290話 「見捨てる選択 後編」



 戦罪者がアーブスラットに立ち塞がる。


 美癌門は防御重視のスキルなため、戦罪者に致命傷を負わせることはできない。技の一つでも使えれば一発で撃破できるだろうから、なんとももどかしいものだ。


 こうなると【道具】を使うしかない。


 シュルルッ


 アーブスラットはポケット倉庫からチェーンマインを取り出し、火痰煩で燃えている戦罪者に巻きつける。


 今は戦気を放出できないので着火は自らジュエルを砕いて行う。



 バリンッ パンパンパンパンパンッ!



 マタゾーにやった時と同じような乾いた音が響き、爆発。


 小さいが連続した爆発が戦罪者を破壊していく。肉が焼け、破砕されて削げ落ちる。


 それを手動着火したアーブスラットの指も吹っ飛ぶが、黒い組織がまとわりついて指を再生させていく。


 そんなアーブスラットに、今度は背中から違う戦罪者が剣で切りかかる。



(ぐっ…身体が重い! 避けきれんか!)



 ガキィインッ ぶしゃっ


 アーブスラットの背中が斬られ、黒い血液が噴き出す。


 美癌門で強化していても剣の一撃をまともに受ければダメージは通る。



「よっしゃ! そのまま抑えておけよ!!」



 ブワワッ


 三人目の戦罪者が剣に黒いオーラをまとわせる。



「くたばれや、ジジイ!!」


「ぬんっ!!」



 アーブスラットは剣撃に合わせて拳を放つ。


 ザクッ バキィイイッ


 両者の攻撃は同時にヒット。アーブスラットの拳が戦罪者の胸骨を砕くが、剣もしっかりと当たっていた。


 これはただの斬撃ではない。剣から漆黒のオーラがアーブスラットの体内に注がれた瞬間、引きつるような激しい拒否反応が起こる。



(ぬぐっ!! くっ…『特効』か…! だから戦罪者は嫌いなのだ…)



 殺人剣・黒叉こくしゃ。淀んだ剣気によって『人間特効』を付与した【邪剣】の一つである。


 攻撃力自体は普通の剣気強化と大差ないが、人間特効を加えただけでダメージは二倍になるので、対人戦闘ではかなり有用な技だ。


 マタゾーの雷槍人卦は奥義に近い剣王技なので知っている者も多いが、こちらの邪剣は普通の道場では教えていない裏の技である。


 こうした邪剣はあまりに危険なので、人間同士の戦いに利用されないように各道場の師範が秘匿しており、漏洩した場合は修得者を殺すこともあるくらいだ。


 しかし剣技である以上、どうしても漏洩は避けられない。裏スレイブたちのような裏社会の人間には公然と伝わっているものだ。



 特効によってアーブスラットに二倍のダメージ。



 しかし美癌門を使っているので物理耐性も付与されており、致命的な一撃にはならない。



「おら、まだまだいくぜ!!」


「その執念を、ぜひとも違う分野で生かしてもらいたいものですな」


「うるせえ! 適材適所だろうが! 俺らは人を殺すのが大好きなんだよ!!」


「やれやれ、一生わかり合うことはなさそうですね」


「てめぇも同類だろうが! すかしやがってよ! ゲスい正体がバレバレだぜ!」


「ふん、堕落しただけのお前たちにはわからぬよ!」



 バキィイッ ズガシャッ!!!


 またもや両者の攻撃がヒット。互いにダメージを与え合う。


 防御などしないし、できない。ひたすら相手を倒すために攻撃を続ける。




 それはまさに―――死闘。




 互いに余裕はないため、死に物狂いで戦っている。


 アーブスラットは道具や術具を使って、戦罪者は己の誇りである殺人技を使って、互いを滅するために争う。



「…じー」



 その光景をサナはじっと見ていた。これは彼女にとって初めての経験であった。


 アンシュラオンが苦戦したことはないので死闘を見たことはない。しかも裏スレイブとはいえ仲間と呼べる存在が、ここまで追い詰められることも初めて。


 その時、サナが何を感じていたのかはわからない。


 ただ、その一瞬を見逃さないようにと、ひたすら見ている。



―――彼らは【燃えて】いた。



 戦罪者の戦気が異様に燃えている。クラゲ騎士と戦っていた時よりも猛々しく、熱くなっている。




「姐さん、今のうちです!」



 戦罪者の一人がサナをガードしながら、アーブスラットと距離を取っていく。


 そして、しばらく進んだ時、そっと離れた。



「姐さん。俺ら、ここで死にますわ。その間に逃げてください」


「…?」


「悔しいが、あのジジイは強ぇ。俺たちが総出でも負けるかもしれねぇし、自爆覚悟で何かやってきたらヤバいんです。姐さんを巻き込むわけにはいかないんですよ」


「…ふるふる、ぐっ!」



 サナは拳をぐっと握って、自分も戦うアピールをする。


 それを見た戦罪者は、少しだけ笑いながら首を振る。



「気持ちは嬉しいっすが、俺らは裏スレイブです。死ぬことが目的で生きているんです。他の連中からすりゃ、頭のおかしいやつってことなんでしょうが…俺らにとって命なんて軽いもんなんです。大切なことは、それを燃焼させるってことなんですわ。ああ、頭が悪いから何て言っていいのかわからないんですが…【激しく生きたい】んですよ。どうせ死ぬなら激しく燃えて死にたいんです」



 戦罪者は普通の人間からすれば、皆が言っているように狂人である。


 だが、彼らにも矜持がある。どうせいつか死ぬ人生ならば、とびっきりに熱く燃えて死にたいと。


 そして、それを誰かのために使いたいと願っている。これこそ彼らにとって自分の価値を最大限に高める行為なのだ。


 誰だって自分を役立ててから死にたいと思うものだ。その命が一番輝く場所を探している。それが裏スレイブである。



「クズみたいな生き方しかできねえですが、姐さんのためなら喜んで死にますよ」


「…ふるふる、どんどんっ」



 サナは戦罪者の胸を叩く。


 その姿はまるで、自分の中にある何かの感情を吐き出そうとしているようであった。


 それが上手く出せないので、もどかしくて地団駄を踏んでいるのだ。


 だが、サナの気持ちは十分伝わる。



「はは、姐さんは優しいっすね。そういうのを見て、俺らも少しは人間らしさってのを思い出した気がしますよ。だからこそオヤジには姐さんが必要です。そう…オヤジはすげぇ人だ。あんなぶっ飛んだ人なら、いつかもっとでけぇ花火を上げてくれる。オヤジ本人にはあまりそういう気はないみたいですが、わかるんすよ。いつかやるってね。そういう星に生まれた人は、必ずそうなるんです。でも、姐さんがいないと…オヤジは…ただの怖ぇ人になっちまう。俺らなんかより、もっともっとやべえものになっちまうんです」



 アンシュラオンの存在は、戦罪者にも畏怖と恐怖を与えている。魔人因子が覚醒していなくても上位者が発する波動を感じているのだ。


 サナがいるからこそ、アンシュラオンは人としてかろうじて生きていける。


 安全だった日本でも満足できない男だ。むしろ安全で平和だったからこそ、彼の中にある破壊衝動が激しく燃え上がっている。彼の本質は破壊と混乱なのだ。


 もしサナに何かあったら、きっとすべてを破壊する。


 戦罪者がいくら喜んで人殺しを生業にしているとはいえ、人類を絶滅させようとは思っていない。種としての防衛本能がサナを守るように呼びかけるのだ。



「それにあのジジイは、まだ何か隠してやがるっぽいです。わかるんすよ。俺らもあいつも【同属】だ。平気で人を殺すし、勝つためなら何でもやる。ここじゃそれが当たり前なんです。そうしないと生きていけないですからね」



 アーブスラットの本質もアンシュラオンと同じ。それはつまり戦罪者たちと同じ世界の住人だということだ。


 もともと武闘者とは、【殺法家】のことである。


 武術や武道と名が付いているだけで、人を殺すことを追求することは戦罪者と一緒だ。いかに相手を効率良く殺すかを日々探求し続ける狂人たちである。


 加えて、ここはフロンティア。未開の大地。


 地球でいえば中東やアフリカの紛争地域にいるようなもの。いや、魔獣がいるのだからもっと酷い場所である。殺して奪うのが当然とされている世界だ。


 また、そうでなければいけない。富を得るためだけではなく、単純に生きて仲間や家族を守るためには殺すしかない。


 そんな中で生きるからこそ、人は強く逞しくなっていく。一見すれば残酷だが、これもまた進化の一つの在り方である。


 だからこそ鋭敏になっていく。


 まだアーブスラットは何かを狙っている。その悪意がサナに向けられていることを感じているのだ。



「大丈夫です。時間は稼ぎます」


「………」


「姐さん! 頼んますよ!! 俺らに意地を通させてください!! ここからが裏スレイブの本領っすよ!」


「………」




 しばし考えた後、サナは一つの決断を下す。






 彼らを―――見捨てる選択を。






「…ぐい」


「え? くれるんすか?」


「…こくり」


「ありがてぇ。もらっておきますよ。今まで生きてきて、こんなに嬉しい贈り物はないですよ。お守りにさせてもらいます」



 サナが若癒の術符を戦罪者に手渡す。これもアンシュラオンから万一のためにと与えられていたものだ。


 本当はサナにこそ必要なものだが、子供の気持ちを受け取らないわけにはいかないだろう。


 そういう意味も含めて、サナという存在は戦罪者にとって価値あるものだったのだ。


 女神は偉大である。荒くれ者たちの中にそっと一輪の花を与え、愛する気持ちを教えるのだ。



 くるり トットット



 それから走り去る。その間、彼女は一度も振り返らなかった。


 一度そうと決めたらやりきる。それが彼女の脆さであり強さなのかもしれない。



「そうだ、行ってくだせぇ。逃げて逃げて、逃げてくだせぇ! そいつもまた姐さんにとって重要な仕事ですぜ。それじゃ、いっちょやるか!! 最期の花道、華麗に飾ってやるぜ!!」



 ボオオオオオオッ



 戦罪者が―――死ぬ覚悟を決めた。



 マキに畏怖すら感じさせた戦罪者の覚悟である。それがこの場で発動したのだ。


 それはまさに『オーバーロード《血の沸騰》』である。その覚悟が因子を強制的に引き出し、最後の炎として力を覚醒させる。


 この男だけではなく、五人全員が真っ赤に燃えている。燃焼している。




 それにアーブスラットは愕然とする。



(なんだ、この者たちは!? 裏スレイブが、なぜこのような! オーバーロードは守るために使う技だ! これではまるで【騎士団】ではないか! …ならず者どもが騎士団気取りとはな。これも彼女が引き起こしたことか…。なんという厄介な存在なのだ。リーラ様を敵に回すとこうなるのか…)



 プライリーラが都市のアイドルならば、サナは確実に戦罪者たちのアイドルであった。


 象徴を守るためならば人は恐るべき力を発揮する。幻影や偶像であっても、人の心が力になる世界ならば現実的な脅威になるのだ。



 こうしてアーブスラットは思わぬ苦戦を受けることになる。


 殴っても殴っても彼らは倒れない。意思の力が身体を支えている。


 彼らも激しく攻撃してくるので回復してもプラマイゼロになる。サナを追える状況ではない。


 いっそのこと美癌門を解除しようかとも考えたが、今解いても反動が出るため、このままの状況で打開するしかないだろう。


 しかしながらアーブスラットにも再び運が回ってくる。




 サナが―――【逃げてくれた】から。




(逃げた…か。そうか。それならば好都合。この状況ならば不自然には見えまい。なにせ実際に取り逃がしているのだからな)



 アーブスラットは遠ざかるサナを見ながら自虐的に笑う。


 この結果は望んだものではなかった。単に少女の知恵と裏スレイブの命をかけた行動に防がれただけである。


 ただ、本当にすべてを捨てる覚悟があれば、なんとかサナを捕らえることはできるだろう。だがそれではアンシュラオンと対峙した際に絶望的な状況になる。


 万全な状況でも圧倒的に不利なのだ。少しでも力は残しておきたい。最悪はプライリーラを連れて逃げるくらいの力は。


 だからまだ余力を残しつつサナが逃げたことは、本当に好都合である。



 アーブスラットは、戦罪者の攻撃をガードしつつ口元を隠し、【魔獣笛】を吹く。



―――ーーーーーーーーーーーーーー



 音は出ない。人間には聴こえない音だからだ。


 しかし、その音でクラゲ騎士は動かない。


 火鞭膨の炎で大部分の水分を失った彼らはしばらく休息が必要だし、多少動いていた個体も力を覚醒させた戦罪者に叩きのめされてしまった。


 再生にはそれなりの時間がかかるだろう。彼らはもう戦力にはならない。


 だからこれはクラゲ騎士に向けたものではないのだ。かといって守護者に向けたものでもない。



(こうなったことは想定外だが、それもまた闘いの妙味というもの。だからこそ何事にも【保険】はかけておくものだ。最後の一手はこちらが打たせてもらう。あとはやつらに任せるか…)






 トットット トットット



 サナは振り返らずに走り続ける。


 遠くでは大型のハリケーンが複数発生しており、あらゆるものを巻き上げていた。


 そこの視界はほぼゼロ。何が起きているのかはわからないが、アンシュラオンが戦っているのは間違いないだろう。


 もちろん、そちらに向かって走ったりはしない。


 あれに巻き込まれれば今のサナでは数秒ももたない。即座に細切れだ。



 トットット トットット


 トットット トットット


 トットット トットット



 よって、そこから離れるように移動する。


 アンシュラオンに賦気を施されて身体能力が上がっているサナは、あっという間に五キロほどの距離を移動していた。


 周囲は平坦な大地から、所々に岩が転がっている岩石地帯へと変わっていく。


 戦場に向かう前に通った場所だ。この先はそうした起伏の激しい岩場が数多く広がっている。


 ここならば身を隠すのには最適な場所だろう。サナは岩陰に潜み、じっとすることにした。


 アンシュラオンならば波動円で必ず見つけてくれるはずだ。それまで待つことしかできない。



「…はぁはぁ」



 少し経つと、身体が急に重くなった気がした。


 汗が流れてきたので仮面を外す。


 命気足に守られていたとはいえ、あれだけの武人と戦っていたのだ。知らずのうちに疲労は溜まっている。



「………」



 サナの中には何もない。


 今さっき見捨てた戦罪者に対しても、良心の呵責のようなものは感じない。必要な分だけ必要な措置を取っただけだ。


 ただ、それを判断するまでがアンシュラオンより【猶予期間が長い】というだけにすぎない。


 これが戦罪者でなくても、仮にシャイナやサリータであっても必要があれば見捨てるだろう。


 そう教えられているし、身体は勝手にそう動く。普通の人間のように感傷というものがないのだ。


 ただただ結果だけを求めて動くようになっている。それが肉体にそなわっている保存本能というものだ。



「…? …さわさわ」



 胸を触る。まだ成長途上なので目立った突起はないが、そこに違和感を感じたからだ。


 何か自分でもわからないものが、そこで動いてる。


 ロマンなき言葉で言えば心臓の鼓動でしかないが、単なる疲れとは違う動きのように感じられる。


 だから触り続けるが、それもしばらく経ったら収まったのでやめた。



「………」



 独り。サナは独りだ。


 過去も覚えていない。彼女に思い出そうという【意思】がないからだ。


 だから両親や、あるいは幼馴染のような存在がいたとしても、彼女が思い出すことはない。



 彼女は、ただただ独りでそこにいる。



 言いつけ通り、助けが来るまでじっとしている。




 ピタ ピタ




 しかし―――そんな彼女を狙う存在が近づいていた。




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