306話 「『オレのサナちゃんはやっぱり天才だからな!!』で済ます兄馬鹿」


「サナ、今行くぞ!!」



 アンシュラオンは勝利の余韻に浸ることもなく、すぐにサナのもとに向かう。


 全力で大地を蹴り、脇目も振らずに走り出す。


 自分の戦気で作ったモグマウスが目印になるので、いちいち場所を探す必要はない。それもまた探知型闘人の利点である。



 バンバンバンッ シュッドドドドドドッ



 まるで疾風のごとく走り抜け、サナがいるであろう岩場に五秒もたたずにたどり着く。


 もはや走るというより戦気を爆発させて砲弾のように突き進む。風龍馬の『音速突撃』すら超えている。


 全力を出せばこれだけやれるのだから、いつぞや荒野でヤドイガニに襲われていたハンターを助けることなど容易であったことがうかがえる。


 ただし、この男が全力を出すのは保身のためか、自分のものを守るときだけである。




(このあたりのはずだが…サナはどこだ?)



 岩場を移動しながらモグマウスたちを探す。


 隊長がやられてしまったのが痛い。彼が司令塔ですべての情報を蓄積していたので、だいたいの場所しかわからない。



 アンシュラオンは波動円も使い、あらゆる情報が流れ込んでくる中で―――サナを発見。



 その場所は、およそ五百メートル先の岩場。そこに黒き少女はいる。


 明らかに他とは違う輝きを放つ波動を感じる。あれは自分のものだ。特別なものだ。誰にも渡さないものだ。



 脚に力を込めて、跳ぶ。



 その跳躍の力に耐えきれず、岩と空気の壁が同時に破壊される。


 音すら消えた空を駆け抜け、自分がもっとも大切にしている少女のもとに急ぐ。



「いた!! サナだ!!」



 そして、空中から岩場の下のほうにいるサナを視界に捉える。


 その周囲にはモグマウスたちが集まっており、彼女をガードしている。


 さらに五十匹程度が集まって自らの身体をベッドに見立て、サナを優しく寝かしているというサービス付きだ。


 モグマウス級の闘人になると彼ら自身の意思で戦気の制御ができるので、傷つかないように表面を柔らかくして、ふかふかのベッドを再現している。


 これもアンシュラオンがサナを助けるために織り込んだ工夫の一つであるが、もともとは姉のベッド用に開発したものでもあるので、人生どこで何が役立つかわからないものだ。


 ちなみにパミエルキの場合は戦気の調整などせず、そのまま上で寝る。彼女にとってはアンシュラオンの戦気など電気マッサージ程度でしかない。



 アンシュラオンはドンッと空中で発気。


 ブレーキをかけ、サナのもとに着地。



「サナ、無事か!!」


「………」


「サナ、サナ! しっかりしろ!」


「………」


「ひーーーー! サナちゃん!! 大丈夫なの!?!?? あわわわわっ!! ど、どうしよう!! さ、小百合さんを呼ばないと!!」



 サナの返事がないので、表情が一気に青ざめる。この場にいない小百合に頼ろうするほどの狼狽ぶりだ。


 あれだけの戦闘でもまったく動じなかった男が、少女一人の容態でここまで混乱するなど、アーブスラットが見たらどう思うだろう。


 老執事の作戦は間違ってはいなかった。やはりサナはアンシュラオンの急所である。


 成功しなかったのは単に力が足りなかったにすぎない。



「さ、サナちゃん…?」



 アンシュラオンがゆっくりと近寄り、じっとサナを見る。


 まるで時間が止まったかのように、その場で動くものはいない。



 だからこそ―――胸が動いたときには、はっきりとわかった。



「…すー、すー」



 近くにいくとサナの寝息が聴こえてきた。特に引っかかりもかすれもない綺麗な寝息だ。


 顔は少し土で汚れているが、目立った傷は一つもなかった。



「…ああ、よかったぁあぁあ…呼吸してるよっぉおお…はぁぁ、ふうううう」



 どすんっ


 倒れるように地面に座り込む。


 ようやく娘が戻ってきた安心感に、パパはもうぐったりである。




「まずは健康チェックだ!! 何かあったら困る!」



 しばし時間を置いて冷静になったアンシュラオンが、サナを最上級の命気水槽で包み込む。


 どぷんっ


 サナが柔らかいゼリー状の命気に沈み、体内の隅々までチェックが行われる。



(頭は…問題ない。脳は正常。口も喉も正常。心臓も肺も問題ない。胃も小腸も…それ以外も問題ない。神経は少し過敏になっているようだが…肉体は文句なしに健康だ)



 健康チェックが終わり、何一つ問題がないことが判明。


 今眠っているのは精神が疲れきっているからだろう。少し気になったので精神オーラも診察してみる。


 人間には大きく分けて、肉体、精神、霊の三つのオーラがある。


 よく性格診断とかで使われるのが精神オーラだが、ここまで見られる者はあまりいないので、大半が肉体オーラを精神オーラと見間違えていることになる。


 だが、武人のように精神エネルギーである戦気を使う者たちならば、比較的容易に精神オーラを見ることができる。(防御されていなければ、だが)



(サナの精神オーラは非常に見づらい。そもそも『意思が無い』って話だからな。これはしょうがないが……ん? 少しばかり赤みがあるような気がするな。これは何だ? …情熱や…怒りのオーラか? なんでサナにこんなものが?)



 サナは意思を強く発しないので、普段観察していても薄い色合いしか見えない。


 しかし、今回はなぜか少しだけ変化が見られる。



 より感情的で情熱的な―――【赤】がかすかに見えた。



(これは…どう解釈すればいいんだ? 何かしらの精神攻撃を受けたか、あるいはサナに起こった自発的変化か? …わからん。しかし、モグマウスが大量に減っているのは事実だ。何かがあったのかもしれん。それにこの破壊痕は何だ?)



 ここに来るまではよく見えなかったが、空から見ると周囲が完全に破壊されていることがわかる。


 特にサナの半径五十メートルは真っ黒に焼け焦げ、形を残している岩もガラス化している。よほど激しい熱量が発生したのだろう。



(似ているが炎じゃない。これは【雷】の痕跡だな。雷気…? いや、違うな。上位属性の『帯気たいき』でもないし、最上位属性の『界気かいき』でもない。ううむ、わからん。こんな痕跡は見たことがないけど…雷であることには違いないみたいだ。どういうことだ? 本当に何が起こった?)



 数多くの撃滅級魔獣と戦ってきたアンシュラオンでも、こんな痕跡は見たことがない。極めて珍しいものだった。



 そして、少し離れた場所にひときわ激しい痕跡を見つける。



 その場所は重力崩壊でも起こったように完全に抉り取られている。相当強い力がここで生じた証拠だ。


 威力としては、アンシュラオンの覇王滅忌濠狛掌に匹敵する。ただし規模はこちらのほうが大きく広範囲だ。



(やはり敵と交戦したのか? そうでないとこんなことは起きないが…サナは無傷だ。そんなことがありえるのか? モグマウスはどうして減った? いや、どうして【喰われた】んだ? 誰に喰われた? 敵に喰われたのか? しかし、守護者と呼ばれている風龍馬があの程度なんだから、ジングラスの魔獣がそこまで強いとは思えないな…。かといってこのレベルとなると最低でも殲滅級魔獣、下手をすれば撃滅級クラスだ。そんな魔獣がいたのか? それが自爆した? もう意味がわからないな)



 考えても考えても謎は深まるばかりだ。


 当然サナがこんなことをしたとは夢にも思わない。著しい成長を見せてはいるが、普通に考えれば自分の闘人を喰えるわけがないのだ。


 それにまったく思い至らないのは自然なことである。むしろ、わかったらおかしい。



 ただ、この男には『情報公開』がある。



(念のためだ。サナを確認しておこう)



 アンシュラオンは、眠っているサナに情報公開を使用。



―――――――――――――――――――――――

名前 :サナ・パム


レベル:10/80

HP :270/270

BP :5/110


統率:E   体力:E

知力:E   精神:E

魔力:E   攻撃:E

魅力:A   防御:E

工作:E   命中:E

隠密:E   回避:E


【覚醒値】

戦士:1/4 剣士:1/4 術士:0/4


☆総合:第十階級 下扇かせん級 剣士


異名:白き魔人に愛された意思無き闇の少女

種族:人間

属性:闇

異能:トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉、エル・ジュエラー、観察眼、天才、早熟、即死無効、闇に咲く麗しき黒花

―――――――――――――――――――――――



「うおおおおおおおおおお!! 上がってるじゃーーーーんっ!!」



 思わず叫んでしまった。


 ぱっと見た瞬間にステータスが上がっていることがわかり、一気にテンションが上がる。


 が、まずはサナの状況をしっかりと見極めねばならない。


 精神が深く傷つけば植物人間になる可能性だってあるのだ。目を覚ますまでは安心できない。



(…BPがかなり低い。やはりこれは疲労だな。肉体も健康だし、神経にも大きな損傷はない。疲れて倒れているだけだ)



 これはもう間違いない。サナのことになると過保護になるので若干不安にもなるが、今までの経験でいえば確定である。


 では、なぜそうなっているのか、ということが問題だ。



(モグマウス隊長がいないんだから、どうやっても推測しかできないな。サナに直接訊けたらいいんだが…まあ、それはひとまずいい。サナが無事ならばいいんだ。そして、成長してくれればいい! そうだ。それが目的なんだからさ!)



 わざわざ大切なサナを危ない目に遭わせたのは、彼女を強くするためだ。


 だからステータス確認は重要な仕事である。



(前が8だったから、レベルが2上がっているのか。そこまで伸び率が高いわけじゃないけど…確実に上昇はしているな。というか、またレベル限界が上がってるぅううううう! どういうことなの? もしかして人間って、こんなに簡単に上がるのが普通なの? うーん、思えば姉ちゃんも師匠もゼブ兄も、レベル限界が255のマックスなんだよなぁ。比べようがないよな)



 実は火怨山四人組(アンシュラオン含む)は、最初からレベル限界がマックス値の255であった。


 そのためアンシュラオンは、人間は全員がレベル限界が255だと思っていたくらいだ。


 それが下界に降りてみると、驚くべきことに100を超えている者すらいない。今まで見た中ではプライリーラだけである。(アーブスラットは現在レベルも限界も85)


 だから正直に言って、下界の人間がどういう成長をするのかは知らないのだ。


 そのあたりもルアンやサリータなど、自分のスレイブを使って研究中である。



(でも、豚君が死闘修練しても限界値は上がってなかった気がするな。ヤキチたちだって、けっこう激しい戦いをしているのに上がっていないぞ? ううむ…あっ、そうか。サナちゃんが天才だからだ!!!)



 最後にたどり着く答え = やっぱりサナは天才だからな!!



 完全なる兄馬鹿だ。過保護なこの男は、たったそれだけの言葉ですべてを済ましてしまう。


 普通に考えればおかしいことがわかるのだが、いかんせん火怨山が異常すぎた。


 周囲にいる人間が全員、歴史に名を残すレベルの武人なのだから仕方ない。歴史でいえば、ゼブラエスもいずれは覇王となる男である。


 覇王と覇王と、魔人と魔人の四人が集まった段階で、もはや人間が触れてよい領域を超えてしまっている。仕方ないことだ。



 さらにステータスを詳しく確認。何度もチェックする。



(うおおおお! 何度見てもステータスが『E』になってるぅううううう!! しかも全部が上がってるぅううううううう!! 統率まで『E』じゃん! オレを超えたな、サナ!! こんなに簡単に兄を超えるなんて、やっぱり天才やで!!)



 全部が平均的に上昇したため、魅力がアンシュラオンと同じ『A』となり、さらに統率に至ってはアンシュラオンの『F』を超えている。


 というより、この男の統率の値が低すぎるのだ。そこらの一般人あるいは無能役人と同じである。


 もっと言えば、ヤク中でラリっている駄目人間とも同じである。



(うーん、サナは全体的に上がるバランスタイプなのかな? プライリーラと似ている感じか? おっと、階級が『下扇級剣士』になってるぞ! ということは、サナはやっぱり剣士タイプってことかな?)



 ここに表示される「戦士」とか「剣士」は、現状で一番活性化している因子を示している。


 基本的に生涯変わることはないので、戦士と表示されれば一生戦士タイプなのだが、パミエルキがいつの間にか「魔人」になっていたことからも断定はできない。



(覚醒値も戦士と剣士が1になってる!! 覚醒限界も増えてるじゃないか! こりゃすごいぞ! 一気に大成長だ! やっぱりアーブスラット級の武人をあてがうとでかいな! 経験値が半端ない! これは素晴らしいぞ!)



 アンシュラオンの目論見通り、サナは確実に成長している。


 むしろ生まれ持って武人でない人間としては、年齢を考えれば恐るべき成長である。


 それもこれもサナの特異な性質と、魔人であるアンシュラオンとの出会いによってもたらされたことだ。



(…ん? 『エル・ジュエラー』ってなんだ? スキルが増えているぞ。これは…どういう意味だ? それと『闇に咲く麗しき黒花』? 前に表示されているエル・ジュエラーってのは、たぶん良いスキルだよな。じゃあ、後ろのやつはマイナススキルなのかな? うーん、わからん。いいかげん内容までわかるようになりたいよな。『情報公開』もそのうち進化しないのかな)



 サナには『エル・ジュエラー』と『闇に咲く麗しき黒花』というスキルが追加されていた。


 後者のほうは、狂人や悪人、駄目人間などといった人間社会におけるブラックな連中に愛されるスキルである。


 戦罪者たちと長く接し、敬愛されたからこそ生まれたスキルだ。


 自分の指揮下、あるいは自分を守る人間に対して補正効果が生まれる。


 戦罪者たちが一気に覚醒したのも、サナのこのスキルがあったからであろうか。


 光ではなく闇に愛されるというのが、いかにもアンシュラオンの妹であることを示している。




「ステータス確認はこれくらいでいいか。またあとでじっくり検証すればいい。それよりは無事でよかったよ。自分の力は信じているが、サナが見えないと不安になるよな…。かといって自分でいろいろとやれるようにならないと成長しないし…このあたりが難しいな。まずは安全な場所まで運んで―――」



 バチンッ



「いてっ! なんだ!?」



 サナを抱き上げた瞬間、静電気のような痛みが走った。


 まさに我々が日常生活で感じる「バチッ」というアレである。アンシュラオンもちょっとだけ痛かった。



(なんだこれ? 静電気か? そういえば昔、地球では静電気を発生させる小さな玩具が流行ったな。あれは意外と痛いんだよな。よく友達とやりあって遊んだものだが…乾燥でもしてたのかな?)



 と、当人は呑気に語っているが、実際はさきほどリザラヴァンを消滅させたエネルギーがわずかに残っていたのだ。


 モグマウスは戦気だったので感じなかったようだが、肉体の接触を通じてアンシュラオンにも流れたらしい。


 リザラヴァンを完全消失させた、あのエネルギーである。常人ならば触れた瞬間に爆散だ。


 それを単なる静電気と勘違いするとは、さすがアンシュラオンである。




 こうして大切なサナの回収が終わる。



 次は念願の【戦利品】を頂戴するお時間である。




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