「第四幕【下克上】『工場攻防編』」

325話 「アンシュラオンの逮捕劇 前編」


 アンシュラオンはプライリーラたちと別れ、グラス・ギースに向かっていた。



(やばいやばい、ついうっかり楽しんじゃったよ。あまり空けすぎるとまずいよな)



 女性に夢中になって、気付いたら何日も経っていた現象である。


 人間、楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。何事もほどほどにしておかねばならないと思いつつ、やはり楽しい時間は楽しみまくりたいものである。


 後悔などはない。十分楽しめた。


 ただ、ホロロたちを放っておくのも怖いので、さすがに少しは反省している。



「ところでサナ、本当に大丈夫なのか?」


「…こくり」


「痛いところとかないか? 体調は悪くないか?」


「…こくり」


「うーん、サナがそう言うなら大丈夫だと思うが…。まあ、身体には異常がないわけだし…大丈夫かなぁ?」



 サナと離れていた最中に何が起こっていたのか、いまだに明らかになっていないのが気になる。


 当人に訊いても首を傾げるだけなので、何も覚えていないようだ。



(べつに変わったところはないし…気にしすぎるのもいけないかな。とりあえずサナが強くなったことは間違いないようだ。あとでじっくりと確認してみよう。ともあれ武人の因子も覚醒したみたいだから、これで念願の【技】が覚えられるぞ!!)



 そう、サナの因子が覚醒したということは、彼女も技を使えるようになったということだ。


 情報が見られない普通の武人の場合は、師範や師匠が見極めて「ちょっとこの技を練習してみるかい?」的に覚えていくのだが、アンシュラオンは直接見ることができるので技の選択も的確にできる。



「サナ、あとで技を教えてやるからな! 楽しみだろう?」


「…こくり。ぐいっ」


「おお、やる気じゃないか! そうだぞ。技を覚えるといきなり楽しくなるからな。ゲームと同じさ」



 RPGでも通常攻撃以外の技が使えるようになると、ぐっと戦術に幅が出てきて面白くなっていく。


 そういう楽しみも教えたくて無理をさせたのだ。アンシュラオンも教えるのが楽しみで仕方がない。



「ふんふーん♪ 何がいいかなー。まずは虎破かなー。戦刃や修殺も教えたいし、旋回拳とかも楽しいよな。裂火掌は…まだ早いかな。ただ、サナは剣士タイプなんだよな。ふーむ、剣王技のほうはあまり知らないから、そのあたりは改めて調べてみないとな。今度剣士のおっさんに会ったらコツとかを教えてもらうか。…と、そろそろグラス・ギースに近いな。サナ、仮面の予備を被っておくんだぞ」


「…こくり」


「もうすぐ仮面ともおさらばだ。あとちょっとの辛抱だぞ」



 グラス・ギースが見えてきたので予備の仮面を被る。


 金を得るための計画もかなり進んできた。そろそろこの仮面ともお別れの時期が迫っている。


 好きで被ってきたわけではないが、今となってはわずかばかりの愛着が湧くものだ。





 そうして二人が仮面を被り、南門に着いたときである。


 ガヤガヤ ガヤガヤッ


 何やら周囲が騒がしい。人の数もいつもより多かった。



(ん? 何だ? 何か起こったのか?)



 人がいるのはいつものことだが、入り口あたりでこんなに渋滞するのは珍しいことだ。


 こういうときは誰かに訊くのが一番早い。近くにいたバックパッカー風の青年に声をかける。



「ねぇ、何かあったの?」


「ん? 俺もよく知らないけど、なんか検問をやっているみたいなんだよ」


「検問? 珍しいね。南門って、いつもは素通りなのに」


「ほんと参ったよ。長旅で疲れているから、こっちは早く入りたいってのにさ………………」


「ん? 何? 人の顔をじっと見てさ」


「いや、顔っつーか…お前、仮面じゃん」


「これが素顔なんだ」


「絶対嘘じゃねーか!?」


「親からもらった大切な顔を罵倒するなら損害賠償を請求するぞ!!」


「いやいや、絶対嘘だから。それ無理ありすぎだからな」


「ちぇっ、案外しっかりしてるな」


「誰だってわかるだろう!? わからなかったらおかしいぞ」



 たしかにそうだが、イタ嬢あたりは怪しい。



「で、オレの顔が何?」


「んー、さっき衛士が『仮面をつけたやつを見なかったか?』とか言っていたような…うーん、気のせいかもしれないから定かじゃないけどな」


「ふーん、仮面ねぇ」


「まさかお前じゃないよな?」


「これは素顔だから違うよ」


「ははは、じゃあ別人だな。フルフェイスの兜を被っている傭兵なんて山ほどいるし、お前さんを捜す理由もないだろうしな」


「そうそう」


「ったく、やれやれ。早く進まないかね」



(こりゃ、オレを捜しているいるっぽいな)



 青年は他の都市からやってきた様子なのでピンときていないようだが、この都市内で仮面といえば即座に自分を思い出す人間が大半だろう。


 気になるのは、衛士が捜している、という点だ。



(マフィア連中じゃなくて、衛士…か。たしかに衛士とも揉めたから不思議じゃないけど、いきなりこの動きは何かあったっぽいな。まっ、行けばわかるか)





 アンシュラオンは南門で検問を受けたあと、そのまま東門に向かう。


 検問では特に何も言われなかったが、明らかに衛士たちの緊張感が増したのがわかったので、自分の見立ては間違いないようだ。


 その後、徒歩の者や見回りの馬車も含めて、数十人の衛士がアンシュラオンを尾行する、という異様な状況になった。


 尾行といってもあからさまについてくるので、監視といったほうが正しいかもしれない。


 おかげで周囲の一般人からは相当目立ってしまった。どこぞの御曹司でも来たのかと勘違いされそうだ。



 ただし、サナの修練も兼ねて時速五十キロ近くで走ったため、徒歩の衛士は全員があっさりと脱落する。


 因子が覚醒したせいなのかサナは少し息切れしながらも、賦気なしでもこの速度で走れることがわかった。これは大きな収穫であった。



(サナのやつ、もしかして戦気を出せているのか? ほっほー、こりゃ楽しみだなぁ。今度サリータに教えてやろう。やっぱり才能の違いだよな! サナちゃん、最高!!)



 ますます楽しみは増していく。またサナが何倍も大好きになった。





 一時間もかからずに東門に到着すると、門の前には多くの衛士たちが集まって待ち構えていた。


 どうやら南門から早馬で一足先に連絡がいったようだ。彼らにとって極めて重要な案件であることがうかがえる。



 アンシュラオンが門に近づこうとすると、一人の衛士が近づいてきた。



 年齢は三十代後半くらいの壮年で、髭を生やしたダンディーな男だ。ちょっとカールした髭がチャームポイントである。



「お前がホワイトだな」


「あんた誰? 衛士?」


「第一衛士隊のミエルアイブだ。衛士長をやっている」



 ミエルアイブと名乗った男は緑色の革鎧に身を包んでおり、頭には羽根付き帽子、腕には金色の腕章を付けていた。


 革鎧も普通の衛士がつけているものより上等で、スーツに近い形状をしているが防御力は高いという高級品だ。


 見れば、彼の後ろにも同じような服を着ている者たちが数名いた。ミエルアイブとの違いは帽子に羽があるかどうかなので、あれが隊長の証なのだろう。


 大概の場合、隊長にはツノやら羽やらが付くものであるが、衛士隊も多分に漏れないらしい。



「このあたりにいる衛士とは格好が違うね」


「第一衛士隊の担当は上級街だ。外とは管轄が違う」


「そういえば上級街で見たことあったな。でも、ちょっと雰囲気が違ったよ」


「それは当然だ。我々は領主直轄の特別上級衛士隊だ。彼らより格付けは上である」


「ふーん。…で、その第一衛士隊の隊長さんが何の用? ここは上級街じゃないでしょう? というか、まだ街中でもないしね。管轄外じゃないの?」


「私とてこのような場所に来たくはなかった。だが、事が事だ。【外周組】に任せておくわけにはいかないだろう」


「外周組? 何それ?」


「第二以下の衛士隊のことだ。お前が言ったように、このあたりは都市の外周部分だ。その範囲を担当している連中を指す言葉である。なかなか本質を表している良い言葉だろう?」



 そのミエルアイブの言葉に、周囲にいた普通の衛士たちが一瞬イラッとしたのがわかった。


 差別用語とまではいかないが、あまり好ましくない言い方なのだろう。ホームレスを「乞食」とか「ルンペン」とか言うのと同じである。


 たしかに城塞都市の性質上、中心部に近いほど重要な施設が集中することになる。


 逆に外周部分に近くなればなるほど有事の際は命の危険に晒されるので、あまり重要ではない人間を配置するはずだ。


 そのため外周組が軽く見られるのは仕方のないことだろうし、実際に隊員の大半が移住してきた人間によって構成されている。格差が生まれるのは当然である。



(あー、なんかあれだな。本庁と所轄みたいな感じか? よくテレビであったよな。しかしまあ、領主の近くにいるやつって、どうしてこう駄目なタイプが多いんだろうな)



 刑事物のテレビドラマでよく見かける『例のアレ』だろう。


 現実の警察では下の人間が上に逆らうことはまずないので、ああいう破天荒な主人公はテレビだけの設定とされているが、上が偉そうなのはどこも同じらしい。


 衛士隊の軋轢に興味はないが、特別衛士隊なるものが出てきた以上、只事ではないだろう。




「で、本題は?」


「第一級特別市民ミスター・ホワイト。無許可での診察所開設、および無許可での診察医療行為、並びに麻薬の違法売買の容疑で身柄を拘束する」


「えー、いまさらー!? というかミスターとか言っちゃう人なんだ、この人!」


「この人とか言うな! ホテル側に顧客保護の権限があるから尊重しているだけだ! だが、いくらホテルによって権利が保証されているとはいえ、重度の違法行為を見逃すわけにはいかん。今の発言は身に覚えがあるということだな?」


「覚えがないとは言わないけどね。でもそれさ、前にも似たような件でマングラスの監査官が来たよ」


「それは調査済みだ。ただし彼らは商会設立に関する不備の一件で訪ねたのであって、こちらは完全なる犯罪行為に対するものだ。違法行為の取り締まりはマングラスではなく衛士隊の直接の権限である。ミスター・ホワイト、もう証拠は挙がっている。ご同行願おうか」


「ふーん、なんだか強引だね」


「調べれば調べるほど悪事ばかりが出てきている。気に入らないならば他の容疑でもかまわんぞ」


「えーいっ!」



 ガスッ



「いたっ!? なんで石を投げた!!」


「医師が石を投げたんだ」


「駄洒落か!?」



 とりあえず石を投げておく。意味はない。



「つうっ…衛士への攻撃は公務執行妨害だぞ!」


「あんたが衛士だっていう証拠は?」


「そんなものが必要か?」


「そりゃそうだよ。このご時勢、警察官が本物かどうか確認しないやつはいないさ。ほら、証拠を見せてよ。まずはそれからじゃない? それとも何か後ろ暗いことがあるの?」


「何を言う。私に後ろ暗いことなどない。見るがいい。これが衛士証…」


「へー、バキンッ」


「あーーーー! 折ったーー!!! 私の衛士証がぁああ!」


「ははははは! 脆すぎるって。もっと頑丈なのにしなよ」


「いったいどれだけ苦労したかわかっているのか!? これを手に入れるために家まで売ったのに…!」


「賄賂じゃん」


「違うわい!! 上級衛士たるもの、住居すら領主様に捧げねばならないのだ。喜び勇んでお傍でお役に立つためにな! ただ、建てたばかりで立地も良く…手放すのが惜しかっただけだ」


「めっちゃ嫌々じゃんか。喜んで奉仕するんじゃないの?」


「ええーい、うるさい! 本当に公務執行妨害でひっ捕らえるぞ!」


「そのほうが罪が軽いじゃん。じゃあ、そっちでお願いします」


「そ、そうだった! 駄目だ駄目だ! ホワイト、お前を逮捕する。そして、お前は医者でもなくなる。これを見ろ! いいか! これは絶対に破くなよ!!」



 衛士証がトラウマになったのか、若干へっぴり腰で書類(罪状)を見せてくる。



「…医師法違反? 医者として認めない…か」


「そうだ。医師連合のお墨付きである! しかもスラウキン代表の名前もある正式な書類だ! 今日より医療行為は一切認めない! わかったな!」


「なるほどね。それで、そっちの要求は何なの?」


「要求も何もない。お前を捕らえて牢獄にぶち込む。それだけだ」


「診察所は? 新しくしたばかりなんだけど」


「あれも取り壊しだ」


「ふーん、怖いお兄さんたちがいると思うけど、大丈夫? やれる?」


「そんなことで怖気づく衛士隊ではない! 退去させる!」


「そんな理屈が通じればいいけどね」


「なにぃ! 抵抗するというのか?」


「あいつらが勝手にやることだからね。オレには関係ないよ」


「お前のスレイブであろうが」


「オレのじゃないよ」


「えっ? そうなの?」


「うん」



 ホロロが契約した者たちなので、厳密に言えばアンシュラオンのスレイブではない。


 このあたりもスレイブ商人によって法の抜け道として考案されている。実にあざといものだ。



「えっ、うそ、どうしよう…」



 急に弱気になるミエルアイブ。


 たしかにあんな連中がいる場所になど行きたくはないだろう。成人男性だって泣く。むしろ成人男性だから泣かされる。最悪である。




「ところでオレがいない間に都市で何かあったの?」


「…お前の悪事が露見しただけだ」


「悪事って? 具体的には?」


「悪事は悪事だ。身に覚えがあるだろう」


「ちゃんと言ってもらわないと、どの話かわからないよ」



 それだけ身に覚えがあるというのも哀しいものである。


 だが、何があったのかはだいたい予想はついている。



「衛士隊は領主の管轄なんでしょ?」


「当然そうだ」


「それがいきなり出てくるってことは、あれだよね。たぶんベルロ―――」


「ストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオップッ!!!」


「なんだよ、触るなよ。ばしんっ」


「いったっ!!!? なにこれ、いたっ!? いやほんと、いったぁあ!! 腕が折れた! これ折れてるって!!」


「見たか! オレの『しっぺ』は骨をも砕く!!!」


「なんで自慢げなの!?」



 男に触れられるなど最悪だ。その前に腕に伝家の宝刀「しっぺ」をお見舞いする。


 そのせいでミエルアイブの腕が「ぶらーん」としているが、それも致し方ないことだ。


 どうやら折れたらしいが、きっと天罰であろう。



「くううっ! 衛士証だけでなく腕までも…! これ以上の抵抗をするようならば、こちらにも考えがあるぞ!」


「診察所の取り壊しなら、やりたければやれば。やれるのならね」


「ふんっ、いい気になっているのも今のうちだ。いいのか? 本当にいいのか? 謝るなら今のうちだぞ?」


「えーいっ」



 ドガッ



「いったっ!? また石を投げたな!?」


「もったいぶるなよ、面倒くさい。男と長々会話するなんて気持ち悪いだけだ。早く言いなよ。聞いてやるからさ」


「…噂通りの男のようだな。ならば教えてやろう。抵抗した場合―――お前の【助手】も牢屋にぶち込むぞ!!」


「助手?」


「しらばっくれるな。金髪の女だ」


「………」


「ふん、理解したようだな。わかったらおとなしく…」


「ああ、ゴールデン・シャイーナか!!!」


「…捕まって…って、え? ゴールデン? ゴールデン…何?」


「ゴールデン・シャイーナだよ! あー、そうか。そっちか。なんだ、ちゃんと正式名称で言ってくれないとわからないじゃないか! なんだもー、びっくりしたなぁ」


「は? え? いや、たしかあの女はシャイナ・リンカー……」


「やだなー、ゴールデン・シャイーナだよ。ねぇ、本当に調べたの? 情報に間違いはない? もしかしたら別人かもよ。衛士なんだから間違えたら責任問題になるんじゃないの?」


「え? 本当? え!? 違うの!??」


「疑うならちゃんと調べてみなよ。ほら、後ろにお仲間がいるんでしょ? 確認してみなって」


「なっ…まさか本当に虚偽の情報か!? くっ、お前ら、ちょっと来い!!!」


「は、はいっ!」



 ミエルアイブは後ろにいた仲間(おそらく部下)と情報の確認をしている。


 「本当か?」「偽名か?」「じゃあ、誰だ?」などという言葉が聴こえるので、必死になってシャイナの本名を調べているようだ。


 だが、シャイナの本名はミエルアイブが言っていた通りなので、いくら調べても何かがわかるわけがない。


 むしろゴールデン・シャイーナという言葉に踊らされ、無駄に時間を浪費することになる。






―――四十五分後






「やっぱり合っているではないか!!!!!」


「あっ、気付いた」



 ミエルアイブが戻ってきた。かなり急いでいたようで汗を掻いている。



「どこまで行ってきたの?」


「ハローワークや人材系の関係各所だ! 調べてきた!」


「思ったより早かったね。あっ、すき焼きでも食べる?」


「なんで鍋をしている!?」


「妹がお腹空いていたからさ。はい、お裾分け」



 ひゅーーんっ ビターンッ


 投げた肉がミエルアイブの顔に張り付く。



「あっつっ!? あっち!?」


「どう? 美味しい?」


「熱いわ!! というか人が駆け回って暑いときに熱いものを勧めるな!」


「あははー、おじさんが怒ったー。きゃー、こわーい」


「頭の悪い女子高生みたいな話し方はやめろ!!」


「なんだよ、ノリが悪いな。何かトラウマでもあるの? 援交したけどやらせてもらえず、金だけ取られたとか? そういう女は甘やかしちゃいけないよ。ガツンと殴って世の中を教えてやらないと」


「人を何だと思っているのだ!? しっかりしていないのが気に入らないだけだ!」


「また真面目ちゃんか。そんなんじゃ人生つまらないぞ。楽しくやらないとさ」



 どうやらミエルアイブは「細かい」「きっちりしている」という意味で真面目な人間らしい。


 いわゆるお役所人間なのだろう。レブファトと似たタイプだ。


 そういう人間はアンシュラオンと相性が極めて悪いものである。



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