329話 「サンバでマンボ! 愛のベルロアナ・ヒーハー! 中編」


 その頃、領主であるアニル・ディングラスは―――



「ううむ、頭の痛い問題ばかりだな…」



 執務室で机に向かいながら都市の今後について考えていた。



(これ以上の人口増加は危険だな。外部からの大量流入に都市の生産力が追いついておらん。もともと産業の種類には限界があるしな…仕事がなければ雇いようがない。かといって制限を設けると旨味がなくなる。流入と入れ替わりがあるからこそ物流が生まれるのだ。一人ひとりはたいした金にはならんが、集まれば馬鹿にもできん。そういえば移民間のトラブルも多くなっているとかミエルアイブが言っていたな。しかし、人口管理には干渉できても内政には関われんからな…)



 『領主』という名前から想像すると内政ばかりやっているイメージだが、実際の領主の仕事の大半は【外政】に集中している。


 日本の政治を見ていると、内政の問題で足を引っ張られて海外での大事な会議に出席できない、ということがよくあるだろう。


 当然これは日本に限ったことではなく、他の国でも往々にしてよくあることである。


 基本的に国家は自国のことしか考えていないのでそれでも何とかなるが、この大地では外部勢力とのやり取りは死活問題である。


 言ってしまえば戦国時代のようなものだ。下手をすれば明日には他国に攻められて滅ぼされることもある。それが当たり前の場所だ。



 となると、外政を疎かにするわけにはいかない。



 自国の軍事力を強めて防衛力を維持することは当たり前としても、どの勢力と手を結び、どう生き残っていくかが重要となるのだ。


 そういった基本戦略を練るのが領主の仕事となっている。それが一番大事だからだ。


 今しがた述べたように内政に忙殺されて外政が疎かになれば、いつの間にか周囲が敵だらけになっていた、ということもよくある。


 複数の敵同士が集まった場合、必ず一対多数という状況が生まれる。なぜか三つ巴にはならない。


 蛇や蛙やナメクジのような、よほど種族が違うのならばありえるかもしれないが、人間同士が対立すると敵同士が手を組んで、まずは誰か一人を集中して倒そうとする。


 それが弱い者になるのか、あるいは強い相手を弱い複数の敵が囲むのかはわからないが、その標的にならないように気を配る必要があるのだ。




(グラス・ギースの北には火怨山がある。西は未開の大地で魔獣だらけだ。東もそう簡単に攻められる地形ではない。南にだけ気を配っていればよいのだが…その南も面倒が増えつつあるようだな。植民地間の戦いが激化すれば、人口流入はもう止められないかもしれん。となると、海を挟んでいるとはいえハピ・クジュネも安泰ではない…か。この問題はまだいい。ハピ・クジュネが攻められたら考えればいい話だ。だが、万一にもそうなる前に手を打っておかねばならぬな)



 最近の人口流入には明確な原因がある。


 ハピ・クジュネから海で対岸に渡ると、そこから南には大きな大地がある。(陸続きなので、迂回して回ることも可能)


 若干大雑把な地図となるが、この黄色で記された場所が未開の大地だ。(肌色の部分は、何かしらの国家がある地域)



http://mitemin.net/imagemanage/top/icode/369140/



 火怨山の最北端から南の大地の最南端まで含めると、未開の大地だけで地球の全長とほぼ同じ距離があるので、組み立てると細長の小さめの地球が出来てしまうくらいである。


 これだけ膨大な土地が余っている状況なのだ。これも大災厄や人々の闘争によって荒廃分断した結果である。



http://mitemin.net/imagemanage/top/icode/369215/



 次の地図にはいくつかの色がついた箇所があるが、それが植民地となっているエリアである。(西側は主に西側諸国、東側エリアは主に東側の国家が広げた地域。色が付いているからといって支配権を確立したわけではない)


 半分とまではいかないが、三分の一程度には各勢力が入植を開始している現状が見て取れる。


 入植する側としては、主に魔獣や現地人(西や東、世界中から逃げてきた者たち含む)との争いが中心なのだが、ここ最近では各植民地同士の争いも激化しているという。



 特に【ラクス・エン・ダーニア〈東花樂宴国とうからくえんこく〉】という植民地が、他の勢力に対して攻撃を仕掛けているという話をよく聞く。



 最北端のグラス・ギースの領主であるアニルの耳にも入ってきているので、相当大きく動いている様子がうかがえる。


 ラクス・エン・ダーニアの親元は「ニアージュ王国」という旧ベズトランク王国系の国家で、西側でもそこそこ力のある中規模国家である。


 ベズトランク王国というのは、今から二千年前まで西側にあった巨大連合国家であり、【赤騎士】と呼ばれる【剣王】が生み出したことで有名だ。


 剣王の死後、求心力を失った連合国家が少しずつ分裂していき、大小さまざまな国家が独立することなる。ニアージュ王国はその中の一つなので、こういった国を「旧ベズトランク系国家」と呼ぶ。


 ニアージュは前にガンプドルフが副官と話をした際に少し名前が出た国でもあり、百軍将と呼ばれる強い武人を抱える軍事国家だ。


 と、話が長くなるので割愛するが、彼らもまた西側では劣勢に陥っており、東側に勢力を伸ばそうとしている。このあたりの事情はDBDとかなり似通っている部分が多い。



 そしてこのラクス・エン・ダーニアには、これまた以前アンシュラオンがロリコンから聞いた「女スレイブ将軍」と呼ばれる、スレイブでありながら総司令官に任じられている将軍がいる珍しい入植地でもある。



 そこが今、他の地域に積極的に攻撃を仕掛けているらしく、それによって南地域が荒れている状況にあるようだ。


 幸いながらラクス・エン・ダーニアの軍勢はあまり数が多くなく、しかもあまり強くないという話なので侵略の速度は遅いものの、その混沌ぶりから次第に悪影響が出ているという。


 これはまた詳しく述べることになるだろうが、南が荒れている以上、そのしわ寄せが北に来ないとも限らない。現に影響はあるので対策を練らねばならないのだ。



 現在のところ領主が気にするべき問題は二つ。


 一つはDBDとの交渉による軍事力の強化。もう一つが人口増加解消のための【都市増設計画】である。


 これは二つ別々に生まれたものだが、結果的には一つの問題と言い換えることもできる。




 つまりは―――【新たな都市の建設=DBDを含む移民たちの都市の誕生】




 ということになるからだ。


 この問題は非常にデリケートで、安易に決断できないリスキーな要素がいくつも内包されている。


 だから日々頭を痛めているのだ。



(西側の人間と一緒に暮らすのは不安も大きい。毛嫌いしている者が大半だしな。やつらが独自の都市を持つことも危険だ。南の情勢変化のように、いつ変な気を起こすかわかったものではない。…が、あまり時間をかけると自分たちでやりかねんからな…)



 現在ガンプドルフたちが都市にいないのは、彼らが自分たちで資源調達に動いているからである。


 名目は危険な魔獣の駆除によるグラス・ギースの安全確保、となっているが、そんなものを信じるほどアニルも馬鹿ではない。


 彼らは魔獣を狩りながら新都市の建造場所と資源を探している。それは間違いない事実である。


 なぜこうなっているかといえば、グラス・ギースの援助が少ないからだ。


 グラス・ギースもまた豊富な資源を持っているわけではない。新しい都市を生み出すほどの物資を買うなど夢のまた夢である。


 なにせ第四城壁も造りかけで放置されているくらいだ。その段階で金はとっくに尽きている。



(産業が活性化すれば、その金で物資は買えるが…その活性化の手段がない。無い袖は振れんし…無理をしても見返りが少なく、最悪は資源だけ取られるという可能性もある。そのあたりをもっと詰めたいが…ハングラスの小倅こせがれは忙しいのなんので全然取り合ってくれん。時間をかければかけるほど不利になるというのに…)



 意外なことに領主も仕事はしっかりしている。


 モヒカンも言っていたが、領主はとりわけ有能ではないというだけであり、それなりに普通に領主としてはがんばっている。


 妻のキャロアニーセの影響もあって、できるかぎりは都市内部の問題にも手を出そうとはしているのだ。


 ただ、動こうにもしがらみが多くて動けないにすぎない。物資を得るにもゼイシルとの折衝が必要だ。



(しかし、最近は今まで以上に動きが鈍いな。ゼイシルが商機を見逃すとは思えん。やはり何かあったのでは…)





 と、薄々ながら昨今の事態の深刻さに気付き始めた頃―――それを実感させる【悪夢】がやってくる。





 バタンッ



「お父様!!」


「うおおっ! びっくりした!! なんだ、ベルか!! こんな夜中にどうした?」



 突然扉が開き、ベルロアナが入ってきた。


 その顔は興奮で真っ赤になっている。



「なんだか眠れないの…興奮してしまって……」


「おお、そうかそうか。昼間はがんばったようだからな。お前もだんだんとキャロアニーセに似てきたぞ」


「本当?」


「もちろんだとも! お前は将来、立派な跡継ぎになるだろう。わしとあいつの子なのだから当然だ。はははは!」



 アニルはベルロアナには非常に甘い。


 昼間の行動の真相はすべてファテロナから報告を受けているが、とりあえずがんばったことを全肯定である。


 他人の不幸より自分の子供の幸せが重要だ。このあたりはアンシュラオンと考えが酷似している。



「はぁはぁ…お父様、孫が欲しい?」


「ん? それは…まあ、そうだな。お前しか子供がいないのだから、孫がいなければディングラスの血が途絶えてしまうな。…と、そういう話ではなかったな。単純に欲しいぞ! だが、まだまだお前を嫁にやるわけにはいかないな。お父さんよりも立派で強い相手じゃないと駄目だからな。うん、そんなやつはおらんな。では、一生無理かもしれん!! わしは一向にかまわんぞ!!」



 孫が生まれなければ血が絶えると言っているくせに、なんという親馬鹿発言であろうか。これも誰かさんと似ている。




 だが直後、衝撃の言葉を聞くことになる。




「わたくし…出来た…みたいで……はぁはぁ、お父様に…教えないと…はぁはぁ」


「ん? 何がだ?」


「ふひひひ、ふふふふっ!! 子供が出来たの!!!!!」


「……は?」


「そうよ、ふふふ! 子供が出来ましたの!! 可愛い可愛い子がああ!! できましたのよーーーーーーー!!」





 バタンッ!!



 そして、ようやくにしてペーグが追いつく。





「りょ、領主様!! お嬢様がここにいらっしゃっ―――」






「ペーグの子が―――出来たのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」






「「 っ―――?!??!!?!?? 」」





 領主とペーグが、目を飛び出させて驚愕する。


 アニルの飛び出た目はペーグを凝視し、ペーグの飛び出た目はベルロアナを凝視する。



 なんたるカオスな空間。



 事態は混迷を深めていく。






 それから数分、誰も何も語らなかった。





 時々ベルロアナが笑ったり泣いたりするくらいで、男二人はどちらからも言葉を発しなかった。



「べ、ベル…今なんと言ったのだ?」



 領主がショックから解放されたのは、それからさらに二分後だった。


 このまま放っておくわけにもいかないので、慎重に恐る恐る自分の娘に話しかける。


 するとそれにテンションが上がったのか、ベルロアナが叫ぶ。



「ひひひ、ヒーーハーーー!!! あははははは!! 出来たのおおお! ペーグの子があああ! 出来ましたのよぉおおおおおおお!」


「…ペーグの? 本当か?」


「あははは! だって、ズンドコズンドコ踊ったのですもの!! 出来ますわーーー!」


「はわわわわっ!!! ち、ちがっ! これはちがっ!! 違うのです!!」



 「ズンドコ」という韻には、いろいろな捉え方がある。


 一般的には歌に使われることが多く、リズム的な意味で捉えることもできるが、「子供が出来た」というキーワードが悪魔の言葉に変える。




 ズンドコ ズンドコ = ズンズンッ バッコン バッコン





「―――びきっ!!!」


「ひっ!!」



 アニルのこめかみに青筋が立ったのがわかった。音が聴こえたのだ。本当だ。


 それを聴いたペーグが、突如呼吸困難に陥る。



「あ、あの…その…はぁはぁ、はーーはー、あれ? なんだか呼吸が…はぁはぁ、苦しいなぁ。こんなの子供の頃のお遊戯会以来で…はぁはぁ! く、苦しい! い、息ができない! どうして!?」



 心臓がばっくんばっくん脈動し、足も震えている。


 自分は何も悪くないはずなのに、なぜこんなことになっているのだろう。一番訳がわからないのがペーグその人だろう。



「…ペーグ」


「は、はひっ!」


「そこに座れ」


「…ははぁあ!」



 ペーグは正座する。


 腰が痛むので嫌なのだが、この場でそんなことを言ったら腰の前に人生そのものが終わってしまうだろう。


 謝罪の意味を込めて、ほぼ土下座に近い姿勢となる。



(ああ、怒られる。絶対怒られるよ。というかお嬢様はどういうおつもりなのだろう? まさか本当に自分と…? いやいや、そんなことはないでしょう。お嬢様は子供の頃からの付き合いだけど……待てよ。だからか? あの噂の『おにいちゃんと結婚するんだー』的な現象なのか!? まさかそんな…お嬢様と自分が? いや、困っちゃうな! だって自分はスレイブだし。おっと、だからこそ燃えるとかそういうパターン? いやー、どうしようーーー)



 と、安穏に構えていたペーグの視界が急に暗くなる。


 領主のアニルが近寄ってきたので照明に影が生まれたのだ。




「いやあのこれはその…すみませ―――」






「死ね! ペーグッ!!!」






 バッゴーーーーンッ




「ぎゃーーーーーーーー!!! 腰がぁあああああ!」




 アニルがペーグの腰を剣でぶっ叩いた。


 土下座に近い状態だったので、腰が一番打ちやすかったのだろう。



 そしてそこは、彼の一番の急所であった。




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