287話 「サナとアーブスラット 中編」


 マタゾーはまだ生きていた。


 裏スレイブは鉄砲玉にも使われる存在なので、しぶとさには定評がある。


 業界では『裏スレイブは殺すまで死なない』といわれるくらいだ。生きていたことは不思議ではない。


 しかしながら、見た目からしてもかなりのダメージを負っているので、けっして余裕しゃくしゃくで耐えたわけでもない。


 仮面の半分以上が吹き飛び、腕や肩の肉が破損して骨が剥き出しの部分もあるなど、一目見ただけでもかなりの重傷だ。


 されど―――武人。


 心臓を貫かれたくらいでは死なないし、諦めもしない生粋の武人である。


 血に飢えた薄暗いその瞳は、まっすぐにアーブスラットに向いていた。



(オヤジ殿に言われたことは二度と忘れぬ。死んでも貫くのみ)



 アンシュラオンに諭されたように、槍で相手を刺し殺すまでは絶対に満足しない。


 極めて当たり前のことだが、これが一番大切なことである。だからマタゾーは相手を殺すためだけに槍を構える。


 その気迫は、武人であっても恐怖を抱くほどに一途であった。


 そして、二撃目を加えようと槍を構える。



 その狙いは―――アーブスラットの心臓。



 マタゾーは最初の一撃も、そこを狙っていたのだ。


 ただし左腕が完全におしゃかになり、今は脇をしめて強引に支えとして使っている状況である。狙いが正確にならないのは仕方のないことだ。


 たとえれば片腕が骨折した状況で、利き腕だけでビリヤードをやるようなもの。


 むしろこの状況でアーブスラットに当てたことを褒めるべきだろう。




(あの槍使い、少女ごと私を殺す覚悟で放ったのか。あの頷きは、そういう意味だったということか)



 マタゾーの殺気を受けたアーブスラットが、サナの行動を理解する。


 自分の防御の戦気を貫くくらいだ。一発目の矢槍雷は、本気中の本気で撃ち出したものであろう。


 貫通する可能性は低いものの、場合によってはサナを殺傷する危険性だってあったはずだ。


 どうやら少女は戦気を放出できないようなので、ほぼ生身の状態である。そこに矢槍雷が少しでも当たれば感電死は免れない。


 裏スレイブが勝手にそんなことをするはずがないので、これは間違いなく彼女自身の【命令】である。


 サナにはマタゾーが見えていた。


 だから目とジェスチャーで、「自分ごと撃て」と伝えたのだ。


 サナがそんなことをするとは思わなかったので、アーブスラットは素直に驚きを感じていた。



(まさかホワイト商会の者たちが、ここまで強い意思を持って戦うとは…理解しかねるな。そもそも裏スレイブの気持ちなど理解はできない。…だが、そうした慢心と油断がミスを招く。これは反省せねばいかんな)



 この一撃を受けたのは、完全に自分のミスである。


 たかが少女、たかが裏スレイブと侮ったからこその被害だ。そこで自分に再び活を入れる。



(気迫は見事。しかし遅かったな。少女はすでに手中。このまま完全に捕縛して連れ去るだけだ)



 アーブスラットはサナに触れているし、マタゾーの狙いも理解した。ならばもう不覚を取ることはない。


 一度目が最大のチャンスだったのだ。そこを外した以上、二度目はない。


 このままサナを糸で縛って拘束し、マタゾーにとどめを刺してから一度戦場を離脱する。その後、プライリーラの救援に向かえばいい。


 そう思って糸を取り出した瞬間である。


 サナが蛇双を使って、自分を掴んでいるアーブスラットの腕を攻撃。


 ガキィイイッ


 当然ながら攻撃は通じない。防御の戦気によって刃が防がれる。


 そこまではいい。それくらいの抵抗は想定していた。



 がしかし―――【腕が増える】とは思わなかった。



 ニョロン ニョロロロ


 サナの肩口から、もう一本の腕が生えてきた。いや、よく見れば一本ではない。もう一本、二本、三本と、計四本の腕が一瞬にして生えた。



 それが―――薙ぎ払う。



「ぬっ!!」



 アーブスラットはサナを放し、両手をガードに回して最大出力の戦気壁を展開。


 ズババッ!! ブシュッ


 新しく生えた腕が戦気壁を貫通し、アーブスラットの腕を切り裂く。赤紫の戦気の中に、さらに赤い血が舞う。


 バンッ


 アーブスラットは緊急回避でサナから離れるしかなかった。あのままの状態でいたら、おそらくは一方的に攻撃されていただろう。





 両者は着地。着地の際も生えた腕がクッションとなり、サナは軽やかに舞い降りた。


 トットット


 そこから距離を取ったアーブスラットとは対照的に、サナはマタゾーのもとに向かう。



「はぁはぁ…黒姫殿、ご無事か」


「…こくり」


「本来は拙僧がお守りするはずが、この体たらくとは…申し訳ないでござる。ですが、その技は消耗が激しい。長居は無用。即刻お逃げなされ」



 マタゾーはサナから生えている腕、アンシュラオンが『命気タコ足』と呼んでいたものを見る。


  第一警備商隊相手に使ったものと同じだ。これはアンシュラオンの命気によって形成されているので非常に強力な武器になる。


 ただし、本来はサナの生命維持のために用意されたものなので、攻撃形態である命気足は消耗が激しい。


 前回の使用時の状況から考えて最大出力での持続時間は、およそ五分程度だろう。


 基本的にアンシュラオンが傍にいるので、それだけもてば十分という計算がなされているようである。


 逆にこれ以上の稼働率を目指すと日常での維持が難しくなる。あくまで緊急用の措置なのだ。



 サナは、命気足の一本をマタゾーに密着させる。


 コポコポコポッ


 足が身体の中に入り、全身に染み渡る。負傷した箇所から泡が立ち、急速に傷が回復していく。



「これは…オヤジ殿の命気…黒姫殿も使えるでござるか」


「…こくり」



 自動防御用の四本以外はサナも動かすことができる。その一本を本来の用途である回復に使ったのだ。


 結果マタゾーの傷は多少ながら回復したものの、足が一本消える。



「いけませぬ。拙僧のような者に使っては御身が危険になりましょう。裏スレイブは戦って死ぬことが誉れ。お気持ちはありがたいが、オヤジ殿の意思には反するでござろう」


「…ふるふる」


「しかし…これでは…」


「…ふるふる」



 サナは頑として譲らない。彼女はアンシュラオンとは違い、白黒はっきりした性格なのだ。


 また、裏スレイブを簡単に犠牲にするのはアンシュラオンであって、サナも同じ考えとは限らない。


 好きにやっていいと言われているのだ。だからサナは好きにしているにすぎない。



(オヤジ殿の秘蔵っ子とはいえ、まだ子供。優先順位を見誤っても不思議ではない。裏スレイブに情などかけても報われぬもの。我らは強さのみに従う。…されど黒姫殿が見せたものも、まさに【強さ】よ。いくらこの技があっても、あれほどの手練れを相手に臆さぬとは…)



 サナが自分ごと攻撃しろと意思表示したことには、命気足を含めたしっかりとした算段があってのことだ。


 だが、それでもアーブスラットと対峙した姿は見事であるし、マタゾーも人の子である。施しを受けた恩義を忘れることはない。


 サナが戦いたいというのならば、それに力添えするのが自分の役目である。



(左手は支えるのがやっとだが、かろうじて動く…。まだやれるか。黒姫殿はどこか…そう、オヤジ殿と一緒にもっともっと大きくなる気がしてならぬ。こんな辺境の都市では収まらぬ器であろう。この戦いが少しでも成長に役立つのならば、この命も惜しくはない)



 シュボッ


 マタゾーの戦気が燃え上がる。


 ロウソクの火のように静かでゆらゆらしたものだが、非常に濃縮した気骨ある炎である。




 そんな二人のやり取りを見て、アーブスラットは警戒を強める。



(このような隠し玉を持っているとは…。ザ・ハン警備商隊の生き残りから証言は得ていたが…まさか本当とはな)



 命気足には非常に驚かされたものである。完全に想定外だ。


 あの一撃でアーブスラットの腕からは血が滴り落ちている。骨までは到達していないものの、こちらの防御を貫くのだ。怖ろしいものである。


 ジングラスも独自にホワイト商会について調べており、その中には戦いから逃げてきた第一警備商隊員の『水の足が襲ってきて次々と殺された』という証言もあった。


 しかし所詮は敗残者の言い訳。仲間を見捨てて逃げた臆病者の世迷言だと思っていた。



(あれも『停滞反応発動』を使ったものか? …あんなものは見たことがない。いったいどれだけ複雑な技を練り上げているのだ。信じられない芸当だ。どうりでホワイトが慌てて向かってこないわけだ。大切なものには鍵をかける。当然の防犯意識だな)



 サナが自分を相手にするから、おかしいとは感じていた。


 同じくアンシュラオンが即座にやってこないことにも疑問を抱いていたが、これで納得である。用心深いあの男が、自分の大切なものを放置するわけがないのだ。



(あの槍使いは息を吹き返したか。しかもこの気質だ。最初よりも厄介になったかもしれないな。それもこれも、すべてはあの少女がやったことだ。よもやここまでてこずることになろうとは…。だが、侮ったわけではない。すべてがこちらの予想を超えていただけのことだ。特に裏スレイブまで魅了することが一番怖ろしい)



 アンシュラオンがサナを大事にするだけの価値があることも、改めて理解できた。



 サナには―――【人を率いる資質】がある。



 当人はまだ子供で弱いが、マタゾーのやる気を引き出したように人を惹き付けるものを感じる。


 それはアンシュラオンとは正反対のもの。


 個人では超絶に強い反面、横暴で人望もなく、人を率いるのが苦手なあの男とはまったく反対の力だ。


 彼ならば即座に裏スレイブを見捨てて逃げるだろう。実際にサナにもそう教えているのだから偽りなき本心である。


 しかし、シャイナを許したり、サリータを拾ったり、サナには弱い者を【拾う癖】がある。


 仮にサナが何も与えずとも、彼女たちはサナを守ろうとするに違いない。それはまさに人徳である。


 そんなサナがいるからこそ、アンシュラオンも安定している。暴走しないで済んでいる。



 その安定を、人は「安らぎ」とか「拠り所」と呼ぶのだ。



 それゆえにサナが輝けば輝くほど、皮肉にも人質としての価値も十二分にあることを立証していた。




(彼女も大きくなればリーラ様のようになるのかもしれないな。…しかし、敵である以上、私情を挟むわけにはいかない)



 ゴゴゴゴッ ジュウウウウウッ


 突如アーブスラットの気配が変わった。明らかに戦気の質が変わっていく。


 静かに波打っていながら淀みなく、清廉でありながら不純で、軽いながら重厚。多様で複雑で、深みのある戦気が、じんわりと周囲を呑み込むように拡大していく。


 そのあまりの強さに、触れた周囲の大地まで燃えていく。




 アーブスラットが―――本気の戦闘モードに入った。




 真の戦気を解放したのが、その証拠。


 平穏だった山が、いきなり噴火したかのような変貌が見られる。



「むっ…!! なんと凄まじい戦気よ…! 黒姫殿、防御を最優先に…」


「参りますぞ」



 再びトーン、トーンとステップを踏みながらタイミングを計り、直後―――消える。



「っ!!」



 もはや肉眼では追えない速度で、こちらに向かってくる。


 それに対してマタゾーは反射的に槍を突き出す。見たのではない。身体が感じたままに放ったのだ。


 彼もまた長年の修練によって武を磨いた者。反射とはいえアーブスラットの動きについていく。


 しかし、身体は万全ではない。


 十分な威力がない一撃は簡単にいなされ、次のステップで懐に入られる。


 そこから放たれたアーブスラットの拳はあまりに速く、なおかつ完全にマタゾーの顔面を捉えている。



(速い…! これが本来の速度か! …死ぬ)



 マタゾーをして死を覚悟する瞬間であった。


 自身が万全であったとしても、おそらくは対応できなかっただろう。アンシュラオンほど速くはないが、間違いなく超一流の武人の動きである。



 だが、拳が顔面に触れる前に―――命気足が弾く。



 バチィイイインッ!


 自動防御用の触手が、アーブスラットの拳を迎撃。寸前で叩き落す。



 そこでアーブスラットは標的をサナに変更。



 流れるようなフットワークから拳のラッシュ。もはや手元がまったく見えないほどのマシンガンジャブが炸裂。


 まるで漫画の誇大表現のように閃光となった乱打が迸る。



 ダダダダダダンッ バシバシバシバシッ


 ババババババッ ドドドドドドンッ



 何百発という拳がサナに注がれる。掠めただけでも生身のサナなら即死している攻撃だろう。


 が、それをすべて命気足が迎撃。こちらも目に見えない速度ですべてを叩き落す。


 両者がぶつかる衝撃で、思わずマタゾーが吹き飛ばされそうになる。



(むぅう…この領域には手が出せぬ…!)



 マタゾーは、ただただそれを見ているしかない。迂闊に参加すれば、槍ごと自身が破砕されてしまうだろう。


 それも仕方がない。すでにこの領域は達人のレベルを超えている。


 第七階級の達験級を超えた先にある世界。プライリーラやガンプドルフたちがいる領域のものだ。そこは次元が違う。


 一撃一撃が必殺のパワーを秘めていながら、この速度で打ち合っている。


 第一警備商隊を虐殺した命気足である。術具を装備していても簡単に引き裂くほどの力がある。それと対等に打ち合うアーブスラットも化け物である。




(速い。重い。これがホワイトの戦気か。油断をすれば首を狩られるのはこちらだな。だが、それを操っているのはこの少女だ。神経と直接結合しているのか? さすが医者というわけか)



 アーブスラットは戦いながら命気足を観察する。


 どうやらあれはサナの身体の中、各臓器や脊髄、脳神経とつながっており、彼女が感じたままに動くような仕様になっているようだ。


 神経反射を利用しているので瞼が自動的に閉じて目を守るように、見て危ないと思った瞬間には、すでに命気足は動いている。


 サナがマタゾーを守ろうと見れば、それだけで迎撃用の足が勝手に動くというわけだ。


 しかしこれを見る限り、どうやらサナは命気足の制御に慣れたようである。まさに本当の彼女の手足のように扱っている。


 常時アンシュラオンと一緒にいて、なおかつ命気に馴染んでいる彼女は、知らずのうちに一体化が進んでいるようだ。



(だが、他人から借りただけの力には限界がある。凄まじい攻防力だが、これ単体で技を使えるわけではない)



 シュバッ バシュッ


 アーブスラットが、ギリギリの間合いで命気足の攻撃をかわし、サナの懐に入り込む。


 そこからさらに近距離からのラッシュで、命気足を防御に専念させておき―――


 トーン ドンッ!


 ボクシングのフットワークだったものが、突如として拳法の動きに変化。足を踏み込み、掌底を繰り出す動きになる。



 掌底がサナの腹を捉え、技が炸裂。



 ボゴンボゴンッ!!


 サナの身体が浮き上がり、内部から激しい力で蹂躙される。




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