300話 「グラサナ・カジュミライト〈庇護せし黒き雷狼の閃断〉」


 バチバチバチーーーンッ!! ズバッ!



「チュキッ!?」



 突如頭上から降り注いだ青雷が、モグマウスの一匹に命中!


 雷の刃が串刺しにする。


 チチチチッ ボンッ!!


 この闘人は戦気で出来ているので感電することはないが、より強い力にぶつかったことによって、電子レンジで温めた「ゆで卵」が爆発するように爆散。


 ただ爆散するだけではない。その戦気の塵が青雷に吸い込まれていく。


 それによって青雷が太く大きくなり、同様にサナと融合している雷狼が肥大化。よりくっきりとした形状になっていく。



 それで満足すると思いきや、隣にいた二匹目に襲いかかる!



 ズバズバッ ボンッ! ぎゅるるっ


 再び爆散したモグマウスの塵を吸収して、また雷は大きくなっていく。



「チュキチュッ!!?」


「チュッチュチュッ!!!」



 狭い空間に密集していたモグマウスは、瞬く間に混乱に陥る。


 言葉の内容はわからないが、激しく困惑した状況だけは理解できた。


 ババババババババババッ ズバズバズバズバッ!!


 そんな彼らをあざ笑うように、青雷はそのまま地中を駆け抜け、次々とモグマウスを破壊しては吸収していく。


 そして、そのたびに強大になっていく。




―――【喰って】いる




 この光景は、まさに食事そのものだ。


 より強いものがより弱い者を喰って強くなるように、モグマウスの力を吸収して力に変えているのだ。


 モグマウスは戦気の塊である。もともとは生体磁気なので純粋なエネルギー体と呼べるだろう。


 しかもこの場にあるものの中でもっとも上質で美しく、最高級の栄養と味わいがある極上の食事である。


 しかしながら、これはアンシュラオンの戦気だ。そこらのものとは格が違う。


 モグマウスの一匹一匹は闘人アーシュラには及ばないとはいえ、高出力モードで作った本気の闘人たちである。


 それを元討滅級魔獣のサンダーカジュミロンのジュエル程度が喰らうことができるのか、という疑問が生じる。


 無理だ。天地がひっくり返っても不可能だ。種族の限界を遙かに超えている。




 されど、サナならば―――可能。




 今暴走しているのはジュエルだが、その持ち主はサナ・パムである。


 アンシュラオンの命気や戦気を受けてきた彼女にとって、この戦気は非常に馴染みのあるものであり、自分の身体の一部とも呼べる存在だ。


 彼と一緒に寝ているときも、彼と一緒に手をつないで歩いているときも、一緒にお風呂に入っているときも、ずっとずっとずっと感じ続けてきたものだ。


 これほど肌に馴染むものはないだろう。それを命気にして毎日ごくごく飲んでもいたのだ。


 だからこそ吸収できるし、不純物なしの超高等エネルギーとなりえる。ほぼ100%、エネルギーとして喰らうことができる。


 そう思えば、ここはご馳走の山だ。




「チュキッ! チュキッ!?!(姫、ご乱心、姫、ご乱心!!)」



 モグマウス隊長が、思わず「殿、ご乱心」ならぬ「姫、ご乱心」を叫びながら、パニックに陥った部隊の収拾を図るが、一番混乱しているのは指揮官の彼である。


 なにせ彼らは「サナを守れ」と命令されているのであって、まさかサナから攻撃を受けるとは思っていない。


 思考アルゴリズムに対処方法がないため、サナを守る行動しか取れない。つまりは何があってもサナの周辺から動けないのだ。



 当然、反撃することなどあってはならない。



 仮に彼ら全員の力を使えば青雷狼を止められるとしても、サナにかすり傷一つ付けることは許されない。


 この青雷は、あくまでサナから発せられたものだ。


 サンダーカジュミロンの残影はあるものの、より強い力を欲する彼女の意思によって動いている。


 だから彼らはただただ立ち往生して、慌てふためくことしかできない。



 こうなれば―――蹂躙。



 無抵抗のモグマウスたちに青雷が襲いかかり、次々と蹂躙吸収していく。




「チュキッ!?!(殿、姫ご乱心! 殿、緊急事態でござる! 姫、ごらん―――)」



 モグマウス隊長が必死に造物主に緊急信号を送るが、彼のもとにも青雷は迫っていた。


 むしろ青雷は隊長に惹き付けられるようにやってきた。




―――より強いエネルギーがある


―――これは素晴らしいものだ


―――この世界でもっとも価値あるものだ


―――これがあれば望む力を得られる


―――もっともっと、もっともっと


―――それをよこせ!!!




 隊長の中にある命気に、青雷が激しく反応。


 他のモグマウスを無視して一気に突っ込んできた。



 ザクくううううう!!



 青雷が隊長を串刺しにする。


 しかし、他の個体よりも強い力で生み出されている彼は、まだ死なない。


 もちろん、それで諦めるわけがない。


 青雷は植物のツルのように隊長に絡みつくと―――身体中に細かい雷の針を突き立てる!!


 ブスブスブスッ! ちゅーーー ごくごく


 蚊が人間の身体から血を吸うように、隊長の中に侵入して命気を直接奪う。



「ちゅきっ…チュッゥ………」



 隊長は抵抗できず、他のモグマウスも触れられない。



 そのまま吸われ続け―――干からびる。



 ボンッ


 そして、なすすべなく隊長も飲み込まれた。中身に命気があったことから、さらにサナにとっては最高の養分になる。





「っ―――はぁはぁ! っっっ!!」



 サナがびくんと大きく跳ねた。


 目を見開きガクガクと痙攣し、汗が噴き出し涙が流れ、鼻血まで垂れる。



 明らかにショック症状である。



 アナフィラキシーショックのように、取り入れたものに身体が激しく拒否反応を示したのだ。


 今吸収した命気は、高因子モードで作り上げた正真正銘の『仙神水』である。今までサナが飲んでいたものとは純度が違う。


 それは高濃度のアルコールのようなものだ。


 今までのものも一本数万円の高級酒だったが、これは一本一千万円は下らないエネルギー純度99%の超レア物である。


 本来ならばモグマウス隊長が傷の具合に応じて薄めて与えるものを、直接原液のまま飲み込んでしまった状態である。



 サナはしばらくガクガクと痙攣し、口から泡を吹いて朦朧とする。



 心配する必要はない。


 これは一時の症状であり、結果に到達するための過程にすぎない。



 ゴボゴボッ バチバチッ チカチカッ



 彼女の体内では激しい代謝が行われ、今取り入れたエネルギーを分解吸収している。


 ペンダントの明滅も激しくなり、青いジュエルの中で爆発がいくつも発生している。



 それを数百回続けたあと、時間で言えば三十秒程度だったのだろうが―――




 サナに―――変化が起きた。





 青雷から―――【黒雷】に変化。





 青い輝きの雷はサンダーカジュミロンの象徴だった。


 それゆえに青いジュエルは、まだその原形をとどめていた。なんとかギリギリ討滅級と呼べるランクで収まっていた。



 それが―――進化していく。



 スラウキンが調べた文献にも少しあったが、命気の隠された力である【進化の力】がここで発現する。


 光、闇、火、水、風、雷の六大元素属性における最上位属性には、一般には知られていない力がある。



 水は生命の源。すなわち【羊水の力】なり。



 すべての生物を成長進化させるもの。あらゆる物質の元となるもの。生命の力。命気。


 ただの命気では、このレベルにまで達することはない。


 しかし、サナという存在は【吸収する者】である。魔人の力をぐんぐんと吸い上げ、命気の本来の性質を発現。



 バチバチバチバチッ ジュジュジュジュジュジュッ!!



 大量のモグマウスを喰らった青い雷狼は肥大化していたが、それが一気に収束を始める。


 外に無駄に発散していた力を圧縮して、自分の力にしようと凝縮を始めたのだ。


 青かった雷は漆黒の雷に変質し、狼の形を取っていたものが【全身鎧】のようにサナに吸着されていく。


 それはサナ自身にも影響を及ぼす。


 彼女の美しい長い黒髪が、可愛い顔が、か細い腕が、柔らかいお腹が、しなやかな足が、さらなる漆黒に染まっていく。



 ジュウウウウッ ズズズズズズズッ



 一気に収束した黒雷が強力な力点となり、ブラックホールになったようにサナを中心に周囲のものを引き寄せていく。


 力場がある一点まで凝縮すると、今度は再び力の放出が始まり、サナから黒雷が発生。


 じわじわと周りに広がっていく。




―――世界が黒に染まった




 周囲一帯が真っ黒。


 光さえも通さない完全なる黒だ。


 それは岩場だけではなく空間そのものを呑み込み、残ったモグマウスたちとリザラヴァンを呑み込んでいく。




「ッッ!」



 なぜかこの時、リザラヴァンが感電から復帰した。


 人間ならばショック死する『マインドショックボイス』であったが、同ランク帯となれば一撃死はしないようだ。


 ただ、何を思ったのか、再び舌を出して炎を噴き出そうとしている。


 おそらく電撃によって記憶が混乱しているのだろう。さきほどのことはもう忘れており、断絶された記憶から自分が炎を噴き出そうとしていたことを思い出したのかもしれない。


 どちらにせよ、愚かなことだ。いや、この場合は「哀れ」と言うべきか。


 なぜ身動きが取れない虫ふぜいが、武器を持った人間に勝てると思ったのだろう。



 ボオオオオッ



 火炎がサナに放射される。


 この黒き世界において火炎などいったい何の役に立つのだろう。当然のごとく黒雷に呑まれて消えていく。



「…ぎろり」



 サナの瞳が、エメラルドの中に赤い輝きを残す、【あの目】になる。


 アンシュラオンが、白き魔人が、矮小な存在を見下す時に変化する【魔人の瞳】だ。


 白き魔人の愛する少女に手を出す者が、いったいどうなるのか。



 ぎゅるるるるるっ ポンッ



 黒い雷が凝縮し、一つの小さな点となってリザラヴァンに向かう。


 それは小さな点でありながらも純粋な力の塊。あまりの力の圧縮に周囲が耐えきれず、土が、石が、岩が吸い込まれていく。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ



 大地が揺れ、視界が歪み―――




 黒い雷が―――世界を席巻した。




 それは、この黒い空間にあってもさらに黒だとわかる【完全なる漆黒】。黒の中にあっても黒であり続けるもの。



 黒い球体から無数の漆黒の雷が出現し―――リザラヴァンを貫く。



 ザクザクザクザクザクザクッ バチバチバチバチバチバチッ!!



「具ガオアオゴアゴガオゴアオgジョjラgジョア!>!?」



 もはや解読不可能な奇声を発し、リザラヴァンが感電していく。


 どうやら色は黒くても雷属性を宿している『雷』であることがうかがえる。


 おそらくサナが持っている『闇』属性が加わった結果、黒い雷になったと思われた。


 ただし、闇属性と雷属性を持っているからといって、雷気が黒くなることはない。そんな事例は一つもない。



 これはサナだけのもの。



 この世で彼女だけが得ることに成功した最強の雷撃の一つである。




―――破壊、破砕、爆砕、業砕、雷砕、滅砕




 雷がリザラヴァンの身体を貫き、感電させ、身体の表面も内面もすべて焼き尽くし、わずかに存在していた『知性』すら崩壊させる。


 もはや自分が何であったのか、自分の特技が何であったのか、なぜここにいるのか、なぜ存在しているのか。



 すべて―――否定。



 否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定!!!



 ローダ・リザラヴァン〈土炎変色蜥蜴〉など、この世界には存在しなかったのだ。




―――「お前など世界に必要ない。消えろ」




 ボンッ



 脅しでもない事実を宣言された哀れな魔獣が―――掻き消える。



 その存在そのものが黒い世界において不要。だから抹消される。


 それは当然の成り行き。サナ・パムという存在に手を出した者が辿る末路。


 なぜならばこれは、すべての存在に与えられる【罰】であり【災厄】なのだから。



 冷静に分析すれば、この黒い雷にはマインドショックボイスの性質が含まれており、精神攻撃も同時に仕掛けるものだと思われる。


 この一撃を受けたものは、サナの黒い世界との対峙を迫られるのだ。これは実に怖ろしいことである。


 魔人のアンシュラオンだからこそ打ち勝てるのであって、普通の人間や魔獣ならば耐えることはできない。


 この愚かで哀れな魔獣のように、存在を完全否定されて消滅してしまう。


 もうそこには何も残っていない。ただ黒雷で抉り取られた痕跡しかない。



 ブシュンッ ギュルルルル ズズズズッ



 黒き世界が収束し、すべての黒雷がジュエルに吸い込まれていく。


 それに伴って【黒雷狼】が解除され、サナの体表が普通に戻っていく。




「…はっ、はっ、はっ…っ―――!?」



 ここでサナの意識が戻る。


 サナは荒い呼吸を繰り返しながら呆然としている。彼女自身も何が起こったのか理解していない。


 いや、これはまだ誰も理解していないことだ。それも仕方ない。


 アンシュラオンすら知らないこと。パミエルキでさえ知らないこと。誰も知らないこと。


 だが、事実だけは知っている。歴史だけは知っている。




―――グラサナ・カジュミライト〈庇護せし黒き雷狼の閃断〉




 『白き魔水、漆黒の断雷の力、グラサナ・カジュミライト〈庇護せし黒き雷狼の閃断〉』



 これこそサナがペンダントとして身につけている―――【特A級魔石】の名だ。



 彼女を守るためにアンシュラオンが生み出した魔石。原石となった魔獣を遥かに超える力を宿した恐るべき力の結晶である。


 それが危機的な状況によって覚醒し、アンシュラオンが放った力を吸い取って【進化】したのだ。



「…ふらふら」



 バタン


 がくんとサナが大地に崩れ落ちた。力を使い切ったのだろう。


 それでいい。限界を出し切って眠ればいい。


 あとは彼女の兄がすべてを解決してくれるのだから。


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