330話 「サンバでマンボ! 愛のベルロアナ・ヒーハー! 後編」


「うおおおおっ! うおおおっ! 腰がぁああ!! 領主様、な、何をなさるのですかぁああああ!? 死ぬ! 死んじゃいますよぉおおおお!」



 鎧を着ているとはいえ剣の一撃を受けたのだ。それはもう泣きそうなくらい痛い。


 あまりの痛みにゴロゴロ転がるが、アニルの怒りが収まることはない。



「それはこっちの台詞だ!! ベルに何をした!!」


「ひぃいいっ!!! 鬼みたいな顔になっていますよ! って、前からですかね?」


「死ねっ!!!」


「ぎゃーーーっ! 待って、待ってくださいいいい!! 誤解なんです!! 話を聞いてくださいぃいい!」


「何が誤解だ! ベルの様子が明らかにおかしいではないか!!! 貴様、ベルを襲って手篭めにしようとしたのだろう!!! おおおお、なんという怖ろしいことを!!! わしの娘がこのようなゴミに穢されるとは…!! 女神すら怖れぬ行為よ!! ゆ、許さん!! 絶対に許さんぞ!!」


「絶対に誤解しておられますよおおおおおお!! じ、自分は、こ、腰が痛くて…それどころでは!」


「なにぃいいいいい!! 腰が痛いだとおおおおおおお!! 貴様!! その腰でサンバを踊ったのかぁああああ!! 許さん!! 許さんぞ!!!」


「ち、違うんです!! 自分はお嬢様を乗せただけでして!! ある意味、踊ったのはお嬢様だけというか…」


「なにぃいいいっ!? ベルを乗せてサンバを躍らせただと! この腰か! こいつか! こんな汚い腰でベルにサンバを…!!」



 ドンドンッ ガンガンッ



「ぎゃーーー! 腰がぁああーーーー!」


「お前の腰など一生使い物にならんようにしてくれるわ!!!」


「違うんですぅうう!! 本当なんですぅうう! さ、サンバなんて踊っていなくて…! むしろマンボなら昔習ってましたが…」


「サンバのリズムでマンボを踊っただと!? 器用な真似をして楽しみおって!! このクズが!!」


「どういう耳をしているんですかっぁあぁあぁl?!」


「ふひっひひひっ!! っ!!! いやぁあああああ!! やめてくださいぃい!! わたくし、そんなことできませんん!! いやぁあああ! そんな太いの、わたくしの中に入りませんわぁああ! やめてぇえええ!」


「っ―――っ!?!??」


「ペーグぅうううううう! 貴様あぁああああああああ!!」


「ち、違うんですぅうううう!」



 ちなみに情緒不安定なベルロアナが叫んでいるのは、注射のことである。


 過去の嫌な体験ばかりが思い出され、恐慌状態に陥っているだけだ。



「どうせわたくしはイタ嬢ですわ!! 痛い女ですわぁあああああ! そうでしょ、ペーグ!!」


「あひっ!? 今ここで振らなくても…! しかしスレイブたるもの、いついかなるときも主人にお仕えいたします!! お嬢様、そのようなことはありません!! けっしてご自分を卑下なされませんように!! 僕はいつだってお嬢様の味方ですからね! キリッ!」


「うう、やっぱりペーグは優しいのね…! ひゃっはー! それじゃ一緒に踊りましょう!! サンバでマンボぉおおおおおお! ウィッヒーーー! ご機嫌だわぁああああ! ズンドコズンドコッ!!」


「貴様!! そうやってベルをたぶらかしたのかあああああ!! 純真なベルに変な知識を与えおって!! 死ね! 死ね!!」



 ドゴッドゴッ!!



「あひーーーー! いったーーーーーいっ!! 自分はどうすればいいんですかーーーー! た、助けてぇええええ!! 誰か偉い人、助けてぇえええ!」


「エロい人だとぉおおおおお! どれだけ卑猥な男だ!!」


「もう死にたい!!!」



 何をやっても裏目に出る。そういう星に生まれたのだ。仕方ない。






「ええい、出合え!! であえーーーいっ!」



 ガチャッ ドタドタドタッ


 領主の掛け声で扉の外に待機していたスレイブ騎士たちがやってくる。



「はっ、お呼びでしょうか!」


「ペーグをひっ捕らえろ!!」


「へ? ペーグを…ですか?」


「そうだ! こいつがベルに…ベルに…ぐうううっ!! サンバを踊りおったのだああああああ!」


「さ、サンバ?」


「サンバのリズムでマンボを踊ったのだ!! 軽快にズンドコな!!」


「そ、そのような高等な技が扱えるのですか!? …ん? ズンドコ? 踊りながらズンドコはやっぱり難し……」


「そんな話はどうでもいいわ!! いいからひっ捕らえろ!!」


「は、はいぃいいいい!! ペーグ、覚悟しろ!!」


「ひ、ひぃいいい!」



 スレイブ騎士たちが腰を痛めて倒れているペーグを取り囲む。


 状況はよくわからないが、ここまで領主が激怒することなど珍しい。となれば相当な事態が起こったのだろうと推測ができる。


 ベルロアナの顔が興奮して紅潮していたため、あらかたの事情は察したようだ。


 同じスレイブ同士なので面識もあるのだが、その目は冷たかった。



「ペーグ、やっちまったな。そりゃお嬢様はどんどん可愛くなっていくが、そりゃないぜ。正直、軽蔑だな」


「違いますぅううう! 自分は何もやってないんですよぉおお!」


「この状況でそりゃないって。苦しい言い訳だな。お前ならいつかやると思ってたよ。俺は予想通りだったね。どうせ中身なんてどうでもよくて身体目的だったんだろう? ぺっ、スレイブの面汚しが」


「そうそう、お前みたいなやつがいるから俺らが誤解されるんだよ。男のクズ…いや、人間のクズだな。ゲス野郎が」


「信じてくださいよぉおおおおおお!」



 さすが領主のスレイブたちである。信頼関係など皆無だ。


 友達が罪を犯したときは、ぜひこう言ってあげよう。




―――「彼ならいつかやると思っていました」




 と。





「ぐううっ! こんなものでは怒りは収まらん!! どうなっているのだ! そうだ! ファテロナ! ファテロナは何をしていた!!! あいつを呼べ!! 今すぐ呼べ!」


「私はここです!!」



 ガコンッ


 天井が開いてファテロナが出てきた。



「どわっ!! びっくりした!! なんでそんなところにいる!!」


「こんな面白いこと、このファテロナが見逃すはずがありません! お嬢様が部屋を出た時からばっちり見ておりました! いえ、厳密に言えば本日のご夕食後からずっとお嬢様のベッドの下に忍んでおりました! はぁはぁ、私がベッドの下にいても気付かないお嬢様…! も、モエルゥウゥウウ!!」


「ストーカーか!? 病気だぞ!!」


「ありがとうございます!」


「褒めてないからな! それよりファテロナ! これはどういうことだ! 貴様はベルの護衛だったのだろう!! なぜこんなことになっている!!」


「お嬢様の成長を見守るのが私の務めでございます! サンバを止める権利などございません!」


「そこは止めんか!! ほ、本当なのか!? 本当にベルに子供が…!!」


「そ、それは…私からは申し上げられません…! ううっ…かわいそうなお嬢様…! サンバのリズムだけでも難しいのにマンボまでやらされ…! ウーーーマンボッ!!」


「っ!! その反応! まさか本当に…サンバでマンボを踊った結果、わしに孫が…」



 嘘は言っていない。


 踊っていたのは事実だ。むろん、それだけであるが。



(ぐひゃひゃひゃっ、お嬢様がこんな面白いことになるなんて! うひひ、タノシイイイイイイーーーー! ひーー、死にソーーー! 笑い死にシソーーー!)



 ファテロナの顔がぐにゃりと歪む。実に楽しそうである。


 正直、彼女のほうがラリっているのではないかと思うときがあるが、これで正常である。


 いや、常に異常なのが正常である。



 レッツ、ウーーーーマンボッ!!





「ペーグは処刑だ!!! 公開処刑にしてくれる!」


「ひぃいいいっ! お許しをぉおおお! どうかお許しをぉおおお!」


「許すと思うか!! わしのベルに手を出したやつは処刑だ!」


「何もしていないんですよぉお! 本当なんですぅ!」


「見苦しいぞ! さっきから自己弁護ばかりではないか! 自分の子供を案じる言葉の一つもなく、なんという卑劣な男だ!!」


「だってぇええ! 本当に何もしていないからなんですよぉおお! せめて本当に触れたら幸せなのに!」


「きさまぁああああああああああああああ!!」


「あっ、違う! これは違うんですぅうううう!」



 事態はどんどん悪化していく。


 ペーグの命運はアンシュラオンと出会った瞬間には尽きていたのだ。まさに疫病神でしかない。





 だがここで、救世主が現れる。






「待って、待ってくださいーーー!」





 バタンッ


 慌てた様子でクイナが現れた。



「むっ…お前はたしか…ベルの…」


「く、クイナ・グイナです。です!」


「何の用だ。今は忙しいのだ! 出て行け!!」


「ううっ…そ、その…お嬢様はその……あの…あの…あのあのっ!」


「なんだ! はっきりせんか!! ええい、鬱陶しい! 今のわしは苛立っておるのだ! さっさと追い出せ!」


「クイナちゃん、今は近寄らないほうがいいって」


「で、でも…でも、これ、これ…」



 スレイブ騎士もクイナを心配して外に追い出そうとするが、クイナはなかなか出て行こうとしない。


 見ると、彼女は手に何かを持っていた。



「あの、あの、これ…あっ」



 ボトッ ザザザッ


 クイナが揉み合いの拍子で、持っていた『白い粉』を落とす。



「何をやっておる! 床を汚しおって!」


「ひうっ、こ、これ…これ…が……」


「それがなんだというのだ!!!」


「あううっ!!」



 大きな声で恫喝されたクイナは震えて動けなくなる。


 ただでさえ相手は苦手な大人の男なのに、このいかつい領主の顔である。普通の少女では耐えきれない迫力がある。


 しかし、そのクイナの前にファテロナが立つ。


 そして、ビシッと恒例になったエア眼鏡をかます。



「領主様、一つよろしいでしょうか」


「なんだファテロナ! お前まで何か言いたいことでもあるのか!」


「…よろしいのですか?」


「…何がだ?」


「この少女は今回の事件の鍵を握る重要参考人ですよ。それを追い出してもよいのですか?」


「どういうことだ? そいつが何か知っているのか?」


「その前に確認いたしますが、領主様はクイナの名前すら満足に覚えておられなかった。そうですね?」


「…それがどうした。白スレイブの名前など、どうでもよかろう」


「私は思うのです。領主様がそうやってお嬢様の周辺に興味を示さなかったから、このような出来事が起きたのではないか…と」


「な、なにぃ! どういうことだ!」


「お嬢様は常々寂しい思いをされてきました。それを…それをどれだけご理解しようとなされましたか!!! くうっ!! かわいそうなお嬢様! だからペーグなどというクズに騙されて…あああ、なんて不憫な! すべては領主様に、自分の父親に―――」



 ぐうううううっと身体を縮込ませてから―――




「かまってほしいがゆえの過ちだったのですよぉおおおおおおおおおおお!!」




 ぶわっと両手を広げる。


 ブレないファテロナのオーバーアクションである。


 これに意味はない。当人の気持ちが盛り上がったにすぎない。



 だが、無意味なわりに効果は―――絶大。




「ガーーーーーーンッ!! まさか…すべてわしの…せい……なのか」




 アニルは大きなショックを受ける。


 ファテロナの言う通りだ。自分は娘の友達に対しても興味を示さなかった。親の無関心が子供を誤った方向に向かわせたのだ。


 娘はただ、親にかまってほしかっただけなのに!!!


 領主は、がくっとうな垂れた。



「くうっ、すまぬ! ベル、すまぬ! お父さんが悪かったのだ!!」


「そうです! 領主様が悪いのですよ!! 私が断言します!」


「そうだ! わしがすべて……ん? んん? わしはこういうときのためにファテロナを傍に置いているはずだが……はっ!! 貴様!! 自分のことを棚に上げてわしだけのせいにするでない!!」


「ぐへへっ!! バレましたかーーー!」


「かあああ! ファテロナ! いつもいつもふざけた態度で茶化しおって!! 今度という今度は許さんぞ!! どう責任を取るつもりだ!!」


「くくく、領主様。私は申し上げましたよ。今回の鍵を握るのは…クイナだと!!」


「なに!?」


「彼女が持っていたその白い粉こそ、今回のキーアイテムですよ!! 私などにかまっている暇はないはずです!」


「また言い逃れを…」


「それは―――」





―――「【麻薬】です!!」





「…なっ!! ま、麻薬…!?」



 その答えをまったく想定していなかったアニルは、安全に動きが止まる。


 思考が定まらないときの人間の表情というのは実に面白いものである。



「そうです!! それこそお嬢様を狂わせた、すべての元凶なのです!! 私は悪くありません! では、これにて失礼!」



 しゅっ ガコンッ


 そう言い放つと再び天井に隠れた。


 麻薬に注意を引き付けている間に自分は雲隠れする。さすがファテロナ、卑劣である。


 だが、今はファテロナにかまっている暇さえ惜しい。



「まさか…ベルが麻薬を…? なぜそんなものを…どうやって手に入れたのだ…」



 思考を整理するために目をきょろきょろと動かした領主と―――ペーグの視線がぶつかる。


 そして、ふと答えにたどり着く。


 ペーグ = 卑猥なサンバを踊る男 = 悪いやつ = クズ = 麻薬


 ピコーーーーンッ!



「ペーーーーーーグゥウウウウッ!! 貴様かぁあああ! ベルを麻薬漬けにしおったのは! 意識を奪ってサンバでマンボを踊ったのか! このクズが!! 簡単に死ねると思うなよ!!」


「初耳!?? し、知らないですぅうううううう! 自分じゃないんですぅううう! 麻薬なんて知らないですうううう!!」



 ペーグ、最悪の展開。



「ヒーーーハーーーー! あはははははは! あーーー、たのしいーーーー! うわーーーーんっ! こんな世界なんて嫌いですわーーーー! うひゃひゃひゃっ! 最高ですわーーーー! もっともっと粉をぉおおお! おえええええええっ!」




 もう大惨事であった。



 しかし、この事件によって事態が急速に動き出したのは間違いない。




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