328話 「サンバでマンボ! 愛のベルロアナ・ヒーハー! 前編」


「はぁはぁ…はーはーーー! もっと…もっと…わたくしを…満たして…もっと…!」



 ベルロアナは『小麦粉』を抱えると、ぺろり、ぺろり、と舐め始めた。


 舐めるたびに再び宇宙に旅立ったような気分になる。


 ただ、それはすぐに終わってしまうので、また舐める。そして始まるが、すぐに終わるのでまた舐める。



 舐める。宇宙を駆ける。醒める。



 舐める。宇宙を駆ける。醒める。

 舐める。宇宙を駆ける。醒める。

 舐める。宇宙を駆ける。醒める。

 舐める。宇宙を駆ける。醒める。

 舐める。宇宙を駆ける。醒める。



 舐める。宇宙を駆ける。醒める。舐める。宇宙を駆ける。醒める。舐める。宇宙を駆ける。醒める。舐める。宇宙を駆ける。醒める。舐める。宇宙を駆ける。醒める。舐める。宇宙を駆ける。醒める。舐める。宇宙を駆ける。醒める。舐める。宇宙を駆ける。醒める。



 ぺろぺろぺろ ぺろぺろぺろ

 ぺろぺろぺろ ぺろぺろぺろ

 ぺろぺろぺろ ぺろぺろぺろ



 気付けば彼女は何度も何度も舐めており、かなりの量の白い粉を摂取していた。




 当然ながらこの白い粉の正体は―――コシノシン。




 医療麻薬であり、強力な鎮静作用がある薬物だ。主に大怪我をした際の痛み止めに使うために開発されたものである。


 医療技術が発達していないグラス・ギースでは極めて重要なもので、これ自体は悪いものではない。


 が、娯楽で使うようなものでもないし、舐める等によって粘膜で大量摂取することは非常に危険な行為だ。絶対に真似をしてはならない。


 もしこれが普通の人間だったならば、下手をすればショック死していた可能性すらある。



 しかしながらベルロアナは―――普通ではなかった。



 思えば彼女も五英雄の子孫である。グラス・タウンを築いた【王】であったディングラスの血を受け継ぐ正統なる後継者だ。


 その血が薬物程度で汚染されるわけもない。アンシュラオンに薬物が効かないように、血統遺伝による強い血が『毒性』を浄化してしまう。


 とはいえ、まだまだ彼女は少女である。大量摂取した薬物をすべて体内で浄化できるわけもない。



「はーー、はーーー! 熱い…熱い…はぁあ…熱い…。そうだわ……お馬さん……お馬さんに乗りますわ…。わたくし、宇宙を飛ばないと……ぶつぶつ」



 ギィイイ がちゃん


 朦朧とした様子で何かをぶつぶつと呟きながら、扉を開けて廊下に出ていった。





「んん…お嬢…さま?」



 その音でクイナが目覚める。


 時計を見ると、深夜二時前であった。



「まだこんな時間、時間…です。おトイレ…ですか? あれ? この白い粉は……お嬢様の?」



 クイナは床に落ちていた大量の白い粉を発見し、不審に思って彼女もベッドから降りる。


 その瞬間、腕に鋭い痛みが走った。



「…あつっ! …腕が…熱い」



 自分の腕が異様に熱を帯びているのでパジャマの袖をめくると、まるで蕁麻疹じんましんのように真っ赤になっていた。


 どうやらクイナはコシノシンに対してアレルギーを発症させたらしい。だからこれだけ反応してしまったのだ。


 逆に言えば、ベルロアナほど「タフ」ではなかった、ということだろう。


 女の子はこれくらい敏感なのが普通である。イタ嬢のほうがおかしい。



「こんなに、こんなになるなんて…この粉…危ないものなんじゃ……」



 利発な彼女は、それで事の真相に気付く。


 いつもベルロアナの傍にいるからこそ、普段とは違う行動にすぐに勘付けるのだ。



「お嬢様…追う、追わないと…!」



 クイナは白い粉を持って立ち上がり、ベルロアナを追った。






「はぁ…はぁ……」



 部屋を抜け出したベルロアナは、荒い呼吸のままに廊下を歩いていた。


 深夜とはいえ、アンシュラオン侵入事件から警備態勢が強化されているので、多少光度は落ちているものの明かりは灯っている。


 そのおかげか、ふらふらと歩いているベルロアナを侍女が発見。



「お嬢様…? どうなされたのですか!?」



 一目見て様子がおかしいと思った侍女は、すぐさま駆け寄る。



「はぁはぁ…何でも…ありません……わ」


「そんなご様子では…失礼いたします」



 侍女がベルロアナの額に手を当てると、燃えるように熱かったので慌てて手を離す。



「あ、熱い! すごい熱ですよ! ああ、大変だわ! すぐに誰かを呼ばないと…!」


「大丈夫です…わ。わたくしは…ベルロアナ…ディングラスですもの。はぁあああ! ひくっ! ひくっ!!」


「っ! お嬢様!?」


「ふひひ、大丈夫です。大丈夫…ふふふっ…。フヒヒーーーヒーー!!」


「はっ、これはまさか……お、お嬢様が…お嬢様が…」




 その異常な様子に侍女は―――






「お嬢様が―――【いつもの発作】を!! 誰か来てください」






 なんと、侍女が叫んだのは「いつもの発作」という言葉。


 いつも怪しい言動をしている彼女は、麻薬中毒の状況下でもいつもと変わらない奇行に映るらしい。


 日常生活をしっかりしていないと、いざ病気になったときに誰にも信じてもらえないものだ。




 どすどすどすっ



 その声を聴いてやってきたのは、妙に背筋を伸ばしながら歩いているペーグ・ザターであった。


 もう忘れているかもしれないが、アンシュラオンが腰を砕いたイタ嬢の七騎士の一人である。


 他の六騎士など名乗る前に倒されたので、まだ名前があるだけましであるが。



「何かありましたか!? まさかまた侵入者ですか!?」


「い、いえ、違うのです! お嬢様のご様子がおかしくて…」


「ああ、『いつものやつ』ですね。もー、驚かさないでくださいよー。またあの人が来たと思ったじゃないですか。あれから自分、腰がもうがっくんがっくんで、コルセットなしじゃ歩けないんですよねー」


「あ、あの…お嬢様は…どういたしましょう?」


「そっちは任せてください! お嬢様の相手は慣れておりますから! あとは自分に任せて、どうぞ休んじゃってくださいよ!」


「はい。それではよろしくお願いいたします」



 侍女はペーグにベルロアナを任せて行ってしまった。


 イタ嬢のスレイブである忠犬ペーグは主人との付き合いも長いし、彼女のよくわからない言動にも慣れている。


 ファテロナがいない場合は、七騎士に任せるのが慣習になっているのだ。



 ペーグは侍女が行ったのを確認して、ベルロアナに話しかける。



「いやー、お嬢様。どうも、こんばんはです! こんなお時間まで起きているなんて珍しいですね。眠れなかったんですか? あー、そういうときってありますよね。こういうときは一度運動とかしちゃうと、逆に眠れちゃうかもしれませんねー。あっ、そうだ。お馬さんごっこでもしましょうか! 任せてください! 腰が痛くてもばっちりやっちゃいますよ!」



 大柄な体格に似合わず、案外軽い男であることが判明。


 思えばアンシュラオンとのマッサージの会話でも軽かった気がするので、もともとこういうノリなのだろう。


 ペーグは四つん這いになると、お馬さんのポーズになる。


 腰は痛いが、忠義を尽くすベルロアナのためである。これくらいはお安い御用だ。



「さっ、お嬢様、どうぞどうぞ!」


「はぁはぁ…お馬さん…。そうですわ、わたくしはお馬さんに乗りたかったのです…! ふふふっふ、ひっひっひ!」



 ベルロアナは虚ろな表情を浮かべながらペーグに乗る。



「いやぁ、懐かしいなぁ。自分は七騎士の中でも古いほうですから、ちょっと前まではこうしてお嬢様と遊んでいたものですね。あっ、最近はぐっと大人っぽくなりましたね。腰にかかる感触がすごく柔らかいっていうか…あっ、全然そういう意味じゃないですよ! 誤解しないでくださいね!」



 じゃあ、どういう意味なのかと問いたいが、とりあえずペーグに他意はないようだ。


 彼からすれば何歳になっても愛すべきお嬢様なのだろう。



「それでお嬢様、どこに行きましょう?」


「はー、はー、わたくしは…宇宙そらを…飛びますわ!」


「へ? 空ですか? 空…ああ、なるほど。今日はそういう感じなんですね! わかりました! それじゃ、お空を飛びますねー。パッカパッカ」



 ベルロアナが宇宙を「そら」と発音したので、なんとなく勝手に理解してくれたようである。


 ペーグはそのまま痛む腰を庇いながら、必死にペガサスのフリをする。


 本来ならば三歳児くらいがやるような遊戯だが、一時期精神状態が不安定だったベルロアナは、スレイブを馬にすることで情緒の安定を図っていたことがあったのだ。


 だから仮にこの光景を誰かが見たとしても、「なんだ、またお嬢様か」で終わることになる。




 そして、徐々にまたベルロアナのトリップ現象が戻ってきた。




「ひゃっはーーー! いいですわよーーー! ペーーグウゥウウウウウウ!! 愉快痛快! 一緒に踊りますわよぉおお! はぁー、ズンドコ、ズンドコ、ズンドコッ!」


「ありがとうございまぁあああああすっ!! お嬢様ぁああああああ!」


「あはははは!! 宇宙が、宇宙が回ってますわあああああーー!! あひゃひゃひゃひゃっ!!」



 深夜の廊下を騎士に乗ったベルロアナが疾走する。極めてシュールな光景である。


 通りがかる者たちすべてが目を覆いたくなるような惨状だ。


 だが、ベルロアナにとっては宇宙を駆ける最高の瞬間に感じているのだ。


 つまりはラリっておかしくなっているのだが、その異常に誰も気付かないことが一番怖ろしい。周りの人間が受け入れてしまっている。


 まさに某ロボットアニメの名言の一つ、「慣れていくのね」である。



「ペーグ…もっともっと…速くよ!! 一緒に踊りましょう!!」


「は、はい! もっと速く…ですね! そろーり、そろーり!」


「何をしているの! はぁはぁ! わたくしはもっとソラを駆けるのよ!!」


「そ、その、これ以上は腰が…」


「ペーグ! あなたまでわたくしを蔑むのね!! どうせ友達がいない哀れな女だと思っているのでしょう!! ううっううううっ…うわあああああああんっ! ペーグがいじめたぁああああああ!!」


「ええええええっ!? 急にどうしたんですか!?? お嬢様、こ、声を! 声を小さくぅうううう!!」


「うえぇっ、いいのよ…! どうせわたくしなんて…つまはじき者のクズですわ! 金をちらつかせてスレイブを買うしか能がない最低の人間ですもの! ヒヒヒッ、うひひひひひっ! おおえええええええ!」


「ぎゃっーーーー!」



 突然泣き出したかと思ったら嘔吐する。


 ベルロアナくらいの可愛い女の子の吐瀉としゃ物ならば喜ぶマニアもいそうだが、さすがに頭にかけられるのはしんどい。


 しかし、それでもぐっと耐えるペーグ。さすが忠犬と呼ばれる男だ。今は馬だが。



「ひゃっはーーーーー! ペーグ!! ご機嫌だわああ!! 踊りましょう! 狂ったように踊るのよぉおお! ヘイヘイヘイホーーー!! 世界のヘイポーーー! フンフンフン!! ズンドコズンドコ!!」


「えええええ!? 突然どうされたのですか!? テンション上がってますよ!?」


「だって、こんなに気分が良いのですもの! さあ、夜の街に繰り出しますわよ! わたくし、知っていますわ! 夜の街には楽しいことがたくさんあるって! でも、お父様が出てはいけないからって夕方には帰りますから…ずっとずっと気になっていたのです!!!」


「そ、それはその…そうかもしれないですけど、さすがにこの時間はちょっと…」


「うぇえええーーーーんっ、夜の街は怖いですわーーーー!」


「どういう心境の変化ですか!? これが噂の乙女心なんですかぁぁああ!?」



 訳がわからないことを言い出すのはいつものことだが、明らかに主張が逆転している。


 さすがのペーグも、こんなベルロアナは見たことがなかったので翻弄されてしまう。



 ちなみにこの症状を『躁鬱そううつ』、または双極性障害と呼ぶ。



 そうとは、気分が盛り上がってハイテンションになる状態であり、うつとは文字通りに「うつ」になって落ち込む状態を指す。


 これを突然交互に繰り返すため、実生活における正常な判断力と他人からの評価に大きな支障が生まれる。



「あははは! ああ、わたくし、お花畑におりますわぁ。あっ、お母様! 元気になられたのですわね!! 本当に良かった!! ううっうぇええええーーーんっ!! お母様あぁあああああ! 行かないでぇええ! おええええええ!」


「ぎゃーーーー」



 もう訳がわからない。一つだけ確実なのは、嘔吐したものを受けるのはペーグの役目だということだ。


 彼の頭は胃酸に塗れている。また彼女は新しいプレイを開発してしまったらしい。





「お、お嬢様、大丈夫ですか!? やっぱり気分が悪いんじゃ…」


「ふーーふーー、大丈夫です…わ。ちょっと気持ち悪くなっただけで…ふーー、ふーー」


「そ、そうですか。それはよかったです。い、一度降りましょうか」


「はぁはぁ…そうですわね…はぁはぁ」



 一度ベルロアナを降ろし、ペーグは彼女の背中をさする。


 するとまた泣き出した。



「ううっ…ううっ…」


「お嬢様、どうされたのですか? 何が哀しいんですか?」


「ぐすぐすっ…どうせ私は『イタ嬢』ですわ。今日だってがんばったのに…そのはずなのに…みんなの視線は…まるで腫れ物を見るようで…」


「あっ、自覚はあったんですね。とと、そうじゃなくて、それはなんとも…酷い話ですね」


「…本当ですわ。わたくしだって…次の領主になんてなりたくないのに…重圧に押し潰されてこんなことに…これもお父様が兄か弟を作ってくださらなかったからですわ」


「そ、それはその…そう言えなくもないですね。はい」


「ねぇ、ペーグ。わたくしは子供をたくさん産みますわ。そのほうがきっと幸せですもの。友達がいなくても家族がいれば孤独になんてなりませんもの。そうでしょう?」


「は、はぁ…世の中には仲の悪い家族もいますが…」


「うぇえええええええええんっ!! 絶望ですわぁああああ!」


「あああ、申し訳ございません! う、嘘です! 嘘です!!」


「やっはー、嘘なんですわねええええ♪ らんらーんっ!! じゃあ、お父様に伝えてこないといけませんわ!! わたくし、子供を作るのですわー!」


「は、はぁ、それはまあ…今後の話ということなら微笑ましい…」







「お父様ーーーー! 子供が出来ましたのーーーー!! ペーグの子よーーーー!」







「っっっっ―――!?!?!?!??!?!!!!!」




 ばきんっ


 思わず飛び出た目で、ペーグのフルフェイスの兜が割れる。




「お、お嬢様…な、何を…!? 何をぉおおおお!?」


「あははははは!! お父様ーーーー! 聞いてーー! 大ニュースですわーーー!」


「いや、ちょっ!!! 待って!! 待ってぇえええええええ!! 何かおかしいことにぃいいい! あっ、痛っ! いたい! 腰が痛い!! あああ、待ってえぇええ!! 速い! 意外と速い!!」



 ただでさえ腰を痛めているのに馬の真似をしたので、腰が悪化。


 ひょこひょこと追いかけるが、思った以上にベルロアナが速かった。


 凄まじい勢いで領主がいるであろう部屋に走っていく。



 嫌な予感が止まらない。


 止めなければ大変なことになりそうな気がする。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます