326話 「アンシュラオンの逮捕劇 後編」


「改めて警告するぞ。抵抗するようならば、お前の助手も牢獄行きだ! 一生出られると思うな! すでに捕らえているのだ! いつでもぶち込める状態にある!」


「ああ、そうなんだ。露骨な脅迫だなぁ。べつにいいよ」


「え? いいの?」


「犬だしね。檻に入ってもいいんじゃない? 放し飼いにしとくと、変なウィルスもらってくるかもしれないから逆に危ないよね」


「え? 彼女は人間のはずだったが…あれ? 違った?」



 なんだか会話が合わない。


 というかアンシュラオンもシャイナを見捨てすぎである。



「あの女にも麻薬違法売買の嫌疑がかけられている! お前と同罪だぞ!」


「あっ、事実です」


「認めちゃったよ!!」


「むしろあいつのせいだしね。オレから麻薬やろうなんて言ってないし」


「助手に罪をなすりつけるとは、なんたるやつだ! 医者の風上にも置けん! いや、男の風上にも置けんぞ!」


「だって、本当だし。刑事さん、あいつが犯人なんです。あっ、そうだ。司法取引しません? オレがあいつの罪を告発しますから、オレは無実ってことで」


「無実ではないだろう! せめて無罪と言え!」


「ちっ、気付いたか。さすがに細かいね」



 「無実」と「無罪」はだいぶ違う。無罪は裁判等で罪に問われないことだが、無実は事実そのものの否認だ。


 相変わらず賢しい男である。




 と、アンシュラオンがそんなやり取りをしていると、もう我慢できないといった様子で一人の女性が飛び出てきた。




「ミエルアイブ衛士長! それはあんまりではないでしょうか!!」




 かなりおかんむりな様子で衛士長に食ってかかる。




 それは―――マキ。




 ここは東門なので彼女がいるのは当然である。


 今までのやり取りを聞いていて、さすがに堪忍袋の緒が切れたのだろう。



「さきほどから聞いていれば、完全な脅迫ではありませんか! 我々は衛士なのですよ! そんなやり方は許されません!」


「…キシィルナ門番長か。また面倒なのが出てきたな。君は門番長とはいえ第二衛士隊の配属だ。第一衛士隊に口を出さないでもらおうか」


「これを見過ごしては衛士隊の信頼が揺らぎます!」


「我々は領主様直々のご命令で動いている。それに逆らうのか?」


「領主様の…それは…」



 領主直轄の特別衛士隊に逆らうことは、巡査部長が四階級上の警視正に文句を言うようなものだ。


 ミエルアイブは衛士長なので、さらに階級は上と思っていいだろう。


 城塞都市において上下関係は極めて重要な問題だ。マキも一瞬だけ、たじろぐ。



「マキさん…」


「あっ…」



 マキが仮面を被っているアンシュラオンを見る。


 彼がなぜ仮面なのか。なぜそこまでして、こんなことをしているのかを思い出す。



「アンシュ……ホワイト君は、医者として人々を助けているんですよ! それのどこが悪いのですか!」


「そもそも医者ではないのだ。医療行為はできない。そこから違法だ」


「違法がなんだっていうんですか! 毎日外から治療を求めてやってくる人たちがいるんです! その人たちを助けることはグラス・ギースの利益になっているはずです! 治療費だって結果的には税金になって…」


「この男は税金を納めていない」


「えっ!? そうなの!?」


「…うん、まあ。てへへ」



 勝手に開いて勝手に商売をしているのだから、当然ながら納めているはずがない。全部がっぽり自分のものである。


 若干マキはたじろいだが、この程度ではめげない。



「そ、そのお金は…弱い人たちのために使っているのよね? ね?」


「もちろんだよ。すべて経費に回しているんだ(嘘)」


「ほら、聞いたでしょう! 福祉が充実すればグラス・ギースの生産性も評判も上がります! 結果的に利益になっているのです! 利益はお金だけじゃないはずです!」


「悪事や悪評のほうが上回っているのならばマイナスである。この都市に数多くの混乱をもたらしているではないか。君とて門番をしているのだから悪評は知っているはずだ」


「…それは…知っています。しかし彼には…彼には大きな目的があるんです! それをこんな形で潰してよいのですか!?」


「どんな目的だね?」


「…今の領主様にはできないことです。放置されている問題を解決するために…」


「その発言は問題だな。領主様への不敬になるぞ。これ以上の庇い立てをするのならば、君もただでは済まない。それでもいいのかね?」


「わ、私は…」


「おいっ」



 ひゅーんっ ドゴッ



「いったっ?!??」


「マキさんに偉そうな口を叩くな。身の程を知れ」


「こ、この…また石を…いたぁ……投げたな!」


「今のは石じゃない。小岩だ」



 石と呼ぶには大きく、岩と呼ぶには小さい。まさに小岩だ。地名ではないので注意してほしい。


 しかし、小岩を投げられても無事なところを見ると、ミエルアイブもそこそこ身体が頑丈らしい。これならばギリギリ岩でも大丈夫そうだ。



「安心しろ。岩もあるぞ。帰り際にたくさん集めておいたんだ。ポケット倉庫って便利だよね」


「ポケット倉庫の使い方がおかしい!! もっと意味のあるものを入れんか!」


「何を入れたっていいだろう。石や岩だってこうして役立つわけだからな。というか、お前なんかがマキさんに口答えするなよ。彼女のほうが有能なんだからさ」


「有能なのは認めるが、我々第一衛士隊は領主様に選ばれた者たちだ。一緒にされては困るな」


「それってプラス要素なのか? オレからすれば超絶マイナス査定なんだが…あっ、そうだ。くく、いいのかぁ? これ以上マキさんに何か言えば【バラす】ぞ」


「な、何をだ」


「イタ嬢ってさー、白い粉を―――」


「ストゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウプウウウウウ!!」


「だから触るなよ! べしっ!」



 ボキンッ



「ぎゃーーーーーっ! 腕がーーー!!」



 これでミエルアイブの両腕が折れた。


 これからしばらくはトイレに行くのも一苦労するだろうが、自業自得である。




「くうう、またもや公務執行妨害…いや、これはもう傷害事件だ! テロだぞ!」


「大げさだな。本当のテロってのは、こういうことをいうんだよ」



 ボンッ ドッガーーーーーーンッ! グラグラッ



 アンシュラオンが戦弾を発射すると、門の上にあったやぐらが吹っ飛んだ。


 その衝撃で門と地面が大きく揺れる。



「どわわっ―――あべし!」



 思わず誰もが頭を抱えて地面に伏せるが、両手が折れているミエルアイブはバランスを崩し―――そのまま前のめりにずっこけて、顔面を強打。


 受身が取れないので地面にダイブである。



「ぬはっ!! ぐおおお! 顔がぁあああ!」


「あはははは! 何やってんの! げらげらげらっ!! おっ、髭で土が抉れたじゃん! 硬い髭だな、おい! その髭はスコップかよ!? ぶひゃひゃひゃっ! その発想はなかったわーー! おもしろーー!」


「ぐぬぬううっ!! こ、これ以上は許さん! 我々にたてつくということは領主様に逆らうということだぞ! それが何を意味するのかわかっているのか!」


「べつにあいつと仲良くないしね。むしろ最悪の関係だから嫌われてもいいよ。いい機会だから教えてあげるけど、オレはこの都市のためには領主が死んだほうがいいと思ってるからね。そこんところ、しっかり覚えておくといいよ」


「なっ!! き、貴様! その発言は完全なる反逆罪だぞ!」


「だから反逆じゃないって。反逆ってのは身内の人間に対して使われるものだけど、オレは最初からグラス・ギースの人間じゃないしね。オレを攻撃してくるやつなら、領主だろうが魔獣だろうが同じさ。敵は殺さないとね」


「っ!! この男を取り押さえろ!!」



 その言葉を黙って聞いていられるミエルアイブではない。


 彼の呼びかけに応え、ぞろぞろと第一衛士隊のメンバーがやってきた。ただし、銃や槍を持っているが正直言ってレベルはかなり低そうだ。



(衛士隊って、やっぱり頼りないよな。軍事を担当しているって聞いたけど、こんなんで大丈夫なのか? マフィア連中のほうが強いじゃないか。これじゃマングラスが幅を利かせるわけだよ)



 このレベル帯ならば下手をすれば、命気足無しのサナ単独でも勝てそうである。


 記憶によればディングラス家は不動産と軍事力という重要な要素を担当しているはずなのだが、他の四大派閥と比べると明らかに見劣りする。


 四大市民に為政権を渡してしまったため、何もしなくても金が入る仕組みが彼らを弱くしたのかもしれない。


 しかも彼らの最大の拠り所であろうマキは―――




「駄目よっ!!!」




 アンシュラオンを守るように第一衛士隊に立ち塞がった。


 今のところ衛士隊唯一の実力者であろう彼女が敵になるとは、第一衛士隊の面々にとっては最悪だろう。


 もちろん彼女が実力者であることは誰もが知っているので、ミエルアイブもいきなり突っかかりはしない。



「キシィルナ門番長、何のつもりだ!」


「ホワイト君を逮捕なんてさせないわ! だって、この子は…この子は私の……」


「君も逆らうというのか! 領主様の命令だぞ!! この都市にいられなくなるぞ!! 年金だって止められるからな!!」



 ミエルアイブの威圧が妙にリアルだ。将来への不安を標的にするのは行政の得意とするところである。


 年金を払わないでいると「障害年金も出ませんよ。怪我をした時に困りますけど、いいですか?」と脅してくるので、尻の穴に精神注入棒をぶっ刺してあげよう。


 真面目な話に戻ると、四大市民が実際の統治を執り行っているようなものだが、衛士隊はすべて領主が管理しているので、逆らったマキをクビにすることは容易だ。


 しかしそれは優秀な門番を失うことになり、彼ら自身の首を絞めることになるので、ミエルアイブとしてはそう脅すしかないのだろう。


 ちなみにミエルアイブは腕が折れているため、偉そうに話している間も両手はだらーんとしている。なんとも締まりがない姿である。





 そして、ミエルアイブがそんなことを言うから―――刺激してしまう。






「領主が…領主が―――なんなのよ!!!」





「あんなデブの髭オヤジより、私は彼を選ぶわ!! もう我慢の限界よ!! 偉そうに命令される筋合いなんてないわ!!」



 マキがキレる。


 普段は言わないであろう差別用語すら厭わないほどである。よほど怒ったのだろう。



「この子を捕まえるというのならば、私が相手になるわ!!」


「な、なにっ! 正気か!! 衛士隊はクビだぞ!」


「だから何? こっちから辞めてやるわよ!! このっ!!」



 ドヒューーーンッ ドゴオオオオ



「ぶほおおおっ!!」



 マキが投げた石がミエルアイブの腹に当たり、吹っ飛ぶ。


 ゴロゴロゴロゴロッ ドガッ


 そのまま十数メートル転がって、門の縁に頭をぶつけて止まった。


 しかもびっくりした野次馬に思わず踏まれるというアクシデントも発生。まさに踏んだり蹴ったりである。



(マキさん、強く投げすぎだって…)



 アンシュラオンは相当手加減しているが、強い武人が怒りに任せたまま石を投げれば弾丸に匹敵する。


 人間一人くらいは簡単に吹っ飛ぶだろう。



「…ごふっ……ぐううっ…! や、やったな…」


「あ、立った。案外丈夫だね」


「ふふ、この程度で倒れていたら衛士長など務まら……あああ! 母の形見のペンダントがぁああああ! 割れてるぅうううううう! ひぃいいっ―――がくっ!」


「あっ、また倒れた」



 お守りとしてスーツに入れていた形見のペンダントが粉々に砕けていた。


 死んだ母が守ってくれたのだろう。泣ける話だ。



「ぬおおおおおおお!」


「あっ、復活した」


「こんなことで…こんなことで諦めるものか! 家と形見まで失って…! このまま帰るわけにはいかん!」



 何か目的が変わっているようだが、逆の立場からすれば、たしかに後には引けないかもしれない。


 ミエルアイブも領主の命令でやってきている。あの人間の出来ていなさそうな領主のことだ。このまま帰ったら罵倒の嵐だろう。


 最悪、処分される可能性もある。この男も必死だ。



 そして、実力で勝てないのだから脅迫するしかない。



「いいのかぁ? ホワイト? お前のゴールデン・シャイーナとやらが、ただでは済まんぞ!」


「ああ、シャイナのことね。もうっ、ちゃんと言ってくれなきゃわからないじゃないか」


「どっちなの!? はっきりしてよ!!」



 なぜかオネエ言葉になった。



「人質を取るなんて最低だわ! この人間のクズ!!」


「そうだぞ、クズが!! えいっ!(イタ嬢やリンダを人質に取った人の発言)」


「くそっ! 二人で石を投げるな!!」


「じゃあ、油を投げてやる!! えーい、びちゃっ」


「ぎゃーーー!! ヌルヌルする!!」



 はっきり言おう。アンシュラオンには石も油も投げる権利はない!!




「アンシュラオン君! 私と一緒に逃げましょう! そうよ! 二人で…いや、妹さんと三人で違う都市に行きましょう! こんな都市にこだわる必要はないわ! 私たちなら、どこに行ってもやれるわ!」


「愛の逃避行か。燃えるね」


「ええ、そうよ! もう覚悟は決まったわ! 衛士隊なんて辞めてやるから!」


「オレを選んでくれて嬉しいよ。…でも、マキさんはそれでいいの?」


「…え?」


「この都市の人たちを見捨てることになるんだよ。今も病気や貧困で困っている人が一杯いるのに…いいの? 後悔しない?」


「そ、それは…ああ、やっぱりあなたはそのために…そうなのね?」


「オレはいつだって弱い(女の)人の味方だよ」


「ううっ、なんて…君って子はなんて…!! こんな目に遭ってまで困っている人を見捨てないなんて…私は自分が恥ずかしいわ!!」


「マキさんは立派だよ。領主に逆らってまで自分の信念を貫いたんだ。誇っていいよ。でも、オレはまだこの都市でやらないといけないことがあるんだ。駄犬だけど、見捨てると気まずいペットもいるしね。他にも守ってやらないといけない子たちもいるしさ。みんなマキさんの妹になる子たちなんだ。助けてあげないといけないでしょ?」


「ああ、そうね…。私たちが結婚すれば…家族が増えるのね。あなたはたくさんのものを背負っているものね。…ごめんなさい。私って身勝手な女だったわ」


「いいんだよ。マキさんは何も悪くないから。あとはオレに任せてよ」


「ええ、君がそう言うなら…」



 マキを説得して思いとどまらせる。


 彼女も一度キレたおかげで、少しはすっきりしたはずだ。最悪は都市を離れればいいという選択肢があるので、上手く気持ちを切り替えることができたのだ。



 それはよいとして、問題は相手がシャイナを標的にしてきたことだ。


 ミエルアイブの言葉からして衛士隊に捕まっているらしい。今抵抗すれば彼女の身が危ういのは間違いないようだ。



(シャイナのことまで調査済みってことは、芋づる式にシャイナの父親も人質にされていると思っていいな。まあ、父親は死んでもいいんだが、せっかく拾った犬を見捨てるわけにもいかないよな。ホロロさんやサリータ、ロゼ姉妹も守ってやらないといけないしね。ふむ、こっちの流れのパターンのほうが楽そうだな。じゃあ、さっさと済ますか)



「ということでマキさん、オレを逮捕してよ」


「え? 私が!?」


「うん。マキさんはまだ衛士を辞めるべきじゃないよ。マキさんがいないと東門の安全が保たれないからね。そうなると危険が増える」


「で、でも…わ、私は…そんなの……そんなことできないわ! 君を逮捕するなんて!!」


「ねえ、そこのおっさん。捕まってやるからマキさんは許してあげてよ」


「なにぃいい! こんなことをして、ただで済むと……いたっ!!」



 石を投げる。(しつこい)



「嫌ならいいよ。あんたの立場が悪くなるだけだしね。どうせ裏には怖い連中がいるんでしょ? 領主もそいつらも怒らせないほうがいいだろうね。おっさん自身のためにもね」


「………」



 スラウキンの名前が出たということは、今回の一件には【ラングラス】も関わっている可能性が高い。


 どちらにせよアンシュラオンがいない間に動きがあったのだろう。


 それならばそれで問題はない。頃合である。



 アンシュラオンは、両手をマキに差し出す。



「それじゃマキさん、お願いね」


「そんな…アンシュラオン君…私には無理よ!」


「駄目だよ。ちゃんとしないと。オレのお嫁さんになるんでしょ?」


「でも…」


「大丈夫。全部オレに任せてくれればいいからさ。マキさんはあいつらが変なことしないように衛士の責務を果たすべきだよ。そうだ。捕まっているオレの助手の面倒をみてあげてくれないかな? それなら納得できるでしょ? オレも人質がいると迂闊に動けないしね」


「…本当に大丈夫なのね?」


「うん、約束する」


「…わかったわ」



 マキはそう言うと、アンシュラオンの手にヘブ・リング〈低次の腕輪〉を組み合わせて作った手錠をはめる。





「アンシュラ……じゃなくて、ホワイト君。…君を拘束するわ」





 こうしてアンシュラオンはお縄についた。


 冷静に考えれば逮捕されて当然のことをやっていたので、これ自体は何らおかしくはないことである。



 そして、ここから話は急速に進んでいくのであった。




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