294話 「試練に臨む娘を想うパパの如き葛藤 中編」


(主人がワガママで甘いと困るよな。それでも守らないといけないんだろうし…って、サナも似たようなものか。シャイナやサリータを拾ったりするしな。まあでも…子供の自主性は大切にしたいし…せっかく自分からやり出したことなのに、上からあれこれ言うとやる気を失くすだろうし…ただでさえサナは意思が希薄なんだし…ううむ…しょうがないかなぁ…)



 結局、アンシュラオンもサナには甘いのだ。むしろ甘甘である。


 彼女が何をやろうとも自分からやり出しただけで価値がある。特にサナの場合は、その気持ちを他人よりも大切にしてあげねばならない。


 それゆえにサナが自ら命気足を展開したのならば、これは好都合でもある。彼女も着実に成長している証だろう。


 ただし、不安要素もそこそこあるのが気がかりだ。



(ここからサナの様子が見えないのはつらいな。ったく、フィールド変容型と知っていたら別の対策もあったんだが…厄介だよな)



 一つ目の予想外は、守護者である。


 ギロードの強さも少し予想以上だったが、フィールド変容型であることは明らかに想定外であった。


 ここまで周囲の状況がわからなくなるとは思わなかったのだ。命気の状態が感知できるので最低限の情報はわかるが、あくまで最低限でしかない。


 見えないというのは心理的にしんどい。サナが心配でしょうがない。



 二つ目は、アーブスラットが思ったより強いことだ。


 サナが命気足を発動させたということは、マタゾーが防ぎきれず、サナへの接近を許したことになる。


 たしかに能力的に見てもアーブスラットのほうが数段上だ。死闘経験値はマタゾーもかなりものだが、元の才能が違うのでこればかりは仕方ない。戦っても負けるのは想定済みである。


 が、あまりに展開が早すぎる。こちらが保有する裏スレイブ最強格のマタゾーでも抑えられないのは痛い。


 裏スレイブを盾にすれば少しはもつだろうと考えていたが、このあたりも怪しくなってくる。



(いざというときに使えなくてどうする。役立たずめ。もう少しがんばれよな。まあ、本当にヤバくなったら、あいつらが死んで時間を稼げばいい。最初から『サナのために死ね』って命令してあるしな。裏スレイブは死ぬ覚悟を決めてからが本番だ。そのあたりは信用してもいいか)



 三つ目は予想外というより、アーブスラットがどのような手を打ってくるかの問題が残っている。


 いくつかシミュレートしてみたが、ジングラスの情報を全部知っているわけではないので予測が難しいのだ。



(もしオレが逆の立場ならどうする? 力づくでやれれば一番だが、それで駄目なら…そりゃまあ【援軍】だよな。オレは何でもしていいと言ったんだし、人数を合わせてくる必要はない。逃がした場合に備えて伏兵をどこかに置いておくのは戦術の基本だ)



 アンシュラオンが大好きな戦国時代や三国時代にしても、伏兵を使った戦術は必ず使われている。


 現代戦においても部隊の配置は重要であるし、空が封鎖されているこの世界においては、地形の把握はことさら大切になってくる。


 問題は、どこにどれだけの兵力を配置するかだ。


 アーブスラットは決闘の体裁を維持したいので、プライリーラが見える範囲に配置する可能性は極めて低い。


 そうなると候補も絞られてくる。



(地中でないのならば…来る前に通った低木地帯や岩石地帯あたりか? あそこなら伏兵はいくらでも忍ばせておけるよな。ただ、オレが波動円で広範囲を探った時には何もいなかったんだよな。魔獣にも満たない小さな弱い生物くらいでさ。とはいえ荒野は広い。オレの探せる範囲では心もとないな…。それとも輸送船あたりであとからやってくるとかか? サナくらいなら普通の傭兵クラスでなんとかなると思うが…はたして執事のじいさんが、その連中を信用するかな?)



 アーブスラットの計画では、「戦獣乙女の権威を落とさない」という点も重要な要素であろう。


 もともと他派閥には通知をしているので、両者が戦ったことはすぐに知れ渡るだろう。傭兵を使うにせよジングラス傘下の組を使うにせよ、この情報もいつか漏れる。


 戦獣乙女は、その【神話性】に大きな価値がある。偶像の大半は、大げさな逸話や誇大表現の偉業が言い伝えられることで生まれるものだ。


 プライリーラもそれと同じで、当人の強さもあるのだが、やはり初代ジングラスの威光によってアイドルになっているといえる。


 もしそれが、裏ではこんなことをやっている、とささやかれ始めたら、彼女のアイドルとしての立場は即座に失墜するだろう。


 それだけでもプライリーラには恥になるし、ジングラスグループにも大打撃だ。せっかく築いてきたものが崩れることになる。


 プライリーラは腹芸も少しはできるが、基本的には正々堂々を誇りにしている。そんな恥辱に塗れた評価を受けては都市にはもういられないだろう。


 それ以前にアーブスラットが他人を簡単に信用するとも思えない。自分ほどでないにしても、彼もまたかなりの人間不信のはずだ。


 そうでなければ、あれほど他人を怪しんで観察はできない。



(何よりもジングラスの戦力は、この二人自身と【魔獣】だとソブカから聞いている。それが本当だとすると、保有している戦力が守護者とクラゲだけであるはずがない。まだ何か持っていると考えるべきだろう。そう、ずっと気になっていたんだよ。あの日、どうやって追跡者たちを排除したかをね)



 アンシュラオンにはずっと気になっていることがある。


 それは帆船に行く途中、追跡してきた密偵たちをジングラスがどうやって始末したか、である。


 波動円を後方に展開して探ったが、伏兵の存在は何も感じなかった。そうであるのに突然密偵の気配が消えていったのだ。


 自分が完璧とは思っていない。波動円の精度も一般のレベルよりは上だが、専門としている者と比べると相当落ちる。陽禅公と比べると児戯にも等しいと自覚している。


 重要なことは、現在の自分の能力では感知できない何かがいる、という一点だ。



(もしそれが何らかの魔獣の仕業ならば…『姿を隠せる能力』かな? いや、オレの波動円の接触すら誤魔化したんだ。『存在そのものを隠蔽できるスキル』があるのかもしれない。これは…危ないな。というか超ヤバイな。人間にせよ魔獣にせよ、これだけで十分な価値がある。こんな便利な存在がいるのならば絶対に配置しているはずだ。伏兵としては完璧だしな)



 魔獣という確証はない。アーブスラットと同じく裏側の仕事をする人間がまだいるのかもしれない。


 密偵を排除するくらいだ。最低限の戦闘能力は持っているだろう。どちらにしても危険である。


 サナがこのまま命気足で戦い続けても、アーブスラットに勝てる確率は宝くじで一等が当たるより低い。他の戦罪者の奮闘があって、ギリギリ逃げおおせるくらいが精一杯だろう。


 だが、配当は美味しい。サナが得る戦闘経験値は相当なものになるはずだ。


 サナがどう思っているのかはわからないが、自分が近くにいると緊張感が足りなくなる。いつでも助けてもらえるという安心感が、人を弱くするのだ。


 だからこそ距離を取らねばならない。




 だがしかし―――心配で胸が張り裂けそうだ。




 理屈では理解しているのだが、感情が追いつかない。サナが心配で心配でたまらない。



(サナの危険とどう照らし合わせるかだよな…くそっ! ああああああ!! 心配だ!! もしサナが危険な目に遭ったら…オレは…オレは!!! 傷は癒せるから死んでも一分くらいまでなら軽々蘇生させる自信はあるが…サナがそんなことになるなんて…想像するだけでつらい!! しかし成長もさせたい! こんな貴重な状況なんて、なかなかないんだぞ! くっそ!! オレはどうすればいいんだ!!)




「ブルルッ!!」



 そんな時である。


 プライリーラがダメージを受けて復讐心に燃えるギロードが、アンシュラオンに爆走してきた。


 この思考は高速で行われたので、実際の時間では数秒も経過していない。当然、まだ戦闘は継続中である。



 ギロードの音速突撃が、サナのことで激しく葛藤しているアンシュラオンに―――直撃。



 ドゴオオオオオオッ!!


 余所見して歩いていた通行人が、巨大ダンプカーに衝突されたように完全に直撃である。



 ドガガガガガガガッ!! ガリガリガリッ!



 アンシュラオンが大地に叩きつけられながら、何百メートルも押されていく。


 続けてギロードの拳のラッシュ。


 ドガドガドガドガドガドガッ!!


 一撃の威力に勝る剣より手数を選んで攻撃してきた。アンシュラオンをプライリーラから遠ざけようという意図だろうか。


 相変わらず風で加速された何百という拳が降り注ぐ。それもすべてヒットしている。



 だが、その光景は少しばかり奇妙であった。



 アンシュラオンは腕組みをしながら、依然として立っている。その状態で地面にめり込みながら押されているのだ。


 普通に直撃を受ければ吹っ飛んだりバラバラになったり、最低でも地面に身体を激突させながら転がっていくものだが、この男の姿勢はまったく崩れていない。


 まるで彫像がクルマに押されているような光景だ。違和感がバリバリである。


 地面のほうが衝撃に耐えきれずに抉れているだけであって、アンシュラオンにダメージが入っていないのだ。



 そして赤い瞳が、ぎろっとギロードを見つめる。



 けっして駄洒落ではない。本当に不機嫌といった様子で睨んだのだ。



「…おい、人様が考え事をしている時に…なんだこれは? オレが、このオレが、大切なサナちゃんのことを考えている時に…なんだ? あぁ? どういうつもりなんだよ。なぁ、おい。お前はいったい何なんだ?」



 がしっ


 ギロードの拳を受けとめ、指の一本を掴むと―――



「親から教育を受けていないのか? 時と場所をわきまえろってよ!!!!」



 ボキィイイッ ぶしゃっ


 手首の返しだけで簡単にへし折り、そのままもぎ取る。



「ブヒヒヒッ!!?」


「はーはー!! ムカついてきたな。オレがどれだけサナを愛しているのか、お前は知っているのか? なあ、おい!! 知っているのか!!?」


「ヒヒイイイッ!!」



 慌てたギロードが再度拳を放つ。だが、今度はそれに合わせるようにアンシュラオンも拳を引き絞った。



 両者の拳が衝突し―――砕ける。



 バギャァァァアアアアアア!


 メキメキメキメキッ ぐっしゃぁああああ!



「―――ッッイイイインッ!?!?!?」



 砕けたのは、当然ながらギロードの拳である。


 アンシュラオンの十倍以上もあるような巨大な拳が、こんな小さなものにぶつかったくらいでバキバキにへし折れ、その衝撃で爆散する。


 その威力と衝撃にギロードは混乱に陥る。


 残った三つの目が血走って、ぎょろぎょろと動いている。混乱と恐怖に襲われた者に見られる症状だ。


 彼女は魔獣ゆえに人間よりも本能が強い。だからこそアンシュラオンの中にある巨大な獣の強さを感じるのだ。



 そして、なぜかその獣は怒っている。



 なぜ急に怒り出したのかまったく不明だ。心の中の葛藤なので、ギロードにそんな事情がわかるわけがない。


 だが、怒りは身近なものにぶつけられるのが相場である。



「お前…なんだそのツラ? オレがこんなに悩んでいるのに、ぬぼっとしやがって! とぼけてんのか? なぁ、馬鹿にしてんのか!! てめぇ、馬面だからって何しても許されるってわけじゃねえぞおおおおおおお!!!」



 ドガシャッ!! バキバキッ


 アンシュラオンがギロードの顔面をぶん殴る。身長差が半端ないので、顎先をアッパーカットである。


 だが、本当に半端ないのは、その威力だ。


 ギロードの顔が跳ね上がり、前歯が歯茎ごとへし折れ、吹っ飛んだ。



「ヒーーヒーーーー」



 そのせいで満足にいななくこともできず、空気が漏れるような音になってしまった。


 それがさらにアンシュラオンを不快にさせる。極めて理不尽かつ負の螺旋だ。



「ああああああ! オレがどれだけ愛情を注いで大切にしているのか、わかるのか!! あの愛らしい顔に、ぷっくらして柔らかい頬に、あの綺麗で吸い込まれるような黒髪に、あのきめ細やかな肌に…少しでも少しでも少しでも少しでも!!! 傷がつくたびにオレがどれだけ苛立っているのか、てめぇみたいな馬面にわかるのかよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 アンシュラオンが残った片方の腕を掴み―――


 ブーーーーンッ


 強引に引っ張って地面に叩きつける。


 ギロードは風を生み出してクッションにしようとするが、そんなものは最初からなかったと言わんばかりに―――激突!!



 ドッゴーーーーーンッ!!



 メキメキと骨が軋む音がする。この巨馬であってもまったく抵抗できない。赤子が大人に腕を引っ張られるように簡単に投げられる。




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