301話 「決着、プライリーラ戦 前編」


(なんだ今の感覚は…?)



 モグマウスを放ってしばらくは、サナのことが気になって戦闘に集中できず、だらだらと戦いを引き延ばしていた。


 プライリーラたちもアンシュラオンを怖れて、ほとんど攻撃らしい攻撃を仕掛けてこなかったので、ひたすらサナを想って悶えていたところだ。


 頭の中はサナで一杯。


 初めて独りで買い物に出た娘を心配するパパの心境で、見ていられないほどソワソワしていたものである。



 そんな時である。



 モグマウスの信号が―――途絶える。



 信号を発していたのはモグマウス隊長だ。それが途絶えるということは、彼に何かあったことを示している。



(隊長が…消えた? 馬鹿な。あいつ一人で風龍馬と互角以上に渡り合えるはずだぞ。いや、隊長だけじゃないのか? これは…次々と消えていく? 嘘だろ、おい!! 何が起こっているんだ!? まさかこのあたりに別の四大悪獣でもいたのか!? …いやいや、それでもありえない。あいつらならその程度の魔獣は殺せるはずだ)



 隊長一匹でもギロードと互角。モグマウス一個中隊ならばデアンカ・ギースと互角。四百匹なら撃滅級だって殺せる。


 それが消えたとなれば、これは明らかに【緊急事態】である。


 グラビガーロンに匹敵する魔獣が現れたと想定すべきだ。


 姉がパンチ一発で殺したのは彼女が異常なだけで、アンシュラオンでも倒すのに時間がかかるほどの魔獣だ。それならば頷ける。



 が、もう一つの違和感が気になる。



 自分が放った戦気が「吸われた感覚」があるのだ。


 ただ倒されただけならば霧散するだけだが、吸収された場合は特有の感覚が残る。



(どうなっているんだ? オレの力を吸い取るなんて信じられない。正直、今オレが展開している戦気よりも強力な容量を設定していたはずだ。それを『丸呑み』しやがったのか? 魔獣の中にはそういったやつらもいるが…普通ならば破裂するぞ)



 火怨山でも闘人を吸収しようとした魔獣がいたが、許容量オーバーで吸収しきれず爆発して死んだものもいたくらいだ。


 よほどの上位魔獣でないとアンシュラオンの戦気は吸えない。



 問題は、それがこんな荒野にいる、ということだろう。



 ここは未開の大地。何が起きてもおかしくはない。


 やはり離れるべきではなかったのかもしれないと、激しい焦燥感を抱く。



(くそっ! いくら考えても意味はない!! 今必要なのは行動だ!! 待ってろよ、サナ!! お兄ちゃんが今行くからな!!)



 アンシュラオンが急いでサナに向かおうと、プライリーラたちを無視して移動しようとした時である。



 ブオオオ ドガガガッ



 周囲の竜巻が襲いかかってきて、アンシュラオンに接触。


 明らかにこちらの動きを邪魔するように遮ってきた。しかも風の威力も倍増しており、ガリガリと戦気に衝突している。



 これは当然ギロードがやったことなのだが、これまたタイミングが悪すぎる。


 彼女は単に遠距離攻撃の『竜巻招来』というスキルを使用しただけで、接近戦では分が悪いので竜巻を強化してぶつけてきたのだ。


 あくまで戦うという選択肢を選ぶのならば、べつに悪くない判断である。



 しかし、ああ、なんと間が悪いのだろう。



 それをたまたまアンシュラオンが急いでいる時にやってしまったのだ。


 そのまま見逃せば最悪の事態にはならなかったのだろうが、急いでいる時に絡まれるとイラッとするものだ。


 特にこの男の不機嫌な瞬間に立ち会ってしまったら、それはもう確実なる死を意味する。




 もちろん―――激怒。





「…てめぇ!! 空気を読まないにも程があるぞおおおおおおおおおおお!!」




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!



 アンシュラオンの戦気が激しく噴き上がる。


 赤白い戦気が体表から五メートルほど燃え上がり、その出力で身体が浮き上がる。



 サナの緊急事態なので【最大出力】である。



 大地が揺れ、大気が振動し、少し触れただけで竜巻が消し飛んでいく。


 デアンカ・ギースを殺した時でさえ、ここまでの出力は解放していない。


 このレベルで戦う相手は厄介な能力を持つ最上位撃滅級魔獣か、火怨山の身内三人組との組手(基本はアンシュラオンがフルボッコされる)くらいなものだ。


 文字通り、まさに全力である。



「―――ヒーーンっっっ!?!?!??」



 凄まじい圧力に怯えたギロードが、防護壁にするために周囲に強大な竜巻を発生させる。


 もしここに都市があれば、それだけで大惨事になっていたことだろう。そして、迷うことなく今と同じ選択をしたに違いない。


 今の彼女には、それを判断する余裕もないのだ。ただただ防衛本能のみが働いている。



「ギロード!!? 落ち着け!!! ぐっ、なんて戦気だ!! こんなに離れているのに…痛いぞ!!」



 その竜巻はプライリーラでも苦しいレベルだ。亀裂が入った鎧がギシギシ音を立てている。


 だが、それ以上にアンシュラオンの戦気があまりに強くて、まるで巨大な炎の塊の近くにいるように肌が熱されて痛い。



 アンシュラオンは、そんな竜巻にも気にせず突っ込んで突破。


 強靭な脚力は荒々しい風にもまったく負けず、戦気に触れた竜巻もあっさりと消し飛んでいく。



 一直線にギロードに向かい―――ぶん殴る。




「邪魔だ、馬面ぁああああ!」



 メキメキメキッ ボンッ!!!


 アンシュラオンの小さな身体から放たれた拳が、巨馬の顔面に突き刺さり筋肉を破壊し、骨を圧迫し、へし折る。



 直後、顔の半分が―――消失。



 拳の威力が全身に浸透する前に、その部分が跡形もなく消滅してしまったのだ。


 たとえば豆腐を指で弾いたら、当たった部分だけが吹き飛んでしまうだろう。


 それと同じで相手の耐久値が弱すぎた。あまりの脆さにダメージが伝わらないとは、それはそれでコメントに困る現象だ。


 つまりギロードの防御性能など、本気を出したアンシュラオンにとっては豆腐と同じだということだ。



「ヒューヒューーーっ」



 もはや顔が半分吹っ飛んでしまったので、呼吸すら上手くできない。


 だが、もうすぐそんな心配事もなくなるだろう。


 この男の邪魔をした存在がどうなるのか、答えは一つしかないのだから。



「ただでさえ馬面だったのが、さらに間抜けな馬面になったな。お前と遊んでいる暇はない。すぐに終わらせる」



 その直後にはアンシュラオンは巨馬の下に潜り込んでおり、蹴り上げる。


 ドゴッッ!! ボヒューーーンッ


 今度は消失してしまわないように威力を調整して放った一撃なので、ギロードが大地に叩きつけたスーパーボールのように上空に跳ね上がった。


 アンシュラオンもジャンプして追撃。




赤覇せきは昇陽連脚しょうようれんきゃく!!」



 アンシュラオンが、舞い上がったギロードを下から蹴り上げる!



 ドドドドドオドドドドオドドドドオドドドッ!!



 蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る!!



 凄まじい速度の蹴りが放たれ、両者はさらに上昇を続けていく。


 アンシュラオンの上昇速度と蹴りの威力が高すぎて、ギロードは落下することが許されないのだ。



 それはまさに太陽が昇る光景。



 あらがうことができない自然の力を垣間見る。


 覇王技、赤覇・昇陽連脚。文字通り敵を蹴り上げ、太陽が昇るかの如く上昇させる技である。


 これ自体の攻撃力はさほどではないが、連撃を重視しているので拘束力が相当強い。


 初撃をくらってしまえば、あらがう暇なく一気に上空に蹴り上げられてしまうだろう。かなり難しい技なので、因子レベル5でようやく使える技である。



 この技の恐ろしいところは、それが完全なる【繋ぎ技】であるところだ。



 一度上空に蹴り上げられたら、たいていの生物は無防備になる。



「じゃあな、馬面。なかなか楽しかったぞ。そろそろ―――死ね」



 シュルシュルシュルッ


 アンシュラオンの戦気が縄状に変化。それがいくつも放たれ、無防備のギロードに絡み付いていく。


 戦気の縄はギロードの首、腕、胴体、四足すべてに絡みつき、完全に動きを封じる。



赤覇せきは落巻頭火らっかんとうか!」



 ギュルルルルルルッ!!


 アンシュラオンの両手に渦巻き状の戦気が集まっていく。


 旋回拳や赤覇・竜旋掌のように急速回転するエネルギーを溜める。



 それをギロード越しに地面に向かって―――放つ!!



 ドンッ!!!



「―――ッ!?!」



 巨大な回転する戦気の放出をくらったギロードは、身体中を縛られたまま頭を下にして落下していく。


 放った戦気は、相手を滅するよりも押し出す力を優先したものだ。



 それこそ―――まさに竜巻。



 ギロードが生み出したものよりも遙かに大きく、遙かに強大な力によって回転する渦と化す。


 ボボボボッ


 さらに縄となった戦気が燃え上がり、竜巻は炎に包まれ、身体中を焼いていく。



 覇王技、赤覇・落巻頭火。


 因子レベル5で使える技で、赤覇・昇陽連脚とセットで使うことを想定して生み出されたものである。


 赤覇・昇陽連脚は、格闘ゲームの上空コンボに繋げる技だと思えばいい。それによって相手を無防備にさせることが目的だ。


 本命はこちら、赤覇・落巻頭火。この技の集大成は【落下時】にある。



 真っ赤な戦気に焼かれたホースギロードが、まるで大気圏に突入した隕石のように赤熱しながら落下していく。




 身体は束縛され逃げられず、回転しながら大地に頭から―――激突。




 ドドドドドッ ドッゴーーーーーーーンッ!!!




 落下の衝撃による激しい振動と衝撃波が周囲を襲い、浮き上がっていたプライリーラまで吹き飛ばす。


 戦気を敵の身体に巻きつける戦気術の技量、それだけで相手にダメージを与える戦気の質、相手を逃がさない戦気量とパワー、この三つがそろわねば完成しない大技だ。



 ちなみに技の名前に「赤覇」とか「水覇」、「覇天」などの名称が付いているが、これは開発した覇王の異名や別称から付けられたものである。


 水覇は当然、水属性を得意とした覇王のことで、大量の水系の技を開発した英傑の一人である。


 水自体が他属性よりも形態を自由に変えられるので、多様な技を開発しており、アンシュラオンのような柔軟に戦い方を変える武人は彼の恩恵を受けているといえる。


 一方の赤覇系の技は火属性とパワー系が多く、今使ったコンボ技のように力づくで相手を破壊するタイプの技だ。


 水覇系を得意とするアンシュラオンに対し、赤覇系はパミエルキが好んで使っていたものだ。


 同じ覇系ならば実力の高いほうが強いので、アンシュラオンはあまり赤覇系の技は使わない。


 が、迫力があって決まった時は爽快なので、こうして怒っている時には使いたい衝動に駆られた、というわけだ。





「くっ!! ギロードっ!!!」



 その衝撃の大きさにプライリーラの顔も強張っていた。


 明らかに異常な光景だ。


 あの巨馬を上空高く蹴り上げることも異常だし、そこから落下系の技を繰り出すことも異常。そもそもこんな技があることすら初めて知る。


 技の完成度も高く、あまりの速度に助けることもできなかった。すべての次元が違いすぎる。



 もくもくもくっ



 衝撃によって巻き上げられた土煙が薄くなり、少しずつ視界が開けてきたので、プライリーラは急いで上空から救助に向かう。



「ギロード!! 無事なのか!!」



 上空から地上に近づき、落下地点を捜索。


 自分で無事なのかと言っておきながら顔面は蒼白である。美しい顔が恐怖に染まっている。


 あのような技を受けて無事であるはずがないと、当人が一番よく知っているのだ。



 そして、その予感は的中する。



 ゴロゴロゴロゴロッ ごろんっ



 ギロードを探すプライリーラのところに何かが転がってきた。




 それは―――半壊した頭。




 殴られた衝撃で、もともと半分はなくなっているのだが、落下の衝撃で顔も潰れている。


 だが、それはもうどうでもいいことだ。これが【首】の段階で、もう事は終わっている。




「あぁ…あぁああ……」




 これだけでも衝撃的だが、さらにプライリーラの眼前にそれすら上回る絶望的な光景が広がっていた。



 そこにあったのは―――四肢。



 バラバラになったギロードの姿である。


 この技の恐ろしいところは、ただ相手を落下させて叩き潰すところではない。その衝撃の際に巻きつけた戦気が爆発し、相手にさらにダメージを与えるところである。


 アーブスラットが使ったワイヤーマインと原理は似ているが、威力が違いすぎる。


 本来の戦気を解き放ったアンシュラオンの戦気縄は、それだけでも凶器。触れるだけでも高温。それがさらに爆破すればどうなるか。



 結果は、この通り。



 たかだか風龍馬程度では耐えられず、バラバラに砕け散ってしまうのが当然の理である。



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