282話 「プライリーラの枷 後編」


 プライリーラを守るように守護者が突っ込んでくる。



(そうだね。そうくると思ったよ。まだ気付いていないのならば、しょうがない。恵まれすぎていると足りないものには気付かないんだ。オレだって姉ちゃんがいなかったら危なかったよ)



 アンシュラオンには、パミエルキという強大な存在が常に上にいる。


 姉が与えるものが単なる愛情だけならば駄目になっていたかもしれないが、過度の暴力的愛情表現によって毎回命の危険を感じていたものだ。


 そのおかげで慢心というものを抱くことがなかった。


 あるのは恐怖と劣等感と奴隷根性である。だからこそ抜け出そうと修行にも熱が入ったし、必死にもなれた。


 しかしプライリーラは、生まれてからあらゆるものを与えられ、守られてきた。




―――守護者




 その名前が象徴しているように、彼女のすべては守られていたのだ。


 獣として生まれながら過剰に庇護されればどうなるか。


 本来ならば激しい生存競争に晒され、まさに命をかけて生存技術を学ぶべき幼体が保護されるようなことになれば、どうなってしまうのか。


 牙を抜かれ、爪が丸みを帯び、餌が欲しいときには猫撫で声を出すようになる。


 他人の顔色を見て自分を曲げるようになる。「いい子」を演じて獣性を隠すようになる。




 そんなものは―――ただの【家畜】だ。





 ブオオオオオッ シュッ


 アンシュラオンは横に跳躍して突進を回避。



 しかし、巨馬は―――そこから蹴り。



 頭の良い聖獣だ。何度も回避されたことでこちらの動きを読み、あえて回避をさせて蹴りの間合いに引き込んだのだ。


 馬に蹴られて死んでしまえ、という言葉もあるが、馬の脚力というのは怖ろしいものだ。顔に当たれば人間など簡単に死んでしまう。


 その凄まじい後ろ足が、風で加速されて衝撃波とともに襲ってきた。


 アンシュラオンはよけられない。



 バギャァァッ



 強烈な打撃音を残してアンシュラオンにヒット。彼女たちの攻撃が初めて当たった瞬間である。



(当たった!! ギロードの蹴りは輸送船をひっくり返すほどの力がある! さすがのホワイト氏も、これならばダメージはあるはずだ!)



 いつぞやの訓練時、守護者の機嫌が悪かったこともあり、一度制御を誤って輸送船を蹴ってしまったことがある。


 鋼鉄の装甲がひしゃげ、あの大きな乗り物が一回転半して大地に叩きつけられるほどだ。巨馬の一撃がいかに強いかを物語っている。


 それがまともに入ったのだ。打撃音からしてもダメージは与えたはずである。



 ボトリッ ゴロゴロッ



 大地にアンシュラオンの仮面が転がる。


 戦気で身体を覆っていたので、この仮面が転がるということは、それを貫いた証拠であった。




(ホワイト氏はどこだ!? どこまで飛ばされた?)



 プライリーラが吹っ飛ばされたはずのアンシュラオンを捜す。


 砂埃で視界が覆われているので、当たったあとにどうなったかまではわからなかったのだ。


 きょろきょろ きょろきょろ


 必死に目で探す。パソコンのごちゃごちゃのフォルダから、一つのファイルを探すかのように必死だ。



(いない!? どこに行ったのだ!? まさか消し飛んだわけでもないだろうに…)



 この砂嵐では波動円の精度も低くなるのでアンシュラオンの場所がわからない。


 もともとプライリーラは波動円が得意ではなく、探知の大部分を風に任せている。


 浮遊すれば風の加護で相手の位置もわかるのだが、そこに集中している間に狙われたら危険だ。


 風の防護フィールドを使うには当然ながら風の力が必要だ。飛んでいる間は出力に風の力を使うので、その分だけ防御が甘くなる欠点もある。


 今は地上で様子をうかがうほうが賢明だろう。




 そんなプライリーラが異変に気付いたのは―――【音】がしてからだった。




 ドゴゴオオオオオオオオオオオオンッ!




 まるで唸りのような音と地響きが自身の身体を揺らした時、ようやく視線がそちらに向く。


 向いた先にいるのは、愛馬たる守護者。



 その巨馬が―――ひっくり返っていた。



 脚を上にして、大地に背がついている状態で倒れている。四足動物ならば完全に死に体である。


 守護者が自分の意思でそうなるわけがない。



 その脚には、アンシュラオンの姿があった。



「あれ? 玉がない。こいつ、メスだったのか?」



 ここで初めてアンシュラオンは、守護者が「メス」であったことを知る。


 べつに知りたい情報ではなかったのでどうでもいいが、オスに蹴られたと思うとムカつくので、これを知ったおかげで不快感は多少ながら減っていた。


 同じ動物でも、どうせならメスのほうがいい。それくらい男女差別を徹底しているのがアンシュラオンという男である。




 プライリーラが慌てて守護者の救援に向かう。


 それを待っているかのように、アンシュラオンは追撃しないでいた。



「なっ! 何をしたのだ! ギロードが倒れるとは!」


「何って、【投げ】だよ。蹴ってきたからね。足を取っただけさ。ほらよっと」



 プライリーラが到着してから、ようやく極めていた巨馬の足首から手を放す。その気ならば足を折ることもできただろう。



「まあ、ちょっと掠って仮面が吹っ飛んだけどね。いい蹴りをしている。さすが馬だ。それは褒めてあげるよ」


「投げ!? まさかそんな!!」


「不思議なことじゃないだろう? 投げ技も立派な武術の一つだ」



(信じられない! 投げ技があることは知っているが、武人同士の戦いの基本は打撃だ。あの高速戦闘で攻撃を見切って投げに入るなど、本来は自殺行為に等しい! しかもギロードの蹴りだぞ! 普通は反応すらできないはずなのに…)



 アンシュラオンは後ろ蹴りのインパクトをわずかにずらし、衝撃を受け流しつつ足を取り、そのままひっくり返した。


 覇王技、覇天・驚道地きょうどうち。腕でも足でもいいのだが、相手の部位を掴んで投げる技である。


 これがわざわざ覇王技になっているのは、戦気を使うからだ。


 通常の柔道や合気道はやわらの技術を使って投げるが、この技は戦気の流れで強引に相手をひっくり返すものである。


 自分は敵の部位を力づくで引っ張りつつ、戦気を使って相手の逆側にも力を加える。今回の場合は後ろ足を掴みつつ、前足を戦気の流れで強引に払った感じだ。


 柔を全否定する外人のパワー柔道みたいなものだが、それができるのもアンシュラオンの腕力と戦気が強いからである。


 実際、倒れれば死に体となるので非常に凶悪な技であるし、本来は倒した直後に急所に打撃を与えて完了するものだ。



 しかもプライリーラが驚いたように、これを高速戦闘中に行った。それが一番の脅威である。



 武人の戦闘はあまりに速すぎるので、一般的な攻防には直接的な打撃あるいは斬撃が使われる。


 掴み技や関節技はあるものの、実質的な投げ技というのは非常に少ない。単純に難しいからだ。


 やるとしても一般的な柔道のように、懐に潜りこんで相手を掴んで投げるくらいなものだ。攻撃してきた部位を掴んで投げること自体が異常である。


 たとえばボクサーの高速ジャブに合わせて、腕を取って一本背負いで投げるようなもの。そんなことは、まさに達人にしかできないことだ。


 ただでさえ顔に当たれば致命傷なのだ。それに臆することなくカウンターを合わせるだけでも至難である。


 仮面が飛んだのは、それだけギリギリの間合いで勝負をしたという証だった。


 高速の蹴りにタイミングを合わせるには身を危険に晒す必要がある。そのリスクに打ち勝ったからこその結果だ。



 そして、この慎重な男がわざわざこんなことをしたのだ。


 そこには意味がある。






「プライリーラぁああああああああああああああああああああああ!!」






「―――っ!!」




 突如、アンシュラオンが大声を張り上げる。



 ビィイイイイイイインッ



 いまだ暴風が吹き荒れ、周囲の音にも相当な雑音が入って聴こえにくくなっているにもかかわらず、その声はすべてを貫いて響き渡った。


 プライリーラも思わず硬直。


 ザッザッザッ


 それからアンシュラオンは、真っ直ぐ彼女のもとに歩いてくる。


 がしっ!


 そして顔を両手で掴んで、互いの顔と顔が向かい合う。



「オレの顔を見ろ!!!」


「っ…」


「何が見える!!」


「な、なに…が……?」


「頬だ!! オレの頬に何が見える!!」


「…き、傷…? かすかに…傷が…」



 アンシュラオンの頬には、こすったような傷痕があった。


 衝撃で仮面が吹き飛ばされた際に出来たものだ。さしてダメージはない。こんなものは、この強靭な身体ならばすぐに治ってしまう。


 だが、それが言いたいわけではない。



「そうだ。傷だ!! いくらメスとはいえ、馬なんぞに蹴られて付いた傷だ! これがどう見える? 君にはどう見えるんだ!!」


「それは…」



「この馬鹿が!! 目を覚ませぇええええええええええええええ!!!」



「えっ―――」



 バチィイイイイイイインッ!!!




 アンシュラオンが―――平手打ち。




 自動で発動したプライリーラの風の防護フィールドを簡単に突破し、彼女の頬をぶっ叩く!!



「っ…ぁっ……」



 それにはプライリーラも呆然。いきなり殴られたのだ。当然の反応である。


 しかも「どのように見える?」と訊かれたから答えようとしたのに、なぜか罵倒されて殴られるという珍事が発生。



「オレの傷が美しくないのか!!! 戦いで付いた傷が愛しくないのか!! この馬鹿が!! どんだけ甘やかされている!!!」



 ブーーーーンッ バチィイイインッ



「っ!!?!?」



 さらにアンシュラオンは平手打ちを敢行。


 再び風の防護フィールドを貫通して、プライリーラの頬をぶっ叩く!



「オレは君を信じていたのに!! なんだ、このざまは!!! 武具や守護者にばかり頼って、自分は綺麗なままか!! なぜ傷つくことを怖れる!! 綺麗だからか! 自分が綺麗なままいたいからか! この馬鹿がぁあああああああ!」



 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ




「これは罰じゃない! 罪でもない! オレの勝手だ!! だからオレは君を殴るんだ!!! わかれ! 理解しろ!! これは愛なのだと!!」



 平手打ちは続く。続く、続く、続く。


 彼女の頬が真っ赤になっても、さらに続けられる。


 それによってプライリーラは、ますます困惑。状況に思考がついていっていないのだ。


 アンシュラオンから説明は一切ない。訳もわからない状況でビンタが繰り返されるだけだ。


 何やら「愛」を語っているようだが、さっぱり意味がわからない。


 昨今あれこれと生温い現状が続いているので、体罰を美化したいだけなのかもしれないが、そんなことはプライリーラにわかるわけがないので、頭の中にはひたすら「?」が浮かぶ。




 これはいわゆる「勝手に盛り上がって、ついつい先走ってしまう熱血教師現象」である。




 自分に言いたいことがあるから相手の言い分もろくに聞かず、勢いのまま場を進めてしまうのだ。


 昔の熱血ドラマによくありがちな展開である。アンシュラオンが地球で見ていた「学校戦争」というドラマにあった展開に似ている。


 なぜ殴るのか理由が明確に説明されず、とりあえず殴って涙を流すという、おもしろ珍現象場面である。


 簡単に言えば、アンシュラオンはプライリーラの答えなんて聞く気はなかった。


 結局は自分が言いたいことを言う。ただそれだけである。(しかも伝わっていない)




 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ




「まだか!! まだ君はそのままでいるつもりか!!!!」


「っ…!」


「オレに振り向いてもらいたいなら、もっと見せろ!! 君のすべてを見せてみろ!!! 股をさらけ出せ!!! 脱いでみせろ!!! そんな度胸があるのならば、先生に見せてみなさい!!! 愛液を垂れ流して誘惑してみせるんだ!! このメス馬が!! なんてイヤらしい!! けしからん、もっとやれ!!」



 だんだん主張が怪しくなってきた。趣味の領分に入りつつある。



「…がげんに……」



 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ



「それまでオレは殴ることをやめない!! やめないからな!!! これは愛なんだからな!!」


「いいかげんに―――」



 頬が熱い。叩かれて腫れているのだから当然だ。



 だが、それ以上に―――沸々と。



 それを超えて―――ボウボウと。



 心の中で何かが燃え上がってくるのを感じる。


 眠っていたものが叩かれ、強引に起こされる。


 寝ぼけていたところをさらに叩かれ、イラっとする。


 あまりに馬鹿馬鹿しく、あまりに自分勝手な行動に対して、純粋に、純粋なまでに、気ままに、猛烈に、ただただ何かが圧倒的に上昇していく。



 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ


 ブーーーーンッ バチィイイインッ



 ボッ、ボボボボボッ ボボボボボッ!!!


 ドックンドックンドクドクドクドクドクドクッ!



 叩かれるごとに感じる鼓動。


 心臓のもっと奥底、目に見えない魂の奥底、霊から与えられた生命力というもののすべてが宿る世界に、一匹の獣がいる。



 獣は生まれてからずっと縛られて、眠ることを強要されてきた。



 生まれながらに武人であった彼女には、敵と呼べる存在がいなかった。


 ジングラスの後継者であり、若くして戦獣乙女になってしまったため対等に触れ合う存在などいなかったのだ。


 唯一ソブカだけは自分を怖がったり特別扱いなどはしなかったが、武人という意味では到底対等にはなれない。


 ましてや守護者を使った戦いなど挑めば、全力ではない音速突撃だけでも都市を破壊できてしまう。


 持っている力があれば、使いたいと思うのが人間の心情である。


 だが、使えない。使ってはいけないと言われていた。人前で本気を出してはいけないと。



 獣は―――ずっと叫んでいた。




「もどかしい、もどかしい、もどかしい、もどかしい!!! なぜ私は全力で戦えないのだ!! なぜ喰らってはいけないのだ!! どうして、どうして、どうして、どうしてぇええええええええええ!!」




 心の叫びが、咆哮となって天に轟く。


 それは少女の頃の鬱屈した感情から始まり、成長するにつれて倦怠のような感覚に変化していった。


 真綿で首を絞められるような緩慢で退屈な日々に呑まれていった。



 武人の血が泣いていた。



 戦いたい。全力を出したい。思う存分暴れたい。返り血に塗れたい。


 激しい闘争本能が満たされない結果、毎日欲求不満だ。強力な理性で抑えてきたが、苦しくないわけがない。


 ただ我慢していただけだ。



 その二十年分の溜まっていたものが―――噴き出す。





「いいかげんに―――しろぉおおおおぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」





 叫ぶ、轟く、嘆く、喜ぶ、弾け飛ぶ!!!




「このぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「…え?」



 膝をついていたプライリーラが、立ち上がるとともに拳を繰り出す。



 ドゴッォオオオオオオオオオオオ!!!



 調子に乗って平手打ちのモーションに入っていたアンシュラオンの顎に―――直撃。



「ぶおっ!!」



 完全に油断していたアンシュラオンが、ぐらつく。


 ふらふら どすん


 そのまま軽い目眩がして後ろに数歩後退し、どすっと倒れた。




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