295話 「試練に臨む娘を想うパパの如き葛藤 後編」


「サナちゃんはな、ほんっとうに可愛いんだ!! オレの言うことは何でも聞くし、素直な子なんだよ!!! そうでいながら時々不思議なこともするから楽しいし、シャイナみたいな馬鹿犬を拾う優しい心も持っている!! ああ、そのサナちゃんを狙うなんて…この馬面があああああああああああ!!」



 ブーーーーンッ ドッゴーーーーーーンッ!!!



「あの化け物の姉ちゃんと違って、ただの女の子なんだぞ!! 何の力もない小さな可愛い女の子なんだ!!! それがこんな戦いに巻き込まれて…どんなに心細い思いをしているのか…わかるか!?!!! なぁ、わかるのかよ!!!」



 ブーーーーンッ ドッゴーーーーーーンッ!!!



「なんだこの世界は!! なんでこんなシステムにした!!! オレが手に入れた可愛い女の子は苦労しなくても強くなるようにしろよ!!! ちくしょう!!! いったい誰が悪いんだ!! そうだ、お前たちが悪いんだ!!! ふざけるなよぉおおおお!!! この馬面があああああああああああああ!!!」



 ブーーーーンッ ドッゴーーーーーーンッ!!!


 ブーーーーンッ ドッゴーーーーーーンッ!!!


 ブーーーーンッ ドッゴーーーーーーンッ!!!


 ブーーーーンッ ドッゴーーーーーーンッ!!!



 バキバキッ メキメキッ ボッキンッ




「ぶるっ…るる……」



 アンシュラオンは何かを口走りながら、何度も何度もギロードを叩きつける。


 そのせいで周囲の地形が完全に変わるほど滅茶苦茶になり、ギロード自身も背骨を骨折するなど大ダメージを受けている。


 ちなみにさっきから「馬面」を連呼しているが、馬なのだから当然である。むしろ馬が馬面でなければ、それは馬ではない。


 サナを巻き込んだのも自分だし、心細い想いをさせているのも自分である。あまつさえ死闘を経験させようと画策までしているのも、この男だ。


 だが、そんな理屈やツッコミが通用するような男ではない。


 サナに対する愛情と、強くしてやりたい欲求の狭間で激しく葛藤し、そのやり場のない感情を八つ当たりでぶつけているだけだ。(注:サナは一言も『強くなりたい』とは言っていない)


 そこにたまたま馬面のギロードが突っ込んできただけだ。運が悪いにも程がある。




「くっ、ギロード!!」



 プライリーラが折れた槍を構えて突っ込んできた。まだ戦う気力が残っているあたりはさすがである。



「今は忙しいんだ!! 邪魔をするな!!!」



 ドンッ



「っ!!!!」



 アンシュラオンが空にいるプライリーラに戦弾を発射する。



 だが、その規模が―――桁違い。



 まるでレーザーのような凄まじい閃光が、すぐ脇を通り過ぎていった。


 ジュウウウッ


 直撃はしていない。軽く槍を掠めただけだ。


 しかし戦弾に掠った槍がドロリと溶けている。それにとどまらず、近くにいただけでブスブスと皮膚が焼け焦げた。



 ドバンッ!! ブワッ!!!



 さらにその一撃を受けたであろう竜巻の一つがあっさりと吹き飛び、霧散。久々に【青空】が見えた。


 大空には雲が一つもない。アンシュラオンの一撃によって雲まですべて吹っ飛んでしまったのだ。


 その証拠に離れた場所を見ると、戦弾が当たった部分だけ雲が蒸発し、ドーナツ状に穿たれているのがわかった。


 プライリーラは愕然。



(な、なんだ…これは…何が起きて…いるのだ…!! 槍が…溶けた。それならば鎧だって溶ける…。直撃を受けたら……死んで…いた? この私が…戦獣乙女の私が…か? たった一発で…死ぬ? ははは、なんだそれは。何の価値も意味もない称号じゃないか…。何が都市を守るだ。こんなのを受けたら…都市なんて簡単に消し飛ぶよ)



 その戦弾は怒りのままに放った一撃だったので、威力も本気で撃ってしまったものだった。


 もし当たっていたら、プライリーラがどんな手段を使おうとも瀕死以上の損害を受けていたに違いない。


 イラッとして何かを殴る際にも、かろうじて理性が働く時があるだろう。思わず誰かを殴りそうになって慌てて物に怒りの対象を変更するように。


 それと同じくアンシュラオンも当てたい衝動を我慢しつつ、なんとか逸らしたから命拾いしたのだ。


 今のアンシュラオンは、プライリーラたちにかまっている余裕はない。


 心の中はサナで一杯だ。



「あああああああ!!! サナちゃん!! お兄ちゃんを許してくれええええええええええええ!! これはサナのためなんだよ!! 本当なんだ! でも、でも、心が痛い!!! あああああ!!! くおおおおおおおお!! オレのサナちゃんがぁあああああ!!」



 ドゴーーン!!! ドゴーーン!!! ドゴーーン!!!


 グラグラグラッ グラグラッ


 アンシュラオンが喚きながら大地を殴るたびに地震が発生し、大きな亀裂が生まれては土砂が噴き上がっていく。


 それはまさに天変地異であり、災厄の如し。


 この状態のアンシュラオンには誰も近寄れず、そのまま時間が過ぎることになる。




 そんなアンシュラオンが我に返ったのが、サナの命気が尽きた瞬間である。


 それによって少しばかり冷静になる。



(はっ!! サナ!! ついに命気が尽きたか! …いや、まだ全部は消えていない。体内に蓄積している分は残している。このあたりはさすがだな。…距離を取った…逃げている? 正しい選択だな。勝ち目なんてないから逃げるしかないだろう。アーブスラットは…どうなった? サナが順調に逃げているから…追えていないか。ダメージもあるんだろうが…こちらもあえて追わなかったんだろうな)



 この様子から逆にアンシュラオンは、アーブスラットが伏兵を配置していると確信した。


 これは単に考えただけではなく、【戦場の空気感】がそれを教えている。


 何事もそうだが長く一つのことに携わると、全体的な流れや傾向、感覚がわかるようになる。


 たとえば絵を長く描いていると、単純な細部ではなく全体を把握するようになる。その絵から発せられる感性や感覚といった、言葉で表すことが難しい雰囲気や力を感じられるようになるわけだ。


 戦いの場に長くいたアンシュラオンは、相手の意図や目的を肌で感じられるまでになっている。特に魔獣は人語を話せる種が少ないので、雰囲気で物事を察する能力が高まっているのだ。


 アーブスラットの意識は、まだサナを追っている。油断はできない状況だ。



(このままいくと命気を失ったサナは格好の標的だ。まだ術具はあるものの、伏兵以前に偶然遭遇した魔獣にやられる可能性すらある。『オレの我慢の限界』まではサナに経験を与えてやりたいが、もちろん他人任せにはしない。他人など信じたら馬鹿を見るだけだからな。サナはオレが守る)



 アーブスラットがサナを殺さない確信はあっても、他人が関与する段階で信用ができない。


 何事にも万一があるものだし、他人に任せたものは基本的に失敗すると思っていたほうが安全である。


 もし何かの手違いでサナが死んだりすれば悔やんでも悔やみきれない。そんなミスは犯さない。



 ボボッ


 アンシュラオンが戦気を集中させると、大地にテニスボールくらいの小さな球体が生まれた。



(何匹くらい必要か? 五匹くらいいればいいかな?)



 ボボボボッ ぐにぐに


 さらに四個を追加で作成すると、戦気の塊が姿を変え始める。


 頭が生まれ、手足が伸び、奇妙な姿の生物が生まれた。


 顔はネズミやモグラに似ており、両手足には鉤爪がついているが、戦気で生まれているので色は白の単色で、蝋細工で作られた人形のようにも見える。



 これは闘人操術で生み出した『モグマウス』と呼ばれるものである。



 なんとなくモグラとネズミに似ていることから、アンシュラオンが勝手に命名した『オリジナル闘人』である。


 闘人操術の優れているところは、その【自由度】だ。形状と思考アルゴリズムを自由にカスタマイズすることで、当人だけのオリジナル闘人を生み出すことができる。


 闘人という名前だが、人である必要性はない。形など何でもかまわない。単に人型のほうがイメージがしやすいだけにすぎない。


 アル先生の時に使った闘人アーシュラは直接戦闘用の闘人であるが、今回生み出したモグマウスは調査・探知用の闘人で、撃滅級魔獣だらけの危険な火怨山では主に偵察用に使っていたものだ。


 そのせいか身体はハムスターのように小さく、特別な戦闘能力は持っていない。噛み付いたり引っ掻いたりはできるが、それだけだ。


 しかしながら高因子モードのアンシュラオンが作ったものである。戦気の質が違いすぎるので必然的に高い戦闘力を有することになっている。


 この一匹だけでも討滅級魔獣と渡り合えるくらいの力はあるだろう。それが五匹なので、下手をすると殲滅級魔獣すら喰い散らかす力があるかもしれない。


 だが、これでも不安だ。



(じいさんがどんな手を用意しているかわからない。あと百匹…いや、三百匹は必要だな。これならば撃滅級魔獣とだってやりあえる)



 ボボボボボボオボボボオボオボボボッ!! ボコボコボコボコッ!!


 アンシュラオンの周囲が大量のモグマウスで埋め尽くされていく。気が付けば、その数は四百匹にまで到達していた。



(オレの同時操作限界数が五百ちょいだから…少し作りすぎたか? だが、サナのためだ。これくらいは必要だろう)



 当然ながら遠隔操作する闘人の数が増えれば増えるほど操者の負担は大きくなる。切り離した戦気の分だけ本体の出力が減ってしまうが、これくらいは問題ないと判断する。


 サナに何かあることだけは絶対に許せないのだ。しかし、やはりやりすぎている感は否めない。


 もしこれだけの数のモグマウスに襲われれば、都市一つが丸々破壊されるくらいの力は宿しているだろう。それでも心配になるのは、この男が異様なまでに心配性だからだ。


 そして、一体だけ特別に少し大きく作った闘人に命令を下す。


 このモグマウスはヘルメットとツルハシを装備しているという特別製で、他の個体よりも高い能力と高度なアルゴリズムを組み込んである。これがモグマウス隊の隊長というわけだ。


 しかもこの個体には命気も組み込んであるので、万一の場合にサナを回復する役割も果たす。



「お前たちは地中に隠れてサナを守れ。ただし、ギリギリになるまで様子を見ろ。サナの生体磁気が三割以下になったら即座に救出だ。あるいは顔に酷いダメージを負った際も即座に助けて治療しろ。邪魔をするものはすべて排除だ。皆殺しにしろ!! 行け!」


「チュキッ!!」



 モグマウス隊長は、ツルハシを掲げて敬礼する。


 何も言わないと気持ち悪いので、闘人を作る際は声帯も一応作っている。


 闘人アーシュラが叫んでいたのはそのせいだが、べつに声を作る必要性はない。これも単なる趣味の領分である。



 ザッザッザッザッ!



 モグマウスたちは土を掘り、地中に入っていく。手足をモグラの形状にしているのは地中の敵にも対応するためであり、こうして隠れて移動することができるようにするためだ。


 彼らはサナの中に残ったわずかな命気の波動を追跡していき、そのスピードは地中でありながら時速二百キロに達する。


 そして、アンシュラオンから受けた命令を忠実に実行。


 移動の最中、出会ったすべてのものを破壊しながら安全を確保していく。


 この付近は地上部分がかなり荒れ果てているので、強い陸上魔獣以外の多くの生物は地中で暮らしている。



 それがモグマウスと出会い―――虐殺される。



 アルマジロに似た動物が地中の巣穴にいたところ、突如出現したモグマウスに威嚇―――する前に鉤爪で両断される。


 ザクッ ブシャッ!!


 さらに皆殺しにしろという命令を受けているので、その巣穴にいた幼体を見つけ―――


 ザクザクザクッ!!


 殺戮。容赦なく細切れにする。



「チュキッ!!(クリア!)」



 先行したモグマウスが突入部隊さながらにクリアリングを行い、安全確認後に後続のモグマウス呼び、次々と地中を制圧していく。


 これは軍隊好きのアンシュラオンが、制圧物のドキュメンタリーを見て触発された記憶を思い出し、思考アルゴリズムに組み込んだものだ。


 特に意味はない。趣味である。だが、それは軍隊アリさながらに凶悪である。


 一匹程度ならば被害は少なかったのだろうが、大量のモグマウスが部隊別に分かれてそれぞれ違うルートを通っているので、そこに引っかかった生物がすべて殺されていく。


 アンシュラオンの頭の中にはサナのことしかない。他の生物の生活など知ったことではないのだ。


 これらの結果はモグマウス隊長から随時信号が送られてくるので、自動制御にしていても進行状況がわかる。



 そして、サナを発見、捕捉して追尾開始。



 今後は地中から彼女を見守ることになる。



 それを確認して、アンシュラオンは深い安堵の息を吐く。



(ふぅ、これで一応は安心かな。何かあってもモグマウスが助けるだろう。サナ、がんばるんだぞ。大丈夫だ。サナならできる。サナ…サナ……サナァアアアアア!! うう、サナに会いたいよぉお!!)



 今すぐ会いに行きたい気持ちをぐっと堪える。今自分が行けば彼女の成長を阻害してしまうだろう。


 しかし、彼女はアンシュラオンの助けも待っているはずだ。それを知りながらこんなことをしなければならないことに、激しい焦燥と胸の痛みを感じている。


 何度も言うが、かわいそうなことにそのフラストレーションは、プライリーラたちにぶつけられることになるのだ。


 この男に関わると誰もが不幸になることだけは間違いない。



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