283話 「やぁ、初めまして」


 完全無防備なところに渾身の一撃が決まれば、いくらアンシュラオンとて倒れることはある。


 油断しすぎ。調子に乗りすぎである。



 それをよそにプライリーラは、自分自身を抱きしめるようにして身悶えていた。



「ぁぁあ…ああ…ううう……うぅぅううう!」



 思いきり筋肉を動かした時の感覚。


 準備運動が終わって、身体が馴染んで、全力で走った時の感覚。



 なんて、なんて―――





「んんんんんーーーーーー!! 気持ちぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」





 頬を赤くしたプライリーラが、ブルブルと震える。


 身体が喜んでいる。動いていることに、動いてよいことに感動している。


 久々に全力を出したため今のパンチで筋肉が少し断裂したが、それさえも楽しい。


 活性化した肉体が傷を修復していく感触も最高だ。



 どくんどくん どくんどくん どくんどくん



 熱い血潮が血管を巡り、全身が燃える。辛いものを食べた時のように身体がポカポカしていく。



「はぁはぁ…殴る、殴るとは…こんなに気持ちいいのか!! それがホワイト氏ならば、これほどまでに…快感とは!!」



 散々子供扱いされていたので、こうして拳が決まった気分は最高である。


 見てみるといい。アンシュラオンがあんな間抜け面をして尻餅をついている。これが快感と言わずに、なんと言うのか!


 これはもちろん彼女自身の素直な気持ちだったのだろうが、もしそれを見ていた者がいれば、多くの者が彼女の言葉に賛同しただろう。


 この男は、たまには殴られたほうがいいのだ。


 いつも好き勝手やっているのだから何の同情もできないし、当然だと思う。もっと痛みを味わえとさえ思うだろう。特にビッグが見ればそう思うはずだ。


 ただし、それができたのもプライリーラが優れた武人だったからだ。


 彼女の実力があれば、省エネモードのアンシュラオンを殴ることくらいはできるはずである。



 つまりは今の彼女は―――本来想定された出力を発揮しているということ。



 ようやく、ようやくにして心と身体が一致し始めた。



 そして、【栓】が―――抜ける。




「うぐっ…!! うううっ…うぷっ…おええええ!」



 ボオオオオオオオオオオオ ドボドボッ ゴポッ


 プライリーラからドロッとした濃い緑色の戦気が湧き上がる。


 今までも若干緑がかっていた戦気であったが、今出ているのはまるでスライムのようなネバネバした粘着質のものだ。


 それはとどまることなく溢れ出し、零れ落ちた地面を溶かしながらも、彼女の身体から出続けていく。


 それと同時に吐き気を感じ、嘔吐。



「げほげほっ…はぁっ! あはぁっ! はぁあっ!!」


「あたた…まさか殴られるとは思わなかったな。でも、上手くいったようだ」



 ふらつきから復帰したアンシュラオンが、ヘドロのような戦気を見て、にやりと笑う。



「随分と溜まっていたようだね。それはいわゆる【膿】や【たん】のようなものだ。しばらく使っていなかったから生体磁気が固まってしまっていたんだ。出せばすっきりするよ」


「はっ、はっ、はっ!!! こ、こんな…はっはっ!! ううううっ!! がはっ!」


「まだ苦しいだろう。いきなり出したから身体が対応できていないんだ。馴染むまでには少し時間がかかるね。といっても、君ほどの武人ならば数分もあれば対応できるだろう。もともと君の中にあった本当の力なんだからさ」



 このヘドロは今プライリーラが吐いているように、身体にとって悪いものを吐き出す自然な代謝である。


 粘膜が汚れやゴミ、ウィルスを吸着して鼻水となって出るように、こびりついたものを外に出しているにすぎない。


 ただ、二十年の汚れはかなり酷かったようだ。ここまで溜まっていたのならば【病気】になるのも当然だ。


 そして、それを吐き出せば【健康】になることも道理である。


 粘ついた濃緑の濁った戦気が外に出ていくごとに、プライリーラの戦気がさらに大きく力強く、逞しくなっていく。


 浄化されていく。濾過されていく。澄んでいく。猛っていく。燃え盛っていく。



 不純物がない―――美しい緑の輝きに満ちていく。



「プライリーラ、今の君はいい顔をしているよ」


「げほげほっ…こんなゲロ塗れの女が…か? はは、都市の人間には見せられないな…これでもアイドルなんだよ?」


「それがどうしたんだい? 本当の君を知って幻滅するような連中なら、さっさと切り捨てて見捨てればいい。気取ってお嬢様ぶっているほうが君らしくない。さっきまでの君より何倍も綺麗だ。オレはこっちのほうが好きだね」



 ゲロ吉も驚きの発言だ。男女差別ここに極まれり、である。


 しかし、プライリーラが出したものが醜いわけがない。これを美しいと思えない者は、この場に立つ資格などないのだ。




「あの平手打ちと言葉は…わざとかい?」


「当然だよ。演技に決まっているじゃないか。オレがいつもあんな卑猥な発言をするわけがないよ」



 これは絶対に嘘である。


 単純に自分の中で盛り上がっただけだ。偽りなき本性であると断言したい。



 しかしながら、それ以上にこの男は―――【王】である。



 当人がどう思っていても王なのだ。鬼畜はやめられても、王であることはやめられない。生まれ持っての才覚だからだ。


 熱い感情と生命力から溢れ出た霊の光、【王気】がビンタとともに叩き込まれ、彼女を束縛から解き放ったのだ。


 何をやっても人を惹き付ける。人を目覚めさせる。動機が何であれ、それが王という存在である。



「活を入れようと思ったのは事実だね。このまま食べても美味しそうじゃないしね。どうせ食べるなら極上の肉のほうがいいだろう? 叩いて柔らかくしないとさ」


「…ふふ…ふはははは!!! 君って男は…ホワイト氏…いや、アンシュラオン!! 君はとんでもない男だな!!! はっきり言って、君みたいなやつは見たことがない!!! 本当に見たことがないよ!!!!」


「そりゃ、オレが【本当の君】と会うのは初めてだからね。やあ、初めまして。オレの名前はアンシュラオンだ」


「ふふっ…そうだな。初めましてだ。私はプライリーラ…。ただのプライリーラだよ。ジングラスも何も関係ない。総裁でもないし、戦獣乙女でもないのかもしれない。ただの乙女であり、ただの一匹の獣だ」


「いいね。そんな女だからこそ奪う価値があるよ。おっと、お馬さんも限界かな」



 ひっくり返った守護者が、激しく動いている。


 ドンドンッ!!! ドンドンッ!!!


 道路に背中をこすり付ける猫のように、必死に背を大地に叩きつけていた。


 かゆいかゆい、きついきつい、こんな服なんて着たくない。ありのままの自分でいたい。


 いったい誰がこんなものを押し付けたんだ。いったい誰が私をそんなものにしたんだ。


 これは本当の自分じゃない!! 自分になりたい!!!


 巨馬は必死に訴える。悶える。苦しむ。



「ああ、ギロード…すまなかった。お前も本当の姿になりたかったのだな。それを私が押さえつけてしまった。怖かったから…力を出すのが怖かったんだ。私たちはすべてを破壊してしまう。それが怖くて…だが、お前も本当の姿を取り戻していいんだ。私たちがどんな姿になろうが、彼はきっと驚かない。きっと哀しまない。それどころか喜んでくれるんだよ」



 プライリーラが守護者に触れる。



「プライリーラが命じる。封印術『参式』解除」



 ギチギチギチッ バチィイイイイイイイインッ!!!



 巨馬を縛り付けていたものがすべて破壊された。


 守護者の背中が露わになり、そこに二つの白い塊が見えた。




「ヒヒヒヒヒイィイイイイイイイイイイイイインッ!!!」




 メキメキメキッ バーーーーーンッ!!!



 その塊が―――ついに解放!!



 圧縮されていた塊は一気に拡大し、伸びる、伸びる、伸びる。


 そしてそのままブリッジをするように、自身の身体を一気に大地から押し上げ宙に舞い上がり、いとも簡単に立ち上がる。


 その姿は、今までの守護者のイメージとはまったく異なっていた。



(あれは…ペガサスか?)



 まず目に付いたのが、白い塊が伸びたものであろう。


 それは一見すれば羽のように広がっているので、よく神話や伝承で見るようなペガサスを彷彿とさせる。


 ジングラスの紋章が「羽馬」をかたどっていたことからも、それは薄々想像していたものだ。



 だが、それは翼ではなかった。



 そもそも守護者は自ら風を生み出して音速で飛ぶことができる。


 アンシュラオンとの戦いでは地面を這うような低空飛行だったが、プライリーラの口ぶりからすると大空も飛べるのだろう。


 だから、わざわざ羽というものは必要ないのだ。


 ならば、あれは何か。



 メキメキッ メキメキッ ググッ!!



 しばらく見ていると、アンシュラオンにもそれが何かわかった。明らかな変容が起こったからだ。



(違う…翼じゃない。あれは…【腕】だ)



 その馬には―――【腕】が生えていた。



 ちょうど背中の両側から、人間のように一対二本の太く白い腕が生えている。それがまとまった状態だと、あの白い塊になるのだろう。


 伸ばされた腕の尖端にはしっかりと手が付いており、人間と同じく五本の指があった。


 手は大きく、ショベルカーのように部位が目立つ。


 それこそが自分なのだと。これがなくて何が自分なのか、と激しく自己主張しているようだ。


 ペガサスに翼がなければただの馬のように、彼女にとっては腕があってこその自分なのだろう。


 ぎょろり


 露わになった顔には四つの瞳、普通の馬と同じく横に二つの目、それに加えて額の前方に二つの目があり、そのすべてがアンシュラオンを見つめていた。


 さらに力の解放とともに額の中央にはツノが生えており、ユニコーンのような清純さも感じられた。


 ユニコーンとペガサスを合体させて翼を腕にした感じ、といえばわかりやすいだろうか。


 異形にも見えるが、そこから発せられる波動は間違いなく「聖」と呼ぶに相応しいものであった。




「改めて紹介しよう。この子が我々の守護者…いや、私の一番の親友たるギロードだ。種族の正式名称は『ドラゴンワンドホーゼリア〈両腕風龍馬〉』という」



 第三階級に位置する討滅級魔獣、ドラゴンワンドホーゼリア〈両腕風龍馬〉。


 名前の通りドラゴンの仲間である【龍種】である。


 最強の魔獣がグラビガーロン〈たゆたいし超重力の虚龍〉が属する【巨龍種】と呼ばれる種族なので、その親戚のようなものだろうか。


 一言で龍種といっても数多くの種族がいるので、それだけで強いわけではない。

中には名前負けしている種族だっている。



 しかし、【風龍】の血統は伊達ではない。



 風を自在に操り、嵐を起こして災害すら意図的に引き起こすことができる。


 音速移動が当たり前の種族でもあるので、天竜などの一部の特異な存在を除けば、長い距離を走るという意味で龍種の中では一番速い存在であろう。


 討滅級にはなっているが、実質的には殲滅級に該当してよい能力を誇っている。



 最大の特徴は、見てわかるように【腕】。



 これは翼が退化したもので、長い年月の間に使われないことで硬質化し、いつしか腕のようになったといわれている。


 腕は自分の意思で動かすことができるので、訓練すれば尖端を人間の手のように自在に操ることもできる。


 ドラゴンワンドホーゼリアは、これによって四足動物の最大の弱点をカバーすることに成功している。


 今見たように、ひっくり返っても自らの腕で復帰できるし、ギロードのように訓練した個体ならば、トランプでピラミッドを作るような精密な動きも可能だ。


 腕のある風を操る龍馬。それが守護者の正体である。



―――――――――――――――――――――――

名前  :ドラゴンワンドホーゼリア〈両腕風龍馬〉


レベル:110/120

HP :17500/17500

BP :3840/3840


統率:D   体力: B

知力:B   精神: B

魔力:B   攻撃: B

魅力:B   防御: C

工作:C   命中: A

隠密:E   回避: S


☆総合: 第三級 討滅級魔獣


異名:ジングラスの守護者

種族:魔獣

属性:音、夢、風、嵐

異能:戦乙女との絆、風龍の加護、風物質化、音速突撃、竜巻招来、脚力倍加、風反射、即死無効、自動充填

―――――――――――――――――――――――



(おっ、よかった。今度は見られるな。ステータスもそこそこ高いし、回避がSか。この素早さならば納得だな。このレベルだと普通のハンターじゃ対峙するのも難しい強い魔獣だ。身体能力で勝負するというより、スキルや速度を売りにしているって感じかな)



 大きさも強さもデアンカ・ギースには及ばないものの、グラス・ギース周辺ではまずお目にかかれないほどの強力な個体だ。


 おそらく普通のホワイトハンターならば、まず一対一では勝てない相手だろう。


 多くのハンターはペアやチームで動くので、相当なレベルの武人が数名いないと対応はできないに違いない。




「ギロード!」



 プライリーラは跳躍し、ギロードの鞍に乗る。


 その姿は最初に見たはずなのに、今ではまったく違うもののように見えた。


 すべてが輝いている。力に満ち溢れている。まだ自信はないが、それでも自分自身を必死に表現しようとしている。


 これが自分なのだと。これこそが本来の姿なのだと。


 その目は希望に燃えていた。



「アンシュラオン、改めて勝負を申し込む!! 受けてくれるな?」


「ああ、いいよ。今の君たちならば、その資格がある。でも、条件は同じだよ。勝ったら君を奪う」


「もちろんだ。私は一矢報いてみせるさ。そして、君を手に入れる」


「それは楽しみだ」



 二人は笑う。


 武人は戦いながら互いを理解しあう生き物だ。殺し合いの中でしか会話ができない哀しい存在でもある。


 しかし、両者の間に悲壮はなく、圧倒的な【熱量】しかない。


 ここからがアンシュラオンとプライリーラの本当の戦いの始まりである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます