305話 「老執事、燃ゆる 後編」


(ははは! いいぞ、いいぞ! 予想以上の動きだ。ボクシングと拳法の動きが交じっているのか。これは面白い!)



 アンシュラオンは、アーブスラットの強さを称賛する。ここまで単独で自分と戦える武人はガンプドルフ以来だ。


 寿命が減るという最悪のペナルティはあるものの、少なくともこの状態であればプライリーラを遙かに凌駕している。


 いつも「どんな手を使っても強くなればよい」と豪語しているのだ。アーブスラットのスキルについても全肯定である。


 そして体術のレベルも高い。


 足技無しでは立ち技最強とも呼ばれるボクシングを基礎として、その中に中国拳法の動きが入り交じっている。



(わざわざ道場で足技無しの技術を教えるとは思えないから、これも自己流なんだろうな)



 リングを回るように、相手を中心に円の動きで攻撃をかわす。円の動きは格闘技の真髄でもあるので、実に理に適った動作である。


 真剣勝負の大半が魔獣とだった自分とは正反対に、対人戦闘をとことん追及してきたのだろう。


 無手の戦士が実戦で戦う中で編み出した動きであり、明らかに死線を潜ってきた凄みが滲み出ている。


 アンシュラオンの型の無い動きに翻弄されているが、ギリギリのところで致命傷を避けながらも、反撃の機会をうかがえるだけの技量は見事だ。


 こんなスキルまで使うのだから、精神力も間違いなく上位クラスである。



(このレベルの相手となると面白いな! 剣士のおっさんも魔剣を使わせたらもっと強くなるんだろうし、今度会ったら見せてもらおうかな)



 ガンプドルフも通常のレベルであれだけ強いのに、さらに魔剣の力がある。あれだけもったいぶったのだから、かなり危険な代物なのだろう。


 そして、アーブスラットにも魔剣に匹敵する危険な技がある。



 右手が―――黒に染まる。



 そう、『死痕拳』の準備である。



 アンシュラオンに勝つ、あるいは倒せずとも動きを封じるには、この技しかない。


 いくらこの男とて、内部から攻撃を受ければただでは済まないだろう。心臓を吹き飛ばせば時間は稼げるはずだ。


 そして同時に『美癌門』も使う。もう他の技を使う必要はない。死痕拳一本に絞ったのだ。


 右手だけ黒くなれば違和感が生じるので、全体を黒くして誤魔化す目的もある。


 この変化で相手が警戒する可能性もあるが、これも仕方がない。





 アーブスラットは防御しながら慎重に隙をうかがう。


 問題はいつ、どこに打ち込むかだ。



(この男、異様に肉体が強固だ。腕や足は駄目だ。戦硬気で強化しているから指が刺さらない可能性が高い。となれば、やはり腹か胸しかないが…この怪物に当てるだけでも至難だな。チャンスは一回しかないだろう)



 人間の身体は、よほどの肥満体でなければ骨が邪魔をするので、指が刺さる場所は限られる。


 普通の武人ならば骨ごと砕けばいいが、アンシュラオンはやたら身体が硬い。持って生まれた肉体の質自体が違うのだ。


 こうして打ち合っていても、まるで岩か金属で出来ているのではないかと思えるほど、恐るべき強度を誇っている。


 腹は懐が深いので当てるのは難しい。常人でも腹に手が伸びれば腰を引いてかわすだろう。



 ならば消去法で【胸】しかない。



(一撃だ! 一撃でいい!! ここに全力を尽くす!!)



 一点集中。直接心臓に叩き込むと決める。



 ボオオオオオオオオッ



 アーブスラットが最大出力の戦気を放出。限界の限界の限界を超えて強引に馬力を出す。




「うおおおおおおおおお!!」




 アーブスラットが―――覚悟を決めて突進。




 無謀とも呼べる真正面からの突撃を敢行する。


 当然、それを見逃すアンシュラオンではない。


 右足で下段から上段に変化する剛脚が襲いかかる。上半身を狙ったハイキックだ。



 それをアーブスラットは―――よけない。



 メキャメキャッ ボンッ



 トンファーが完全にへし折れ、直撃を受けた左腕が肩ごと吹っ飛ぶ。


 だが、アーブスラットは止まらない。そのままの速度で…否、さらに加速して突っ込んできた。



(感触が柔らかい。こいつ、自分で捨てたな)



 アンシュラオンは、その感触からアーブスラットがわざと左腕を捨てたことを悟った。


 これは自壊。いや、トカゲの尻尾と同じく『自切』と呼ぶべきだろうか。


 美癌門の部分的操作によって、その部位の細胞だけを制御して、当たった瞬間に切り落としたのだ。



 現在のアーブスラットはユニークスキル、『寿命戦闘力転化』と『死痕拳』、『美癌門』による能力三つ同時発動を行っている。



 これは実に高度な技である。


 並の武人ならば一つずつしか発動できないのだ。ファテロナも技を同時に発動させたが、これこそ達人の領域に達した武人の本領といえる。


 RPGにしてもバフ(ステータス強化)の重ね掛けは非常に有用だ。上級者においては無ければ話にならないほど常識である。


 ただ、当然ながらこれだけのスキルを同時使用する以上、身体にかかる負担も大きい。


 もう二度目はない。


 ここが勝負所。すべてをかける瞬間となる。




 その努力は―――実る。




 自切したことで速度を落とすことなく、アンシュラオンの懐に一気に突入。


 右足の蹴りを放ったアンシュラオンにカウンター気味に右手を伸ばす。


 これも左側に隙を生み出して、あえてそこを攻撃させるテクニックを使っている。隙があれば打ち込みたくなるのが武人の衝動である。


 そこに必殺の一撃を繰り出せば、いくらアンシュラオンでもよけられない。


 そして今度は、五本の指すべてを突き刺すように貫手を使う。どの指でもいい。どれか一つが当たってくれれば、という願いを込めて。




 願いが、意思が力となり、貫手が綺麗に伸びて―――戦気を貫通。




 ズズズズズズズズバッ!!!


 右手にだけは全身全霊の戦気を込めているので、アンシュラオンの戦気を貫通したのだ。



 そのまま―――身体にまで至る。




「ぐおおおおっ!!」



 ジュウウウッ ボボボボボッ


 しかし一方、右手に集中させたために他の部分の戦気量が格段に減ったので、アンシュラオンの戦気に触れただけで身体が焼けていく。


 そこはもう捨てている。右手だけが届けばいい。


 必死に右手を伸ばし―――



 ドスッ!!!



 かろうじて指先一本が胸に突き刺さる。



(届いた…! たとえ指一本でも、この技ならば行動不能にできる!)



 アンシュラオンの胸に、その凶悪な攻撃が当たった。



 ユニークスキルのため、アンシュラオンも死痕拳の詳細情報を知らないはずだ。


 犠牲になった戦罪者のように知らなければ防ぎようがない。これも死痕拳の怖ろしいところである。


 ただし当たったのは指先一本なので、おそらく殺すまでには至らない。せいぜい動けなくするくらいが精一杯だろう。


 この怪物が、これだけの攻撃で死ぬとは到底思えないのだ。これも長年の経験による直感である。



(それでもかまわぬ! リーラ様を助ける時間が稼げるのならば…!!)



 全身全霊、乾坤一擲けんこんいってき、すべてを死痕拳にかける。


 自分の生がここで終わってもかまわないという気迫が、その一撃を到達させたのだ。


 アンシュラオンは動かない。さすがの彼も少しは驚いたのかもしれない。


 ただじっとアーブスラットの手を見ている。



 しかし、されど、なぜかどうして、それは不思議なことに―――





―――何も起こらない






 たしかに指は届いているはずなのに、アンシュラオンの胸が黒くもならず、爆発もしない。



「なぜだ…! どうして!! 指は刺さっているのに!!」



 指は確実に胸に刺さっている。その感触がある。


 しかしながら何も起きないのだ。


 驚愕に染まったアーブスラットを見て、アンシュラオンは笑う。



「やっぱりそうか。肌の色が変わったし、何かしらやってくると思ったよ。…褒めてやるよ、アーブスラット。こんな生温い大地で、よくここまで武を磨いたな」



 アンシュラオンからすれば、このあたりはRPGで言うところの「初期村のエリア」に近い。


 そんな中でアーブスラットは、スライムを相手にレベルを85まで上げたようなものだ。その努力と武に対する執念には、素直に称賛の言葉を捧げたい。



「種明かしをしてやろう。手をよく見てみろよ」


「これは…!! 黒く…ない!?」



 アーブスラットの右手が普通の肌色に戻っている。死痕拳が解除されているのだ。


 そのうえ何かがまとわりついている。水色をしたネバッとした液体だ。




 手に―――命気。




 胸に到達したアーブスラットの手を包み込むように【命気】が展開されていた。


 命気が増殖する細胞をすべて分解して抑え込んでいたのだ。



「面白い技を使うな。細胞増殖系の技か? 今使っている身体強化スキルもそっち系ってことか。なるほど、それならばたしかに寿命が縮まるかもな。オレからすれば随分と無茶をしているように見えるが…そうしなければお前のレベルではここまで到達できないか。見事な覚悟だよ」


「まさか…なぜ…!! なぜ知っている!!」


「技を知る必要なんてないさ。お前が何かを狙っているのはすぐにわかったし、ダメージを受けた際にそなえて命気を展開させるのは常識だ。ただ、相性が悪かったな。オレの命気も細胞系に強いんだよ。そうだ。オレはお前にとって【天敵】なんだ」



 アーブスラットが細胞を増殖させるように、アンシュラオンの命気も細胞に特化した技である。



 特に―――ガン細胞には強い。



 実際に医者として多くのガン患者を治してきたのだ。ガンならば一秒以内で治せる。こうして本来の力を出せば一秒も必要ない。


 こんな最悪の組み合わせがあるだろうか。スキルを全否定である。


 いや、アンシュラオンからすればアーブスラットは得意とする相手なので、相性が良すぎるのかもしれない。



「そうか…医者だったな…すっかりと忘れていた…」


「そりゃまあ医者は仮の姿だしな。オレだってよく忘れるさ。ただ、お前は冷静さを失っていたな。余裕がなかった。だからオレの誘いにも気付かなかった」



 アーブスラットはとっくに限界を超えていた。思考力も低下していたはずだ。


 覚悟を決めたのはいいが、そこからの動きは実に単調になってしまった。


 いかに必殺の一撃とて、余裕のあるアンシュラオンが見切れないわけがないのだ。


 実際のところアンシュラオンも、わざと大きな隙ができる蹴りを出して相手の攻撃を誘導したのだ。


 いかにも蹴ってくださいと言わんばかりの動作である。誘いであることがわからないはずがない。だからこちらも左手のガードを甘くして、胸に攻撃を誘導したのである。



 その段階でアンシュラオンの勝ちだ。



 あとは心臓の周囲を徹底的に戦気でガードし、周囲を命気で覆うだけである。


 指は刺さっても心臓までは到達していない。切り離した指の一部も即座に分解している。


 ただし、たまたまアーブスラットの技が細胞系だっただけであって、他の攻撃であっても同じように防いでいたはずだ。



「お前の気持ちもわかるさ。ただでさえプライリーラが危険なのに、さらに格上の相手と戦わないといけないんだしな。普通は余裕なんてないさ。オレだって姉ちゃんと戦ったら生き残るだけで必死だ。守る余裕なんてない。たいしたもんだよ、あんたは」



 プライリーラを守るためにすべてを出し尽くした。


 彼女のやり方の範囲内で策を練り、準備をし、サナを捕縛するというデリケートな作業に従事し、そのうえ負けたプライリーラを助けなければならない。


 どれもこれも後始末ばかり。自分が望んだ戦場で万全の状態で戦えるわけでもない。


 奥の手も多大な代償を支払う自己犠牲のスキルばかり。どれを使っても自分の得にはならない。



「誰かのために自分を捨てる…か。羨ましいよ。オレもそれくらいサナを愛せるようになりたいもんだ。…楽しかったよ。名残惜しいがサナが心配だしな。これで終わりにしよう」



 ぐいっとアーブスラットの右手を引っ張り、逆上がりをするように膝蹴りを顎に叩き込む。



「がふっ」



 アーブスラットの脳が揺れ、視界が一瞬闇に包まれる。



 その間にアンシュラオンが包丁を取り出し、一閃。



 膨大な戦気によって生まれた剣気は、ほぼ完全に白に近い色合いとなり、相手を滅する凶悪な暴力へと変貌する。



 横薙ぎに放たれた一撃が―――切断。



 美癌門で強化した肉体すらまったく意に介さず、右腕と胴体ごとぶった切る。



 ブシャーーーッ ドチャドチャッ



 黒い血液と臓器をぶちまける前に―――とどめ。



「はぁああああ!!」



 ドドドドドドドッ パキパキパキパキッ


 アンシュラオンが前方の大気を叩くたびに、空気中の水分が凍っていく。



 あまりに速い打撃と凍気によって周囲が一気に冷やされ、バラバラになりそうなアーブスラットの身体が―――凍る。



 それでもまだ凍結は止まらない。


 パキパキパキパキッ


 さらに大気が凍っていき、次々と氷が生まれてアーブスラットを包みながら宙に浮いていく。




 そして―――高さ十メートルもある氷の十字架に閉じ込められる。




 その姿ははりつけにされた聖人を彷彿させる、まさに自己犠牲の象徴であった。




 覇王技、水覇・凍拳十字氷墓とうけんじゅうじひょうぼ



 凍気をまとった高速の連打で大気を凍結させ、相手を氷の十字架に封じ込める因子レベル6の技である。


 相手の身体に直接打ち込めば打撃ダメージも与えるが、こうして少し離して使っただけでも十分な効果を発揮する。


 名前通り【氷の墓標】とも呼ばれる非常に美しい痕跡を残すので、この技を受けて死にたい、あるいはこれを墓代わりにしてくれと願う者すらいるくらいだ。



 氷墓によって細胞が凍結したアーブスラットは、スキルを完全に封じられる。


 自力で復活はまずありえない状況である。




 これによってアンシュラオンの完全勝利が確定した。





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