312話 「『この男に輸送船を与えるとこうなる』の巻 前編」


(気が付いたら三日経っていたな。あれからもう四日目か)



 太陽が昇り始め、アンシュラオンはその輝きに目を細める。


 まさに三日三晩やり続け、気付けば四日目の朝が来ていた。


 こんなに長居するつもりはなかったのだが、プライリーラがあまりに気持ちよかったので仕方がない。


 ただ、これだけ留守にすれば都市内部の情勢に変化があるかもしれないので、まずはグラス・ギースに戻ることを優先する。



(ジングラスの戦力も削ったし、ホワイト商会としてのオレの役割も終わりかな。そろそろ後始末をしないといけないな)



 アンシュラオンの役割は、敵勢力の戦力を削ぐことにある。


 今までの戦いによって、ハングラスとジングラスの戦力は事実上壊滅状態となっている。


 一番の敵であるマングラスは残っているが、グマシカの性格を知った今では、それもまた想定通りだ。


 プライリーラが負けたことは遅かれ早かれ伝わるはずなので、腰の重いマングラス側も必ず動いてくるはずだ。


 もしかしたら、すでに動いている可能性もある。


 三日以上も音沙汰がなければ不審がる者もいるだろうし、あれだけの戦いである。遠くから異変に気付く者もいるだろう。


 戦獣乙女のプライリーラの存在は大きい。彼女がいなくなれば、これより事態は急速に動いていくはずだ。




 それは同時に―――ホワイト商会の終わりが近いことを意味する。




(グマシカが動く動かないにかかわらず、これで終わりでいいか。あとはソブカ次第だな。さて、それよりだ。もう一つのお楽しみタイムが始まるぞ!)



 アンシュラオンはキーをくるくると回しながら、非常に嬉しそうに輸送船に向かって歩いていく。


 プライリーラの帆船を見た時から、いや、ガンプドルフの戦艦やダビアのクルマを見た時からずっと気になっていたのだ。



 いつかは自分のクルマや船が欲しい、と。



 それがいきなり輸送船になるとは思わなかったが、ずっと夢だったものである。嬉しくないわけがない。





 しばらく歩くと輸送船が見えてきた。


 離れた場所で戦っていたので船は無事だったようだ。白く美しい外観が朝日の光を受けて輝いている。


 こうして改めて見ると船を手に入れた実感が湧いてくる。



「うおー! オレの船だ!! まだ何もないけど、それがいいんだよ。これを改造してちょっとずつ強くするのがいいんだ!」



 物を運ぶだけの輸送船であるため船体は何もないほぼ真四角であり、本物の戦艦や武装商船と比べると遥かに見劣りする。


 それでも初めて手に入れた船である。感動もひとしおだ。


 何事も最初に手に入れたクルマというのは、何かが足りないものである。


 赤いクルマを持つハンターが砲身だけ奪っていって、主人公はとりあえず副砲だけでがんばるというのはクルマ作品の定番である。



「あそこを削って主砲を付けたいな。それとも屋根に載せるか? 副砲は必要だろうし…どこに穴をあけようかな。うーん、考えるだけで楽しいぞ!!」





 いろいろな改造案を考えながら輸送船に向かう。


 少しずつ全体が見えてくると、そのクルマの近くに誰かがいるのがわかった。



「あっ、マタゾーだ」



 輸送船の傍にはマタゾーが立っていた。


 どうやら回復が終わって自力でここまでやってきたようだ。


 アンシュラオンが輸送船に興味を示していたので、いつかここに戻ってくると思ったのだろう。なかなか頭の良い男だ。



 アンシュラオンはマタゾーに近寄り、話しかける。



「よっ、生きていたか」


「はい。おかげさまで生きながらえました」


「傷はどうなった? だいぶ欠損部分も治ったようだが…完全ではなさそうだな」


「腕は治りましたが、左目の視力は半分程度でしょうか。それでも見えるだけ御の字でござる。助けていただいた黒姫殿にも感謝いたす」


「…こくり」



 マタゾーの左目の色が、右目と違って白内障のように白く濁っている。


 防御の戦気なしで爆発の直撃を受けたので、この部分の欠損が特に激しかったのだ。


 ちなみに今は天蓋が壊れているので素顔である。


 思えば彼の顔の描写はほとんどなかったが、素の顔は…はっきり言えばブサイクである。


 昔の劇画調漫画に出てきそうな濃い顔つきかつ、坊主なので頭は剃り上げており、その四角い形がくっきりと浮き出ているからけっこう目立つ。


 戦罪者になるくらいなので威圧感も強く、「この顔を見たら110番」と掲示板に貼られそうな人相である。


 だが、人相と強さはまったく関係ないので、彼自身は一度たりとも気にしたことはないだろう。彼が求めるのは純粋な強さのみである。



「お前はサナを命がけで守った。望むなら時間をかけて修復してやるが、どうする?」


「問題ありませぬ。武闘者たるもの、いつも万全の状態とは限りません。その中で全力を尽くしましょう。失ったからこそ得るものもあるでござろう」


「そうか。それもまた正しい生き方だな」



 武人の中には失明してから強くなった者もいるので、一概にハンデとは言い切れない。


 人間の身体はよく出来ている。目が見えなくなれば聴力が高まり、今まで見えなかった世界が現出するものだ。


 それによって新しい才能が開拓される。追い詰められれば追い詰められるほど、人間は強くなっていくのだ。


 それに、片目がよく見えないから戦えない、などという言い訳は武人には通じない。


 戦場では怪我をするのが当然であり、その中で対処できない者から死んでいく。


 皮肉なことだが、むしろ弱っているからこそ細心の注意を払い、生存率が向上することもあるのだ。



「ところでオヤジ殿、あの執事の御仁はどうなったでござるか?」


「ああ、倒したよ。プライリーラがかわいそうだから助けてやったが、まあまあ強かったな。たしかにあれじゃ、お前は勝てない。負けた件は許してやる」


「あれほどの強者を軽々と倒すとは…さすがでござるな」


「お前たちが弱すぎるだけさ。それよりあとでサナの戦いぶりを詳しく教えろよ。今後の育成の参考にするからな」


「承知」


「では、せっかくもらった輸送船だ! これでグラス・ギースに帰るぞ!!」




 マタゾーと合流したアンシュラオンは、さっそく輸送船に乗り込もうとする。



 そして、ハッチを開けるのだが―――




 むわぁぁあんっ




「うっ!! くさっ!?」



 何か形容しがたい臭いが鼻をつく。



「…むにっ」



 サナも鼻をつまんでいるので臭いのは間違いないようだ。


 だが、入らないわけにもいかず、致し方なく中に入って様子をうかがう。



 中は帆船と同じく、大きな倉庫状の空間が広がっているだけだった。


 輸送船なのだから、ジュエルエンジンと運転室以外はすべて倉庫である。しかし、特に何かを積んでいる様子はない。



「何もないが…やはり臭うな。なんだこれ? 何の臭いだ?」



 輸送船はしばらく放置されていたので空気がこもっている。多少の臭いがするのは仕方ないだろう。


 だが、それだけでは説明できない臭いがする。これは明らかに何かの臭いだ。


 そのヒントになるものに最初に気付いたのは、マタゾーだった。



「オヤジ殿、あちらに大量の『干し草』があるでござるよ」


「干し草だと? なんでそんなものが…」


「こちらには野菜が積まれたケースがありますな」


「野菜…? なんで野菜が? 食糧か?」


「人間に干し草は必要ありませぬ。なればこれは…厩舎きゅうしゃなのでは?」


「厩舎? 厩舎ってのは馬を管理する場所のことか? 馬…? 馬ってまさか…!!」


「ですな。あの大きな馬が住んでいた場所のようです。すんすん。この干し草がかなり臭いますな。おそらくはこれが寝床でござる」


「な、なにぃいいいいいいいいいいいっ!! この臭いは、あの馬のか!!」


「あれは守護者という秘匿された存在だったのでござろう? この輸送船が家だった可能性が高いですな」


「たしかに普通の場所で飼うのは難しいだろうが…ここが…そうなのか? じゃあオレは、馬小屋をもらったってことかよぉおおおおおおお!! 最初に言ってくれよぉおおおお!!」



 こうしてショックな事実と、臭い原因が判明。



 この臭いは―――ギロードのものであった。



 馬という生き物は、太陽が降り注ぐ草原で暮らしていることが多いので、基本的に臭いというわけではない。むしろ草の匂いがして、いい匂いと感じる人も多いようだ。


 臭さの大半は糞尿なので、もし臭いとすれば厩舎の管理に問題があるのだろう。


 しかし、この輸送船はしっかりと掃除されているようなので、そこまで不衛生とは思えない。


 ただ、一つだけ思い当たることがある。



(あの馬は【包帯】で巻かれていたな。もしかして…あれの臭いか? 蒸れないように薬品とかも使っていそうだしな…)



 ギロードは術式包帯で力を封じられていた。どれだけの時間、あの状態だったのかはわからないが、いくら魔獣とはいえずっと巻いているのはつらいだろう。


 そのストレスを緩和させるために薬品を使っていた可能性もある。実際、医者に行った時のような消毒液系の匂いも混ざっている。



 さらにこの輸送船は、ギロードの住処であった。


 あんな魔獣を都市内部で飼うわけにもいかない。そのまま外で飼うにしても他の人間や魔獣と接触あるいは交戦する可能性も否めない。


 風龍馬がこのあたりの魔獣に負けることはないはずだが、秘匿性を保つために簡単に外に出すわけにはいかなかったのだろう。


 となれば専用の馬小屋が必要になる。


 そこで抜擢されたのが、この輸送船というわけだ。これはプライリーラの私物であり、何に使っても文句は言われないものである。


 だからあんなに気軽にくれたのだ。



 では、なぜそのことをアンシュラオンに言わなかったのかといえば、彼女からすれば馬と一緒に暮らすのは自然だからだ。



 たとえば愛犬家は、犬と一緒に暮らすのが当たり前になりすぎて、犬の臭いに気付かなかったりする。


 しかし、普段犬と接しない他人が家に遊びに行くと「なんだこの臭いは!?」と驚くことがある。これは猫や他の動物でも同じだろう。


 彼女にとってはありふれた臭いでも、馴染みがないアンシュラオンたちには臭いのだ。


 どちらにせよ、臭い。


 何にしても、臭い。



 ここは―――臭い!!




「くそっ、掃除だ! 掃除!! 徹底的に洗うぞ!! こんな場所にサナを置いてはおけない!! 水気で一気に焼き払ってやる!!」


「ところでオヤジ殿」


「なんだ? まだ何かあったのか?」


「いえ、ふと思ったでござるが…この輸送船はどこに停める予定ですかな?」


「は?」


「拙僧の記憶では、都市内部には持っていけないでござる。置くスペースも内部にはなかったようでござるし…どうするのかと思ったでござる。まあ、オヤジ殿のこと。何か考えがあってのことでござろうが…」


「………」



 アンシュラオンは黙り、しばし考える。


 いつもならば「当然だ。すべてはオレの思った通りだ!」と言い張るのだが、今は何も言えない。



 なぜならば―――完全に盲点だったから。




(しまった!! 置く場所を考えていなかった! そりゃそうだよ! こんな大きなもんだ。置く場所がないと駄目じゃんか!)



 家に駐車場がないのに車を手に入れた気分である。


 よく芸能人が景品で車をもらったという話を聞くが、駐車場がなかったので売ってしまった、という話も同様に聞く。


 輸送船ならば、なおさらのこと。


 当然、邪魔だ。激しく邪魔だ。普通のクルマの数倍邪魔だ。


 そもそも輸送するものがないので精神的につらい。一般家庭の営業マンが大型トラックを手に入れても困るだろう。


 さらに管理維持費用もかかる。荒野に置いておけば誰かに奪われるかもしれないというリスクもあるので、安全な場所を確保しなければならない。


 とどめにジングラスの家紋入りである。


 このままでは問題なので、これもあとで削らないといけないだろう。面倒な問題が山積みである。



(くっそっー、思いつきだけで言うんじゃなかった。思えばもっと必要なものもたくさんあったのに…オレってやつはどうしてこうなんだ!! だが、後悔はしないぞ!! あの時は欲しかったんだ!)



 男は武器や戦艦には夢中になるものだ。これは仕方なかったのだ。


 一度決めたことは貫き通す。それが男の生きざまであろう。



 よって、掃除の開始だ。




 ジュオオオオッ




 アンシュラオンが輸送船の扉を全開にして、内部を一気に水気で洗い流す。


 どこまでやっていいのか迷うが、この臭いの中で暮らすことは不可能なので徹底的に洗う。



 三十分後、船内にあったものはすべて撤去されて綺麗になった。



 床や壁も表面をかなり削ったので塗装が剥げてしまったが、これはまた改めて貼り直せばいいだろう。今は臭いをなくすことが優先である。



「ふぅ…ようやく綺麗になったか。それじゃ試運転といくか」



 アンシュラオンは運転室に行く。


 さすがの大きさなので、普通のクルマと違って運転室は船内の二階部分にあった。


 階段を上り、大きな扉をあけて中に入ってシートに座る。



(うーん、操作方法はトラクターとほとんど同じだな。この世界のクルマは簡略化されていて楽だな)



 オートマチック車のようにクラッチ自体がなく、単純にハンドルとアクセルとブレーキしかない。


 動力が風力ジュエルなので、アクセルを押し続ければ勝手に出力が上がって速くなる。止めたければブレーキを押せばいい。


 これならば誰でも運転ができるだろう。手で操作するのでサナにだって動かせそうだ。


 アンシュラオンは運転席に座り、外を眺める。



 見渡す限り荒野だ。日本のように狭い道路など存在しない。素晴らしい開放感である。


 ここなら遠慮なく飛ばせるだろう。




「良い眺めだ。よし!! グラス・ギースに出発だ!!」




 こうして輸送船で帰路に着くのだが、まさかこの数時間後に輸送船を失うことになるとは、この段階では夢にも思っていなかっただろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます