292話 「真・人馬一体 後編」


 ギロードは次々と槍を生み出すと―――投げつける。



 そのまま突き刺すために向かってくるものもあれば、途中で拡散して細かい粒子になって攻撃してくるものもある。


 それをよけたり弾いたりしながら対応していると、死角からプライリーラが襲いかかってきた。



「はぁあああああああ!」



 プライリーラの風王・嵐暴扇羽。嵐気で加速したランスを激しく振り回して攻撃してくる。


 それをアンシュラオンはいなす。ここまでは前と一緒だ。



 しかしながら本来の動きを取り戻しつつある彼女は―――そこから【伸び】がある。



 地位や体裁、血筋といった古いものを守ろうと縮こまっていた腕が、限界を超えることを怖れずに全力で叩きつけられる。



(怖れるな!! 怖がるな!! 私は自分自身を表現する!!)



 プライリーラの頭の中が真っ白になっていく。余計なことは考えず、目の前の瞬間だけに集中する。


 人間は力を出すとき、身体が壊れないように自然とセーブしてしまうものだ。それは武人も同じ。規模が違うだけだ。


 リミッターが解除され、動きが鋭くなっていく。猛々しくなっていく。一撃一撃に「これで相手を仕留める」という気概が宿っていく。



 相手を制圧するものから―――殺すものへ。



 自分の中にある暴力性を解放しようとする。


 ブンブンッ ジュジュッ!!


 ランスがアンシュラオンの戦気を掠め始め、防御の戦気を破砕する音が聴こえる。


 野球でも「伸びのある直球」という言葉があるが、それは戦いにおいても存在するものだ。


 よけたつもりでも、そこからひと伸びする。見た目と実際に放たれた一撃の間に誤差が生まれるわけだ。


 これはいいものである。徐々にタイミングが合っていく。



「うおおおおおおおおおおおおお!!」



 獣が咆える。


 全身全霊をかけて肉体能力のすべてを使い、心の奥底から自由になったことを喜び、躍動させる。


 伸び伸びと振り回した一撃が、ついにアンシュラオンを捉えた。


 ドッガーーーーーンッ!!! ミシミシィッ


 アンシュラオンは腕でガードするも、その一撃は骨にまで響くものだった。


 力が乗っていて非常に素晴らしい一撃である。たぶんビッグ程度ならば、これであっさりと死ぬだろう。


 ブシュブシュッ


 さらに嵐気による衝撃波が襲いかかり、アンシュラオンの肌を切り裂き、血がわずかに流れる。


 さすが上位属性だ。普通の嵐気とは威力が違う。




「いい動きだ。伸び伸びとしている。それが本来の君の姿なんだね」


「はぁはぁ…! まだだ!! まだ伸びる!! 私は君に届く!! 届かせる!!」


「オレが言うのもなんだけど、まだけっこうあるよ」


「それでも駆け抜ける!!」


「いいね。その顔。もっともっと刺激したくなる。じゃあ、これからはこっちも攻撃するよ。はっ!」



 アンシュラオンの反撃。遠慮なくプライリーラの胸に掌底を打ち込む。



「っ―――! うおおおおおおおおおお!」



 だが、プライリーラは下がるのではなく、前に出た。


 そして相打ち覚悟の一撃!!


 アンシュラオンの攻撃は風の防御を突き破ったが、その一瞬の間にプライリーラも左拳を突き出していた。


 バギャッ!!


 プライリーラの拳がアンシュラオンの顔面にヒット。こちらもミシミシと骨に染み入るよい拳である。


 もともとプライリーラは戦士タイプなので肉体が頑強である。拳も立派な武器となる。


 初代ジングラスから受け継いだ槍にこだわらず、自分が持てる武器をすべて使う。まだぎこちないが少しずつ呪縛を打ち破っている証拠だ。


 ただ、アンシュラオンのほうが強い。


 プライリーラはまだ殴るだけで精一杯だが、こちらは鍛練に鍛練を重ねた武闘者である。その一撃は、苛烈にして強烈。


 ギュルルッ バーーーーンッ ドドドドンッ



「―――っ!!」



 アンシュラオンの裂火掌。火気が爆発し、プライリーラが吹き飛ばされる。


 ビッグが放ったものとは規模も威力もまったく違う。


 大納魔射津の数倍はあろうかという巨大な爆発とともに、周囲の風まで燃え上がって竜巻にも引火。炎の渦が生まれて大地を焼き尽くす。


 水が雷を吸着するように、風は火を吸い込んでしまう性質がある。大納魔射津がそうであるように、この組み合わせが一番危険だ。


 しかもアンシュラオンは火気があまり得意ではない。その彼が放ってもこれだけの力を発揮するのだ。


 巨大な火気が風によって拡散し、至る所で誘爆が発生。さらに環境は悪化していく。




「ヒヒィイインッ!!」



 炎に包まれて吹っ飛んだプライリーラと入れ替わるように、ギロードが剣を持って突っ込んできた。


 普通ならばプライリーラを案じて助けに入るところだが、ギロードはプライリーラがこの程度でやられるとは思っていない。



 そこには―――強固な信頼関係がある。



 プライリーラが生まれた時からずっと一緒にいるのだ。ギロードからしても彼女は家族。妹のような存在に感じているはずだ。


 だからこそ彼女の勝ちたい、届きたいという想いを体現するために攻撃を優先したのだ。


 そのタイミングは最初とは比べ物にならないほど息が合っており、躍動的で美しかった。これが本当の人馬一体の動きなのだろう。


 両者が全力を出しながら互いの弱点をカバーし合う。補強し合う。そんな関係が眩しくさえ見える。



(信頼…か。オレには縁遠い言葉だけど、君たちを見ていると羨ましく感じるな。それができるのならば一番いいだろうね。だが、重要なことは【力】の有無だ。いくら信頼関係があっても力がなければ意味がない)



 反撃モードに入ったアンシュラオンは、彼女たちの友情を見て感動するほど甘くない。


 ドゴッ!! ドドドドドドドオオオッ


 アンシュラオンが大地を殴りつけると巨大な亀裂が入り、そこから大量の土砂が噴き出してきた。


 覇王技、覇王土流煤はおうどりゅうばい。大地を崩して敵を呑み込む覇王土倒撃と同系統の技で、こちらは地上に土石流を噴き上げさせて攻撃する技だ。


 その勢いは凄まじく、土砂すべてが散弾のように勢いよく飛び出てくる。戦気が混ざっているため威力も実際の弾丸以上に強い。


 もしここに人がいれば、土に穿たれて穴だらけになって死ぬ、という珍しい光景が見られるだろう。


 ただ、ギロードにも風の防御膜が張られているので、これだけでは十分なダメージにはならない。


 事実その多くは風に吹き飛ばされて、せいぜい腹に多少の傷を付けた程度である。


 しかしながら、アンシュラオンの狙いは直接ダメージではない。


 土を大量に巻き上げることで相手の動きを封じ、なおかつ自身に対する周囲からの暴風の干渉を防ぐためである。



「殴られたら殴り返さないとな!」



 竜巻の影響を受けなければ、一瞬の速度では対等以上になれる。


 覇王土流煤で土砂に呑まれ、動きが鈍ったギロードの眼前に一気に移動。


 そして、顔面を思いきりぶん殴る!!


 バッッキャァァ!!



「ブルルッ!?! ッッッ?!?」



 殴られたギロードは、ブンブンブンッと両腕を回しながらダメージ以上に激しく狼狽する。


 技を使ったわけではないので、今入ったダメージは千にも満たないだろうが、実際の数字以上に怯んでいる。



 それも当然。狙ったのは「鼻っ面」である。



 馬に限らず動物を相手にする際は、真っ先に鼻を狙うといい。あんなに突き出しているのだ。狙いやすいし、人間同様に弱点であることも多い。


 熊に襲われた際に鼻を殴ったら撃退に成功した、という話もある。鼻は柔らかいうえに神経が多く集まっているので、打撃が有効な部位なのだ。


 さらに四足動物の場合、口呼吸ができないので鼻は生命線である。


 実際に風龍馬がどこで呼吸をしているのか不明だが、さすがに鼻があるのだから鼻呼吸はしているだろう。



 そして、鼻をぶん殴られたギロードの風の防護膜が、明らかに弱くなった。



 武人が呼吸で練気をするように、息をするとは重要なことなのだ。なぜならば呼吸によって生命素(エネルギー)の多くを補給しているからだ。


 水は数日飲まなくても生きていけるが、呼吸は数分できなければ死に至ることからも、その重要性がわかるだろう。




 アンシュラオンは、怯んだギロードに追撃。



 ドドドッ ドゴドゴドゴッ!!



 再び顔面に覇王技、三震孟圧の二連続コンボを叩き込む。


 グランハムにやった時は『物理無効』によって効かなかったので、せっかくなのでやってみた感じだ。


 ただの拳の三連撃に見えるが、殴った瞬間に戦気を振動させて打ち出しているので、通常以上のダメージが入る。


 これを二回連続、六発を瞬時に放つと、覇王技「六震圧硝ろくしんあっしょう」という技になるので、アンシュラオンが使ったのはこちらの技となる。


 特に新しい効果が付属するわけではないが、単純にそれだけ難しい技になるので、因子レベルは一つ上がって3のカテゴリーに入っている。


 このあたりは麻雀の役に少し似ているのが面白い。


 覇王技の多くに発勁や中国拳法の動きが取り入れられているので、名付けもそうしたものから汲み取った可能性もある。


 あるいは虎破などは空手の動きに似ており、投げ技も柔道や合気道の動きが入っているので、これらを作ったのは元日本人なのかもしれない。



 ドドドドドドッ ブチャッ!


 ギロードの顔に六震圧硝が炸裂。咄嗟に羽腕で防いだが、拳の衝撃は防御を貫いて届いた。



「ブルルッ!! フーーフーーー!」



 アンシュラオンを睨みつける顔は歪み、目の一つが潰れたように腫れている。


 鼻の片側も半分塞がった状態なので呼吸も苦しそうだ。防いだ腕も攻撃の威力で鱗が剥がれている。


 致命傷ではないが確実にダメージが蓄積しているようだ。



「ギロードオォオオオオオオオオオ!!」



 そこにプライリーラが上空からやってくる。鎧の一部が焼け焦げているので、さきほどの裂火掌がいかに強力だったかわかるだろう。



「貫くぅううううううううう!!」



 プライリーラがランスに全力の剣気を集めて突撃。


 これも最初にやった攻撃だが、覚悟と質がまったく違う。集まった剣気が嵐気渦になり、ランスを中心に巨大なドリル状に変化した。


 ギュルルルルルッ


 ドリルが急速回転。大気を貫きながらまっすぐに向かってくる。


 その幅は二十メートルはあるので、普通に回避してもダメージを受けるだろう。さすが大型魔獣用の武器、いや、【兵器】である。


 剣王技にこれに似た技はある。風王・螺旋濫突らせんらんとつという突き技の一つで、風気や嵐気を螺旋状にして回転させて貫く技だ。


 ただ、突撃に使うというよりはその場で突く技なので、これはプライリーラのアレンジであろう。


 『暴風の戦乙女』というユニーク武具を装備できる彼女だけの技だ。


 そして、その姿に武具に頼ろうという意思はまったく感じない。持てる力をすべて使って相手を倒そうという迫力だけを感じる。



(いいよ、プライリーラ。今の君は美しい。だから全力で受け止めよう)



 アンシュラオンは―――よけない。


 両手を広げると、手から戦気の爪が伸びた。


 ガンプドルフ戦でも使った覇王技の蒸滅禽爪じょうめつきんそうのダブル発動である。



 プライリーラの突撃を両手の鉤爪で―――受け止める。



 ガリガリガリガリガリガリガリッ!!!!


 バリバリバリバリバリバリバリバリッ!!!



 嵐気と戦気が激しく衝突し、磨耗していく音が響く。


 受け止めた衝撃に大地が耐えきれず、そのまま地面に抉り込みながら攻防は続く。


 その余波は両者に及び、プライリーラの身体に細かな傷が生まれて出血が見られる。アンシュラオンのほうもピピピッと頬に風傷が入っていく。



「駆け抜ける!! 君に届けえぇえええええええええ!!」



 プライリーラが渾身の力で押していく。持てる力をすべて風力に変換して突撃を敢行する。


 さらに―――加速。


 その場でアフターバースト。背中にジェットエンジンのような巨大な風の力が顕現する。


 それはまるで翼のように広がり、彼女を押していく。





「ウウウウウォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」





 『暴走せし暴風の獣』が咆える。


 彼女が生まれながらに宿していた凶暴な存在で、いつだって心の奥底で欲求不満を嘆いていた。


 だが、今は檻から解き放たれ、初めて産声を上げている。


 自分自身という存在を知覚し、喜び、求めている。もっともっと叫びたいと。もっともっと喰らいたいと。


 彼女が見つけたものは、極上の肉。この世のものとは思えないほど美しく、それでいて強い最高のものだ。


 それを喰らえば、きっともっと強くなれる。


 喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい、喰らいたい。



―――喰らいたい!!!!!



 すべての想いを乗せて、自分自身をぶつけていく。


 まさに暴風の獣となったプライリーラが、アンシュラオンを喰らおうとしていた。



 だがしかし、表に出たばかりの獣は知らない。



 この世界には自分よりももっと強大な獣がおり、弱い獣はより強い獣に喰われるという弱肉強食のルールがあることを。


 彼女が喰らいたいのならば、彼もまた喰らいたいのだ。



 ゴゴゴゴゴゴッ ブワッ



 アンシュラオンの戦気の質が―――変わった。



 低因子モードでは隠れて見えなかったもの。この世でもっとも凶悪な獣が、表に出る。







「ウオオオオオオオオオオオオオオオオぉォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」






「っ!!」



 その咆哮に、暴風の獣が戦慄した。


 鳥肌が立つ。背筋が凍る。存在そのものが違うのだと悟る。獣は獣ゆえに自分よりも強いものがわかるのだ。



 バリバリバリバリッ! ガシッ!!



 鉤爪が嵐気をあっさりと破砕し、ランスをがっしりと握り締め―――



 ガリガリガリガリガリガリッ!!



「っ!!! 槍が!!! 初代様の槍が!! ―――削れるッッ!!?」



 プライリーラの槍が強烈な力によって抉れていく。まるでカキ氷を作るかのように、伝説の武器と称された白い馬上槍が短くなっていく。



「馬鹿な!! ありえない!! こんなことが!!」


「こんな軟弱な武器が、本物の武人に通じるものか!! オオオオオオ!」


「っ―――!!」



 バギャンッ!!


 尖端を―――へし折る。


 それによって槍は三分の二ほどの長さになってしまった。



「はっ!!」



 動揺して動きが止まったプライリーラに対して、アンシュラオンの蹴りが炸裂。



 バギャッ ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!



 凄まじい衝撃が突き抜け、プライリーラは地中から数百メートル吹き飛び、気付けば上空に身を晒していた。


 ごぼっと口から血が吐き出される。



「がはっ…ごほっ!! っ!! くう…鎧にも…ヒビが…!! なんだ…これは…これが本当の…君の力か…。なんてなんて…綺麗で…怖いんだ…ああ、怖い…怖いな……こんな化け物……いるんだなぁ…本当に……」



 地上に上がってきたアンシュラオンは本来の戦気を解放しており、赤白いオーラに包まれていた。



 その姿は今まで見た何よりも美しく―――怖ろしい。



 普通の人間が巨大な魔獣を見た時のように、純粋な畏怖と恐怖の感情が湧き上がってくる。


 考えずとも一目でわかる。この獣は、自分よりも強いと。それが生物が持つ生存本能であり、防衛本能である。


 プライリーラの目の前にいるのは、四大悪獣など相手にもならない怖ろしい獣であった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます