302話 「決着、プライリーラ戦 後編」


「…ぁ…ぁっ…ぎ、ぎろー……ど……すまない…」



 バラバラになったギロードの前で、プライリーラが沈痛な表情を浮かべる。


 家族とも呼べる親友が、一瞬でボロ雑巾のように殺されたのだ。激しいショックを受けるのが当たり前である。


 頭が混乱する。何を考えていいのかもわからない。何が起こったのかもわからない。


 知らない、知らない、知らない。何も知らない。



 こんなものは―――知らない。



 この世にこれほどまでに強い存在がいるとは夢にも思わなかった。


 覇王や剣王、魔王という名前は知っていても、漠然としたイメージしか湧かなかった。


 自分は今まで本当に強い存在というものを認識していなかったのだ。


 今になってそれを痛感する。最悪の形をもって。



「雑魚が。たかが馬の分際でオレにたてつくからだ。だが、これではもう馬肉にもできんな。さっさと消えろ、生ゴミめ」



 ボンッ


 アンシュラオンは、残った頭の部分も戦気を放出して消滅させる。


 プライリーラにとっては大切な家族であっても、彼からすれば単なる魔獣にすぎない。


 魔獣を日常的に殺してきたアンシュラオンにとっては、たとえ聖獣だろうが関係ないのだ。


 そもそも自分のものでない以上、手心を加える理由はない。敵は敵である。




「ギロード!! うううう!! くううっ―――うおおおおお!!」



 それに対して、プライリーラは激怒。


 ここで哀しみよりも怒りが勝るあたり、彼女もやはり武人である。


 武人とは戦うために存在する。家族が目の前で殺されたとて哀しんでいる暇はない。



 生きている限り、すべての力を燃焼させて戦う存在なのだ!!



 憎しみや怒りすら力に変える。それこそ武人の正しい生きざまである。


 プライリーラは折れたランスを剣硬気で固めて突進。鎧のバーニアを使っての音速突撃だ。



「どうした? さっきより攻撃に迫力がないぞ」



 アンシュラオンは突進を寸前で回避してランスの下に潜り込み、蹴り上げる。


 ドゴッ ガンッ



「がふっ!!」



 ランスを押し上げるように蹴ったので、自らの槍で顔面を強打してプライリーラが鼻から出血。


 だが、自ら空中で回転することでダメージを減らし、そのまま上昇して間合いを取ろうとする。



「空中が安全とは限らないぞ。人間は普通、空を飛ぶようにはできていないからな。馬の援護がない君なんて、物の数でもない」



 『暴風の戦乙女』は単体でも空を飛ぶことができるが、真の力が発揮されるのは守護者と一体になった時である。


  すでにギロードは死に、徐々に竜巻も収まりつつある。風の加護の効果も半減しており、明らかに動きが鈍っている。


 アンシュラオンからすれば、弱った蚊のようにノロマだ。



 ババババンッ



 掌を向け、戦弾を発射。四発連射したので、まるで一つの音のように聴こえる。


 アンシュラオンの身体ほどにも膨らんだ巨大な戦弾が、宙に浮いたプライリーラに襲いかかる。


 そのどれもが遠隔操作でホーミングがかけられており、ぐぐぐっと曲がりながらプライリーラを追尾する。




「くうっ…おおおお!!」



 プライリーラはバーニアを大噴射しながら上下左右に振り、なんとか回避。


 その姿は、まさにホーミングミサイルをなんとか回避しようとする戦闘機に似ている。


 しかし、勢いよく風を噴射しながら急激な回避運動を行えば、体勢が崩れるのは必至。


 空中で完全に制御を失ったプライリーラは、今にも墜落しそうにグラグラしている。



(駄目だ! 風の力が弱い! ギロードがいなければ、ここまで私は弱いのか! なんという体たらくだ!!)



 ここでもギロードの支援がないことが痛かった。


 竜巻の効果があれば、その流れも利用して一気に軌道転換ができるのだが、単体ではどうしても直線的な動きになってしまい、行動に限界が生まれる。


 人馬一体は素晴らしい能力だが、半身である馬を失えば、あまりに脆い。


 空中でふらついたプライリーラに向かって、戦弾がさらに発射される。


 ドドドドッ


 再び計四発の戦弾が迫る。



「っ!! よけられん…!」



 回避できないと悟ったプライリーラが反転し、ランスで戦弾を薙ぎ払う。



 ブーーーンッ ズバッ



 がしかし、戦弾を迎撃すると同時に激しい爆発が起き、逃げ場のないプライリーラを襲う。



 威力はかなり手加減してあるとはいえ―――大爆発。



 ドドドドーーーーーーンッ



 激しい戦気に呑み込まれ、プライリーラが吹き飛ばされる。


 低出力モードの戦弾とは明らかにパワーが違う。切り払うことさえできない。


 本来ならば死んでもおかしくない一撃だが、風の防護膜が衝撃を軽減し、かろうじて耐えることができた。



 が、代償は大きい。



 ビシビシビシッ バリンッ!!




 『暴風の戦乙女』が―――割れる。




 戦弾を切り払ったランスにいくつもの亀裂が入り、粉々に砕け散った。


 鎧も衝撃を防いだ前面部分が、ごっそりと剥げ落ちる。


 それによって前は、ほぼ無防備。防御力という意味では、まったく役立たない代物になってしまった。


 背部のバーニアも停止寸前となり、残った足と肩だけでかろうじて制御するが、もはや死に体。


 頼りにしていた武具を失えば、もう風前の灯火である。




「終わりだね、プライリーラ。こっちは忙しいんだ。負けを認めるなら、これで決着でいいよ」


「はぁはぁ!! ギロードは…! 彼女は私の家族だった!! このままで終わるわけにはいかないのだ!! せめて何かを成し得ねばならない!! 私はまだ戦獣乙女なのだ!! 独りでもそうなのだ!!」


「やれやれ、あまっちょろいな、どこのお嬢様もさ。君もイタ嬢と同じだ。遊びでしか物事を考えていない。所詮は人間同士のおままごとだね。でも、これは殺し合いなんだ。本当なら、こんな話し合いなんて必要ないくらい簡単な話だ。強いものが弱いものから奪う。それだけのことさ。そして君は敗者となって、すべてを奪われるんだ」



 アンシュラオンは何事も楽しんでいるが、勝負に対しては常に真剣である。


 火怨山で育った男ゆえに敗者がどうなるかをよく知っているからだ。



 敗者は―――ただ喰われるのみ。



 そこに情緒も感傷も命乞いもない。虫が虫を喰らうように、なんら躊躇いも抵抗もなく相手を喰らう現象だけが存在する。


 そして今、喰われるのは彼女、プライリーラ・ジングラスである。




「じゃあ、これで終わらせてあげよう。じゃじゃ馬のお嬢様には、しっかりと負ける恐怖を教えてあげないとね」



 ドンッ


 掌から放たれたのは、今度も戦弾。


 その色合いは水色で、先ほどよりも巨大だ。十メートルにも膨れ上がった塊がプライリーラに向かう。


 ただし、速度的には前の戦弾のほうが速い。



「甘く見ないでくれよ!! この程度は…!」



 プライリーラは足のバーニアを使い、上昇して回避。


 しかし、アンシュラオンは次の攻撃を仕掛けない。


 なぜならば、これで十分だからだ。目的はもう達したのだ。



 【水気弾】はさらに上昇。



 プライリーラが浮かんでいる場所よりもさらに上空に向かう。



 そして、地表四百メートルに到達すると―――炸裂。



 まるで花火のように周囲に水気を撒き散らしながら爆発。米粒以下の細かい水滴となった水気が、周囲一帯に降り注ぐ。


 覇王技、水覇すいは天惨雨てんさんう


 上空に水気弾を放出し、爆発させて雨状にしてから周囲一帯を攻撃する因子レベル5の広域技である。


 込めた水気の量と質、発生させた範囲によって威力が変わるが、雨状に降り注ぐので回避はほぼ不可能。


 急いで範囲内から脱出するか、アンシュラオンのように戦気の壁を作って防御するしかない。


 もしプライリーラが技の本質を見抜いて急いで逃げていれば、被害は最小限で済んだのだろうが、彼女の無意味で無価値なプライドが破滅に追い込む。




 惨雨が―――プライリーラを襲う。




 ザァァァアア ザザザザザザザッ!!


 ジュウウ ジュウウウウウ



「ひぐうう―――っ!!」



 雨が身体に激突し、衝撃ダメージを与えながら酸の追加ダメージを与えていく。


 すでに風の防護膜は働いていない。一瞬だけ肩の部位が光ってフィールドを発生させたが、雨を数滴受けた段階でたやすく消滅した。


 たかが雨と侮るなかれ。その一撃一撃の速度はまさに高速。


 空から何十万という細かい水の弾丸が落ちてくるようなものだ。一撃一撃も鋭く強いので、装甲の厚い魔獣でさえ簡単に撃ち貫くことができる。


 プライリーラも必死に脱出しようとしているが、あまりに断続的にヒットしていくので到底耐え切れるものではない。



「うううっ!! ああああああ!!」



 戦気を張って防御するも、貫通した雨弾が当たれば強い打撲を受け、ついでに肌を焼いていく。



 十数粒受けただけで意識が朦朧とし、百粒を超えたあたりで宙に浮いてはいられなくなり―――落下。



 ヒューーーン ドゴンッ



 羽を穿たれた蝶のように地面で必死にもがいている姿が、妙に艶かしく、儚い。


 そんな無防備な彼女に対しても雨は降り続け、無慈悲にもダメージを与え続ける。



 ジュウジュウジュウウウウ



「うぁああああああ!!」



 美しい白い肌が、赤くなってただれていく。



「はははは! どうしたの、プライリーラ? お嬢さんがこんな場所で悶えていたら、よからぬ野獣たちに襲われちゃうよ。それとも誘っているのかな? いやらしいお嬢様だね」


「うううっ! こ、これしき…で…」


「違うね。そうじゃないでしょう? 君に出すのが許されているのは、喘ぎ声だけだよ」



 ザザザザッ ジュウウウウッ



「ううっ…うあぁああああああああ!!」


「おお、そうそう。その調子だ」



 アンシュラオンが、地べたに這いつくばるプライリーラを見下ろす。


 ジングラスの戦獣乙女と呼ばれたグラス・ギースのアイドルが蹂躙されている。


 守護者と呼ばれるギロードもあっさりと殺され、もはやなす術なく地に伏せている。



 所詮、この程度のものである。



 グラス・ギースの武人の力量など、所詮は程度が知れている。




「あまりに弱いな。初代グラス・マンサーは強かったのかもしれないが、子孫はまったくの出来損ないだ。それじゃ、ご先祖様が泣いているぞ」


「はぁはぁ…! 私は…都市を守らねば…! こんなところで……負けるわけには…」


「まだ偶像にすがるのか? お前はただの女だ。弱い女だ。それを認識しろ」



 アンシュラオンがプライリーラに近寄り、がしっと鎧の内側に手を入れる。



「なにを…!」


「アイドルを捨てられないのならば、引っぺがしてやるよ。お前が無力な女であることを、とことん教えてやろう」



 ギシギシギシッ バゴンッ!!



 鎧を力づくで―――剥ぎ取る!



 すでに半壊している鎧なのだが、さすがユニーク武具だけのことはある。持ち主から離れることを嫌い、アンシュラオンに対して攻撃を仕掛けてきた。


 風で邪魔をしようとしたり、カマイタチのようなもので切り刻もうとする。


 が、そんなものに意味はない。この魔人にとっては、そよ風にもならない。



「鎧ごときがオレに逆らうな!」



 メィイイッ バギャンッ



「きゃああああああああああ!!!」



 鎧が軋み、剥がれる。


 鎧が抵抗した分だけ力が入り、プライリーラの肩ごと引っ張ったので、彼女の肩が脱臼。


 べつにプライリーラが悪いわけではないがサナも肩を脱臼させられたので、知らないところで意趣返しを行っていたことになる。サナに見せられないのが残念だ。



 アンシュラオンは次々と鎧を剥ぎ取り、着ていたアンダーにも手をかけ―――ビリビリと破り取る。



 そして、ついに剥き出しのプライリーラ(裸)が出現した。




「ほぉ、こうして剥いでみると、女としての価値がよりよくわかるな。やはり美人だ」


「くうう、うううう…! く、屈辱だ…!」



 整った顔立ちはもちろん、真っ白な髪の毛にも劣らない真っ白な肌。


 プロポーションも良く、女性としての魅力に溢れている。やはり女性は裸が一番美しい。



「さて、どうしてくれようかな。特にオレの物ってわけでもないし…こういうことをしたっていいんだよな」



 ぐいっ ぽいっ


 プライリーラの足を掴み、雨弾から守っている戦気壁の外に放りなげる。



 ジュウウ ジュウウッ




「きゃあぁあああああああああ!!」




 もう鎧も服も下着もなく、戦気すら貫通するので、まさに生身で受けるしかない。


 身体中に雨弾を受け、次々と白い肌が焼けていく。



「はははは。どうだ、惨雨の味は? これを作った水覇って覇王は絶対にサディストだよね。こんなにじわじわ痛めつける技ばかり作ってさ。まあ、オレが威力を落としてやっていなかったら、もう完全に蜂の巣になって溶けていたところなんだけどさ。さて、どれだけもつかな。早く屈服しないと女性としても取り返しがつかなくなるぞ」


「こんな…もので……うあああああああ!!」


「ふむ、悪くはないが…性的に興奮はしないな。オレは『リョナ系』は嫌いなんだなぁ…やっぱり」



 アンシュラオンの性的嗜好はあくまで支配的要素であり、加虐行為そのものではない。


 このあたりはマニアックなので理解しづらいが、相手を屈服させることが面白いのであって、女性の肉体的損壊自体に興奮しているわけではない、ということだ。


 現在のプライリーラは雨弾に撃たれて悶えているので、その筋の趣味を持つ人間からしたら最高のシチュエーションなのだろうが、アンシュラオンはまったく興奮はしない。




 では、なぜこんなことをしたのかといえば、【餌】になってもらうためである。




 サナを急いで助けねばならない状況にあるが、モグマウス全部がやられたわけではない。


 残った闘人、およそ百匹程度はいまだ彼女の周囲にいるようだ。


 隊長がやられたため詳しい状況は不明だが、どうやら戦闘状態にはないらしい。というよりは最初から戦闘が発生していないようだ。


 それが逆に謎なのだが、残ったモグマウスが地上に出て、全員でサナをガードしていることは遠隔操作で伝わってくる。



(オレはサナを信じるぞ。自分を信じる。急がば回れだ。まずは敵を確実に仕留めてからだ)



 アンシュラオンは、ここで―――自分とサナを信じた。



 サナは死なない。


 なぜかわからないが非常に確信めいたものを感じている。


 さらに自分自身の力を信じてもいる。他人は信じられないが、自分が今まで培ってきたものを信じている。


 闘人たちは何万回も使ってきたアンシュラオンの得意技でもある。彼らの性能も行動パターンもすべて理解している。


 当たり前だが自分が作ったものは自分を裏切らない。これも今までの人生で学んだことだ。



 そして、サナを信じる。



 世の中に絶対などはない。この地上にいる限り、完璧なものは存在しない。


 だからこそ、どこかで信じるという要素が必要になる。


 自分が生涯をかけて共に歩もうと決めた存在である。それがこの程度のところで死ぬわけがないという強い気持ちがある。


 これは常人には、なかなかわからない感覚かもしれない。


 だが、常に真剣勝負をして、結果を出すことだけを求められてきた者にだけはわかるはずだ。


 ただの願望ではなく、積み上げてきたものを信じる強さ。それがアンシュラオンにはある。




(オレは結論を出したぞ。では、お前はどちらを選ぶ?)



 アンシュラオンが視線を向けた先には―――アーブスラットがいた。



 すでに竜巻はすべて消えており、視界はクリアになっている。


 数キロ先にはアーブスラットがいる。


 戦罪者はすべて倒れており、彼だけが立っているようだ。



 その彼と―――視線が交錯。



 ここでアーブスラットは選択を迫られた。



 サナを捕まえに行くか、プライリーラを助けるかの究極の二択である。



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