291話 「真・人馬一体 前編」


 ギロードが真の力を発揮。


 竜巻がさらに巨大で強靭になり数も増えていき、計四つのトルネードとハリケーンが吹き荒れる超危険地帯に変貌する。


 発生した風の力があまりに強いため、地面から風が噴出しているようにさえ見える。もはや地形そのものが大きく変わっていく。



「ヒヒヒィイイイイインッ!!」



 ギロードはプライリーラを乗せたまま、空を楽しそうに飛びまわっていた。


 ドラゴンワンドホーゼリア〈両腕風龍馬〉の生息地は、常にこのような竜巻が発生している地域であり、人も魔獣も滅多に近寄らない秘境にある。


 彼らはこの風に乗って自由に空を移動し、餌となる葉が生えている巨大な大樹を駆け上って暮らしている。


 それゆえに、この環境はまさに最高。最適。最良。彼女がもっとも力を発揮できる場である。


 ギロードが最初に行ったのは、フィールド全体を自分好みに変えてしまうという大仕事であった。



(フィールド変容型か。この規模になると竜巻を消すのは無理だな。素直にここで戦うほうがよさそうだ)



 魔獣の中には周囲の環境そのものを変化させて、自分に有利(快適)な空間を率先して生み出す種がいる。


 たとえば火山の溶岩の中で泳ぐ魚系魔獣の中には、体内に蓄えていた溶岩を吐き出して周囲を文字通りの火の海に変えるものがいるし、森で暮らす魔獣には植物の種や苗を常時持ち歩き、急速生長させて砂漠に森を生み出すこともある。


 こうしたタイプの魔獣は、迷惑な側面があるものの環境改善などに利用できるので、良い付き合い方をすれば不毛の大地に緑を運ぶことも可能だ。


 ただ、両腕風龍馬の場合は竜巻の力が強すぎるので、風力発電をするにもなかなか難しいに違いない。この環境下では普通の人間は生きていけないだろうし、風車も壊れてしまう。


 そして、この規模となると、アンシュラオンでも竜巻を破壊するのは無理だ。


 明らかに彼女たちは風の精霊を味方につけている。仮に一度散らしても、すぐに復活してしまうはずだ。



(精霊…か。師匠からは教えてもらったけど、あまり意識したことはないかな。属性戦気は合成元素だしな。あれが本当の精霊に愛された人間ってことか)



 精霊も自我がない原始精霊から、人間と同じく進化する霊である上位精霊やら妖精のような存在まで多種多様だ。


 その中でプライリーラの味方をしているのは風の元素精霊。もともとはギロードを守護していた精霊なのだろうが、今は完全にプライリーラにも味方している。


 彼女の髪の毛の色や戦気が緑がかっているのも、風の強い影響力を受けているからだろう。


 つまりこの場は、完全に彼女たちのホームだ。


 本来ならば敵の得意な場で戦うのは愚かであるが、実力差を考えれば、それくらいのハンデは必要だろう。




「自由! 私たちは自由だ!! 熱い! 身体が熱い! この猛りをすべてぶつけさせてもらうぞ!! 駆けろ、ギロード!!」



 プライリーラが手綱を引っ張り、ギロードを加速させる。



 上空を旋回していた腕馬が―――空中から地面に向かって急降下!!



 これまた音速を超えた勢いで突っ込んできた。戦闘機がブーストしながら地面に目掛けて加速するようなものである。


 アンシュラオンが空を見上げると、もう視界がぐちゃぐちゃであった。どれが空なのか竜巻なのか、もはや見分けがつかない。


 そんなところに今までは地上を走っていたものが、急に空から落下するように突っ込んでくる。


 平面から立体的に。これだけで難易度が相当上がる。


 二次元が三次元になれば奥行きと高さが生まれ、普段平面で暮らしている人間の平衡感覚が完全に狂う。


 普通ならば避けられない一撃だ。見上げた瞬間には激突死するだろう。



 が、アンシュラオンの赤い目は、しっかりとギロードを捉えていた。



 軌道変更して加速するまで、そのすべての挙動がはっきりと見える。


 この男も五キロ先の隠れた戦艦を見つけるくらいのことは平然とやってのける化け物だ。とりわけ目が良いタイプではないが、肉体の質があまりに良すぎるのでそれくらいは可能だ。


 それに加えて、ぶわっと身体の周囲に戦気の膜が広がる。全方位の攻撃に対応できる戦技結界術の無限抱擁である。


 だが、それで終わらない。


 無限抱擁の球体の外側が割れ、蕾から花びらが咲き乱れるように美しい波紋が周囲に広がっていく。


 戦技結界術、奥義『花苞円かほうまどか』。


 自身の周囲を無限抱擁で覆い、そのさらに上から波動円を展開させる複合技である。


 波動円は球体ではなく、花びらのようにふんわりと広がるので、まるで悟りを開いた仏陀がハスの花の上に座しているような光景が思い浮かぶ。


 長距離の探知・調査能力はアーブスラットのほうが上だろうが、こと戦闘においてアンシュラオンは突出している。戦技結界術では自分のほうが上である。



 リーン リーン



 波動円の花びら同士が触れあって共鳴していく。不思議なことに、この暴風の爆音の中でも音は静かに広がっていく。


 花苞円の特色は、普通は触覚だけに頼る波動円や無限抱擁と違って、聴覚も使って相手の位置や攻撃を把握できる点である。



 ヒューーーーンッ スカッ



 これによってギロードの位置と角度、速度を完全に把握したアンシュラオンは、大地を強めに蹴って空中からの突撃を回避成功する。


 跳躍している間も身体がぐらぐらと揺れる。戦気でガードしているのでダメージは受けないが、竜巻が強力すぎて姿勢制御が難しい。



(大丈夫か? ぶつかるぞ?)



 そんな自分よりも危なそうなのがギロードである。


 いくら龍種とはいえ、この速度で地面に衝突すれば相当な衝撃だろう。


 と思っていたのだが―――



 バシッ!!



 激突する瞬間、ギロードの両腕が伸びて大地を掴む。



 ギチギチギチッ バーーーーンッ!!



 腕がまるでスプリングのように軋んで全質量を押さえ込み、今度はその勢いを倍増させて大地を跳ねて突っ込んできた。



「おお、すげえ!」



 予想外の動きに思わずアンシュラオンも叫んでしまったが、これが本来の彼らの動作である。


 馬に腕が生えるのはなかなか想像しがたい光景であるが、手があるだけで一気に行動の選択肢が増える。


 人間が犬や猫などを見て「手がなくて不便そうだ」と思うものだが、それがすべて改善されるのだ。


 だから、こんなこともできる。



「とと!!」



 その高速突撃をアンシュラオンは緊急回避でよけるが、かわしたアンシュラオンをギロードの腕が補足する。


 ブワッ!!


 またもやバネのように伸びた拳がアンシュラオンに迫った。


 いくらこの男でも、これはかわせない。戦技結界術は感知するものであって防ぐものではない。



 拳が―――直撃。



 ドッゴーーーンッ!! ドガガガッ!


 宙を浮かんでいたアンシュラオンが吹っ飛ばされ、大地に叩きつけられる前に竜巻に激突。


 竜巻は風の刃が吹き荒れる領域なので、触れただけでもダメージは受ける。これが場を支配する怖ろしさである。


 アンシュラオンはそのまま巻き上げられて上昇していく。




「追撃だ! ギロード! こんなもので倒せる相手ではないぞ!!」



 風の加護が強まったプライリーラが、飛ばされた位置を正確に観測。


 再び上昇したギロードと一緒に追うと、彼の様子がよく見えた。


 アンシュラオンは両手でしっかりとクロスアームブロックを生み出し、絶対防御の構えをしていた。殴られたダメージはなさそうだ。


 竜巻のダメージも防御の戦気を厚くしているので、こちらもノーダメージである。



(やはりな。そうだと思ったよ。しかし、あの小さな身体のどこにあんな力があるのだ!! 信じられない! ゾクゾクするよ!! なぜ君はダメージを受けないんだ!! こんな存在、異常すぎる!! 私は知らない! 知らないよ!! だから知りたくなるんだ!!)



「アンシュラオンンンンンン!!!」



 ギロードから飛び出したプライリーラが、喜々として竜巻の中に突っ込んでいき、アンシュラオンに一瞬で追いつく。



「もっと君を教えてくれ!! 知りたいんだ!! アンシュラオンという存在をね!! もっともっとだ!!」


「そうか。なら、向かってくるといいよ」


「ああ、そうさせてもらうよ!!!」



 相手を知りたいのならば普通は訊ねるだろう。会話によるコミュニケーションを行うはずだ。


 しかし、武人のものは違う。獣はこうやって相手を知るのだ。


 プライリーラがランスを振るう。乱暴に、夢中に、猛々しく!!



 ブーーンッ バキィイインッ



 竜巻の影響下にいるアンシュラオンはかわせない。


 上から叩きつけるように振るったランスがヒット。大地に飛ばされていく。



「ギロード!」


「ヒヒィイイイインッ!!」



 それを下で待ち構えていたギロードが迎え撃つ。



 ギチギチと腕が引き絞られると―――拳のラッシュ!!



 ドドドドドドドッ ドガドガドガドガドガッ!!


 アンシュラオンの身長以上もある大きな拳が、凄まじい速度で叩きつけられる。


 ガリガリガリガリッ


 しかもアンシュラオンの背後の竜巻が急速回転して、リングのロープ際のように後退することを阻む。


 この竜巻は何もしなければ自由気ままに動くのだが、ギロードが生み出しているので操作も可能になっているわけだ。



 ドガドガドガドガドガッ!!


 ドガドガドガドガドガッ!!


 ドガドガドガドガドガッ!!



 その場で滅多打ち。数百という拳が注がれる。


 揺れる揺れる。ぐらぐらとアンシュラオンが揺れている。


 だが、ガードは崩していない。ブロックを作ったまま耐えている。



(やれやれ、よもや馬に殴られる日が来ようとは…さすがに予想はしていなかったな。この世界では『馬に殴られて死んでしまえ』という諺を作らないと真実じゃないよな)



 アンシュラオンは完全にガードを固めて防御の態勢である。


 なぜならば、そうしなければダメージを受けてしまうからだ。


 ギロードの拳は風によって加速しているので威力も上がっている。一撃一撃はさほどでもないが、こうして連続して攻撃を受けると防御の戦気を貫く可能性がある。


 背後の竜巻も地味に面倒だ。動きが制限されるし、これ単体でも継続ダメージが入ってくるので気が抜けない。


 現在の状況は、けっして演技でやっているわけではない。省エネモードのアンシュラオンの出力だと、こうなってしまうのだ。


 今までこの状態のアンシュラオンに攻撃を当てていたのはガンプドルフのみ。二人合わせれば、間違いなく彼と同レベルの力を発揮しているといえる。


 逆に考えると、省エネモードのアンシュラオンは王竜級程度のレベルになるということだろうか。今まではそれでも楽勝だったにすぎない。


 しかし、ただやられているわけではない。



(移動や攻撃は速いけど…威力そのものはいまいちだな。やっぱり速度型かな。殴られっぱなしってのも嫌だし、そろそろ反撃といくか)



 今までガードしていたのは相手の出方を見るためだ。


 デアンカ・ギースでの戦いもそうだったが、強い相手に対しては防御を固め、まずは様子をうかがうのがアンシュラオンの基本戦略である。


 痛みは制御できるが、だからといってダメージを負うのが好きというわけではない。損害は受けないに越したことはないだろう。


 この戦いは最初から条件付きのハンデ戦である。腕一本や大量出血ができない常態では慎重になるものだ。


 ギロードの腕はかなり厄介ではある。が、それだけで自分の防御を貫くことはできないことがわかった。


 この聖獣は攻撃力が高くないことが最大の弱点だろう。これでは四大悪獣に決定打を与えることはできない。


 彼女たちが四大悪獣を積極的に倒しに行かないのは、そういった理由があるからだろう。




(今度は耐久力を見るか。一発ぶん殴ってみて…って、ええええ!? なんだあれ!?)



 そう思ってアンシュラオンが拳で殴ろうとした瞬間、わが目を疑った。


 なぜならばギロードの手には、五メートルを超える長さの【剣】が握られていたからだ。


 地中から見つかる古代の青銅の剣のような形状をしていて、なかなか趣があるのだが問題はそこではない。


 魔獣が武器を使うこと自体が稀だし、いつ取り出したのかわからなかったからだ。


 アンシュラオンが困惑している間に、ギロードが剣を思いきり振り払う。


 ズバーーー!!


 巨大な剣が高速で襲いかかる。



「このっ! びっくりするだろうが!」



 ガキィインッ


 アンシュラオンは戦刃を生み出し、切り払う。



 だが、その剣に戦刃が衝突した瞬間―――弾けた。



 ドバババッ ブスブスブスブスッ


 鋭く細かい剣の破片が身体に突き刺さる。スーツが破れ、身体にまで到達した。



(ちっ、貫通属性か? 戦気を抜けてきたな)



 戦気には密度が存在し、実のところすべての空間が炎で埋められているわけではない。


 アル先生の蹴透圧は相手の戦気と同調させて一時的に無効化する技だったが、今回起こった現象は、あまりに細かい粒子状のものだったので戦気を【すり抜けた】のだ。


 ダメージ自体はさしたるものではない。軽く針に刺された程度のことだ。


 だが、面倒な攻撃であるのは事実だ。目を狙われると嫌なので、アンシュラオンは戦気の密度を上げて対策を練る。


 これは強い武人だからできることであり、普通のレベルならば戦気が役立たない状況に追い込まれるだろう。極めて厄介な技だ。



 シュルルル がしっ


 そして、気付けば再びギロードが剣を握っていた。


 否。よく見ると尖端が大きめの円錐状になっているので、【刺突槍】と形容するのが適切だろうか。


 ブンッ!!


 今度はそれを投げつけてきた。ソニックブームを発し、音速で向かってくる。



「今度は槍か。まったくもって攻撃のバリエーションが多彩だね。悪くないよ」



 ガキィンッ ドドドドドッーンッ


 戦硬気で固めた手でいなして逸らすと、そのまま大地に激突して大きな穴を穿った。


 直後、槍が消える。


 まるで幻だったかのように何もなく消えてしまった。ただ、大地は抉れたままなので、けっして見間違いというわけではない。



(なるほど。あれが『風物質化』というスキルか。仕組みはよくわからないけど、風を固めて作っているんだな)



 ギュルルッ


 再び見ると、またもやギロードの腕に新しい槍が生成されようとしていた。


 周囲の風が集まって槍の形状をかたちづくると、それが物質化。長さ四メートルはありそうな投擲槍が生まれている。ご丁寧なことに、今度は避けにくいように三叉になっている。


 アンシュラオンの見立て通り、これは『風物質化』スキルである。


 今アンシュラオンがやった戦硬気と同じく、風を物質化させることで武器にする能力だ。その威力は見ての通り。本物の物質と何ら変わらない。


 風で生み出しているので自在に形が変えられるのも利点だ。細かくして粒子状にすることもできるし、近接武器の剣にしたり投擲槍にしたりと変幻自在である。



 そして、最大のメリットは、これが【武器】であるということ。



 今受けた感じからすると明らかに拳の時よりも攻撃力が上がっている。『風物質化』で作った武器は、データ上は実際の武器扱いとなり攻撃力が上乗せされるようだ。



(なるほど。手がある魔獣には、こうして武器を装備させることもできるのか。こいつの場合は自分で作っているけど、最初から強い武器を装備させれば人間同様に強くなるよな)



 今まで魔獣に武器を装備させる発想がなかったので驚きだ。思えばそういうゲームもあったが、地球の感覚としては魔獣は獰猛なライオンや虎のようなものだ。


 その肉食獣にわざわざ武具を用意するという考えが浮かばないのは仕方ない。虎は鍛練などしなくても強いのだ。武器を使うのは肉体が脆弱な人間だけである。


 が、その獰猛な虎に腕が生え、剣や銃を使い出したらどうなるか。もっと強くなるのは間違いない。



(これは面白いな。オレも魔獣が支配できるようになったら、いろいろと装備させてみたいもんだ。魔獣軍団…か。いいね。憧れる)



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