284話 「アーブスラットの狙い 前編」


 アンシュラオンがプライリーラと戦っている間、戦罪者たちはクラゲ騎士たちと戦っていた。



「うおりゃあああ、死ねや!!」



 ズガシャッ


 戦罪者の剣がクラゲ騎士の鎧に抉り込む。


 彼らは荒々しい連中だが戦いの技能自体はかなり高い。単独なら並のハンター以上の実力を持っている。


 唯一の弱点は、連携がいまいちなところ。


 第一警備商隊との戦闘のように熟練した傭兵団や騎士団との戦いになれば、その粗を突かれて劣勢に陥ることがある。


 いくら強くてもアンシュラオンほど突出しているわけではないので、一度崩れれば脆いものだ。


 だが、目の前のクラゲ騎士たちもまったく統制が取れていないようで、ほとんどまともな対応をしてこない。


 こちらが打ち込んでも、モゾモゾと奇妙な動きをするばかりだ。



「よし、このままぶっ殺して…」



 にょろにょろ


 このまま押し切ろうと、戦罪者がさらに剣を食い込ませようとした瞬間、鎧の隙間から紐状の何かが飛び出てきた。



「な、なんだぁ!? 気色悪ぃいっ!!」



 それはホスモルサルファ〈多着刺水母〉の触手。


 彼らの本体はクラゲとイソギンチャクの合いの子ような姿をしており、その細かい触手は相手を捕まえる武器にもなる。



 無数の触手が―――襲いかかる。



 剣を呑み込み、そのまま腕に絡みついた。


 そして、刺す。


 ブスブスブスッ



「いってぇえ! チクチクしやがる!!」



 皮膚に焼けるような痛みが走り、触手が体内に入ってくる。


 肉体強化している戦罪者の皮膚すら貫くのだ。かなりの強さである。


 痛みは消すこともできるが不快感は残る。苛立った戦罪者は即座に反撃。



「てめぇ、このやろう!! ふざけんじゃねぇえ!」



 ボッ ジュウウッ


 戦気を放出。まとわり付いた触手が焼け焦げ、剣に引っ付いた触手も燃える。



「おらっ!」



 ドゴッ ばたん


 そのまま前蹴りでクラゲ騎士を攻撃すると、簡単に倒れた。


 がしかし、ボコンボコンと鎧の中で何かが蠢いている音がし、ぐねぐねとした奇妙な動きをしながら再び立ち上がってくる。



「なんだこいつら! 一匹一匹は弱いってのによ! 全然死なねえじゃねえか!!」


「こっちもだ! どうなってやがる!」


「ちっ、腕がビリビリしやがる。なんなんだよ、くそが!」



 刺された腕が痺れて上手く動かない。クラゲ騎士が持っている『麻痺針』である。


 今は一箇所だからよかったが、身体中をこれで刺されたら動けなくなるかもしれない。油断は禁物だ。



 正直なところ、クラゲ騎士一体一体はたいした強さではない。動きも鈍いし、戦罪者のレベルならば対処は十分可能である。


 しかし、彼らはクラゲ騎士にてこずっていた。


 戦気は使ってこないので鎧自体が強化されることはないが、そもそもかなり良質な鎧かつ、核剛金や原常環の術式で強化されているため、単純に硬くて貫くのもやっとだ。


 そのうえ『物理耐性』を持っているので通常攻撃のダメージが半減され、『自己修復』スキルによって受けた傷は徐々に回復していく。


 損傷が大きくなると今度は『増殖』を行い、自身のクローンを生み出そうとするので、これまた厄介だ。



 その繁殖力は―――脅威的。



 戦罪者は鎧に隠れて見えないだろうが、内部では映像を早送りにするように、見る見るうちに増えていくのだ。群れになったら階級が上がるという話も頷ける。


 これでわかるようにクラゲ騎士の最大の特徴は、何よりも【耐久性】である。


 館の警備時も、仮に強い相手が出てきても時間を稼ぐことを目的にしている。


 都市内ならば、時間さえ稼げれば誰かしらが対応する。プライリーラやアーブスラットがいなくても、ジングラスの警備隊や衛士が来るまで持ちこたえればいい、というスタンスで配備されているのだ。



 こうして戦闘が始まってからずっと膠着状態が続いていた。



 アンシュラオンとプライリーラの戦いのような派手さはまったくなく、ひたすら泥仕合が繰り返されている。


 これでは完全に持久戦となり、最終的に人間側のほうが不利になるだろう。



 ブシャーーー ズバッ



 そんな時、彼らの後方から【水】が飛んできた。


 強烈なウォーターカッターがクラゲ騎士に直撃。鎧の一部を貫通して内部に浸透する。


 ゴポゴポッ ガタガタッ


 それを受けてクラゲ騎士が興奮。『水吸収』スキルがあるので、今放った攻撃力のすべてを吸収したのだ。


 いくら陸上クラゲとはいえ、この乾燥した環境下では体内の水分が減っていく。水が彼らにとってのエネルギーでもあるので、これはありがたい。


 これによってHPも回復。興奮して喜ぶのは当然のことだ。



「なんだぁ? …水? 誰がやったんだ?」



 戦罪者が後ろを見ると、そこには水刃砲の術符を放ったサナの姿があった。



「姐さん? 水は効かないってオヤジが…」


「…こくり、がちゃっ」



 サナは頷きながら今度は銃を構え、水を吸収したクラゲ騎士に向かって発砲。


 銃弾は、水を吸収して上機嫌なクラゲ騎士に―――直撃。


 バスッ ボンッ ボオオオオッ


 今しがた水刃砲で開いた鎧の隙間から侵入し、本体に命中すると同時に激しい炎を噴き出した。



「ッッッ?!?」



 突然身体が燃えたクラゲ騎士は、ガチャガチャと激しく鎧を動かしながら悶える。


 ガクンガクンと激しく動いて消火を試みるが―――


 ジュウウッ


 炎は消えない。内部でホスモルサルファを焼いていく。


 身を守るはずの鎧も炎を閉じ込めているので、どんどん被害が広がっていく。これは想定外の事態だ。



 普通の火ならば水に当たると消えるが、サナが撃ったのは爆炎弾である。


 たとえば油火災に水を入れると一気に肥大化して拡散するように、術式で発生させた火は水と反発して大きな力を生み出す。


 これがいわゆる『属性反発』と呼ばれるものだ。


 光と闇を含めた六つの基本属性においては、それぞれ対になるものが存在し、光と闇、火と水、風と雷がこれに該当する。


 通常の自然現象とは違い、術式や技によってこの属性を生み出すと、この対になる属性同士が反発するのだ。


 対等の力同士がぶつかっても相殺はされず、互いに1.5倍になって跳ね返ってくるという現象が起こる。


 これを防ぐためには三倍近い出力差が必要だが、クラゲ騎士にそれは不可能なこと。現在は爆炎弾の威力だけが1.5倍され、鎧の中で暴れまわっている状態であった。



 サナは再び水刃砲を取り出すと、他のクラゲ騎士にも同じように吸収させてから、続けて爆炎弾で銃撃という行動を繰り返す。


 ブシャーーー ゴポゴポッ ガタガタッ


 バスッ ボンッ ボオオオオッ



「…びっ!」



 攻撃を受けて一気に動きが鈍ったクラゲ騎士に向かって、サナが指をさす。


 最初、それが何かわからなかった戦罪者だが、はっと我に返る。



「あ? …え? ああ、攻撃しろってことですかい?」


「…こくり」


「おっ、よく見りゃ、かなり弱ってんじゃねえか! よっしゃ、一気に潰してやるぜ!」


「さすが姐さんだ!! 俺らと違って学がある! やっちまえ!!」



 炎で身体が焼け爛れたクラゲ騎士たちは、触手も焼かれて再生に時間がかかっている。


 これによって接近しても戦罪者が圧倒的有利となった。一斉に襲いかかり戦況がこちら側に向いていく。



 その光景を傍目に見ていたマタゾーが、思わず唸る。



(水刃砲を使うのは相手に水を吸収させて属性反発を強めるためと、相手を興奮させて動きを鈍らせ、射撃を当てやすくするためか。魔獣程度の知能ならば、その意図は見抜けまいな。いや、そこらの武人でもこれは思いつかない。…さすがオヤジ殿の寵愛を受けた姫よ。考えることが違うでござるな)



 経験豊富な戦罪者でさえ、いざ戦闘になると「この相手には水を使わなければいいんだな」とだけ思うのに、サナはあえて逆のことをやった。


 アンシュラオンが『水吸収』を指摘した意味をちゃんと理解している。



 いや―――理解しすぎている。



 普通の少女に、こんなことができるだろうか。いくら武人の少女であっても、これほど幼ければ戦い自体を怖がるかもしれないし、パニックに陥るものだ。


 サナに恐怖の感情がないゆえに的確に状況を観察し、適切な行動が取れるのだろう。


 戦闘センスの塊であり、アンシュラオンが施した【英才教育】が、いかに怖ろしいものがかわかる瞬間である。


 パミエルキがアンシュラオンにそうしたように、自分が持っている戦闘技術をこの少女に移植しているのだ。


 今後の成長が実に楽しみでありながら、それを見ている【凡夫】からすれば末怖ろしい限りである。



 だが、まだ幼体。サナはまだ子供だ。



 アンシュラオンのように場を劇的に変化させることはできず、多少盛り返したものの、いまだにクラゲ騎士の耐久力を押し通すには至らない。



「おぬしらは足止めをしていればよい。こちらが終わったら加勢に向かう」


「んだよ、マタゾー! 偉そうに言っている場合か! そっちだってヤバいだろうが!」


「さっさと倒して加勢に来やがれ! このクソ坊主がよ!」


「ぬしら、口が悪いと地獄に落ちるぞ」


「てめぇはもう落ちてんだろうが! なに説教垂れてんだ! 死ね! ハゲ!!」


「やれやれ、餓鬼に説法をしても無駄でござったな」



 一応はヤキチ、マサゴロウ、マタゾー、ハンベエの四人が幹部扱いになって、分散する際は各班のリーダーになるものの、戦罪者同士に上下関係はないので基本的にいつもこんな感じである。


 アンシュラオンの下において、スレイブはスレイブ。そこに差はないのだ。




(しかし、さっさと倒せか。気軽に言ってくれるものよ。これほどの相手とめぐり合えるのは幸運であるが…)



 マタゾーの前には、アーブスラットがいる。


 見た目は静かな老紳士であるが、そこから放たれている圧力は危険な魔獣を相手にしているかのようだ。


 さきほどから両者は動かない。


 正確には動けない。両者ともに実力がわかるからだ。


 マタゾーがアーブスラットの実力がわかるように、老執事も破戒僧の力がわかるのだ。


 しかしながら、その均衡を先に崩したのはアーブスラットであった。



「どうしました? 来ないのですか?」


「それは貴殿も同じでござろう」


「たしかに。ですが、リーラ様が楽しんでおられるご様子なので、私もそれに倣っているにすぎません。すぐに倒してしまってはつまらないですからな」


「それが執事というものでござるか。拙僧にはわからぬ考えであるが…我らなど物の数ではない、とでも言いたげよな」


「そう聞こえたのならば仕方ありませんな。事実は事実。曲げるわけにはまいりません」


「言ってくれるものよ」



 これがハッタリなのか本気なのかは、わからない。


 しかし、このまま時間だけが経過していくのも問題だろう。



(主人に倣う…か)



 ふとアーブスラットが言った言葉が心に留まった。


 アーブスラットの主人がプライリーラならば、マタゾーの主人はアンシュラオンである。


 ならば、それに倣うのも一興。


 あの暴力の権化のような存在に、倣ってしまえばいいのだ!!


 ただ相手を殺すために槍を突けばいい!!




「参る!!」



 マタゾーの槍が唸り、三つになって襲いかかる。アンシュラオンにも使った三蛇勢さんじゃせいという技だ。


 ただでさえ速い槍の一撃が三つになるのだから、受ける側としては非常に大変である。


 それをアーブスラットは、軽いステップを踏んでいなす。


 身体を掠めそうな一撃は、しっかりと手を使って受け流した。当然、腕には防御の戦気を展開しており、軽く触れたくらいでダメージを受けることはない。



 トントンッ ザッ



 それから後方に跳躍。


 マタゾーの攻撃範囲の外に移動し、難なく攻撃を退けた。


 槍はアーブスラットから三十センチは前で止まっている。ある程度の槍の間合いは推測していたが、安全のために余分に跳んだのだ。


 アンシュラオンはギロードの後ろ蹴りに対して紙一重でカウンターを放ったが、普通はそんなことはしないものだ。


 誰もがあの男ほど頑強ではない。安全策を選択するのならば、これくらいは大きくよけるものである。


 ただし、それで終わる老執事ではない。



 今度はアーブスラットの反撃。


 軽くジャブを繰り出すと、拳衝が発生。


 拳衝は修殺になる前の拳の衝撃波なので、威力そのものはそこまで大きくはない。せいぜい鎧を着た人間を吹き飛ばし、防具を破損させる程度だろう。


 それはアーブスラットも重々承知の上。もとより威力よりも手数と速度を重視したものである。


 放たれたジャブから、細かい数多くの拳圧が高速で飛んでくる。


 シュッシュッ バシバシバシッ


 マタゾーもサイドステップで回避しつつ、いくつかは槍で切り払う。その間も切っ先は常に相手に向けて牽制を怠らない。



 再びマタゾーの攻撃。


 今度は槍を払うようにして、尖端の刃を使って十字を描くように二回剣衝を放つ。


 剣王技、十文剣衝じゅうもんけんしょう。剣衝を二回、縦横に十字に放つことで強度と威力を上げた一撃だ。


 因子レベル1の基礎技であるが、きっかりと十字に放つのは難しい。


 一度目の剣衝と二度目の剣衝をほぼ同時に放たねばならないし、技の発動の速度も重要となるので、なかなか難しい技である。


 されどマタゾーのものは非常に綺麗な十文字をしていた。技量の高さが成せる業である。



 十文剣衝が迫る。


 アーブスラットは、今度はよけない。


 すっと重心に体重を乗せ、ストレートパンチを放ち―――破壊。


 バリンッ


 まるでガラスが壊れたような音を発し、剣衝が消失した。



「ふむ…まあ、こんなものでしょうな」



 回避も可能だったが、あえて破壊して攻撃の威力を測定したようだ。


 結果は想定の範囲内といったところだろうか。あえて砕くまでもないが、大げさに回避するほどでもないと判断。


 次からはこうした行動はせず、できるだけ適切な間合いを維持しながら拳衝で反撃をしてきた。


 それをマタゾーが捌きながら、いつしか両者は元の間合いに戻っていた。




(やはり強い。強化した十文剣衝を軽々と破壊するとは…。身のこなしも拙僧より上となれば、いきなり勝負を仕掛けるわけにもいかぬか)



 互いが牽制しつつ様子を見る。


 これがしばしの間、繰り返されることになる。




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