327話 「イタ嬢、白い仕込みの発動」


 話は少し遡る。


 ちょうどアンシュラオンがプライリーラに勝ち、戦利品の彼女を味わっている夜のことである。


 その日、街は静かだった。


 プライリーラが四大会議でホワイト打倒を宣言したおかげで、最近荒れていた都市内部が珍しく落ち着いていた。人々もゆっくりと夜を満喫できている。


 ある者は酒を楽しみ、ある者は夜の店にしけ込み、ある者は家族で外食を堪能していた。


 すべての人間がそれぞれの時間を過ごす。どんな過ごし方をしても自由である。



 しかし、そんな穏やかな夜に【一つの事件】が起こった。



 もっと正しく述べれば、それはもうとっくの前に起きていたことなのだが、この日に改めて露見したというべきだろう。


 そして、それは領主城で起きていた。





「ふあぁぁ、今日もがんばりましたわね」



 領主城の西側四階の一室で、イタ嬢ことベルロアナ・ディングラスは眠りに入ろうとしていた。


 ほどよく身体が疲れているので、まったりとした眠気を感じている。今寝たらきっと心地よいに違いない。


 それに、彼女の「がんばった」という言葉も嘘ではない。


 アンシュラオンからすれば遊んでいるように見えるベルロアナだが、毎日のように外には出ている。


 上級街にいれば、馬車に乗って移動している彼女を頻繁に見かけることだろう。



(動けないお母様の代わりに都市を見る。これも立派なお役目ですわね)



 彼女が馬車に乗っているのは、都市内部を回って人々の暮らしを自分の目で見ることだ。


 そして、問題があれば対処する。


 困っている人がいれば積極的に助け、領主の目が届かない部分をカバーすることが目的である。


 領主は四大市民との利権の関係で、直接大きな改革を行うことができない。何かやろうにも会議での許可が必要となる。


 ただし、街中の問題やトラブルを解決することくらいは許されている。他派閥の利権を侵さなければ文句は言われない。


 たとえば以前少し触れたが『私塾』などを開くこともできる。子供たちに知識や教養を教えることは都市の発展に役立つので、アーブスラット等の他派閥の人間も快く協力していたものだ。


 これはベルロアナの母親であるキャロアニーセが、病気になる前にずっとやっていたことである。


 それを娘であるベルロアナが引き継いだというわけだ。彼女は自分が母親の意思を継いでいることに誇りを抱いていた。



「お嬢様、お嬢様、今日は何をなされたんですか?」



 そんなベルロアナの隣には、空色の髪の毛を大きなおさげにまとめたクイナがいた。


 アンシュラオンが領主城に忍び込んだ時に少し出た彼女であるが、本名をクイナ・グイナという。


 白スレイブになるくらいなので相当な美少女といってよいだろう。


 着ている服も上等なためベルロアナと並ぶと、見目麗しい貴族のお嬢様が二人いるように見える。


 イタ嬢の中身さえ気にしなければ、二人の写真は一部のマニアに高額で売れるだろう。



「んー、そうですわね。…道で困っていた人を家まで送りましたわね。とても感謝されましたわ」


「うわー、うわー、すごいです! 人助け、人助けなのです! ほかは、ほかは何をなさったんですか!」


「そのあとは…そうですわね。働き口がなくて困っていた人に仕事を紹介したり、お年寄りの話し相手をしたりしましたわ」


「それも人助け、人助けなのです! お嬢様、すごいのです!」


「そ、そう? わたくしもそれなりにがんばったとは思うのですけれど…これくらい当然ですわ!!」


「うわー、うわー、さすがお嬢様です! 尊敬、尊敬なのです!」


「それほどでもないけれど…そうかしら?」


「はい! すごい、すごいです!」



 クイナはベルロアナの『偉業』に目を輝かせる。


 最近は新しい白スレイブがやってこないので、クイナがほぼ付きっきりでベルロアナと一緒にいる。


 こうして日課を聞くのも彼女の役割の一つだ。


 アンシュラオンが聞いたら「お勤めご苦労様です」と、まるで刑務所勤めのヤクザに言うような台詞を吐くだろうが、クイナの目は尊敬の輝きに満ちている。


 非常に稀有で珍妙なのだが、この少女は本気でベルロアナを敬愛していたりする。


 頭が良くて機転が利く子なので、危ないときは多少気を遣うことはあれど、基本的にはベルロアナが大好きなのだ。




 そんなクイナには非常に言いにくいのだが、本日ベルロアナがやったことの【真実】をここに記そうと思う。





1、「道で困っていた人を家まで送りましたわ」の真相



 ベルロアナは馬車で移動中、妙にきょろきょろした挙動不審な男を発見した。


 てっきり道に迷っていると思った彼女は、ファテロナに命じてその男を確保し、所持品から身元を特定させた。


 そして、嫌がる男を「まあまあ、遠慮なさらずに」と強引に送り届けて満足した。


 が、その男は組織から金を持ち出して追われている身の上であり、彼女が送り届けたのは、その組織が管理する事務所である。


 その後、事務所からは男の叫び声が聴こえたのだが、ベルロアナの腐った耳には「ありがとぉおおおおおお!」と聴こえたようだ。




2、「働き口がなくて困っていた人に仕事を紹介した」の真相



 ベルロアナが上級街を通っていた時である。(警備上の問題から基本的には上級街を中心に移動するのだが)


 なにやら衛士に職務質問を受けている男がいたので、話を訊いてみた。


 男は大量の刃物を持っていたため疑われたが、聞けば彼は『彫師ほりし』だそうだ。そして現在は無職で、職探しをしている最中だという。


 それを聞いたベルロアナは「ああ、仏像とか版画を彫るやつですわね」と思った。


 それゆえにとりあえず、いつも領主城を直してくれる大工の棟梁のところに連れていき、雇ってくれるようにお願いしてから帰った。


 普通の家ならばともかく領主城のような館にはさまざまな彫り物があるし、木柱にも装飾を施すことが多いので、その方面で役立てばいいだろうと思ったわけだ。


 ベルロアナ当人は「いいことをしましたわ」と自己満足して行ってしまった。


 が、実はこの男、彫師は彫師なのだが『刺青』や『タトゥー』のほうの彫師であった。


 なんというすれ違いと勘違いだろう。まさにトンチかと見まごうばかりである。


 それでも領主の娘の頼みを断ることもできない棟梁は、仕方なく男を雇い入れ、とりあえず背中に龍の刺青を彫ってもらったという。




3、「お年寄りの話し相手をしたりしましたわ」の真相



 上級街に「わしゃぁ、埋蔵金の在り処を知っておる!」と叫ぶ名物お爺さんがいる。


 最初は誰もがその話に食いつくのだが、結局見つからないので「ホラ吹き埋蔵ジジイ」というあだ名で有名になっている困った老人だ。


 当然、もう誰も話を聞かないので、独りで喚いていたところにベルロアナが遭遇。


 「埋蔵金!? それはすごいですわ! 一緒に探しましょう!」ということで、いろいろな場所に赴いて探した。


 他人の家にずけずけと入って床を掘ったり、池の水を抜いて外来種を駆除したり、埋蔵金なのに木の上を探したりした。


 夕暮れ時になっても見つからないので困っていたが、その時ホラ吹きじいさんはこう言った。


 「わしの名前はキンというでな」と言い出し、突然ベルロアナが掘った穴に入って、「はい、埋蔵キン」などとほざいた。


 そう、この爺さんは、この一発芸がやりたいために人を騙して楽しむという、とんでもないジジイなのである。


 アンシュラオンならば尻の穴に焼いた棒を突っ込むレベルのジョークだが、ベルロアナは「???」と最後まで意味がわからない様子だった。


 とりあえず笑って誤魔化したようだが、こんなジョークのためにいろいろな箇所を掘り起こしたので、「やっぱりイタ嬢だぜ!!」と街中では噂になっていたようである。


 また、渾身の一発ギャグを素でスルーされた埋蔵爺さんも、なんともいえない微妙な空気の中、独り寂しく戻っていったそうな。




 以上が本日の真相である。




 彼女に悪気があるわけではない。すべて善意から発せられたものだし、一応は人助けもしている。


 だが、なぜかよくわからないことになる。どうしていいのか困ることになる。基本的に迷惑をかけることになる。


 よって、彼女が街に出るときは住人が急いで隠れるのだが、そのことにも気付いていないようだ。幸せな女の子である。




 クイナに今日の自慢話を終えて満足したベルロアナは、もう一つの日課をこなすため、机から『白い粉』を取り出す。


 そう、あの例の『小麦粉』である。


 彼女はあれからずっと毎日、この白い粉を肌に塗りつけていたのだ。それが寝る前の日課となっている。



「寝る前にこの化粧品を塗って…と。ぬりぬり」


「お嬢様、クイナも、クイナも塗ってみたいです」


「これは『お友達!!』からもらった大切なものなのよ。いくらクイナでも、そう簡単には塗ってあげられないですわ」


「お友達! お嬢様のお友達なのですね! クイナ、嬉しい、嬉しいのです!」


「うふふ、そうね。でも、クイナも『お友達!!』ですから、ちょっとくらいはかまわないのかしら?」


「本当ですか!? クイナ、感動、感動なのです!」


「最初は赤くなるから少し注意が必要ですわよ」


「わかりました。わかりました! お嬢様と一緒なのです! 嬉しいのです!」


「うふふ、それじゃ腕を出してごらんなさい」



 ベルロアナは白い粉を水で溶かし、クイナに塗りつける。


 少し水を多めにして伸ばして、腕全体に塗ってみた。



「うわー、うわー、これでお嬢様とおそろいなのです!」


「そんなに嬉しいものかしら?」


「とっても、とっても!!」


「では、わたくしも…もう一度ぬりぬり。…ふぅ。落ち着きますわぁ…」



 塗った腕がスースーしたあと、少しずつ肌に吸収されていくのがわかる。


 それが染み渡るにつれて心は穏やかになっていき、非常に満たされた気分になる。



(ああ、まるで…お母様に抱かれている気分ですわ。水の中に浮いているようで…なんて心地よい)



 ささくれ立っていた気持ちが落ち着く。今までこれほどの充実感を味わったことがない。


 今のベルロアナにとって、この瞬間こそが一番の楽しみであった。


 今までの嫌なことが全部頭からなくなり、ただただ穏やかな快楽だけが続くのだ。誰だって気分がよいに違いない。



「ふー、ふー…」


「クイナ、大丈夫?」


「は、はい。ちょっと赤く、赤くなってきました。熱くて…」


「大丈夫よ。すぐに慣れますわ。これはお肌にとっても良いのよ」


「楽しみ、楽しみなのです!」


「それじゃ、今日は一緒に寝ましょうか」


「はい! 喜んで、喜んで!!」




 こうして二人は一緒にベルロアナの寝室で眠る。


 ここまでは仲睦まじい少女たちの戯れである。そういう趣味の方々には美味しいシーンだろうか。





 が、ここから【異変】が起こる。





 もぞもぞ ごそごそ



 深夜になって、ベッドから降りてきた者がいる。



 それは―――ベルロアナ。



 いつも寝つきが良く、朝までぐっすりと寝る彼女だが、今日に限ってはなぜか眠れなかった。


 遠足前の子供のように妙に興奮して、寝たくても眠れない状態で今までごろごろしていたのだが、もう我慢できなくなって起きてきたのだ。



(クイナは…寝てますわね)



 クイナからは寝息が聴こえるので、しっかり眠っているのだろう。


 そのことに若干の羨ましさを覚えつつ、静かにベッドから離れる。



「はぁはぁ…喉が渇きますわね」



 近くにあった水差しでコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。


 ごくごくと体内に流れた水によって満たされる。はずなのだが、なぜか今日は喉の渇きが収まらない。



「熱い…身体が熱いですわね…。なんでこんな…はぁはぁ…あら? どうしてわたくし…化粧台の前に…? それにこれは…」



 気付くとベルロアナは化粧台に座っていた。


 しかも手には白い粉が入った袋を持っている。いつ座ったのか、いつ出したのか、それすらも覚えていない。


 だが、身体は自分の意思を無視して、いつもの作業を行う。粉を水に溶かし、それを肌に塗りつけようとする。



「…と、何をしているのですか。はぁはぁ…もう塗ったはずですわ。眠ったつもりはありませんが…寝ぼけているのかしら?」



 今つける理由はまったくない。いつも寝る前に一回塗っていただけだ。


 寝ぼけていたと思い、一度白い粉を置き、呼吸を整える。



 が、視線は白い粉に集中している。どうしても目が離せない。



 そうやってじっと見つめていると―――




「はっ! どうしてわたくしは…白い粉を手に…はぁはぁ、何かおかしいですわ。でも、なぜか…はぁはぁ…舐めてみたくて…喉が渇いていますし…あれ? 何か変なことを言って…はぁはぁ」



 無性にその粉を舐めてみたくなる。喉が渇いているのだから普通はそんなことは考えないだろう。


 前も一度そういう欲求に駆られたことがあるが、「何を馬鹿な」と思ってやめたものだ。


 しかし、今はそうしてもいいような気がしてきた。


 ベルロアナは何度かその誘惑に耐えるが、今はどうしても欲求が止まらない。次第に頭も熱を宿してきて、ぼ~っとしていく。



「はぁはぁ…ちょっとくらいなら…いいですわよね。味見…みたいなものですし」



 普通の思考ならば、化粧品を舐めるという発想自体がないが、今の彼女は冷静な判断能力を失っている。


 否。


 思えば最初から冷静な判断力など持っていないので、彼女ならば何をやっても「またイタ嬢か」で終わる気がしないでもない。


 ただし、今回のものは今までとはレベルが違う。



 なにせこれは―――




「…ぺろ―――はっ!」




 ベルロアナが粉をひと舐めする。




 その瞬間―――宇宙を視た。




 自分が宇宙に漂っている感覚。星を眺め、俯瞰し、世界を手に収めている感覚。


 すべてが彼女の物であり、すべてが彼女と一体化している。


 なんという全能感だろう。自分のすべてが満たされ、許され、愛されていくのがわかる。


 ぽろり


 思わず涙を流した。



「あぁ…わたくしは……あぁあ……満たされる………こんなに満たされる…なんてぇ…」



 散々他者から疎まれてきた。頭が悪くてもそれくらいは理解できる。


 そうした劣等感やストレスが心を蝕み、白スレイブに手を出す結果にもなっていたのだ。


 だが、そんな苦痛や哀しみが、たったひと舐めで解消されるなど想像したこともなかった。



 どくんどくんっ どくんどくんっ



 自分が興奮しているのがわかる。目の前にあるものが、とても重要なものだと気付いたからだ。


 これを誰にも渡したくない。そんな感情が彼女を支配していく。



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