288話 「サナとアーブスラット 後編」


 覇王技、風神掌。


 相手の体内に風気を送り込み、内部をズタズタに引き裂く技である。アンシュラオンがラーバンサーに使ったものと同じだ。


 風神掌は発勁の中ではそこまで威力があるわけではないが、速度に優れているため、この素早い命気足の攻撃を防ぎながら当てるには適した技であった。



(入った! …が、やりすぎたか?)



 アーブスラットは幾多のフェイントを交えてサナの視線を幻惑しつつ、見事に風神掌を当てることに成功する。


 サナの力は借り物であり、アーブスラットの技量は自らの修練で得たものだ。練度がまったく違う。


 また、迎撃用の足も自動制御の限界がある。経験豊富な一流の武人が相手では、どうしても対応しきれない場面が出てくるのは仕方がない。


 ただ、あまりにまともに入りすぎたので、一瞬ひやっとする。


 当てる瞬間に少しだけ手加減したが、ほぼ本気の一撃だ。生身のサナならば文字通りに粉々になってしまうだろう。



 じゅぽっ ごぽごぽごぽっ


 しかし、命気足の一本が即座にサナに吸収され、傷を一瞬で癒す。



 命気は常時サナの中に浸透しており、本当に危険な際には自動的に効果を発揮するように設定されている。


 その回復の仕方は、マタゾーはもとより今まで他の人間にやったものよりも遙かに高品質で、なおかつ高速であった。


 サナに浸透している命気は、彼女の生体磁気に合わせてアレンジされているので、その分だけ吸収回復が早い。


 これによってズタズタに引き裂かれた身体も即座に回復。当人が痛みを感じる前には元に戻っていた。




(ふぅ、思った通りだ。少し怖かったが、あの男が慎重で助かったな。これで二本なくなって、残りが六本か。まだ六回はこれをやらねばならないとは…気が滅入るな)



 どうやら回復のたびに足が失われるようである。一本はマタゾーに使ったので、これで残りは六本となる。


 逆に言えば、サナは八回まで致死性の攻撃に耐えることができる、というわけだ。


 もちろん許容量を超えるダメージを受ければ即死もあるが、アンシュラオンの命気を一発で突破できるような攻撃は滅多にない。



(ちまちまやっていては時間が足りぬ。一気に削る!)



 アーブスラットは命気足と戦いながら強めの練気を行う。


 高速練気術という技であり、爆発集気よりも時間はかかるが、大きな隙を作らないで戦気を凝縮させることができるものだ。


 ボディーブローを警戒するボクサーが、常時腹筋を固めながら呼吸することに似ているだろうか。これも練気が上手くないとできない芸当だ。



 そして、練り上げた戦気を解放。



 アーブスラットの両手に強力な戦気が満ちる。



「はぁあああああああ!!」



 指を伸ばし、受身をするように両手を前方に軽く構え、命気足と打ち合う。




―――叩く


 掌底を使って命気足を打ち砕く。



―――斬る


 手刀を使って命気足を切り裂く。



―――貫く


 貫手を使って命気足を貫く。




 ドンドンドンドンドンドンッ


 叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く!


 ズバズバズバズバズバズバッ


 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る!


 ザクザクザクザクザクザクッ


 貫く、貫く、貫く、貫く、貫く、貫く!



 六本の命気足に対応するように、あらゆる角度に向かって、あらゆる攻撃と防御を繰り返す。


 奥義、風域活殺千手ふういきかっさつせんじゅ


 因子レベル5で使うことができる覇王技の奥義の一つで、掌底、手刀、貫手の三つを自在に操って攻撃する技である。


 風の名が付いているように手には風気を宿しており、攻撃の速度が非常に速いうえ、打撃、斬撃、刺突の三つの属性を持っているので、あらゆる状況に対応することができる。



 命気足の叩くような動きには、貫手で対応。貫いて動きを止める。


 薙ぐような攻撃には手刀で切り払う。


 突くような攻撃には、掌底で潰す。



 優れた武人がアーブスラットを見れば、周囲を覆う独自のフィールドを形成していることがわかるだろう。


 アンシュラオンも六本足のデアンカ・ギースに対して似たようなことをしたが、あの時に使った六面迎舞は防御用の技であり、特定の技というよりは【武技】なので単純なテクニックである。


 一方の風域活殺千手はれっきとした覇王技であり、攻防一体の技だ。


 一定の範囲内にいる者に対して、攻撃も防御も同時に行うところに特徴がある。つまるところ自動迎撃の命気足と同じ系統の技となる。


 同じような技を使い、スピードも威力も両者は互角。



 されど、命気足が―――破壊。



 グチャッ ボシュッ


 すでに千を超える打ち合いを果たした足の一つが、限界に達して自壊した。これで残りは五本だ。


 これは時間制限ではなく、単純にアーブスラットが力づくで打倒したのだ。攻撃を防御すれば、それだけ磨耗していくのは当然のことだ。


 さらにアーブスラットの攻撃の質が高まったので、凄まじい勢いで命気足が削られていく。


 一本ずつどころか全部がまとめて小さく細くなっていくのがわかる。





(まずい。このままでは負ける)



 槍を構えたまま、マタゾーは肝を冷やしていた。


 どちらが優勢かは少し腕の立つ人間ならばわかるものだ。明らかにアーブスラットのほうが強い。


 パワー、スピード、技量、戦気の質、経験値、どれもが命気足付きのサナを凌駕している。


 そんなことは最初からわかっていたこと。サナのワガママで始まった戦いなのだから、これもまた受け入れるしかない。



 しかし、結果はいつだって残酷だ。



 マタゾーも人間の生死を数多く見てきたが、そこには奇跡など何一つ存在しないと断言できる。


 単純な原因と結果、強い者が勝って弱い者が死ぬという現実を、まざまざと見せつけられるのだ。


 そうした事実を知るからこそ裏スレイブは力だけを求める。力を信じ、力を愛し、力を信奉するのだ。



 今この場で最上位なのは、文句なくアーブスラット。彼が生殺与奪の権利を持っていることになる。



 幸いながらアーブスラットはサナを殺すつもりはないようだが、それも交渉次第でどうなるかわからない。


 アンシュラオンが対抗策としてプライリーラを人質にした場合、互いの人質だけが死ぬという最悪のシナリオだって存在するのだ。



(なんとかせねば…せめて逃げる時間を作らねば…。この命を捨てて一瞬の時間を作るしか道は……ん? 黒姫殿? 今何を…)



 バシュッ


 マタゾーの目の前の地面に命気足が叩きつけられた。


 端から見れば、弾かれた足が偶然そこに当たったように見えるだろう。


 しかしながらひたすら両者を注視していたマタゾーには、それが偶然には思えなかった。


 サナは視線をアーブスラットから離していない。もし少しでも外せば、それによって勘付かれるおそれがある。


 だからこれは、マタゾーに向けた秘密のメッセージだ。



(何を求めておられる? この状況では特攻するしか方法はないが…いや、黒姫殿のことだ。それならば最初から拙僧を犠牲にしているはず。そうしないのならば、何かしら考えがあるに違いないが…)



 いろいろと考えてみるが―――わからない。



 マタゾーは他の荒々しい裏スレイブからすれば、そこそこ静かな部類に入るが、戦いのことしか考えていない狂人であることには変わらない。


 はっきり言って、他の裏スレイブ同様に【頭が悪い】。


 ハンベエのような知性派ならばともかく、槍のことしか知らない破戒僧である。頭が切れるサナの考えなどわかるわけがない。


 ただ、こうして考えていれば、一つだけ悟ることもある。



(…駄目だ。わからぬ。どのみち拙僧にできるのは槍を突くことだけ。ならば…そうすればよかろう!!)



 悟ったことは、自分が槍を突くしか能がない【大馬鹿】だということだけ。


 ならば、そうしてやればいい!!


 自分ができる最強の一撃を、自分を軽んじている老執事にぶっ刺してやればいいだけだ!!!


 さすが僧侶である。悟った内容がぶっ飛んでいる。


 ちなみに彼がゴーストライターを務めた「ザ・ハッピー」は、密かに売り上げ300部を突破しているそうだ。


 そこにも「人生は槍を突くことなり」と書かれている。まったくもって役に立たない人生訓だが、今この瞬間だけは少しばかり役に立つだろう。





「ぬんっ!!! はぁああああああ!」



 マタゾーが爆発集気。


 ボボボボッ バチバチバチィイイイッ!


 身体が光になったように輝き、矢槍雷よりも数倍以上強い『雷気』が槍にまとわりついていく。


 触れただけで魔獣でさえ感電死する威力だが、これでもまだ準備段階である。



(この忙しい時に…坊主ならば寺にでも引っ込んでいればいいものを!)



 その雷気の強さを感じては、さすがのアーブスラットも無視はできない。


 サナの命気足を削りきるまでもう少し。あと少し。だが、そこからが長いのは何をやっていても同じだ。


 あとちょっと、もう少しで、という時に感じる焦りだけは、こうして長年戦い続けてもなくなることはない。


 アンシュラオンの命気と戦っているのだ。それも当然である。


 アル先生が闘人相手に負けたように、自動制御とはいえアンシュラオンの戦気は異様な強さである。


 それと真剣勝負をしているのだから、アーブスラットの精神的疲労も蓄積するというものだ。


 そこにきて、まさに横槍が入ろうとしている。鬱陶しさや忌々しさを感じるのが自然な感情だろう。



 だが、これは殺し合い。容赦のない純粋な戦いだ。



 いかなる手段を使っても相手を倒す。目的を達する。一人に対して何人を仕向けても、いかなる道具や術を使っても勝つ必要がある。


 最後に立っていた者こそが勝者となるのが、この世界の絶対のルールだ。


 だからこそアーブスラットも手段は選ばない。



 ガンッ! バキャッ!! ごろんっ



 命気足と打ち合いながら右足の踵を地面に強く叩きつけると、靴底から大納魔射津のカプセルが出てきた。


 靴に何かを隠すのは定番であるが、爆発物を隠すのはなかなかに勇気がいることだ。


 バシッ コーンッ コーンッ ごろごろ


 その大納魔射津を器用に足で蹴って起動させ、マタゾーのもとに放り投げる。


 こうした練習も日々積み重ねるのが武人の嗜みである。


 サッカー選手が普段はやらないようなリフティングで遊ぶようなものだが、アーブスラットがそれをやっていると思うと少し滑稽に思える。


 ただ、一流の武人ほど、そうした小さなことを怠らないものである。この土壇場で正確に動作ができたのも、積み上げたものがあるからだ。



(回避するか臆して切っ先が少しでもぶれれば、その瞬間にとどめの一撃を放つ! こうなれば多少のダメージは受け入れる!)



 この一撃で倒せるとは思っていないが、相手を少しでも怯ませることができれば十分である。


 マタゾーとの距離は十数メートルは開いている。一旦下がってくれれば槍が届く間合いに入るまでに準備ができるし、近寄ってくるのならば練気が中途半端になり、さして怖れるものではなくなる。


 そして、その瞬間に放出系の技で仕留める予定だ。


 それを打ち合いながらやるのは至難で、どうしても命気足の攻撃を一発はくらう羽目になるが、結果を得るためには受け入れるべき損害であろう。


 さらに念には念を入れて、戦いながら位置を少しずつずらし、サナがマタゾーの壁になるように入れ替える。


 こうしたプレッシャーの与え方も老練である。極限の状況下では、ちょっとしたことが明暗を分けるものだ。




 コロンコロンッ



 大納魔射津がマタゾーの足下に転がっていく。


 しかし、マタゾーは無視。


 ひたすら練気に集中。サナと位置が入れ替わったことにも気付いていないのか、目を閉じて力を溜めている。


 彼は自分の身よりも相手を倒すことだけに集中しているのだ。まさに鉄砲玉である裏スレイブの鑑であろう。


 同時にアーブスラットには、その姿勢が非常に苛立たしく思える。



(狂人め…どこまでも邪魔をするか…)



 裏スレイブが好まれないのは、何の責任も取らず己の享楽に興じるからだ。


 特に守るものがある人間からすれば、そんな人間を好きになる理由は皆無である。



(いいだろう、やってみろ! だが、直撃を受ければ、まともな一撃は打てまい!)



 マタゾーの身体は命気で回復しつつあるが、万全には程遠い。


 今は攻撃に集中しており、防御の戦気もほとんどまとっていない。この状態で大納魔射津が爆発すれば命に関わるだろう。


 それでもマタゾーは限界まで練気を続ける。生半可な一撃では通じないことを知っているからだ。


 命をかけた一撃でなければ、この老執事には通じないのだ!!



 バチバチバチッ!!


 バチッ、バチッ、ババババババババババババッ!!!



 槍先一点にすべての雷気が集中する。これを打ち出せば、マタゾーの最大の攻撃である剣王技、雷槍人卦の完成だ。


 だが、それを放つ直前に―――リミット。




 ドドドバーーーーーンッ!!




 大納魔射津が爆発。


 まったく防御をしていないマタゾーの足下から、激しい爆炎が上がった。


 皮膚を弾き飛ばし、肉を焼き、骨が削れる。衝撃で瞼ごと目も大きく抉れ、耳も吹っ飛ぶ。



 この瞬間―――意識を失った。



 ダメージが限界を突破したのだ。肉体が死を覚悟して神経を遮断する。



 それでも、槍は手放さない。



 肉が削がれた足は大地にしがみつき、ボロボロの手はがっしりと槍を掴み、長年の修練で積み重ねた動作が誰の命令もなく動き出す。


 否。


 それはやはり【意思】である。


 彼の意思は、ただ槍という一点に集中しており、他の部分はどうでもよかったのだ。


 意識を失いつつあっても生じる強靭な意思が雷気を維持し、日に五十万回以上も突いた動きを忠実に再現する。




 ただし、それは普段の突くという動作ではなく―――【投げる】。




 閃光が―――はしった。




 この状態、この間合いでは、槍を突き出しても当たらない。


 万全なら走って間合いを詰めることもできるが、今はそれもできない。


 それを無意識で理解しているマタゾーは、手元から右手で押し出すように槍を投げる。



 ギュルルウッ バチィイイッ ドヒュンッ



 軽く押し込んで放っただけで、槍は急激に加速しながら一直線に標的に向かっていく。


 放槍・雷槍人卦。雷槍人卦の槍投げバージョンであるが、極限まで溜め込んだ雷気が爆発して加速させるので、威力そのものは変わらない。




 槍がアーブスラットに迫る。




(最後までやりきるとは…見事だ! しかし、やはり甘かったな。軌道がずれている。あの爆発の中では当然だ)



 最後は結局、アーブスラットの思惑通り。


 マタゾーが放った一撃は爆発による衝撃と、壁にしたサナを避けたために軌道がかなりずれ込んでしまった。


 このままではまた肩を掠める程度が精一杯だ。



(勝った! このまま一気にいく!)



 アーブスラットがサナに集中する。今は時間が何よりも大切だ。


 だから彼の行動を責めることはできない。


 アンシュラオンという強大な敵がいるのだ。サナを捕まえても、さらに彼と対峙するという最大の挑戦が待ち受けている。


 一刻も早く事を成し遂げ、気持ちをそちらに持っていきたいと思ったのは、けっして責めることはできないだろう。


 なぜならば人間は大きなストレスに苛まれると、楽になろうとする心理が働くものだからだ。


 それが日々鍛練を積んでいるアーブスラットでも同じだというのは、多少ながら親近感が湧くものだ。



 だからそう、これは決勝戦を前にした一流スター選手が、思わず準決勝で不覚を取ることに似ている。




 ボンッ ニョロロロッ ニュギュウッ




 軌道がずれた槍を―――命気足が【取り込む】。





「なっ…にっ……」



 一本、足りなかった。


 マタゾーの雷気に意識を取られ、サナが一本だけ命気足を地中に潜ませていることに彼は気付かなかったのだ。


 その命気足が突如地面から出現し、マタゾーの槍と合体。


 まさに取り込むように吸収すると、一気に軌道を変更。




 ズババチイィイイイイイイイイ!!




 『槍足』がアーブスラットの脇腹に刺さり―――貫通。





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