303話 「老執事の選択」


 話は少し遡る。


 まだ竜巻が健在の頃、つまりはギロードとアンシュラオンが戦っている頃だ。


 アーブスラットは戦罪者五人と交戦状態にあった。


 彼らはすでに血を沸騰させており、通常の三倍近い力を出していた。


 通常オーバーロード〈血の沸騰〉を使うと、二倍から十倍の力を発揮するといわれている。


 幅が大きいのは、覚醒限界がどれだけあるか、血や肉体がどれだけ強いか、将来性があるか等々、さまざまな要因が関わってくるからだ。


 一般的には二倍から四倍程度だといわれているので、今の戦罪者の状態は想定されていた通りの結果である。



 ならば―――問題ない。



 アーブスラットはひたすら防御に徹し、身体の回復を待っていた。


 そして、ついにその時がやってくる。



(修復はあらかた終わった。もう問題ない。…それよりリザラヴァンたちが気になる。やつらが正しく命令を遂行するとは思えん。彼女がおとなしく捕まればいいが、下手にあがくと暴走する可能性がある。間違いが起こる前に早めに向かうべきだろう)



 戦罪者の攻撃をギリギリでいなしながらダメージを抑えつつ、頭の中ではそんなことを考えていた。


 もちろんサナやマタゾーとの勝負では、焦りや力の温存によって不覚を取ったので同じミスは犯さない。極めて慎重に対処している。



 そのうえで―――相手にはならない。



 この程度の相手などアーブスラットの敵ではない。


 アーブスラットは『美癌門』を解除。身体が通常の肌色に戻っていく。


 ガン化していた細胞が元に戻ったのだ。こうなれば通常の技も使える。




「おりゃあああ!」



 戦罪者が剣を振り下ろす。


 それに対してアーブスラットは、使い捨ての空間格納術式の「押入れ君」からトンファーを取り出して受け止める。


 ガキィイイン ドガッ


 全体重を乗せた強烈な一撃を真正面から受け止め、蹴りを放って吹っ飛ばす。


 多くの物が入るポケット倉庫は便利だが、大量に入れておくと特定の物を取り出すのに時間がかかることがある。


 一方、ハンベエがそうしていたように、その場に応じた武器を即座に取り出すには押入れ君のほうが便利である。



「あなた方にかまっている暇はありません。そろそろ終わりにさせていただきましょうか」



 アーブスラットがトンファーを構える。


 利き腕の右手はそのままで、左手だけに一本トンファーを持つ、という様相だ。


 彼は無手でも強いが、同時にさまざまな武器も使いこなすタイプである。


 むしろアンシュラオンのように肉体のみで戦う武人のほうが少ない。圧倒的な肉体の強さと戦気量がないと難しい芸当である。


 そして、これが【強敵】を相手にする際の本来のスタイルとなる。



「んだぁ? ジジイが!! てめぇはここで俺らと死ぬんだよ!!」


「それは御免こうむりますな。死ぬのはあなた方だけです」



 アーブスラットの気持ちにも頷ける。美女に迫られるのならばまだしも、こんな連中と無理心中など最悪だ。



「遠慮するなよ!! 俺らが手っ取り早く冥土に送ってやらぁ!! 死ねやぁあああ!」


「ふんっ!!」



 二人同時にかかってきた戦罪者に対し、アーブスラットは前方から向かってきた相手に狙いを定め、一気に加速。


 剣をトンファーで叩き、相手の体勢を崩したところで懐に潜り込み、脇腹に拳を叩き込む。


 ドンッ ブスッ



「ちっ…!! やろう!! 離れろ!!」



 戦罪者は剣を振り回してアーブスラットを後退させる。


 アーブスラットはすでに身を翻し、背後から来た戦罪者と戦っている。



 拳を受けた戦罪者は、その間に殴られた箇所を確認。



(なんか刺された感じがしたな。…隠し武器じゃない。こりゃ…貫手ぬきてか?)



 アーブスラットは貫手をしていた。普通の指を並べるものではなく、親指による一本貫手である。


 拳を握った状態で、親指を人差し指に添えて突き出す形のものだ。これならば指を固定できるし、威力を一点に集中させやすい。


 彼の動きはボクシングの技術を多く取り入れているので、このほうがやりやすいのだろう。



(覚醒している俺に、こんなもんが効くかよ! 姐さんのためにも俺らはこいつを…)



 指が刺さったくらいである。特に技でもないので、身体に穴が一つあいたくらいでは武人は死なない。


 だからそのままアーブスラットを追撃しようとする。


 が、その当人はこちらに一切の視線を向けないで、他の戦罪者に集中している。


 明らかに眼中にない、といった様子だ。



「なめてんじゃねえぞ!! 死ね―――やっ!?」



 それを侮りと捉えた戦罪者が向かおうとするが、さきほど刺された脇腹に違和感。



 何かが体内で急速に膨らんでいく感覚が生まれ―――



「な、なんだぁ…こりゃ…うばばばばばばばばっ」



 ボコボコボコッ バーーーーンッ




 戦罪者が―――破裂。




 まるで風船が破裂したように身体が吹き飛ぶ。破裂した箇所は全身ではないが、脇腹から心臓部分が完全に吹き飛んでいた。



「て…めぇえ……なにしやが…ごふっ……なんだぁ? 頭が…膨れて…うぼっ!?!」



 ボンッ


 文句を言っている次の瞬間には、頭も破裂。


 心臓と脳を破壊された戦罪者は死亡した。




「気をつけろ!! このジジイ、何かやりやがったぞ!!」


「気をつけても防ぐことはできませんぞ」


「ちいいっ!!」



 アーブスラットは持ち前の体術で一気に懐に飛び込み、再び右手の親指で貫手を叩き込む。


 ドンッ ブスッ


 今度は腕にヒット。



 そして死んだ戦罪者と同じく腕が膨れ上がり―――破裂。



「ぐあああ!! くそがっ!! てめぇえも死ねや!!」


「どうぞご遠慮なく、お独りで死んでください」



 ボコボコボコッ バンッ ボンッ



「うべ―――がぼっ」



 その戦罪者も胸と頭が破裂して死亡した。


 覚醒した戦罪者二名を、あっという間に殺害。これが本気を出したアーブスラットの強さであった。




 その名を―――死痕拳しこんけん




 アーブスラットのもう一つの『ユニークスキル』である。


 系統としては美癌門と同じで、身体の【細胞を操る能力】である。彼は細胞操作に長けた武人というわけだ。


 ただし美癌門とは違い、不気味な名前通りの凶悪な攻撃型スキルとなっている。


 よくよく見るとアーブスラットの右手から手袋が外され、いつの間にか素手になっている。


 その指先は五本とも黒く変色していた。この部分だけ美癌門と同じガン細胞化しているのだ。


 この変質させた指の部分を相手に打ち込み、その際に自分のガン細胞を相手に侵入させて内部で急速に増殖させる技だ。



 増殖速度は美癌門の数百倍で、打ち込まれてから数秒もたたずに見た目でわかるほどに肥大化し、皮膚や臓器を巻き添えにして爆発する。



 それはまるで世紀末に出てくる必殺拳法のようだ。


 どんなに強い相手でも内部からの攻撃には弱い。頑強な魔獣とて臓器は柔らかいので、これを受けたら大ダメージは避けられないだろう。


 死の痕跡がありありと残る攻撃のため、いつしか死痕拳と呼ばれるようになった【必殺拳】である。



 さらに怖ろしいのは、【ガンが転移】することだ。



 普通の病気でもそうだが、ガンが怖ろしいのは転移する点である。一つのガン細胞を放置していた結果、身体中に転移して死亡するケースは数知れない。


 この死痕拳も一度相手の体内に侵入すれば、心臓と脳を破壊するまで転移を繰り返す性質を持っている。


 腕に当たろうが足に当たろうが、それが身体ならば問題はない。



 対処方法は一つ。侵された箇所、転移した箇所を即座に取り除くことだ。



 腕や足の場合ならば、すぐに切り落とせば間に合う。あるいはその部位を完全に焼いてしまえば増殖はしないだろう。


 しかしながら増殖速度が異様に速いので、この技の性質を知らねば防ぐことは難しい。


 これだけの性能を持つのだから、当然ながらアーブスラットも多大な代償を支払う。


 ガン細胞の増殖は寿命を減らすし、一時的に自分の細胞も失うため短時間での多用は負担も大きい。


 武人は簡単に奥の手は出さない。出すときは相手を確実に殺す時である。


 それゆえに、この場にいる者たちは全員殺す必要がある。




「ジジイの右手に気をつけろ!!」



 戦罪者も戦闘経験豊かな武人である。即座にアーブスラットの手が危ないと見抜く。


 だが、この技は強いがゆえに、一度見せるだけで十分効果がある。


 アーブスラットは右手を上手く見せ球にしつつ、相手が左手への警戒を緩めたのを確認し―――トンファーを一閃。



 バギャンンッ ぐしゃっ



「ぶはあっ!」



 剣気をまとった強烈な一撃が戦罪者の頭を破壊する。


 死痕拳は恐るべき技だが、左手のトンファーの一撃も単純に強い。一発で致命傷に近いダメージを与える。


 さらにそのまま掌を押し当て、発気。


 ドゴンッ バゴンッ!!


 風神掌を叩き込み、心臓をズタズタに切り裂く。



「ちく…しょうっ……」



 戦罪者は血反吐を撒き散らして死亡。こちらも確実に頭と心臓を破壊する。



「くそがっ!! 姐さんは追わせねぇえぞおお!!!」


「来るならこいやぁあああ!」



 残りの二人が立ち塞がる。


 しかし、もう結果は見えている。この二人では老執事を止めることはできない。



 アーブスラットは再び懐に潜り込む―――と見せかけてワイヤーマインを放つ。



 これも絶妙のタイミングだ。右手の死痕拳と左手のトンファーをすべて囮に使って、虚をついてワイヤーを巻きつける。



―――爆発



 パンパンパンパンパンパンッ


 細かな爆発で身体中の筋肉が破損。それでもまだ立っている戦罪者に対して、掌を向けて発気。



 放たれた風気が膨れ上がり、風獅子となって襲いかかった。



 覇王技、獅子覇王波ししはおうは


 因子レベル4で使えるようになる放出技で、風気がライオンのような形状を取って相手に襲いかかる技である。


 ガンプドルフが使った雷王・麒戎剣きじゅうけんのように、技の中には動物をかたどるものがある。


 技として使うにはこの形状に変質させないといけないので、多くの者は意識せずに使っているが、初めて見る人間は「なんで動物なの? 無駄じゃない?」と疑問を感じるに違いない。


 それは当然の疑問だが、精神エネルギーである戦気を使う以上、「このほうが強そう」と思えるのは非常に重要なことである。


 人がライオンや虎を見て憧れるのと同じように、それを体現しようとしたものなのだ。そうすることによって威力も上がる。



 風の獅子が戦罪者を―――噛み砕く。



 巨大な牙に首を噛まれ、鉤爪で身体をズタズタに引き裂かれた戦罪者が血を吐き出す。



「ごふっ…姐さん……すんません……盾にもなれねぇ…なんて。…どうかご無事で…」



 ハラハラ


 サナにもらった若癒の術符が、細切れになって落ちる。


 これだけの威力を持つ技を受けた以上、この術符を使ったところで回復は不可能だっただろう。



 戦罪者はそのまま絶命。



 もう一人も余波を受けてふらついている間に、あっけなく殺される。




 こうして―――全滅。




 結果的にアーブスラットは、ほぼ一人で戦罪者たちを倒したことになる。


 その中にはサナの命気足とマタゾーも含まれていたので、凄まじい戦果を挙げたといえるだろう。


 だが、これでも想定外が続いた結果の泥仕合である。


 欧州サッカーのビッグクラブが、アジアのクラブチームに苦戦するようなものだ。


 なんとか面子を保ったが、けっして楽勝ではなかった。最後は奥の手を出さねばならない状況にもなったのだ。



(やれやれ、ここまで苦戦するとは。このレベルの相手ならば、もっと早めに倒せたはず。それもこれもホワイトと、あの少女のせいか。早く彼女を追わねばなるまい。死んでしまったら最悪なことになる)



 もしサナが死ねば、激怒したアンシュラオンに殺される可能性が極めて高い。


 それだけは絶対に避けねばならない。こんなところでジングラスが失墜するわけにはいかないのだ。



 そう思ってサナを追おうとするが―――




―――竜巻が消失




 遠くから見てもあれほど荒れ狂っていたハリケーンが、消え去っていく。




(これは…! まさか守護者に何かあったのか!?)



 ここで守護者がアンシュラオンを倒した、と思わないところが、彼が優れた武人であることを証明している。


 風龍馬では、万に一つも勝ち目がないと知っているからだ。


 ただ、アーブスラットにとって重要なのは守護者ではない。ジングラス当主であるプライリーラのほうだ。



 そして、プライリーラが雨に襲われて大地に墜落。



 さらにアンシュラオンに鎧と服を剥ぎ取られ、全裸にさせられる現場を目撃。


 自分の孫にも等しい女性が、悪党(アンシュラオン)に襲われているのだ。


 ぶっちゃけ、かなりショッキングな映像である。

 


(なっ、リーラ様!! くっ!! どうする!? どうすればいい! 今から助けに行けば救出して逃げることも可能かもしれんが……あるいは少女を確保して交渉材料にするほうが確実か!? くうう!! てこずった代償がこれか!!)



 敗因はいくつもある。そもそも勝ち目がなかったと言われればそうかもしれないが、自分がてこずったことは最大の失態である。


 最初に上手く捕まえておけば、と後悔するが、事態は一刻を争う。


 今すぐに決断しなければならない。




―――プライリーラを助けるか



―――サナを捕まえるか




 まさに究極の選択である。



 可能性があるのはサナを捕らえるほうだ。お互いに人質交換すればいい。


 しかし、プライリーラは雨に晒されて悶えているうえ、アンシュラオンの目的は「処女を奪う」ことでもある。


 しかも相手は外道。裸の女性を痛めつけて下卑た笑いを浮かべている。なんて卑劣な男だ。


 大切な孫娘にも等しい女性を痛めつけられて黙っているほど、アーブスラットは温厚な人間ではない。



「うううっ…うおおおおおおおおおお!!」




 もちろん―――激怒




 赤子のプライリーラが、自分の手を握ってくれたこと。


 子供のプライリーラが、自分に甘えてくれたこと。


 少女のプライリーラが、悩みを打ち明けてくれたこと。


 彼女の師匠として技を教え、共に修練したこと。


 戦獣乙女になった彼女を陰から守ってきたこと。


 大恩あるジングラス。愛するジングラスの人々に誓ったこと。




 プライリーラを―――守る!!




 すべてはここに集約される。自分の人生のすべてはここにだけ存在する。



 迷うことはなかった。



 アーブスラットは、プライリーラを助けることを選択した。




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