322話 「絶望のプライリーラ 中編」


「爺、助かった! また助けられるとは…いや、これはアンシュラオンに助けられたのか? やはり…愛なのでは?」



 プライリーラが何か言っているが、この水刃砲の術符はアンシュラオンからもらったものであるので、たしかに助けられたことには違いない。



「そんなことを言っている暇はありませんぞ! やつは私が!」



 布を切ったアーブスラットは追撃を開始。


 不利な体勢のラーバンサーを追い込んで拳のラッシュ。



「うおおおおおおお!!」



 ドドドドドドッ


 問答無用で顔面、腹、腕、ところかまわずに殴りつける。そのたびにラーバンサーが揺れる。



(ラーバンサーに技が通じないという噂もあったが…事実とはな。だが、通常攻撃は通るらしい。ならば手数で押し切る!)



 アーブスラットもラーバンサーのスキルの詳細情報を知っていたわけではないが、長年グラス・ギースで同業者をやっていた相手だ。


 いろいろな噂もあったし、自分も含めて武人は特殊な能力を隠し持つことが当たり前である。何かあるとは思っていた。


 それがプライリーラの修殺を相殺したのを見て、確信に変わる。そこで通常打撃の連打を繰り出したのだ。



 ラーバンサーは布を厚くして防御に徹する。強化されていてもアーブスラットの拳を直接受ければ危険である。


 地味に針を布の裏に忍ばせる等の小技もやってくるので、なかなかイヤらしい戦い方をするものだ。


 ともかくこうして、一番厄介であろうラーバンサーの動きを封じることには成功する。



 しかし、敵は一人ではない。




「もらったよ!!」



 そこに再びベ・ヴェルが突っ込んできた。


 大剣を抱えたまま跳躍。全身の力を振り絞って剣を引き、アーブスラットの背中に渾身の一撃を叩き込もうとする。



「爺っ!! 今度は私が助ける!」



 即座にプライリーラがカバー。両手で防御の態勢になり、攻撃を受け止める。



 ドッガーーーーーーーンッ!!



「ぐううううっ!!」



 メキメキィッ!!


 凄まじい圧力がプライリーラの腕を襲い、骨が軋む音が聴こえる。


 バキィンッ


 その衝撃に耐えきれず、床のほうが先に壊れるほどだ。



(なんという重い一撃だ…!! 彼女はそこまでのレベルには見えなかったが…この剣のせいか!?)



 まるで高所から巨大な岩でも落ちてきたような圧力である。大型魔獣に殴られたかと思ったくらいだ。



 プライリーラの見立て通り―――これは武具の力。



 『暴剣グルングルム』。それがベ・ヴェルが持っている大剣の名前であり、Bランク術具に指定されている術式武具だ。


 ほとんど装飾がないやたら無骨な外見をしており、刃もあるのかどうかもわからないほどに潰れているので、はっきり言えばナマクラである。これで木を切ろうとすれば相当苦労するだろう。


 だが、この大剣にとっては、それはどうでもいいことだ。



 グルングルムの能力は―――【重量変化】。



 この剣は斬るというより、【叩き潰す】ことを目的として造られている。


 軽いピコピコハンマーより鋼鉄のハンマーのほうが強いように、攻撃の威力は重さに比例する。


 もっと単純に言えば、【重さと速度】が重要である。


 交通事故があれだけ脅威なのは、あの速度で重い車が突っ込んでくるからだ。止まっていれば、ぶつかった程度では怪我はあまりしないだろう。


 能力発動のタイミングは自分で制御できるので、振り下ろすまでは通常の重さにしておき、重力の軌道に乗った瞬間に重くすることで威力が数十倍にまで引き上げられる。


 もともと大振りな重金属剣のため、何もしないでも二十キロくらいの重さがあるが、重力変化によって三百キロを超える重さになる。


 それが高速で落ちてくるのだから、トラクターくらいならば簡単に圧砕してしまうパワーがあるだろう。



 また、この剣を防御に使うと、こうなる。



「うおおおっ!!」



 ドンッ!!


 プライリーラの反撃の蹴りがベ・ヴェルに炸裂。


 だが、重くした暴剣を盾にしたため、弾かれたのはプライリーラのほうだった。


 まるで壁を蹴ったような反動が跳ね返ってくる。


 それでもベ・ヴェルの腕が痺れて後退を余儀なくされたので、プライリーラの一撃も相当な重さであったことがうかがえる。



「ちぃっ! 馬鹿力が…! こっちも化け物かい!!」



 まともにやりあったら暴剣を使っても太刀打ちできないレベルなのは間違いない。


 改めて戦獣乙女の怖ろしさを知るのであった。





(くっ…この程度の武人に苦戦するとは! 無手ではきついか!)



 プライリーラは素手の戦士としても優れた武人であるが、『暴風の戦乙女』を使うことに慣れてしまっていた。


 槍がない。鎧がない。それがなんと心細いことか。そうした不安が動きをさらに悪くさせていく。


 素の実力で遙かに勝るはずのベ・ヴェルに対しても、相手が術具で武装していると苦戦してしまうのだ。それが悔しくてならない。


 何よりも彼女の主戦場は屋外であり、空であった。魔獣管理部屋はかなり広いものの大空と比べることはできない。



 まさに籠の中の鳥だ。



 自由に羽ばたくことができず、地面を這いずることしかできない状況ならば、実力の半分程度も発揮できないのは当然のことだろう。


 これも待ち伏せの効果。プライリーラの長所を知っているソブカだからこそ弱点も知っているのだ。



(だが、私は負けない! 負けてはいけないのだ…!)



 立て続けに起こった惨事で精神はかなり疲弊していた。今すぐ泣き崩れてしまいたくなる。


 いつからこんな泣き虫になったのだろう。アンシュラオンに敗れて女としての自分が表に出てきたせいだろうか。


 しかし、ジングラスの血が、誇り高き武人の血がそれを許さない。泣いている暇があれば戦えと身体の奥底が熱くなる。


 それはアーブスラットが与えてくれた力であった。彼の諦めない不屈の闘志、そして倒れたルイペナの想いが彼女を動かす。



「はぁあああああああ!!」



 プライリーラが全力で練気。巨大な戦気を練り上げる。


 いまだ身体はだるくて重いが、ここで踏ん張らねばいつ踏ん張るのか。渾身の力をもって練り出す。



「おとなしく捕まっておきな!! そのほうが身のためだよ!」


「私は負けぬ!! ソブカ氏に加担したことを後悔するといい!」


「これだから箱入り娘のお嬢様はさぁああああああ!」


「大振りすぎるぞ! そんなものは二度もくらわない!!」



 ブーーンッ ドガーーーンッッ


 バキャバキャッ


 ベ・ヴェルの暴剣はプライリーラにいなされ、床に激突。その重みで地震のような衝撃が走るが、それでも体勢を崩さない。


 プライリーラはプライドも高いが、その才能に見合うだけの努力もしている。鍛練によって強くなった武人の力は、武具や薬で強くなった者を凌駕する。



「はああああ!!」



 ドンッ ギュンッ


 プライリーラが加速。マキと同じ直線の動きで一気に懐に潜り込む。


 ただし、風気をまとっているので、その動きはマキよりも数段速い。


 そこから拳の連打。



 ギュウウウンッ ドガドガドガドガドガドガッ!!!


 ドガドガドガドガドガドガッ!!!


 ドガドガドガドガドガドガッ!!!



 攻撃が止まらない。次から次へと高速の拳が襲いかかり、ベ・ヴェルをボコボコにしていく。


 メキョメキョッ ボギボギィッ



「ごふっ!! ぶはっ―――!!」



 拳を全部受けきる前にベ・ヴェルの肉体のほうが耐えきれず、吹き飛ぶ。



 覇王技、青雲烈風拳せいうんれっぷうけん


 因子レベル3の打撃技で、マキが使った紅蓮裂火撃の風属性バージョンだと思えばいいだろうか。


 マキのほうは攻撃特化の爆発を伴うものに対して、風属性のこちらは速度を極限までに高めた連撃である。


 打撃と同時に風気も叩き込むので、ベ・ヴェルが着ている鎧にも斬撃のような痕跡が残っていた。


 打撃のダメージで骨が何本か折れ、風撃によって肌や肉が切り刻まれる。なかなか強力な技である。


 プライリーラはアーブスラットの弟子でもあるので、マキと同じ訓練も受けている。武器がなくても、こういう戦いもできるのだ。



「ったく、…お嬢様は…やんちゃだねぇ。ごぼっ…でも、まだまだ…!」



 これにもベ・ヴェルは耐え、血を吐き出しながらも立ち上がる。


 この鎧も術具であり、ダメージを二割カットするという強力な術式が組み込まれている。それによってかろうじて助かったようだ。


 さらに用意されていた数十枚の若癒の術符が自動起動し、彼女の身体を癒していく。


 こうした同じ術の連続使用は非常に危険なのだが、そんなリスクすら受け入れる彼女は、思った以上にしぶとい。





 このように戦いは続いているが、地力の差は明白であった。



 やはりプライリーラたちは―――強かった。



 はっきり言えば、強化したベ・ヴェルでも力不足である。キブカ商会のエースであるラーバンサーでさえ、弱ったアーブスラットに苦戦している。


 それも仕方ない。この二人はジングラスの最高戦力なのだ。もっと言えば都市最強クラスである。弱っていても簡単な相手ではない。


 しかしベ・ヴェルたちは、自分たちだけで勝とうとはしていない。最初から持久戦を覚悟のうえで準備している。




 そして、徐々にその効果が表れる。




 プライリーラの身体から大量の汗が滲み始め、呼吸が荒くなる。



(はぁはぁ…!! くっ! 息が…体力が…もたない。弱っているうえに武器もない状態では厳しい。こちらは戦う準備がまったくできていないが、相手は万全かつ待ち伏せだ。このままでは圧倒的に不利だ!)



 アーブスラットもかなり疲弊しているが、自分の体力も完全に回復はしていない。この程度の技で息が上がってしまう。


 自分が着ているものは、単なる洋服だ。鎧でもないし衝撃緩衝材でもない。一般女性が気軽に買い物に行くときに着るような布の集まりでしかない。


 このままベ・ヴェルの攻撃を受け続けたら危険だ。まぐれ当たりでもクリーンヒットすれば、その段階でノックアウトされるかもしれない。


 これ以上の戦闘は極めて不利である。



「リーラ様、聖堂に走ってください!」



 ラーバンサーを押さえながらアーブスラットが叫ぶ。



「ルイペナがあそこまでの覚悟を見せたのです。私もとうに覚悟は決まっております! 私が盾になりますから、その間に脱出を!」


「置いてはいけない! 爺まで失ったら私はどうすればいいのだ!」


「リーラ様は生きねばなりません! それが我々の総意なのです!」


「生き残って…生き残ってどうする! 私はまた…家族を失うのか…!」



 プライリーラは動けない。


 この短時間にショックなことがありすぎて、一番頼りにしているアーブスラットに対する依存がさらに強くなっている。


 それは老執事にとっては嬉しいことでも、現状ではよろしくない傾向だ。



「あなた様には、まだやるべきことがある! 生き残ること、それが重要なのです! その意味は生き残ってから考えても十分に間に合います!!」



 ゴゴゴゴゴッ


 アーブスラットの気質が変わっていく。身体中の細胞が活性化して力を生み出していく。


 彼のユニークスキル『寿命戦闘力転化』を発動させたのだ。これを使えば、この状況を打開できる。



「ぐっ―――!! ごほっごほっ!!」



 ゴボッ びちゃっびちゃっ


 だが、身体の中はとっくにボロボロ。咳をするたびに黒い血を吐き出す。


 細胞操作をするたびに激痛が走る。細胞が傷みきって、もはや痛みすら調整できないまでに弱っている。


 それでも彼は続ける。力を引き出し続ける。同じ白髪であっても、さらに精気が抜けた煤けた色合いになっていく。



「爺! 無茶をするな!! 死んでしまうぞ!!」


「武人たるもの、死を怖れません!! はぁあああ!!」



 ドゴッーーーー!!!



 アーブスラットの強烈なボディーブローが、ラーバンサーの腹を抉る。



「っ…ごぼっ…」



 ラーバンサーの覆面が血で染まる。防御特化の彼であっても今の攻撃には耐えられない。


 しかしながら、彼とて生半可な気持ちで戦っているわけではない。



「やら…せん! 若の夢のために…!」



 シュルルッ ギュウウウッ!


 今まで以上の戦気で強化された布が、アーブスラットの身体に絡みつく。


 ラーバンサーもまたキブカ商会に拾われて恩義を感じている男だ。それと同時にソブカの才覚も知っているので、彼の理想の手助けをしたいと思っている。


 その溢れる想いが戦気となって伝わってくる。そのたびに布の力が強くなる。


 意思の強さは現実の力となる。それがこの世界のルールであった。



(立場こそ違えど、お前も私と境遇は同じ。だが、すべてを犠牲にしてもリーラ様だけは守る!)




「うおおお…おおおおおおおお!!」




 グググググッ ビリッビリビリッ


 繊維は切れにくい、と言ったばかりであるが、それ以上の力を加えれば破れるのは道理である。


 アーブスラットは肉体を活性化させることで強引に布を引きちぎる。



「やらせないよ! くたばりな!!」



 そこにベ・ヴェルが追い討ちをかける。布を破ろうとしているアーブスラットに暴剣を叩きつけようと振りかぶる。



「爺はやらせん!!」



 それをプライリーラが阻止。ベ・ヴェルに殴りかかる。


 バゴーーーンッ メキッ


 ベ・ヴェルは暴剣の重さを最大にしてガードするが、表面が窪んでしまった。恐るべき腕力である。



「ちっ!! まだ動けるのかい!」


「お前たちになど負けぬ!! ジングラスを侮るな!!」


「リーラ様、私のことはよいのです! 早く!!」


「無理だ! 置いてはいけない!!」


「リーラ様…!!」


「駄目だ駄目だ駄目だ!! 私にはできない!!」



 何度も何度も何度もアーブスラットは促すが、プライリーラは受け入れられない。



 これがプライリーラの―――【弱さ】。



 アンシュラオンがずっと危惧していた彼女の弱点である。


 サナは戦罪者を見捨てることができた。だから生き残った。だが、プライリーラにはできない。



 そこにはまだ【甘え】があるからだ。



 耳当たりの良い物語では、こんなときでも救いが訪れるものだ。


 何か超常的な力やご都合主義によって、どんな困難でも切り抜けてしまう。


 だが、そんなものは所詮空想の物語。人々の願望が生み出した夢想にすぎないのだ。




 ボシュッ がちゃっ




「その状態でまだ抵抗できるとは…あなた方は怖ろしいですね」


「ソブカ氏!!」



 扉が開き、ソブカがやってきた。


 アーブスラットがユニークスキルを発動させたので、戦気壁を維持できなくなったのだ。


 そして、すでに彼の周りには、術式武具で武装した強力傭兵たちが十人以上集まっていた。


 ベ・ヴェルでさえ薬と武具を使えばここまで強くなれるのだ。この数の増援は非常にまずい流れである。


 しかも、そこにはよく見知った男性もいる。



「ハウーロ!」


「お、お嬢様…! わ、私のことは気にせずに逃げてください!!」



 連れてこられたのは、使用人の一人であるハウーロであった。


 後ろ手に縛られ、背中には再びソブカの剣が突きつけられている。


 彼は見るからに青ざめており、死人のように顔色が悪い。おそらくはルイペナの死体を見たのだろう。


 覚悟はできていても、いざ自分の番となると怯えてしまうものだ。それが普通の人間の神経というものだろう。無理もないことである。


 だが、ジングラス内部の結束は固い。シミトテッカーのように身内を裏切るようなことはしない。彼もまた死ぬ覚悟を決めていた。


 皮肉なことに、そんな忠義に厚い彼らだからこそプライリーラにとっては重荷になってしまうのであった。



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