289話 「見捨てる選択 前編」


 ズブブブッ ブシャッーー!!



「ぐふっ…」



 マタゾーの雷槍を取り込んだ命気足が、アーブスラットの腹に突き刺さり、貫通。


 その動きは、まさに高速フォーク。


 上を通ると思っていたものが急激に落下してくるのだ。四本の命気足と打ち合っていた人間に対応できるわけがない。


 アーブスラットはマキと同系統の武人で、スピードや手数で相手を圧倒する代わりに、素の防御力には難があるタイプだ。


 命気足の一撃でさえ、当たり所が悪ければ致命傷にもなりうる。そこにマタゾーの槍が加われば、防御の戦気などあってないようなものだ。



 しかも、この技には恐ろしい追加効果がある。



 アンシュラオンの時にはかわされてしまったので発揮されなかったが、雷槍人卦には『人間特効』という効果がある。


 この『人間』は『飛行』の説明時にもあったが、ステータスに表示される【種族】のことである。


 この種族にはステータスには表示されない各補正値が設定されている。飛行ならば、飛び道具以外の攻撃を半減させるという強力なものだ。


 それだけ見れば飛行が圧倒的有利なのだが、メリットがあればデメリットが存在するのが世の常、平等というものだろう。


 飛行種は非常に強力である一方、それを駆逐するための専用武具も存在する。


 鳥型魔獣を専門に狩るハンターなどはそうした『特効武具』を装備し、普通ならば非常に厄介な飛行する魔獣を簡単に屠っていく。飛行が仇になったパターンだ。



 特効は単純に【ダメージが二倍】になるという最悪のものであり、これと同じく『人間特効』は、人間に対して強い力を発揮する。




「ぐううっ―――がはっ!!」



 存在そのものを否定されたような衝撃に全身が強張る。これが種族特効である。


 この技は攻撃補正二倍なので、それが二倍にされて、もともとの攻撃力の四倍の力を発揮することになる。


 それが防御無視で突き刺さるのだから、雷槍人卦がいったいどれだけ凶悪な技かがわかるだろう。


 唯一の安心材料としては人間特効の技はそう多くなく、人だけを殺めてきた者しか修得はできない傾向にあることだろうか。


 裏スレイブが怖れられるのは対人戦闘に特化しており、多くの者が人間特効の技を持っているからである。人間を殺すためだけに技を磨いているので、殺人技の体得に向いているのだ。


 あとはマスター〈支配者〉たちが人間特効の技を多く使うので、人間が対峙する際は注意が必要だ。


 『即死無効』すら貫通する禁忌の術もあり、彼らが怖れられている要因の一つにもなっている。



 一方、魔獣ばかりを相手にしていたアンシュラオンは、実はほとんど『人間特効』の技を持っていない。


 姉に散々「他の人類は絶滅している」と言われてきたのだから、これも仕方ない。(陽禅公もそのあたりを考慮してあまり教えていない。バレたらパミエルキにボコられるから)


 その代わり魔獣の高体力や特殊能力に対応できるように、多様な技や単純に大ダメージを与える技を多く修得している。



 というわけで、種族特効は純粋に「ヤバい」。


 それを受けたのだから、アーブスラットは計四倍の大ダメージだ。


 と思いきや、悪いことが起こる際は、さらに悪いことが起こるものである。



 種族特効に加えて、ここにサナの【策】が追加される。



 というよりは、彼女は種族特効が追加されているとは知らなかったので、単純にこちらが目的だったといえる。


 水は雷を吸着する性質を持つ。命気は最上位属性なので、いくら雷であっても下位属性ならば簡単に通さないのだが、意図的に吸収することならば簡単にできる。


 こうなると、命気足の属性は「命(水)+雷」という複合属性になる。


 これがどういう結果をもたらすかといえば―――



 バチバチバチバババババババッ!!



「っ―――!!」



 アーブスラットの中と外で雷が激しく暴れる。皮膚や筋肉だけではなく、貫かれた箇所の血や内臓も焼かれていく。



 雷が―――【風と反発】する。



 アーブスラットが風域活殺千手を展開しているということは、彼は風属性を身にまとっている状態である。


 そこに属性反発が起きると、ダメージが1.5倍される。


 この『種族特効』と『属性反発』は別のカテゴリーなので重複し、まず種族特効の二倍が入り、それが1.5倍されるので、結果として【三倍ダメージ】ということになる。


 そして雷槍人卦が攻撃補正二倍なので、最終的に【合計六倍ダメージ】が入るという、もはや絶望的な損害を受けることになったのだ。




(しくじった…完全に……これはまずい……深刻で致命的なダメージだ…。手癖が悪いどころではない。凶悪だ…凄まじいほどにな…)



 アーブスラットは想定外の大ダメージに困惑する。


 一番脆いと思われた少女は、ネズミではなく凶悪な獣だったということだ。甘く見た自分が悪い。



 しかし、死んではいない。



 全身を雷気に焼かれてもまだ生きている。単純にHPの残量がギリギリ残っているのだ。


 体力そのものは高いほうではないが、アーブスラットのHP成長率が高いため、レベルをマックスまで上げている彼には余裕がある。


 サナが強引に軌道変更をしたから、その分だけ勢いが削がれたのも幸いした。もし自身のHPが四千を上回っていなかったら死んでいた可能性がある。


 それで命拾い。かろうじて助かる。



 シュンシュンッ シュンシュンッ



 そこにサナの追撃。相手が死ぬまで攻撃を続けろというアンシュラオンの言葉を忠実に実行する。



「ぬおおおおおおおおお!!」



 アーブスラットの戦気が爆発。


 刺さった槍を切り落とし、さらに緊急回避。命気足からの攻撃を逃れる。


 サナはさらに追撃。命気足が執拗に襲いかかるが、それを血反吐を吐き、後退しながらも捌いていく。


 致命的なダメージを受けても動きは止めない。あえて神経を操作して痛みを自身に与えることで意識をはっきり保つ。


 掠める掠める掠める。だが、当たらない。


 極限の状況で感覚が鋭敏になっていく。武人としての本能が覚醒していく。



 そして―――笑う。



「ふふふ…ははははは!! まさかこのような者たちに不覚を取るとは!! 何があなたがたをそうさせるのか…! しかしだからこそ…闘いは面白い!!!」



 アーブスラットの血も高ぶってくる。


 グラス・ギースにやってきてからは、これほどの真剣勝負をする機会は減っていた。その中でプライリーラ同様、彼も欲求不満を感じていたのだ。



(あまり使いたくはなかったが…出し惜しみはできない)



 ごぽごぽっ ごぽっ


 アーブスラットの身体が、少しずつ黒く変色していく。最初は心臓部分から始まり、それが広がっていき、顔、手、足と全身に行き渡る。


 それと同時に身体の修復が始まった。


 槍で貫かれた箇所、雷気で焼かれた箇所が、黒い組織で満たされていく。それが傷口を埋めていくのだ。



「…しゅ」



 アーブスラットの足が止まったところを見逃すはずがない。サナは命気足で攻撃。


 バゴンッバゴンッ!


 アーブスラットはよけなかった。反撃もしない。


 ドコドコドコッ ズバズバズバッ ブスブスブスッ!!


 命気足が殴り、切り裂き、突き刺す。


 これはさきほどアーブスラットがやった風域活殺千手をサナがコピーしたのだ。命気足でのアレンジバージョンだが、やっていることは同じである。


 やられたことはやり返す。これもアンシュラオンから教わった大切な人生訓だ。


 だが、やはりアーブスラットはよけない。


 上半身、頭と心臓を重点的にガードして、あとは命気足の攻撃をその場で受け続ける。


 攻撃を受け続けるたびに、当然ながら腕が傷つき、腹が引き裂かれ、足がズタズタになるが、やや遅れて黒い組織が修復を開始するので、結果的にはさほどダメージは与えていない。



「…??」



 サナは不思議そうに、その黒い組織を観察していた。


 攻撃しても攻撃しても倒せないことに違和感を感じているのだろう。




(そうだ。もっと攻撃すればいい。練気ができない以上、それが借り物である以上、エネルギーは必ず尽きる。だが、こちらは自分で補充ができるのだ)



 アーブスラットは練気も行い、エネルギーを補充。そのつど黒い組織は劇的に増え続けていく。



(しかし、まさか『美癌門びがんもん』を使うことになろうとは…。ホワイト相手に余力を残そうとしたことが失敗だったか…)



 アーブスラットのユニークスキル『美癌門びがんもん』。


 身体中の細胞を真っ黒なガン細胞に変化させ、その増殖する力で肉体を強制的に修復するものだ。


 その効果はパミエルキが持っている『完全自己修復』と同じく、一定時間で三割回復という驚異的なものだ。見る見る間に怪我が治っていく。


 しかも効果はそれだけではない。


 物理耐性、術耐性、毒耐性等々の全耐性を与え、『貫通無効』の防御力二倍効果もある超強力なスキルである。


 耐性は常時付与していくので、破壊されてもすぐに復活する優れものだ。


 これだけ聞けば非常に有用なスキルだが、上手い話には必ず裏がある。



 これを使っている間―――アーブスラットは『技が使えない』。



 細胞が異常な状況にあるので、戦気を外部に放出できなくなるのだ。


 戦気で自身の肉体を強化することはできるが、それを相手に直接送り込む発勁や、遠距離攻撃の修殺などの放出技は扱えなくなる。


 攻撃も純粋な肉弾戦のみになるため、戦士にとっては難しい戦いを強いられることになる。


 強靭な耐久性と回復力をもって強引に突破する場合には使えるが、自己修復はあくまで段階的な回復である。


 強力な一撃あるいは断続的に強い攻撃を受ければ回復が間に合わず、あっという間に死んでしまう。剣士を相手にする場合は逆に危険である。



 そしてさらにデメリットがある。



 細胞を強制的にいじるので、その間は細胞の寿命(テロメア)が減っていくという最大のマイナス要素がある。


 陽禅公が三百年以上生きているように、武人が長寿なのは肉体操作によって細胞の調整や復元ができるからである。


 しかし、磨り減ったものはどうしようもない。それを復元させることができるのは一部の魔王技だけだ。それができない普通の武人は、単純に寿命が減ることになる。


 そう、アーブスラットのユニークスキルは、【寿命の前借り】によって成り立つのだ。


 使いすぎは命の減少を招く。それもまた強さを求めた者の代償であろうか。



 これを使った段階でアーブスラットは不本意ながら【持久戦】に切り替えた。



 自ら率先して打ち破ることを諦め、サナの自滅を待った。


 そして、それは唐突に起こる。



 ボロッボロッ ぐちゃっぐちゃっ




 サナの命気足が―――崩壊。




 最初に崩れ落ちたように、ずるずるぐちゃっと地面に落ちて消えていく。ついに命気のエネルギーが底を尽いたのだ。


 トットット


 サナは即座に走り出して、アーブスラットと距離を取る。


 アーブスラットにとっては、待ちに待った瞬間である。しかし、彼の足取りもまた重かった。



(ようやく…か。随分と痛めつけてくれたものだな。身体中ボロボロだよ。…まるで泥の中を歩いているようだ)



 ガードしている間に命気足で散々攻撃を受けたのだ。足もズタボロで回復には時間がかかるし、槍足のダメージがあまりに大きい。即座に回復できるようなものではない。


 それでも必死に追いかける。


 身体中が真っ黒な老人に追いかけられる少女。これだけ見ると完全にホラーであるが、当人は至って真面目だ。



「やべぇぞ! 姐さんを守れ!!」


「うおおお! どけ、この触手野郎が!!」


「マタゾーのやつ! 負けてんじゃねえぞ! 使えねぇ坊主だぜ!!」



 その状況に気がついた戦罪者たちが、アーブスラットに殺到する。


 クラゲ騎士にまとわりつかれ、刺されながらも触手ごと引っ張ってくる。


 サナを守ることは彼らの至上命題である。どんな犠牲を払おうとも守らねばならない命令なのだ。



「まったく…戦罪者というものは…しぶといですな…」



 アーブスラットはポケット倉庫から『火鞭膨』の術符を取り出し、発動。


 火炎が鞭のように襲いかかり、戦罪者を薙ぎ払う。それにクラゲ騎士も巻き込まれたが、そんなことはもう気にしている余裕はない。



「なんじゃ、こんなもん!!」


「痛くも痒くもねぇぞ! こらぁあ!」


「ちくしょう、あっちぃいい!! このジジイ! ふざけんなよ!」



 火鞭膨をくらっても、めげることなく突っかかってくる。その勢いは凄まじく、身体が焼け焦げても気にしたそぶりはない。



(くっ、魔力も落ちている。今の私では止められぬか…)



 ダメージが大きくなれば、当然ながら各種ステータスが落ちる。アーブスラットの魔力値も激減しており、本来の威力が発揮されていない。


 美癌門を使っている間は外への魔力放出も抑えられるので、術符を使うことにも制限が生まれる。強力なスキルゆえのデメリットである。



 それによって彼らは、二人の間に割り込むことに成功。



「死ねや!!」


「甘く見られたものですな。このコンディションでも…はぁはぁ…あなたたち程度には負けませんよ」



 アーブスラットは重くなった身体で迎撃。


 向かってきた一人目の剣をかわし、腹にボディブローを叩き込む。次に向かってきた男は懐に入り込んでの掌底で吹っ飛ばす。三人目の男は、勢いそのままに身体を入れ替えて蹴り飛ばす。


 さらに二人が向かってきたので雷貫惇の術符で攻撃。こちらも簡単には近寄らせない。


 戦罪者もそれなりに強いが、この老執事はさらに圧倒的だ。重傷の身でも普通の戦罪者には十分対応できる。



「ちっ、死に損ないがよ!」


「はぁはぁ…邪魔をしないでもらいましょうか…」



 アーブスラットが『火痰煩かたんはん』の術符を取り出し、サナに向ける。



「てめ、このやろう!! 姐さんを狙うんじゃねえ!」



 ドガッ


 それを体当たりでガード。が、術符は発動。


 ボボオオオッ


 戦罪者の一人が炎に包まれた。



「うおおおおおお! なめんな、こらぁあああ!」



 戦罪者は燃えても怯まない。必死にアーブスラットにまとわりついて妨害する。



「姐さん、行ってください!!!! 俺らが盾になります!!!」



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