…」



 ミエルアイブは上級街を中心に動いているので、第一城壁内部以外の出来事には若干疎い面がある。


 そのため下級街や一般街で暴れているアンシュラオンの情報はあまり知らない。だからこの程度の認識なのである。


 領主もまたホワイトの名前を知らないのだ。情報が分断される城塞都市の悪い側面といえるだろう。


 引きこもってニュースも見なければ、消費税が上がったことにすら気付かないのと一緒だ。嘘のようだが本当にある話である。



 ただ、逆に上級街の出来事についてだけは詳しいので、このことは知っている。



「今思い出しましたが、以前ソイドファミリーがホワイトという医者を接待したことがあります。我々衛士隊も交通整理を行いましたので間違いありません。家紋入りの馬車で接待したのを見ました」


「家紋入りの馬車? 相当親密な関係だということだな?」


「はい。裏ではつながっている可能性があります。そもそも麻薬の入手は売人を介さなければできないことです。麻薬はすべて彼らが牛耳っておりますから」


「随分となめた真似をしてくれるではないか! わしのベルを麻薬漬けにした借りは何万倍にもして返してくれるぞ!! その医者をしょっぴけ!! それと麻薬の摘発を進めろ!! そうだ、工業街に製造工場があったな。そこを制圧しろ!!」


「で、ですがその…介入するとラングラスと軋轢が起こるのではないでしょうか。最悪は彼らと抗争関係に発展する可能性があります!」


「だからどうした。たかがラングラスの一組織だろうが! わしは領主だぞ! このような辱めを受けて黙っていられるか!! 抵抗するようならば力づくで制圧しろ!」


「ええええっ!? ラングラス最大の武闘派組織をでありますか!? 我々だけで!?」


「なんだ? 自信がないのか。わしらディングラス家は軍事を預かる身だ。相手がどこの武装組織だろうが勝てぬわけがなかろう」


「そのことに関しては大変光栄に思っておりますが…さすがにその…相手が……」


「ええい! 貴様は言い訳しかできんのか!! 降格させるぞ!! 外周組に回されたいか!!」


「ひぃいいいっ! や、やります! やらせていただきます!!」


「最初からそう言わんか! お前が口にしていいのは『イエス』のみだ!」


「イエス、ボス!!」


「うむ、わかればいい」



 部下にイエスマンであることを強要する。ぜひ真似してみたいリーダーシップ理論である。きっと毎日が楽しいに違いない。




「いいか、必ずベルロアナに麻薬を売りつけたやつを捕まえてこい! 牢獄にぶち込んで、死ぬまで後悔させてくれる!! そのためならば何を使ってもいい! DBDから仕入れた装備を使ってもかまわん! 使える物は何でも使え! 手段を選ぶな!」


「っ! そ、それならば…なんとか…!」


「とはいえソイドファミリーは強いからな。ファテロナ、お前も行け。お前ならば勝てるだろう」


「嫌です!」


「拒否できる立場か!! 今度という今度は許さん! お前がいながらベルが薬漬けになったのだ。役立たずでないことを証明してこい!」


「誤解です!」


「そこは認めんか! 事実であろうが!」


「見解の相違です!」


「ええい、黙れ! よいか! お前は前回、館に侵入した小僧を仕留め損なっている。そのせいでDBDに借りを作ったのだぞ! それがどれだけ高くつくかわかるか!? 次のミスは許さん! 今回もミスをしたら二度とベルの護衛はやらせんからな!」


「そんな権限は領主様にはございません」


「あるわ!! お前こそ何の権限もないだろうが! わかったなら、さっさと行け! 今すぐ行け!! 結果を出すまで帰ってくるなよ!!」




 バタンッ



 こうしてミエルアイブとファテロナは領主の部屋を追い出される。


 ひとまず領主の圧力から解放され、ほっとミエルアイブが息を吐く。



「…はぁ、生きた心地がしなかった。ファテロナ侍従長も災難でありましたな」


「ええ、まったくです。領主様の理不尽な怒りにも、ほとほとうんざりです」


「仕方ないでしょう。目に入れても痛くないほど可愛がっておられるベルロアナ様に麻薬を提供した愚か者がいるのです。そんな悪党には目にもの見せてやらねば…」


「ちなみに私もお嬢様に麻薬をお渡ししました」


「そいつをさっさと捕まえて牢獄に……え? 今…なんと?」


「はい。最初にもらったものが切れたので、その次にお嬢様に薬を渡したのは私です」


「…は? …え? あ、あの…その……それは…あっ、し、知らなかったことですよね? それならば情状酌量の余地が…」


「コシノシンと知りながらお嬢様に提供しました」


「…な、なるほど。侍従長ともなられると小粋なジョークもたしなんでおられるのですな。はっはっは、これは一本取られましたよ」


「すべて本当です。嘘など申し上げる意味がございません」


「…ほんとに?」


「ほんと」


「…ほんとのほんと?」


「イエスアイドゥー!」



 ミエルアイブが、しばしファテロナをじっと見つめる。


 やや強めの顔だが、間違いなく美人だ。嫁にするならこんな気が強そうな女性もいいだろうか。こんな小粋なジョークも毎日堪能できるだろう。



「では、ソイドファミリーの工場に参りましょう。衛士隊の皆様方はお怪我をなさらないように重装備で来たほうがよろしいでしょう。それでは現地で! アバヨ!!」



 しゅんっ


 ファテロナが消えた。


 これ以上言ったら怒られそうな気がしたので逃げたのだ。



「えっ! ファテロナ殿!? 嘘でしょ!? なんだか状況がもっと悪くなってきたような…!!! えっ!? 本当に行くの!? ええ!? どっちが悪いの!? もう訳がわからないよ!!!」




 一番の被害者はミエルアイブなのかもしれない。彼は何一つ悪くない。


 こうしてソイドファミリーへの強制査察が始まるのであった。



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