323話 「絶望のプライリーラ 後編」


「さて、プライリーラ。次はハウーロさんですよ。どうしますか? また見捨てますか?」


「くっ…汚いぞ、ソブカ氏! また人質か!」


「汚い、ですか。私からすれば血や慣習で新しいものを受け入れない者たちこそ卑怯だと思いますがね。グラス・マンサーは数の暴力で真実の声を押しのけてきた。変革を拒んできた。それこそ卑劣ではないのですか?」


「だから言っているだろう! 私の声を聴くんだ!! そんなことを訊いているんじゃない! 私と向き合え!」


「どうやらショックからは復活したようですね。それでこそプライリーラです。しかし私は、さきほどのあなたのほうが好きですよ。また泣き叫んでみますか?」


「待て! やめろ!!」



 ズバッ ブシャッ


 制止の声もむなしく、ソブカの剣がハウーロの背中を切り裂く。


 肌と肉が切られ、血があふれ出す。



「うっ…お嬢様…! かまわずに…! 私たちは…いいんです! 逃げて…ください…!」


「健気ですね。その忠義は見事ですよ。ならば全身で表現して、その熱い情熱を彼女に伝えてあげてください」



 切り裂いたハウーロの背中の傷口にソブカが何かを押し込み、前に蹴り出す。


 ドンッ


 蹴られた勢いで前につんのめりながら、よたよたと歩くハウーロ。



「ハウーロ、今助ける!」


「お嬢…様! 来てはいけません!!」


「なにっ―――」


「今までありがとうございました…あなた様こそ私たちの…希望―――」






―――爆発






 ボーーーーーーーンッ





 バシャバシャッ ぐちゃっ ドスン



 ハウーロの身体が爆発し、粉々に砕け散る。


 特に胴体の損壊が酷く、四肢が吹き飛ぶかのように爆死した。




 ソブカが体内に入れたのは―――大納魔射津。




 ヤドイガニでさえ身体の中で爆発すれば死亡するようなものなのだ。


 人間、それもただの使用人の彼の中で爆発すれば、一発でお陀仏である。







「うう…うううう!! ううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! ソブカ氏ぃいいいいいいい…!! 君という男は…男はぁああああああああああああ!! どこまでえええええええええええ!!」







 プライリーラが―――咆えた。



 ビリビリとした怒気が戦気となって周囲を圧迫する。


 その姿は、まるで全身の毛を逆立てた獣であった。




「ああ、よかった。完全に喰われたわけではなかったのですね。その姿こそ戦獣乙女に相応しいものです」


「ソブカ氏! 君はやってはいけないことをしたな!! 血は血であがなうしかない!! 君を殺して仇討ちとする!!」


「おや、ホワイトさんもあなたを滅茶苦茶にしたのでしょう? 彼と私とでは随分と扱いが違うのですね。少し嫉妬してしまいますよ」


「彼は君とは違う!!」


「そうでしょうか? あの人の怖さを知らないだけではありませんかねぇ。彼が本気で暴力性を発揮したら、この都市の人間なんて一瞬で皆殺しですよ。それと比べれば私などは小物にすぎません。それとも、それがあなたの言う愛なのでしょうか。それならば仕方ありませんねぇ。女性は情で目が曇るものですから」


「問答は無用!! うおおおおおおお!!!」



 怒り狂ったプライリーラは、一気にソブカへと向かって走り、立ち塞がった護衛を力づくで殴り飛ばす。


 護衛の傭兵も術具の盾で防御したはずだが、盾ごと殴りつけ、壁に叩きつける。


 盾は凹み、衝撃で骨が折れるほどの強烈な一撃である。


 次に来た傭兵も獣のように殴りつけて無力化し、そのままソブカに一直線に向かっていく。



「ふふふ、プライリーラ。さあ、こっちですよ」


「ソブカ氏ぃいいいいいいい!!!」


「リーラ様、なりません! 挑発です!」


「じいさんの相手はこっちだよ!」


「雑魚はどいていろ!!!」



 バチィーーーーンッ ビリビリッ


 アーブスラットは布の拘束を完全に解くと、ラーバンサーを吹き飛ばす。


 さらにベ・ヴェルが迫ってきたところにカウンターの一撃。


 覇王技、羅刹を叩き込む。


 ドガシャッ ズブウウッ


 高速の貫手は彼女の鎧を貫通し、その腹に突き刺さる。耐力壁などの防御術式が発動していたが、それでも防げなかった。



「ぐふっ…ちくしょう! 滅茶苦茶強いじゃないか…だけど…まだ…!」



 ベ・ヴェルが若癒の術符で回復。


 この連続使用も寿命を縮める行為だが、刹那の強さを求める者にそんな助言は必要ない。



「仮初めの力に頼っても強くはなれない。そう言ったはずだ!」



 ゴボボッ


 ここでアーブスラットが『死痕拳』を発動させる。ベ・ヴェルの腹の中に増殖するガン細胞を注入する。



「っ…やばい!!」



 ベ・ヴェルは直感で、それが非常に危険なものであることを理解する。


 これは昔の経験が生きた現象だ。


 彼女はクラゲ騎士に対して激しい嫌悪感を示していた。その元凶となった変な魔獣に刺されたトラウマが蘇ったのだ。


 あの時も体内に何かを植えつけられそうになった。その魔獣は寄生型で、卵を他の生物に植え付けて孵化ふかさせる性質を持っていた。


 そういうものに対処する方法は一つ。




 腹を―――焼く。




 ベ・ヴェルは、よろよろとアーブスラットから離れたあと、すぐさま鎧を脱いで自らの腹に術符を押し当てる。



 火痰煩の術式が起動―――爆炎。



 ボジュウウウウウウッ


 ねっとりと絡みついた炎が腹を焼いていく。



「ぎゃぁああああああああああああああ!!」



 自らの術符で自らを焼く。


 実に不毛だが、族長の治療を受けた際も容赦なく焼かれたので、これが寄生に対する正しい伝統的対処方法なのだろう。


 まだ身体の奥に入りきる前ならば、これが一番楽である。凄まじく痛いのを除けば、であるが。



「はーーーはーーーー! うううって…ちくしょう……!」



 こうなればベ・ヴェルも立ってはいられない。そのままうずくまってしまった。




 しかし、時間稼ぎはできた。



 すでにプライリーラはソブカに肉薄している。



「ソブカ氏ぃいいいいいいいいいい!!」


「そうですよ。プライリーラ。私はここです!」


「君は、君はぁああああああ!! 私が殺すぅううう!! 死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」



 ソブカが両手を開いてプライリーラを待ち受ける。


 弱っていても戦闘能力ではプライリーラのほうが上だ。このまま拳の攻撃を受ければ死ぬ可能性が高い。



 だが、ソブカという男が真正面から敵とやり合うわけがない。



 あっさりとハウーロを殺したのもプライリーラを激怒させ、こちらに真っ直ぐに向かわせるためである。




「うおおおおおおおおおおおおお!!」




 プライリーラの拳がソブカに当たろうとしたその瞬間―――彼女の視界の端に人影が映った。







 その人物が―――雷撃。







 ズドオオオオオーーーンッ




 雷貫惇の術符が発動し―――貫く。



 稲妻はプライリーラの左肩から入り、右肩を貫通。雷撃が彼女の体内を蹂躙する。



 バチバチバチバチッ ドサッ



 プライリーラは感電して、その場で転倒。


 肩は黒ずんでおり、ブスブスと肉が焼けた嫌な臭いが立ち込める。




「がふっ…ぐふっ……ぐうう……、ふぁれ……あすティィイイ」




 プライリーラは、自分を撃った人物を見つめる。




 そこには―――ファレアスティがいた。




 彼女も『触擬隠体』の術で隠れていた。


 そして、プライリーラが激高してソブカに突っかかるまで待っていたのだ。


 最初にベ・ヴェルとラーバンサーだけが出たのは、隠れていたのが二人だけだと錯覚させるためである。


 急いでいた彼女たちは注意力が欠けており、まさかもう一人隠れているとは思わなかっただろう。


 ファレアスティはこの一瞬のためだけに配置されていたので、仮にベ・ヴェルやラーバンサーが死んだとしても助けに入ることはない。



 【仲間を見捨てる覚悟】があったかどうか。



 それだけ本気で成し遂げる意思があったかどうか。それがこの勝負の分かれ目となったのだ。




 ファレアスティは、倒れたプライリーラに青い剣を突きつける。



「プライリーラ様、動かないほうがよろしいでしょう。雷貫惇の術符が貫通しています。いくらあなたでも無理をしたら命に関わります」


「命が…なんだという…のだ。私は…私は…遊びで…生きてきたわけでは…ないよ!」


「はい。知っています。あなたは人間的にも尊敬できる人です。このようなところで蹂躙される御方ではありません。ですが、勝ったのは我々です。負けた側はおとなしく従ったほうが身のためです」


「君は…なぜ……君ならば、止められたのに…! どうして…!!」


「私はソブカ様の味方です。…何があっても、仮にすべての者がソブカ様を否定しても私だけは味方なのです。そんなことは、あなたにもわかっていたはずです」



 ファレアスティの目は、まともだった。正常で正気だった。


 そのうえでなお、彼女はソブカの味方になると決めているのだ。彼がどんな酷いことをしても受け入れ、けっして見捨てないと決めている。



「…ファレアスティ……残念だ」


「…私もです」



 その想いを感じ取ったプライリーラが、力なくうな垂れる。


 もうけっしてわかり合うことはないのだと悟ったのだ。


 両者は生まれた瞬間から交わることはなかった。哀しいことに、これが現実であった。





「さて、これで終わりですね。アーブスラットさん、そろそろ終わりにしませんかねぇ」


「くっ…リーラ様…!」


「いくらあなたでも、この状況では勝てませんよ。そこからここまで来る間に私は彼女を殺せます」


「貴様に殺せるのか?」


「ええ、殺せますよ。あなたに殺されてすべてが無に帰すよりは、部品として彼女を利用するほうを選びます。その証拠を見せましょうか?」


「うぐうっ!」



 ブスッ ズブブッ


 ソブカが火聯で、プライリーラの背中を刺す。


 軽く突き刺しただけなので少し血が出た程度だが、このまま刺し殺すことも可能だ。



「この剣は斬った相手を焼き殺すことができます。あなたが抵抗すれば、すぐにでも力を発動させますよ。いくら彼女でも体内を焼かれれば無事では済まないでしょう?」



 アーブスラットの前には傭兵たちが立ち塞がる。


 彼らを蹴散らして到達するまでにプライリーラは死んでしまうだろう。



(あの目、本当に殺す気か。それでもかまわない、ということか…)



 ソブカの目は、妙な熱気を宿していた。


 冷たい目でも困るが、こういった目を持っている人間はもっと厄介だ。殺すことを楽しめるような人間であり、【狂気】を宿した者だからだ。


 だからアーブスラットも覚悟を見せる。



「お前のような危険な男にリーラ様の運命を託すくらいならば、刺し違えてでも終わらせる」


「プライリーラが死にますよ?」


「お前に弄ばれるよりはましだろう。それが主人の願いならば、運命を共にすることも辞さぬっ!!」



 ゴゴゴゴゴゴッ


 アーブスラットの戦気が激しく燃えるたびに部屋が揺れる。


 力を使うごとに死期が近づくのを感じるが、そんなことにかまっている余裕はない。もはや長くない命だ。ここで燃え尽きても悔いはない。



 何よりも―――ソブカは危険だ。



 手段を選ばないだけならばまだしも、その奥底には破壊的な激情と狂気が宿っている。


 もし力を持ったソブカが暴走するようならば、グマシカ以上の脅威になる可能性すらある。


 そんな存在にジングラスを、プライリーラを任せられるわけがない。ここで相打ちでもいいから始末しておかねばならないだろう。


 死痕拳ならば一突きで殺すことが可能である。ベ・ヴェルは自分を焼くことで耐えたようだが、手を離さずに細胞を送り続ければ防ぐことは難しいはずだ。




 ぞわり、とアーブスラットの気配が変わる。




「若、気をつけろ。この男は…本気だ」



 ぼそっとラーバンサーがソブカに忠告する。


 彼が言葉を発するほどなのだ。よほどの事態である。



「ラーバンサーの言う通りだ。こちらの言葉は嘘ではない。私もリーラ様も死ぬが、お前たちも死ぬ」


「…どうやら本気のようですね。このまま穏便に終わりたかったのですが…まさかここまで破滅的な選択をするとはね。本当にあなたはブレないですねぇ。いつだって主人第一だ。まるで忠犬ですよ」


「褒め言葉として受け取っておく。…今すぐにリーラ様を解放しろ。それが条件だ」


「ほぅ、自分も見逃せとは言わないのですね」


「そう言えば条件を呑むのか?」


「さすがにあなたを逃がすわけにはいきません」


「その言葉を聞く限り、私のほうがリーラ様よりも上の評価のようだな」


「ええ、その通りです。ジングラスにおいて、あなたほど厄介な人間はいない。本当はあなたの力も欲しかったのですが…その様子では無理でしょうねぇ」


「当然だ。私が従うのはリーラ様のみ。お前には死んでも従わない。さあ、どうする。リーラ様を解放するか、ここで私とともに死ぬか。選べ」


「………」



 相手が死を受け入れてしまえば、あらゆる脅しが無効になる。


 自爆、玉砕、共倒れ。


 アーブスラットの選択はこの世で一番愚かであろうが、同時にソブカにとっては一番怖ろしいものである。


 お互いに死ねば誰も得をしない。マングラスが笑うだけだ。それだけは絶対に認めるわけにはいかない。



「確認しますが、その聖堂の先はジングラスの聖域に繋がっているのですね?」


「そうだ。リーラ様以外は入れない」


「なるほど。やはりそうですか…」





 ソブカはしばし思案し―――決める。





 あまり好ましくはないが、こうした状況も考えてはいたので決断は早かった。




「いいでしょう。プライリーラは解放しましょう。ただし条件があります。プライリーラにはジングラスの聖域からは出ないようにしていただきましょう。けっして都市には戻ってこないようにしてください。うろうろされると困りますからねぇ。その保険として、あなたには人質になってもらいますよ。力が戻ったプライリーラが私を殺しにくるかもしれませんしね。それがこちらの条件です。どうでしょう? 悪い条件ではないはずですよ」


「お前が約束を守るのならば、だがな」


「信用がありませんねぇ。まあ、あるわけもないですかね。ええ、守りますよ。そこは一応信用してください。そうでないと何も進みませんからね。本当はもっと建設的な話をしたかったのですが…」


「これ以上、無駄話をするつもりはない。さっさとリーラ様を解放しろ」


「爺…!! 馬鹿なことは…やめるんだ!」


「リーラ様、これでよいのです。あなたが生きていればいい。それだけで十分です」


「くううっ…ソブカ氏……! これで…満足なのか!?」



 プライリーラが、ふらふらと立ち上がる。雷貫惇で貫かれても、まだ立ち上がれるのは見事である。


 その目には、絶望とも失望ともしれない感情が秘められていた。


 しかしながら、その目をもってしてもソブカの心は動かない。



「満足はしていませんよ。この程度の利益で満足するのならば最初からやっていません。しかし、いつだって思い通りになるとは限りませんねぇ。欲をかきすぎると失敗するものです。完全な結果ではなかったですが、上々と思うべきでしょうか」


「そういうことを訊いているのではないよ…!」


「プライリーラ、あなたと話すことはもう何もありません。あなたは負けた。勝ったのは私です」


「ソブカ氏…」



 もはや二人の会話は平行線だ。


 そもそもの視点が違いすぎるので会話にもならないのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます