313話 「『この男に輸送船を与えるとこうなる』の巻 後編」


 ブロロロロッ


 輸送船は荒野を進む。


 かなりの大きさなので加速力はないが、スピードに乗れば最大で百キロ以上の速度は出るようだ。


 低木くらいならばバキバキと破壊して進めるので、なかなか爽快である。(船体が傷つくので普通はできるだけ避けるが、アンシュラオンは気にしない)



 しかもさきほど、『こんなもの』を発見した。



 厳重に強化ガラスで保護されたレバーである。


 ちょうど足元に解説書があったので読んでみたが、予想していた通りのものであった。



(やはり【速度リミッター】か。安全のためにこれ以上出ないようにしているんだ。地球の大型トラックと同じ仕組みだな)



 この輸送船には、どうやらリミッターが設置されているようだ。


 日本でも大型トラックの事故が相次いだ結果、一定速度以上に出ないように制限がかけられている。


 中には違法覚悟で取り外す業者もいるが、あくまで安全のためにあるので守ったほうがいいだろう。


 ただ、こういった商業船に関していえば、リミッターよりも「ブースター」とでも呼んだほうが正確かもしれない。



(なるほどなるほど、雷のジュエルも搭載しているのか。風と雷を反発させて一気に急加速する仕組みなんだな。輸送速度を上げるというより、魔獣に襲われた際の【緊急脱出装置】だな)



 仕組みは簡単だ。風と雷の反発する性質を利用して、リニアモーターのように加速するようだ。


 想定上では、一時的とはいえ三百キロ近い速度が出るらしい。


 しかしながら、あくまで緊急用ブースターだ。こんな大きなものが急加速すれば至る所にダメージが蓄積し、最悪はそのまま大破もありえる。


 一番最悪なのは自壊よりも制御不能になることであり、そのまま都市や街に突っ込むことだ。


 よく地球でも店に車が飛び込むニュースがあるが、どの世界でも事情は同じらしい。クルマは凶器。それを忘れてはならない。


 そのため使用には細心の注意が必要であると書かれている。



(まあ、スピード狂ってわけじゃないし、いくらオレだって安易に使わないさ。ただ、ちょっとノロいよな。オレとしてはダビアのクルマみたいなやつでよかったんだ。輸送船をもらっても使い道がないんだよなぁ。いっそのこと、ここを拠点にするかな)



 帆船の中でも考えたことだが移動用の拠点も悪くない。この中で暮らす生活にも憧れる。


 というよりは、それしか使い道がないのだ。


 金庫にするにも船ごと盗まれる危険があるし、輸送するほどの物資もない。いまさら運送屋もできないだろう。



(もらった以上、どうにかするしかないが…どこに置こう。ううむ、最悪は第三城壁の外にでも置いておくか。野ざらしだが仕方ないよな。…と、あれは何だ? 魔獣か?)



 置き場所に不安を感じながら走行していると、前方にワイルダーインパスの群れを発見した。


 さらに後ろからはエジルジャガーの群れが追い立てている。どうやら狩りをしているようだ。



(あいつら、どこにでもいるな。どっちも食物連鎖の下層にいるから数も多いんだろうな。…ふむ、せっかく出会ったんだ。ちょっとからかってやろうかな)



 狩りは非常に重要なものなので、邪魔をされればどんな魔獣だって激怒するはずだ。


 デアンカ・ギースだって怒ったのだ。エジルジャガーだって怒るだろう。



 ここでアンシュラオンの悪い癖が出る。



 誰かの邪魔をして怒らせるのが好きな男である。火怨山時代も、よく魔獣に嫌がらせをして楽しんだものだ。


 この行為にまったく意味はない。単なる気まぐれであり趣味である。たまたま見かけたから、なんとなく殴ってみるだけのことである。



 そのノリで徐々に輸送船を彼らに近づけていく。



 ブロロロロロッ



 こちらが近寄るとワイルダーインパスもエジルジャガーも微妙に進路を変更して遠ざかろうとする。


 彼らは特に人間のクルマに攻撃を仕掛けたりしないようだ。もっとも、自分たちよりも大きな輸送船なのだから当然といえば当然である。


 動物は自分より大きな相手を怖れるものだ。あえて近寄ろうとする必要がない。


 その習性を利用して、彼らを少しずつ岩石地帯の方角に誘導していく。




 そしてしばらく進むと、ちょうどよい岩山があった。


 この荒野にしてみれば石ころ程度の存在だが、人間からすれば高さ数百メートルもある巨大な岩山が数十キロに渡って連なっている。


 輸送船と魔獣は互いに距離を維持しつつ岩山に登っていく。


 彼らからすれば、なぜか船が追いかけてくるので距離を取っていたら、いつの間にかここに追い立てられていた、という状況である。


 そのまま岩山を進んでいくと、左側に切り立った大きな崖があった。



(いい場所じゃないか。にやり)



 アンシュラオンは不気味な笑みを浮かべると、彼らをその壁に押しやっていく。



 つまり現状を図で示すとこうだ。




 |岩壁 ― ワイルダーインパス ― エジルジャガー ― 輸送船 ― 岩壁|




 文字で表現すると見づらいが、両側に壁がある場所であり、逃げ道は前後しかない。


 エジルジャガーの一部は右側に多少膨らんで、ワイルダーインパスを囲むように併走している。


 だが、狩りをしているはずのエジルジャガーの背後にはもっと凶悪な存在がいる構図である。



(くくく、馬鹿め。本当は自分たちのほうが追い込まれているとも知らずに呑気なものだ。見てろ! 目にもの見せてくれるわ!!)



 ブオオオオオオオオッ!!




 突如輸送船が急接近し―――幅寄せ。




 魔獣は背後から迫ってきた輸送船を回避しようと左側に寄るが、並んだと思ったら今度は、その大きな船体で圧力をかけてきた。



 昨今話題にされている「あおり運転」である。



 これは非常に危険な行為であるので絶対に真似をしてはならない。


 当然、エジルジャガーは困惑する。



「グルルッ!?(なんか寄ってくるぞ!)」


「グルッ! バウッ!(何だあれ? でっけえ!)」


「グウウッ!(やばいぞ! 速度を落とせ!)」



 なぜか幅寄せをされたエジルジャガーは、驚いて速度を落とす。


 獲物は惜しいが、得体の知れないものが接近するほうが危ない。慌てて減速である。


 だが、なぜか輸送船も減速して、さらに自分たちに圧力をかけてくる。



「グルルッ!?(どうなってんだ!? なんかついてくるぞ!)」


「グル! グルルッ!(こいつ絶対やばいって! 逃げようぜ!)」




「くくくっ! 待てよぉーー。置いていくなよぉ~~ゲラゲラゲラ!」



 ブオオオッ ブオオオッ


 必死に逃げようとするエジルジャガーに執拗に幅寄せをして楽しむ。



「おっと、お前たちも逃げるんじゃない」



 この混乱に乗じてワイルダーインパスは逃げようとするが、こちらも簡単に逃がしてはつまらない。


 ギュウウウウウンッ


 アクセルを限界まで踏み込んで加速。



 ブウウウウウッ ブウウウウッ ぐしゃっ!



 群れの後方にいたワイルダーインパスを巻き込んで、潰す。


 輸送船は地上から八十センチ程度浮いているので、その隙間に巻き込んで引きずる感じだ。



 ズリズリズリズリッ ぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃっ!



 地面との摩擦で削れ、ワイルダーインパスが挽き肉になっていく。


 その様子は運転席からは見えないので残念であるが、波動円を使えばどうなったかはわかるので、それなりに楽しめる。




「くっふーーー! たのしーーー! クルマって最高!!」



 一番やってはいけないクルマの使い方である。


 クルマに乗ると性格が変わるという話があるが、その多くは普段のストレスが暴走して起きるものだ。


 しかしアンシュラオンの場合、最初からこういう性格なので何も変わっていない。単に凶器が肉体からクルマに変わっただけだ。



 その犠牲になるのは―――哀れなる魔獣たち。



 そしてこの瞬間、奇跡が起こった。




ワイルダーインパス:「ブルルッ!(逃げるのよ!! もっと早く!!)」


エジルジャガー  :「ガルルルッ!!(殺されるぞ! 逃げろーー!)」




 共通の敵を得た彼らは、食物連鎖の壁を越えて一緒になって逃げ出したのだ。


 肉食獣と草食動物が一緒になっても争わない。なんという奇跡だろうか。


 いや、なんという悪夢だろうか。


 彼らにとっては食事や生活どころではないのだ。もっと明確な危険が迫っていることがわかる。明らかな悪意を感じるからだ。


 魔獣たちは全力で逃げ出す。



「くっくっく! オレから逃げられると思うなよ!!」



 ブオオオオオオッ


 輸送船は追う。執拗に追う。


 この時の魔獣の恐怖たるや、いかほどのものだったのか。目を血走らせながら決死の逃避行を演じる。


 さすが魔獣だ。本気を出すと時速百キロ以上も出る。


 中には弱い個体もいたので数匹は轢き殺すことに成功したが、多くには逃げられそうだ。



「ちっ、遅いな。これじゃ逃げられるじゃないか! …そうだ! こいつがあった!! いけぇええええ! ブーーースト・オンッ!!!」



 ばりんっ!! ぐいっ!!


 アンシュラオンがリミッター解除のレバーを引っ張る。


 どのみち一度使ってみないといけなかったので、これ幸いと躊躇なく発動させたのだ。


 目的はともかく試運転という意味では間違ってはいない判断だ。どの程度の性能かを実際に知っていたほうがいいだろう。




 だがこれが―――悲劇をもたらす。




 ブブウウウウッ ブオオオオオオオオオオッ!!!



 リミッターが解除された輸送船は、思った以上の加速力で一気に速度を上げる。


 あっという間に二百キロに達し、さらに伸びようとする。



「おおお! 速いじゃんか!! いけーーー! やっちまえぇえ! ひゃっはーーー!!」



 ブチブチブチッ! ドガシャッ! ドッガンッ!



 輸送船が魔獣と激突するたびに軽い衝撃が走り、船体が傷ついていく。


 だが、いまさらそんなことは気にしない。アンシュラオンにとって、これはもうダンプカーのノリなのである。


 何事もそうだが、他人からもらった物はあまり大切にしないものだ。自分で買ったわけではないので愛着もないし、気ままに楽しもうと思っている。


 だから全速フルスロットルで突っ走る。




 ブオオオオオオオッ!!



 一気に魔獣を追い込み、あと一息という時である。


 魔獣たちが丘を越えて、姿が見えなくなった。



「んなろ! 逃がすかぁ!!」



 アンシュラオンは何も考えずに突っ走る。


 だが、丘を駆け上がった瞬間、なぜ魔獣が消えたのかがわかった。




 そこは―――崖。




 もう断崖絶壁と呼ぶに相応しい完全なる崖であった。


 ふと下を見ると、ワイルダーインパスたちが転げ落ちていく光景が広がっていく。


 彼らは轢き殺されるよりは、多少ながらましな道を選択したのだ。まだ転落したほうが生き残る可能性が高いと思ったわけである。


 エジルジャガーはもともと岩場にも暮らしているので、足をガクブルさせながら岩場のでっぱりに必死にしがみついている。




 輸送船が―――宙に浮く。




 ようやくその状況を認識したアンシュラオンは、輸送船に語りかけた。




「うおおおおっ!! とべぇえええええええ!! お前ならやれる!! やれるはずだ!! 勇気を出して翼を広げろ!! ブレイブ!! ソウル!! ワンダホオオオオオオオオ!!」




 ジングラスの羽馬の紋章が描かれているといっても、輸送船が飛べるわけがない。


 昔は低スペックPCに「負けるな! 粘れ! お前ならやれる!」とか根性論をぶつけた時代もあったが、結局は機械なのでどうしようもない。


 最後は「あーーー! フリーズしたぁあああ!」となるのが落ちである。(今では性能が上がったのであまりないが)



 その後どうなったかは、語るまでもないだろう。




 そのまま―――落下。




 ヒューーーーーンッ ドゴーーーーーンッ!!!



 船体の前方から一直線に落下し、地面に激突する。


 追いかけていることに夢中で気付かなかったが、ここはすでに岩山の中腹に当たる場所だったので、二百メートルくらいの距離から落ちてしまう。


 これだけ大きな輸送船が落ちれば相当な衝撃である。一瞬、地震かと思うような振動が岩山に走った。


 唯一幸いだったのが、ガソリンなどの引火性燃料を使っていないため、それによって火災が発生しなかったことだ。


 風力エンジンは環境にも優しいのである。





 そして、中破した輸送船からアンシュラオンとサナが出てきた。



「うおー!! やっちまったぁああ!! サナ、大丈夫か!?」


「…こくり」



 当然アンシュラオンは無事である。サナもしっかり保護したので問題ない。


 ただ、倉庫で瞑想していたマタゾーが、その浮遊感を「今、拙僧は悟りを開いた」とか勘違いしていたのだが、そんなことはどうでもいい話だ。



 問題は船である。



 アンシュラオンが慌てて確認するが、思いきり船体が傾いており、頭から地面に突っ込んでフロント部分が完全にひしゃげている。


 まさに崖に真っ逆さまといった具合だ。これはJ〇Fでもどうしようもない。


 この事態にアンシュラオンは頭を抱えた。



「やっべええ! もらっていきなり壊したとか小学生以来じゃんか!! うおおお! ミニ四駆のトラウマがーーー!」



 昔、ミニ四駆の試運転をした直後、フロント部分を壁にぶつけて割ったことがある。あれは最悪だった。


 しかしながら実はそれは友達から借りたものだったので、本当に泣きたいのは友達だったはずだ。


 いつの時代でも、住んでいる星が変わってさえもやっていることは同じである。まるで成長がない男だ。



「こ、これくらいなら大丈夫だよな。なっ?」


「…こくり」


「うんうん、そうだよな。クルマは動けばいいんだ。動けば…」



 ただ、悪夢はこれで終わらない。



 ドドドドドドッ



 直後、地面が割れていくつもの【触手】が船体に絡みつく。


 ズズズズズズズズッ


 そして、そのまま地面に吸い込まれて消えてしまった。



「………」



 アンシュラオンは特にコメントを発せず、ただただその光景を見つめていた。


 何が起きたのかよくわからなかったのもあったが、まさかの追い討ちに言葉を失ったのだ。


 ここで何があったのかといえば、単なる食物連鎖の営みが発生したにすぎない。 



 崖下は砂場であり、ハブスモーキー〈砂喰鳥賊〉の縄張りであったらしい。



 そこにワイルダーインパスや、さきほどの衝撃で崖から落ちたエジルジャガーが集まったので、彼らを喰らおうと大型魔獣が殺到したのだ。


 大量に巨大イカが集まった結果、輸送船も巻き込まれて一緒に砂の中に呑み込まれたようだ。


 撒き餌は魔獣の狩場でアンシュラオンがやった作戦でもあったが、今回はまったく望んでいない結果となった。




 しばらく呆然としていたが、なんとか気持ちを切り替える。



「…まあ、しょうがないよな。どうせもらったものだ。他人の物をもらって浮かれるなんて、人間としてどうかと思うよ。なっ、サナ?」


「…こくり」


「じゃあ、行くか…」


「…こくり」



 アンシュラオンがやったことは―――自己弁護。



 最初から『なかったことにした』のだ。



 そんなものは何もなかった。輸送船なんて存在しなかった。それだけのことである。


 そう自分を納得させたアンシュラオンとサナは、静かに荒野に消えていった。もう歩いて帰るしかない。



 ちなみに輸送船の中にいたマタゾーは完全に忘れられており、その後なんとかハブスモーキーの狩場から抜け出して、自力でグラス・ギースに戻ったようである。


 やはり武闘者は逞しい。というか、彼が一番災難である。




 ただ、これで終わりではなかった。




 こうして輸送船をあっさり失ったアンシュラオンであったが、サナと一緒にグラス・ギースに戻ると、都市では異変が発生していた。



 東門では数多くの衛士とマキが待ち構えており―――




「アンシュラ……じゃなくて、ホワイト君。…君を拘束するわ」





 逮捕・拘束・投獄のコンボが待ち受けていた。




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