286話 「サナとアーブスラット 前編」


 マタゾーが爆炎と土煙の中に消える。


 さきほど攻撃した感触からすれば、槍使いの僧侶は防御力に長けているようには見えなかった。


 これだけの爆発を受けて無事でいられるとは思えない。



(あれだけの武人だ。死んでいない可能性もある。とどめを刺したいところだが…まずは目的を達するほうが先決だろう。ホワイトは、まだあの竜巻の中だ。今ならばいける)



 アーブスラットたちとアンシュラオンたちの距離は、最初よりも離れている。


 何も知らないプライリーラ自身はこちらを巻き込まないようにと遠くに行こうとするし、アーブスラットは彼女たちから離れるように戦っている。


 すでにその距離は四キロ近くに及んでいた。そのうえ暴風の規模が相当なものになっているため、いくらアンシュラオンでも即座にやってくることはできないだろう。


 それを確認したアーブスラットが、首からぶら下げていた縦長の笛を口に咥え、吹く。



―――ーーーーーーーーーーー



 音は鳴らない。


 犬笛のように人間の聴覚には認識できない音域のものなのだ。これは人間に対するものではない。


 反応するのは―――魔獣。



「っ―――!」



 ガタンガタン


 その音を聴いたクラゲ騎士が、鎧の中で激しく動く音がする。


 ニョロロロロロッ


 それから鎧の隙間から大量の触手が出てきた。焼け焦げた触手まで一気に再生していく。



「な、なんだぁ!? こいつら、いきなりどうした! どわっ!! 近寄るな!」



 突然の変化に驚いた戦罪者に対し、クラゲ騎士が一斉に襲いかかる。


 殴られようが剣で切られようが、かまわずに突進して触手を絡ませてくる。その特攻のような突撃にはさすがの戦罪者も対応しきれない。


 ブスブスブスッ


 麻痺針が大量に突き刺さる。



「くそっ…!! やろう!! ちっ! 離れねえ!!」



 身体が痺れて動けない。これはかなりピンチである。


 しかしながらクラゲ騎士のほうも、それ以後は特に攻撃を仕掛けてくる気配がない。


 ただひたすら触手を絡ませ、それぞれ一体ずつが各戦罪者にまとわりついて動きを封じている。


 今までまったく統率が取れていない動きをしていたが、いきなり集団的な行動を取り始めた。そこで虚をつかれたのだ。



 当然これはアーブスラットの【命令】である。



 ジングラスの秘宝、あるいは秘術である『魔獣支配』は、一度当主が支配下に置いた魔獣ならば他の人間でも操作が可能となる。


 守護者はプライリーラの命令しか聞かないが、クラゲ騎士のような低級の魔獣ならばアーブスラットも動かせるのだ。


 いつもこの笛を使って訓練しているので、今回もその命令通りに動いたというわけである。


 ちなみに館の使用人たちも同じように魔獣笛を持っている。この笛は特殊なものであり、吹いた人間の生体磁気を拡散させる『術具』でもある。


 それによって魔獣からすれば使用者個人の特定が可能となるため、仮に笛だけ奪っても魔獣は言うことを聞かず、プライリーラが許可した人間にしか従わない。


 ジングラスの切り札なので、そのあたりの防犯対策もしっかりしているのだ。




(これでしばらく戦罪者どもは動けまい。この間に仕留める)



 クラゲ騎士の役割は、これで終わりだ。


 優れた戦闘力を持っているわけではなく、耐久力と繁殖力だけが売りの魔獣なので、こうして足止めさえできれば十分である。


 そしてアーブスラットが、ついにサナに向かって動き出す。


 戦いながらも位置は特定していたので、一気に間合いを詰めていく。



「…じー」



 サナはアーブスラットの接近に気付いていた。いつものように、じっとその姿を観察しているようだ。



「…ごそごそ」



 それから銃ではなく、爆発矢が装填されたクロスボウを取り出す。


 銃で撃っても当たらねば意味はない。爆炎弾も着弾しなければ術式が展開されないので、アーブスラットに当てる自信がなかったのだろう。


 そこで広範囲を攻撃できる爆発矢を選択したのだ。


 シュッ


 大雑把に構え、サナが爆発矢を発射。



(あの矢、術式の反応がある。爆破術式…大納魔射津を尖端にセットしているのか。単純な発想だが、意外とこういう使い方をした者はいなかったな)



 アーブスラットの目が、飛んできた矢の正体を即座に看破する。


 彼がモノクル〈片眼鏡〉をかけているのは、けっして格好をつけているからではない。かといって目が悪いわけではない。


 これは『印鷹士いんだかしの片眼』と呼ばれる術具で、モノクルを通して見たものに術式がかかっているかどうかを解析できる便利アイテムだ。


 本物の鑑定ほど詳細ではないが、軽く見ただけで普通の物か術具かがわかるので、かなり有用性は高い逸品である。


 それによってサナの矢が特殊なものであることがわかった。正体がわかれば、さして気にするものでもない。



 アーブスラットは―――矢を破壊。



 ジュエルが付いている尖端だけを狙って切り落とし、さらに掌底で空圧を生み出し、遠くに飛ばす。


 地上数十メートルにまで吹っ飛ばしたので、仮に爆発してもこちらに影響は与えないだろう。


 何気なくやっている行為だが、強い衝撃を与えるといきなり爆発する可能性もあるので、実はかなりの高等技術である。


 空圧を回転させてジュエルの周囲に展開させることで、まるで包み込むようにして保護しながら飛ばしたのだ。


 まさに達人芸と呼ぶに相応しい妙技である。




「…じー」



 サナはその光景をじっと見つめていた。


 真似したいところだが、さすがに達人技すぎて彼女にはまだコピーはできないだろう。



「姐さん、逃げてくだせえ!!」


「…ふるふる」


「姐さん!」



 アーブスラットが迫る中、戦罪者がサナを逃がそうとするが、彼女は動かない。


 蛇双を取り出して両手に装備し、果敢にも迎え撃とうとする。



(この私とやるつもりか? それだけの策があるのか…それともやはり経験の浅い少女なのか。どちらにせよ、そこらの魔獣と一緒にされるのは心外だな)



 達人級のマタゾーを一蹴するくらいだ。アーブスラットは強い。


 サナは目覚しい成長を見せているが、今回の相手は別格だ。万一にも勝ち目はない。


 しかし、アンシュラオンの指南を受けているサナが、まともに相手をするわけがない。


 蛇双を構えた瞬間、ぱっと剣を離す。



 その手の平には―――術符。



 剣で戦うと見せかけて、手に仕込んだ風鎌牙の術符が発動。


 風が吹き荒れ、カマイタチがアーブスラットに向かっていく。



(まだまだぎこちないが、悪い動きではないな。判断も悪くない。ただ、彼女はまだ子供だ。それは不運だったな)



 もしサナが接近戦を挑みながらこのトリックを披露していたら、風鎌牙が広い範囲への攻撃であることも相まって、初見の相手にはヒットしたかもしれない。


 ただ、現在の彼女ではアーブスラットに接近戦を挑むこと自体が不可能なので、この遠い間合いで使うしかなかったのだろう。


 非常に惜しいが、よく相手を見ている。あの歳を考えれば、それだけでも合格だろう。


 しかしながら、相手が悪い。



「はっ!!」



 アーブスラットが前方に戦気壁を生み出して風鎌牙を防ぐ。


 いちいち立ち止まる必要もない。発動させながら簡単に弾いてみせた。


 術式を防ぐには三倍以上の戦気で対抗する必要があるが、サナの魔力で発せられた風鎌牙などは、老執事からすれば目にゴミが入る突風にも満たない「ヤワ風」だ。


 あっさりと対応して、さらに差を詰める。



 もう距離は目と鼻の先。



 アーブスラットの足ならば、すぐにでも捕らえることができる。


 それでも少しばかり時間をかけたのは、ほんのわずかな躊躇があったからだろう。


 相手は少女。どれだけ「手加減」をすればいいのかで迷ったのだ。



(女性、それも子供を傷つけたくはないが…なかなか手癖が悪いようだ。仕方ない。最悪は両手を折って無力化する。綺麗に折れば回復に支障は出ないだろう)



 アーブスラットは目的のためならば冷徹になれる。


 かつては子供だって手にかけたことはある。ここはそうしなければ生きていけない大地なのだ。子供とて銃や術符を使えば簡単に人を殺せるからだ。


 この様子を見る限り、いろいろと小細工をしそうな少女だ。そういう悪さができないように腕を折るのが一番である。


 自分自身でも欺瞞ではあると思うが、殺したくないときは両手足を折るのが一番いい。一番安全で一番確実だ。


 それで後遺症が出るようならば、それまでのこと。運がなかったにすぎない。



 そうと決めれば行動は早い。


 一気にサナに接近し、その細く美しい腕を掴もうとする。


 しかしサナは一瞬だけ早く、もう一方の手でポケット倉庫から盾を取り出す。


 サリータが使うような大型の盾で、明らかにサイズは大人用だ。これも第一警備商隊が持っていた『物理耐性』付きの術具である。



「盾では防げんよ。腕をもらう!」



 盾など簡単に破壊できるし、少女の腕力ならばもぎ取ることも容易だ。


 アーブスラットが、強引にサナの腕を掴もうとするが―――



「っ!!」



 咄嗟にアーブスラットは後方に跳躍。



 ドドドドンッ!



 次の瞬間―――大地が爆発。



 その衝撃で、サナともども吹き飛ばされる。


 しかし事前に跳躍をしていたおかげで、ほぼ無傷である。サナの視線が地面に向けられたことを見逃さなかったのだ。


 彼女のじっとよく見る習性を逆手に取ったものであった。



(これは…地面に大納魔射津を仕込んでいたのか? さすがに地面の中にあるものまではモノクルで見抜けぬな。いつ仕掛けた? ずっと探っていたのだ。そんな暇は……いや、一度だけある。なるほど、槍使いと戦っている間か。たしかにそこまでの余裕はなかったが、こうなることを予期していたとでもいうのか?)



 アーブスラットはサナの位置を随時確認していたが、マタゾーとの戦いでは数秒だけ完全に意識を離した状態になっていた。


 いくらアーブスラットでも、余所見をしながらマタゾーを圧倒することはできない。その間にサナは地面に大納魔射津を仕掛けたのだろう。


 小さい身体である。銃を地面に近づけてリロードしたり、構えたりすれば不自然には見えない。


 ただし、これは狐面相手にもやろうとしていたことなので、サナがアーブスラットの行動を予期していたわけではない。


 単純に万一の場合にそなえて、常時こうするようにしていただけのことだ。それだけ防御に対する意識が強い証拠である。



 だが、アーブスラットが一番驚いたのは、そこではない。



―――視線が交わる



 サナは仮面を付けているが、目と目が交錯したのがすぐにわかった。



「…じー」



(この少女…まったく目を閉じなかったのか? 普通の子供であれば、爆発すれば反射で目を閉じるものだ。やはり異質なものを感じるな。心が壊れているのではないのか? 生まれつきか、それともあの男の影響か…これは考えを改める必要があるな。相手が子供であれ油断してはいけない。この子はホワイトとは違う意味で危うい)



 この段階でアーブスラットは、サナを甘く見るのをやめた。


 目の前にいるのは少女ではなく、一人の武人であると認識する。単にそれが少女の形をしているだけなのだと言い聞かせる。


 だから、本気で捕まえに行く。




「ふんっ!」



 アーブスラットは、アンシュラオンがやったように空中で発気。戦気を放出して身体を強制的にサナの方向に移動させる。


 アンシュラオンがやったものは軽微な移動であったが、彼がやったものは爆発にも等しい衝撃であり、ジェット噴射のようにサナに向かっていく。



「…ごそっ」


「遅い!」



 サナがポケット倉庫に手をかけるよりも早く、拳衝が放たれる。


 ドゴォオオッ バシィンッ


 拳衝はサナの盾を吹き飛ばし、その衝撃でポケット倉庫へ伸びた手を阻害する。


 これはアーブスラットが意図的に盾を狙ったから助かったのであり、他の部位を狙われていたら危うかった展開である。


 その気ならば盾ごとサナを貫くこともできたのだ。人質としての価値があるからこその手加減である。



 されど、これによって攻撃が終わったわけではない。



 がしっ!


 アーブスラットがさらに接近してサナの手を掴み、そのまま落下していく。



「あなたを捕縛させていただきます。おとなしくしなければ腕を折り、それでも暴れたら足も折りますぞ」


「…こくり」


「…?」



(何に頷いたのだ? まさか折ることを承諾したわけでもあるまいが…)



 アーブスラットは、サナの行動の意味がわからずに一瞬考えてしまう。頷くだけではどちらの意味にも取れるからだ。


 もともと感情を出さず、何を考えているのかわからない少女であるが、かといって自身の腕を折られても平気とは思えない。


 また、アーブスラットにしても人質という手前、できれば無傷で捕獲したいと思っている。


 この文句で怯むようなら、それを脅しにしておとなしくさせてもいい、という心構えがあったことは否定できない。


 だからこそ隙が生まれたのだろうか。




 ズバアァアアアアア!!




 雷光一閃。


 光を感じた時には、肩に衝撃を感じていた。


 ジュウジュウッとアイロンをかけて焦がしたような音とともに、左肩の一部が焼け焦げていたのだ。



 アーブスラットの背後には、身体のあちこちに大きな火傷と裂傷を負ったマタゾーがいた。



 仮面は欠け崩れ、法衣もかなりボロボロ。


 それでも槍は放していなかった。



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