293話 「試練に臨む娘を想うパパの如き葛藤 前編」


(たいしたもんだよ。低出力モードじゃ防げなかったからね。それだけプライリーラが強かった証拠だ。他の都市にどれくらい強いやつがいるか知らないけど、これだけやれれば都市防衛くらいはできるんだろうな。ただ、所詮は平地のレベルだね。火怨山の中腹部では生き残れないな)



 アンシュラオンからすれば、プライリーラの獣は「可愛い猫」のようなものだ。


 たしかに肉食獣の面影はあるが、本物の生存競争の中で頂点に君臨する獣と比べれば、脆弱で人間に媚びた愛玩動物でしかない。


 これが平地での最高レベルだとすれば、さして怖れるものではないだろう。マキと同じく、べつに百人や千人いても問題ない。


 結局のところ、突出した存在を止められるのは数ではないのだ。数が有効なのは、ある程度の常識の範囲内で収まっている場合のみである。


 第三階級の聖璽せいじ級レベルともなれば、マスター〈支配者〉を打ち滅ぼせる程の力を持っている。



 そう、それはもはや【神の領域】なのだ。



 普通の人間が到達できるレベルを遙かに超越している。



(さて、倒すのは簡単だけど…どうしようかな。もう少し遊んでもいいけど…)



 プライリーラはダメージを負ってふらつきながらも、姿勢制御をして空に浮かんでいる。


 最初はてこずった空への対処だが、あくまで低出力での状態で対応すればの話だ。現状ならば撃ち落とすのはたやすい。


 とはいえ血がたぎってきたところなので、もう少し戦いを楽しみたい気持ちはある。


 なにせ全力解放モードを使うのは久しぶりのことだ。


 デアンカ・ギースやグランハムのとどめにちょっと使ったが、アンシュラオンにとってはこの状態が普通である。


 それではあまりに差がありすぎるので、普段は目立たないように隠しているにすぎない。


 だが、やはり力を隠すのは疲れるものだ。たまには暴れたいときもある。殺さないように気をつければ、あと少しくらいは楽しめるだろう。



 そんなアンシュラオンであったが―――ここで【異変】が起きた。





(―――っ! …サナ? この感覚は…命気が発動しているのか!?)



 この時、サナの異変に気付いた。


 アンシュラオンの遠隔操作範囲はかなり広いので、この距離でも命気が発動したことをはっきりと感じることができた。


 しかも普通の命気の発動ではなく、攻撃形態の命気足である。



(まさかサナが大怪我を!? 嘘だろ、おい! 緊急事態やで!! こんなことをしている場合じゃ……って、いやいや、待て待て、落ち着け。もしサナが怪我をしたのならば普通の命気が発動しているはずだ。だが、今発動しているのはタコ足のほうだ。誤作動の可能性はゼロに近い。オレがそんなへまをするわけがない。…となればサナが意図的に攻撃形態を発動させたのか? 一応、サナの任意のタイミングで発動できるように設定したが…)



 一瞬慌てたものの、冷静になって状況を考える。


 逆に考えれば、命気が発動している間はサナの安全は絶対的に保証されているのだ。まだ十分時間はある。



(命気足か…。ひとまずサナが自分の意思で起動させたのは間違いないな。ただ、稼動時間に難があるんだよな。もし簡単に使えるようならホロロさんやシャイナに付けているしな。近くにいて定期的にエネルギーを補充しないといけないし…あくまで時間稼ぎ用だな)



 命気タコ足は第一警備商隊との戦いで実験に成功したので、その後に多少の改良を加え、サナが自由に出し入れできるようにはしてある。


 特に「使うな」とは指示していないので、彼女が使うべきと判断したのならば問題はない。


 あるいは彼女の身に物理的な危険が迫った場合も自動起動する。回復しても、またダメージを受けては意味がないからだ。


 回復しつつ相手を倒す。または退けるための防衛装置である。切り札に近いので、これが発動しているとなると状況はかなり切迫していると考えるべきだろう。



(サナが命気足を使っている状況…か。考えられるのはアーブスラットだ。あのじいさん、やっぱり狙ってやがったな。オレの可愛いサナちゃんを狙うとは…許せんな!!)



 自分の可愛い妹が狙われたのだ。激しい怒りを感じて当然である。


 本当ならば今すぐにでも駆けつけて、アーブスラットをフルボッコにしてやりたい気分だ。


 しかしながら、アンシュラオンはそれをぐっと堪える。



 なぜならば―――これはすでに想定していたことなのだ。



 アンシュラオンは帆船に行った日のことを思い出す。


 あの時の老執事の視線は敵に対するものであり、こちらの弱点を探す狡猾な魔獣に似ていた。


 そして、彼の目はしきりにサナに向けられていた。最初はロリコンかと疑ったものだが、そうではないと確信した段階で相手の意図を見抜いていた。


 帆船の客間であえて隙を見せたのも、相手がどういう視線を投げつけるかをうかがってのことだ。


 予想通り、アーブスラットは非常に敵対的だった。


 プライリーラを守るために敏感になっていたのだろう。いつもの老練な彼にしては珍しく、言葉には出さなかったものの多くの感情を見せていたものだ。


 それを見逃すほどアンシュラオンは甘くない。この男の人間不信は相当なものだ。完全なる好意以外は受け入れないのだ。



(あんなにこっちを観察していたら、サナに注目しているのはバレバレだよな。あいつがサナを狙うのは想定の範囲内だ。だって、普通に考えたらおかしいよな。いつも一緒だし、サナだけ異様に弱いしさ)



 サナを連れて歩く以上、彼女が狙われる可能性は常時付きまとう。今まで狙われなかったのがおかしいくらいだ。


 だからアーブスラットに対しては、狙ってくれたことに対して安堵感すら抱いていた。



(アーブスラットがサナを狙ったのは、あいつが【正常な思考】を持っていたからだ。ようやく普通の人間に出会えたって感じだな。ほんと、あの都市の人間は甘ちゃんばかりだしね。危機感ってものが足りないんだよな。まあ、今回はあえてそうなるように誘ったんだけどさ)



 アンシュラオンが戦いの前、プライリーラに「何をやってもいい」と言ったが、あれは彼女に言ったのではなく遠回しにアーブスラットに言ったのだ。


 あの老執事のことだ。こんな負けを前提とした提案をそのまま受け入れるわけがない。


 彼が自分と同属であることはわかっていたので、そのまま放置すると何をするかわからない危険性があった。


 戦力差は理解しているはずなので、こちらを直接狙うことはないにしても、情報をマングラスにリークされると厄介だ。


 グマシカたちの警戒レベルが上がってしまうし、一緒にいるサナはともかく、サリータたちホテル組に影響が出る可能性があった。


 だからあえてあのような発言をして、アーブスラットの注意をこちらに引き付けたのだ。



 万一にも勝てるかもしれない、という希望を抱かせるために。



 人間はまったく勝ち目がないと自暴自棄になったり予想外の行動に出るが、多少なりとも勝ち目があれば無謀な行動は慎むものだ。


 なぜならばアンシュラオンにとってサナが急所であるように、アーブスラットにとってはプライリーラが急所になりえるからだ。


 彼のすべてはプライリーラに注がれている。迂闊にこちらを刺激して、プライリーラが危険に晒されることになれば本末転倒であろう。



(執事のじいさんは、マタゾーと同じく生粋の武闘者だ。猫を被って冷静な人間を装っているが、いったいどれだけ殺してきたんだろうな。裏スレイブだと言われても不思議じゃない。放つオーラが違いすぎるしな。今までの相手が普通のヤクザだとすれば、あいつは殺し屋、始末屋だ。本当ならかなり厄介な相手なんだが…プライリーラに感化されすぎて実力を発揮できていない。あいつにとってはプライリーラそのものが【枷】なんだ)



 アーブスラットの本質はアンシュラオンやソブカ、グマシカたちに近いが、プライリーラによって大部分を縛られてる。


 今回サナを狙ったにしても、あくまでプライリーラの決闘を邪魔しない範囲で行っていることが証拠だ。


 彼は執事であることを誇りに感じており、主人のやり方が甘いとは思っていても、それに大きく反することはしないと誓っているのだ。


 わかりやすく言ってしまえば、孫に甘い祖父のような気持ちなのだろう。彼女が赤子の頃から世話をしているのだから、そういう気持ちになるのは自然なことだ。


 プライリーラの面子を汚したくはないし、嫌われたくもない。だから裏側の手も最小限に留めているわけだ。


 もしアンシュラオンが逆の立場ならば、マングラスを使うかはわからないが、少なくとも決闘外でサナを襲わせただろう。


 あるいは、やりやすいホテル側を襲うか。人質は多いほうが有利になるはずだ。多ければ多いほど、見せしめに何人か殺す余裕が生まれる。



 それができなかったアーブスラットは、甘い。プライリーラによって甘くされてしまった。



 だからアーブスラットが裏側の人間だと知っていても、ジングラスにマングラスの相手をさせるわけにはいかない。


 弱い人間が正義感を振りかざしたとて、強い悪の前には簡単に駆逐されてしまうからだ。はっきり言って足手まといの邪魔でしかない。


 よって、アーブスラットがサナを狙うのは想定内である。


 相手だって、こちらが警戒していることは気付いているだろう。だから勝負を急いでいるのだ。




 さて、ここで一つ視点を変える必要がある。


 今回のことを想定内のアンシュラオンが、なぜそれを許しているのか、という理由についてだ。



(命気の発動位置は変わっていない…か。サナは逃げていない。自分から仕掛けたということは、アーブスラット相手でも多少はやれる算段があるということだ。だが、あの子がいくら天才だとしても経験が浅いことは事実だ。最終的に必ず劣勢に追い込まれるだろう。これも経験になると思って配置したわけだが…大丈夫かな? サナちゃん、やる気ありすぎじゃないか?)



 サナが狙われることを渋々承認したのは、彼女に【経験を積ませる】ためだ。


 手に入れた当初の一般人の状態ならば絶対に許さなかったが、今の彼女は武人としての資質を多分に宿している。


 因子レベルの覚醒限界が3もあるのだ。これは素晴らしい数値だ。最低でもマックスにはしたい。



 だが、因子レベルを上げるためには―――【死闘】が必要となる。



 武人の因子は、危険な状態になればなるほど活性化して潜在能力を引き出す。


 これは普通の人間の才能と同じだ。やればやるほど、必死になればなるほど未開発の部分が開拓されていくのだ。


 怠惰に過ごす一年など、必死にやった一週間にも及ばない。本気で叫んだ一日に追いつくことも一生ない。


 傷ついて傷ついて、生死の境をさまよって、それでも勝ち続けた者だけが強くなっていく法則になっている。



 で、サナについていえば、こうした経験がまったくないわけだ。


 狐面との戦いでは危ない場面に追い込まれたが、あれでもまったく因子は覚醒していない。


 つまるところ、武人にとってあの程度の危機はピンチでもなんでもない、ということなのだ。なんとも厳しい世界である。


 また、ステータスにおいても問題点が顕著に表れている。


 ご存知の通り、ステータスはレベル制ではあるのだが、実はここにもデメリットが存在する。



 今までの経験上、成長率は―――【一定ではない】。



 サナのレベルが上がってもステータス上昇が芳しくないのは、ほとんど苦戦をしていないからだろう。


 安全な後ろから、ちまちま攻撃しているだけでは強くはなれない。スキル修得という面では大きな収穫があったが、肝心の地の強さが上昇していない。


 一方、レベル自体は一定の経験値で上昇していく。小百合のように事務をするだけで上がっていくので、事務であろうが戦闘であろうが一緒くたに同じ経験値扱いになるわけだ。


 そして、限界に達するとそれ以上は上がらない。スキル獲得はありそうだが、基本的にステータス上昇は打ち止めとなる。



 そこで【差】が生まれてしまう。



 同じ才能、同じレベルでも、より死闘を経験したほうが上昇するのは疑いの余地がない事実だ。


 これはアンシュラオンとゼブラエスの関係でも見られる現象である。


 アンシュラオンの才能は、格闘の天才であるゼブラエスより上だ。パミエルキと同じなのだから間違いない。


 しかしながらステータス面では、かなりの差が生まれている。特にHPの差が顕著であろうか。


 彼は七万越えなのに、自分は万にも届いていないのだ。体格の違いだけでは説明できない圧倒的な差である。


 積極的に死闘を好んで自分を強化するゼブラエスに対し、アンシュラオンは極力楽をして勝ちたい頭脳派(疲れたくない派)である。


 それによって成長が遅れているのだ。パミエルキと同じ才能ならば、あの怪物にもう少しは近づいていてしかるべきだろう。そうでないとおかしい。


 アンシュラオンは地上最強の因子を持っているので、それでもこれだけ強くなれるわけだが、これが元一般人のサナとなると厳しくなる。



(サナは弱い。才能はあるが…元が弱すぎるんだ。強くするためには少しでも強い相手と対峙させる必要がある。アーブスラットはサナを殺さないだろう。人質にしないと意味がないしな。こんな良い相手がいるか? あれだけ強いのに相手を殺さない甘い敵なんて、普通はなかなかいないぞ。他に探すとすればゼブ兄くらいしか思いつかないな)



 アーブスラットが、「アンシュラオンはプライリーラを殺さないだろう」と思っているように、これまたアンシュラオンも同じように考えている。


 仮にサナを人質に取られても、適当にプライリーラと交換すればいいだろう。あるいは全力で殺しにいってもいいし、どうとでもできる。



 アーブスラットの狙いは、この【提案を無効】にすることだ。



 痛み分けで引き分けという体裁をとって、プライリーラの処女を守ることが目的だ。それと同時に、できれば損害を減らしたいと考えているのだろう。


 今回の提案に乗り気なのはプライリーラであって、アーブスラットではない。本当は止めたかったに違いない。


 しかしながらプライリーラの意向には大きく反対はできない。彼女の獣性という問題点も知っているし、すでに戦獣乙女として動き出しているからだ。


 それでも勝てないと知っているのだから、さっさと終わらせてしまいたいのが本音だろう。



 アンシュラオンから見れば、アーブスラットは【被害者】でしかない。



 まさに執事。ワガママな主人の面倒と後始末を請け負っているのだ。


 それもまた彼にとっては幸せであり、今まではアーブスラットが裏の仕事をすることで通用してきたのだろうが、今回は相手が悪いので必死になっているというわけだ。



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