285話 「アーブスラットの狙い 後編」


 戦士と剣士が戦う場合、たいていはこうした状況になる。


 懐に飛び込んで身体能力と手数で押したい戦士を、攻撃力の高い得物を使って牽制する剣士。まさに典型的な図式である。



 戦士は極力接近したいものだ。覇王技は放出系よりも打撃や当て身、発勁で力を発揮する攻撃が多い。


 拳が届く超近距離のほうが身体能力の高さを発揮しやすいので、当然の欲求といえるだろう。


 一方の剣士は、自身が持つ攻撃力を最大限生かしたいと考えるのが普通だ。


 剣気を使えば武器の攻撃力も倍増するので、直撃すれば耐久力に長ける戦士でも危うい。


 また、剣硬気を含む放出系の多い剣王技を使えば、距離が開いても十分ダメージを与えることができる。


 やや遠めの近距離から中距離が彼らのテリトリーである。接近されると一気に不利になるので、相手を近づけないように細心の注意を払うものだ。


 こうして互いが牽制しあう状況になるのは、相性を考えれば必然である。


 ガンプドルフも驚いていたが、アンシュラオンのように堂々と剣の間合いに入って剣王技を正面から受けるなど、本来は愚の骨頂。逆に言えば、それだけ実力に差があったことを示している。


 それと比べて、今回は実力は拮抗している。互いに簡単には飛び込めない。



 だが、これもまたアーブスラットの狙いであった。



 彼は意図的に戦いを長引かせている。





(さて、戦況はどうか…)



 アーブスラットは、マタゾーと戦いながら周囲の状況をうかがっていた。


 近場はもちろん、遠くで戦っているプライリーラとアンシュラオンの戦いも、さりげなく監視している。


 この段階ではまだ守護者の封印はすべて解除されていないが、ここから見ていても実力差はかなり開いているように見えた。



(リーラ様ほどの才能があっても対応はできないか。やはり魔戯級以上と考えたほうがいいだろう。普通に戦って勝てる相手ではない)



 これで勝負が決まらないのは、アンシュラオンが遊んでいるからだ。


 そのうち本気になれば簡単に決着がついてしまう。そうなればジングラスとしては相当な打撃を受けるのは間違いない。



 どちらにせよ、この勝負は―――負け戦。



 アーブスラットは、戦う前からそのことに気付いていた。


 アンシュラオンの性格を考察すれば簡単にわかる。彼は負ける戦いをするような人間ではない。常に自分が利益を得るために最善の行動を取るのだ。


 今回はプライリーラが気に入ったから、あえてこのような勝負を持ちかけたが、もし当主が男だったら何の感傷もなく排除していただろう。



(あのような条件を出したのだ。リーラ様を殺すことはしないはずだ。しかし、それはただ生かされているというだけであって、やつの思い通りに事が進むことには変わりがない。グラス・ギースを私物化するのはかまわないが、ジングラスを私物化されることだけは阻止せねばならない)



 アーブスラットにとって、ジングラスは大切な存在だ。


 外から来た流れの武闘者である自分を、先々代の当主が拾ってくれ、そのまま先代のログラス、当代のプライリーラからも厚い信任を受けている。


 もはや自分にとって家族であり、居場所そのものなのだ。そんな大切な場所を下劣な存在から守るのが自分の責務である。


 アンシュラオンは魅力ある男ではあるが、正直なところ人の上に立つような人物ではない。場を動かす力はあるが、それだけだ。


 まさに天変地異に等しいものであり、激動によって人々の目を覚まさせるが、それ以上のことはしない存在だ。


 掻き回すだけ掻き回し、あとの責任は取らないだろう。そんな存在にプライリーラを任せるわけにはいかない。



(手段を選んでいる余裕はない。狙うべきは、たった一つ。やつの【急所】だ)



 アーブスラットの意識が、敵側の後方にいる「サナの足元」に向けられる。



 サナの位置を確認しつつも、彼女自身ではなく、あくまで足元である。


 もし直接見てしまえば、おそらくアンシュラオンはこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう。


 恐ろしいことにあれだけの魔獣と戦っていながら、アンシュラオンの意識はアーブスラットにも向けられている。


 たびたびこちらに向かって意図的に視線を投げつけてくるので、思わずひやっとするものだ。


 アーブスラットがアンシュラオンを信用していないように、相手もまた自分を一瞬たりとも信用していない。


 互いに優れた武闘者である。こういうところも似たもの同士であった。


 彼から向けられる視線は間違いなく攻撃的なものだ。プライリーラとの交戦中でも躊躇うことなくこちらに向かってくるだろう。


 そうなれば混戦になるどころか、唯一の勝機すらなくなってしまう。


 だからこそ周囲を探るふりをしながら意識を特定しない、という高等技術を使っている。


 目の焦点を正面に合わせつつ、視界内の他の部分を見るようなものだ。訓練するとできるようになるが、それの気配察知バージョンである。



(あの男は、自分の物に対して強い執着心を抱いている。他にもスレイブはいるようだが、特にあの黒姫という少女には並々ならぬ深い愛情を向けているようだ。それがペットに対するものであれ、世の中には血の繋がった家族よりもペットのほうが好きという者もいる。彼女だけは常時連れ回しているのだ。おそらくはすべてに優先するだろう)



 そう、アーブスラットの狙いは、ただ一つ。



―――サナ



 である。



 わざわざこんな茶番を仕掛けたのも、すべてはあの黒い少女を捕縛するためだ。



 もっとはっきり言ってしまえば―――【人質】である。



 クルマで彼らを帆船に案内した時から、アーブスラットはずっとアンシュラオンの弱点を探っていた。


 だが、どこから見ても彼個人に弱点が見つからない。それどころか観察すればするほど危機感が増すばかりだ。


 どんな卑怯な手段をもちいても彼に勝つ未来が見えない。


 実際に都市最強の戦力であろう守護者を使っても、あの状況である。都市中の武人が総出で向かっても返り討ちになる可能性が高い。


 そもそも四大悪獣のデアンカ・ギースを倒し、剣豪と怖れられるDBDの魔剣士まで難なく撃退するのだ。強いに決まっている。


 むしろそれだけの力を持ちながら、あえてこんな回りくどいことをしていることのほうが不思議である。


 となれば、もはや人質を取るしか方法はない。


 プライリーラを見ていると忘れそうになるが、ジングラスも立派なマフィアである。人質を取ることはさほど珍しい手ではない。



(リーラ様は不本意だろうが、あの少女を人質に取ることができれば多少の交渉材料にはなる。あるいは逆効果になるやもしれぬが…このままではどのみちホワイトが好き勝手やることには変わらない。リーラ様をお守りするためにも、あの少女は必要だ)



 人質を取られたとき、つまりは追い詰められたときにこそ人間の本性が出る。


 動揺したり怯えたり、あるいは激しい怒りを覚えたり、もしくは最初から愛着がなければ冷徹に見捨てることもあるだろう。


 そこでアンシュラオンがどう反応するかは、実際にやってみないとわからない。


 彼が激高してさらなる実力行使に出る危険性もあるが、その際は【マングラス側と組む】という選択肢もあるし、最悪は都市を離れる必要もあるだろう。


 アーブスラットにしてみれば、ジングラス以外のものはどうでもいい。そのあたりもアンシュラオンとは考え方が似ている。



(すべてはこの場を乗り切ってからだ。まずは彼女を捕縛してから考えればいい。こちらにもカードがなければ勝負にはならない。…しかしあの少女、見れば見るほど面白い素材だ。それを知っての寵愛となれば、ホワイトもなかなか見所があるが…)



 サナは相変わらず援護射撃をしながら、実力はあるが頭が悪くて統率が取れない戦罪者をリードしている。


 マキやプライリーラの才能を見いだしたアーブスラットが見ても、その姿は将来への期待を抱かせるものだ。


 ここで殺すのは惜しいし、できれば後遺症などはなしで捕縛したいものである。




 そうしてしばらく様子をうかがっていると、好機が訪れた。


 ブオオオオオッ ギュルル ドーーーーンッ!


 風の質が明らかに変わり、突風によって運ばれてきた大量の砂埃で、急激に視界が悪くなったのだ。



(守護者が本来の力を発揮したか。ここがチャンスだ)



 ギロードが真の姿を見せたことで風の勢いが明らかに強くなった。竜巻の規模が大型ハリケーンとなり、周囲一帯を完全に巻き上げながら破壊していく。


 アンシュラオンがいくら目が良くても、この暴風の中では遠くは見通せないはずだ。


 これもアーブスラットの狙い通りである。場を長引かせたのは、これを待っていたからだ。



(油断はしない。やるのならば一気にやりきる必要がある。だが、槍使いが邪魔だな。まずはこの男を封じるか)



 トーーーンッ トーーーンッ


 まるでボクサーがタイミングを測るように、その場で少し大きく跳ね始める。


 アーブスラットの気配が変わったことを察したマタゾーも、さらに強い警戒態勢に入る。相手が突っ込んできた場合に備えて、槍をぐっと構えた。


 アーブスラットのほうが身体能力は上である。近づかれないように身構えるのは自然なことだろう。



 しかし次の瞬間、前に来ると思われたアーブスラットが後ろに下がった。



 カラン ガラガラガラッ


 コロン ゴロゴロッ コロンッ


 それと同時に何かが転がる音がした。しかも大量に。



「むっ―――!!」



 それはマタゾーも見覚えがあるものであった。



―――大納魔射津



 術具をよく使うようになったアンシュラオンたちには、すでにお馴染みのものだ。


 狐面が使ったような類似品もあるが、アーブスラットが転がしたのは純正品の本物だ。金があるジングラスにとっては、こんなものはいくらでも用意できる。


 その威力は防御無視のかなり強力なものである。ヤドイガニでさえ、岩の中に入れれば一発でお陀仏するような代物だ。


 それが、おそらくは十二個以上。


 これが一気に爆発すれば、中心地にいた者は間違いなく致命傷を受けるだろう。



 気付いたマタゾーが下がろうとするが―――アーブスラットが突っ込む。



 後退すると見せかけて、一気に間合いを詰めてきた。



(後ろではなく前に…か! 不覚! 釣られるとは!)



 まさかマタゾーも、アーブスラットが大納魔射津の中に飛び込むとは思わなかったのだ。


 しかし、特別な処理がされていなければ、起爆までには「五秒」という時間がある。


 撒いた当人はそれを知っていても、撒かれた側とすれば大納魔射津の威力のほうに気が向いてしまい、思わず失念するものである。


 これは武器であると同時に虚を生み出すための動作でもあった。その一瞬を狙って飛び込んできたのだ。



 シュッ!


 対応が遅れたマタゾーは必死に槍を放つが、すでに下がった一撃。


 槍は前に突き出してこそ真価を発揮するものである。下がりながら放った一撃は雑魚相手ならば意味はあるが、老執事ほどの達人からすれば怖れるまでもない。


 左手一本で槍をいなしながら、一瞬でマタゾーの懐に飛び込む。


 そこから高速ジャブ。


 ドガドガッ


 鋭い攻撃が仮面に当たる。防御の戦気を集中させたので、そこまでダメージはないが、頭を揺らされたことは大きなマイナスだ。


 ぐわんぐわんっ


 一瞬、マタゾーの視界が歪む。ぐらぐらと揺れる世界では老執事がはっきり見えない。


 これも距離感を惑わすためのもので、命中率を下げることが目的の攻撃だ。



 まずは相手の攻撃力を無力化させる。これも戦士が剣士を相手にする際のセオリーだ。



 どんな武器も当たらねば意味がない。それを熟知した武人の攻撃である。


 それでも鍛練を重ねてきたマタゾーの身体は、自分の意思にかかわらず動き出す。反射的に再び槍を引いて、相手を貫こうとする。


 しかしながら接近された段階では、圧倒的に剣士のほうが不利だ。特に槍は一定以上の間合いが必要である。


 アーブスラットは、その間合いを消すようにさらに密着。


 そこからのボディブロー。


 ドスンッ! メキャッァア!



「ぐふっ…」



 今度は軽い一撃ではなく、体重を乗せた強烈な一発が腹に叩き込まれる。


 鎖帷子入りの袈裟を着ているが、これは斬撃には強いものの打撃にはあまり強度はない。突き抜ける衝撃にマタゾーも思わず悶絶。


 その間にアーブスラットは、マタゾーの槍を奪おうと柄に手をかける。


 剣士は武器がないと剣気を放出できない。剣気が強すぎるがゆえに、甘んじて受け入れねばならない欠点だ。


 逆に無手の利点は、いかなる場合においても臆することなく柔軟に動ける点である。


 鍛練すればするほど強固になっていく肉体を、アーブスラットは自在に操っていた。



(なんという迷いのない動きよ。まさに武闘者。拙僧と同じ道を歩む猛者! なればこそ…負けぬ!)



 バチッ バチィイイイイッ


 マタゾーは槍に雷気を流し込む。


 彼は槍の手並みは一級品だが、身体能力に優れたタイプではないので、こうして手練れの戦士に接近されることはある。


 ここまでは仕方ない。だが、近づかれれば雷によって相手を攻撃することもできるのだ。


 『雷槍のマタゾー』の異名は伊達ではない。知らない相手がくらえば、まさに黒焦げ。第一警備商隊のウォナーを焼き殺したような強烈な雷気が奔った。



 雷気はアーブスラットを焼き焦がす―――はずだった。



 バチバチッ ブシュウウッ


 だがしかし、雷気は彼の手から―――地面へと流れる。



(まさか…水気!! 抜かった! こちらの情報はすでに筒抜けか)



 アーブスラットの手には【水気】が展開されていた。


 それが地面まで伸びており、アースと同じ役割を果たしている。アンシュラオンがたびたびやっている芸当であるが、何も彼だけの専売特許ではない。


 少しばかり属性についての知識がある者ならば、それを戦闘に生かすのは自然なことだ。


 惜しむらくは、『雷槍のマタゾー』の異名がすでに知れ渡ってしまったことだろうか。


 武人が滅多に本気を出さないのは、自分の手の内を知られないためである。もし知られてしまえば、こうして対策を練られてしまうのだ。


 それを自分よりも上の相手にやられれば、こうなるのも仕方がない。



 しゅっ バキィイイッ


 アーブスラットの蹴りが、マタゾーの左腕に命中。メキメキと骨が軋む音が体内で響く。最低でもヒビは入ったはずだ。


 今のアーブスラットは速度重視のために技を出していないが、肉体自体の攻撃力が極めて高い。



 なにせ彼の攻撃の数値は「A」である。



 アンシュラオンが「AA]なので、それに準ずる強さだと思えば、いかに攻撃力が高いかがわかるだろう。


 ただの拳一発が、普通の武人の技に匹敵する威力だ。このまま近距離でラッシュを受ければ、数秒も経たないうちにボロボロにされてしまうに違いない。



「この程度で拙僧の槍への熱意は止められぬ!」



 マタゾーは、それでも攻撃を選択した。


 掴まれていた槍を強引に引いて、ダメージ覚悟で放とうとする。その執念はさすがである。



 が、アーブスラットの狙いは―――そこではない。



 シュルルッ


 マタゾーの槍に何かが絡みついていた。おそらく掴んでいた時に仕掛けたのだろう。



 それは―――【糸】



 非常に細く、肉眼では見えないような糸が槍に絡み付いていた。


 武器を絡め取るだけが目的ではない。その糸には小さなジュエルがいくつも巻き付いていたのだ。



 アーブスラットが糸に戦気を流すと―――爆発。



 バンバンバンバンバンバンバンバンバン


 まるで爆竹のような連続した乾いた音が響き、次々と小型ジュエルが爆発していく。その様子は、まるでロボットアニメのチェーンマインのようだ。


 マタゾーは槍を守るために戦気でガードするが、近距離で爆発したジュエルの威力を完全には防ぐことができない。


 左手に火傷と裂傷を負いながら、指が何本か吹っ飛んだ。


 左腕の骨にヒビが入り、指まで吹っ飛ぶ。左手は槍を支える大切な部位だ。この段階でマタゾーの攻撃力は半減したといえる。



 そして、さらにとどめ。



 アーブスラットは爆発の寸前に糸を切り離してマタゾーの背後に抜けており、見事に位置を入れ替えていた。


 その不安定な体勢にもかかわらず、見事な体術で反転して回転蹴りを放つ。


 ドゴッ


 アーブスラットの蹴りによって背中を押されたマタゾーが、前につんのめって数歩前進を強いられる。


 そこは大納魔射津が大量に転がった地点。



 その瞬間にきっかり五秒が経過し―――爆発




 ドドドドドドオドドドドドオドドドドオドドンッ




 激しい爆音を響かせ、大地とマタゾーが爆炎に包まれた。



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