281話 「プライリーラの枷 前編」


「いくぞ、ホワイト氏!!」



 今度はプライリーラは空に浮かばず、地上戦を挑む。


 空と地上とのコンビネーションが通じなかったのだ。そこで違いを生み出そうと考えたのだろう。


 プシュプシュッ


 鎧の背中側のバーニアを調整し、アンシュラオンに向けると―――点火。


 ボボボボッ ドーーーンッ


 溜め込んだ風の力が解放され、離陸するジェット機のようにエンジンを吹かしながら突っ込んでいった。



「はあああああああ!!」



 ブンブンブンッ!


 この大きなランスを棒切れか何かのように振り回す。


 突かないのは、最初に突撃を回避されたことが要因だろう。威力が大きい反面、命中率が下がるのと、かわされたときの隙が大きくなるのが最大のデメリットである。


 どうやらこのランスは対魔獣用に作られているようだ。未開の大地を開拓した初代ジングラスの敵は人間ではなく、もっぱら大型魔獣だったに違いない。


 一ミリ単位で動きを修正してくる超一流の武人が相手では、馬上槍では少し分が悪い。そのため攻撃範囲が大きくなる薙ぎ系の技に切り替えたのだ。



 だからといって、攻撃力が低下するわけではない。



 ブーンッ バゴンッ


 ランスが掠めた地面が、粉々になって吹き飛ぶ。


 この武器は、そのまま殴っても恐るべき威力の鈍器になる。大型魔獣の横っ面を簡単に破壊することもできるのだ。


 大型魔獣も倒せるということは、そこらの武人程度では受けるだけで即死である。この地面のように簡単に爆散してしまう。


 しかし、アンシュラオンは上体を軽く動かしながら、それらの攻撃をすべて回避。難なく避ける。



「まだまだまだまだ!!!」



 プライリーラの攻撃速度はさらに上昇していく。


 ブオオオオオオッ ブンブンブンッ


 ランスを振るたびに、凄まじい戦気の衝撃が風に乗って襲いかかってくる。


 剣王技、風王・廻風扇かいふうせん。風気を宿した武具を振り回すことで、前方に乱撃と同時に衝撃波を生み出す因子レベル2の技だ。


 風気によって回転速度も上がっているので、一度巻き込まれると何十発も攻撃を受ける羽目になる連続攻撃である。


 アンシュラオンは周囲に水気のフィールドを生み出して衝撃波を防ぎつつ、手を戦硬気で覆って迫りくる猛撃をすべていなす。


 ブンブンブンッ ヌルヌルヌルッ


 風と水が衝突すると、そこに反発は生まれない。かといって雷のように水に吸着することもない。ただお互いに絡み合い、時にはすれ違うだけだ。


 風が強ければ水は荒れ、激しく波打つこともあれど、今は完全に水が上回っている。



 それはまるで、のどかな田舎の澄んだ清流の上で、少女が戯れる姿に似ている。



 プライリーラの攻撃はすべてアンシュラオンの水によって受け止められ、彼女が怪我をしないように流されていく。


 その感触に思わずプライリーラの頬が赤くなる。



(なんだこれは! こんなにいざなわれて…まるで乙女ではないか!! 優しく抱かれて…恥ずかしがるとは!!)



 川辺で棒を振って遊ぶ少女を、大自然の川が見守っている。


 彼女が戯れに草を切ろうとも虫を潰そうとも、大河は彼女を許すだろう。この大きな存在の前では、プライリーラはただの乙女となる。


 そのことに赤面したのだ。



「出し惜しみなどしない!! してはいけない!! はああああああ!」



 その羞恥心を隠すように、さらに発気。


 プライリーラの風気が【嵐気らんき】へと変化していく。




(ほぉ、風気の上位戦気か。それを使えるだけでもたいしたものだな)



 風の上位属性である嵐気は、文字通りの嵐に近い現象を引き起こす。


 さきほどは守護者が竜巻を発生させていたが、今度はプライリーラ自身が竜巻になっていく。そこに戦気が交じるので、触れるだけで大きなダメージを受けてしまうだろう。


 言ってしまえば、覇王技の旋回拳が常時周囲で発生しているようなものだ。荒れ狂う戦気の嵐が、立っているだけで周りを破壊していく。


 その状態で再び風王・廻風扇を放つ。


 同じ技だが、嵐気をまとえば威力は倍増。まったく違う技となる。


 剣王技、風王・嵐暴扇羽らんぼうせんば


 繰り出す嵐気の攻撃があまりに激しく、弾ける大気が舞い散る羽のように見えることから名付けられた技だ。


 これを編み出した剣王は、扇でそれをやったというから武術とは怖ろしいものだ。


 ただし、この技は因子レベルが4の技である。剣士因子が2のプライリーラには、本来は使えない技のはずだ。



(オレの情報公開が間違っているとは思えない。素の状態のプライリーラの因子レベルに変化はない。…となれば、普通に考えて武具が怪しい。暴風という名が付いているくらいだ。風系の因子レベルを上げる効果があるのかもしれないな)



 アイテムや武具の中には、使っている間だけ因子レベルを上げるものが存在する。いわゆる『覚醒武具』というものだ。


 この『暴風の戦乙女』もその系統に属し、装備する者の剣士の因子レベルを+2するという効果がある。


 ただ、使えるのは風系の技のみとなっているので、状況に応じた技が使えるようになるわけでもないし、技は自らの修練で覚えねばならない。そこは同じである。



 しかしながらプライリーラにとって、この武具は恩寵でしかない。



 ブゥーーーンッ ドガシャッ! ボンッ!ボンッ!ボンッ!


 プライリーラの一撃で次々と大地が吹き飛ぶ。威力もさらに上がっているようだ。


 技自体の威力もあるが、当人の腕力が相当強いのだ。これは戦士因子の力である。



(現状でプライリーラの戦士因子は5ある。それをすべて肉体強化にだけ使っているんだ。通常の因子の最大同時使用数は10までだから、戦士因子の5と剣士因子の4を同時に使っても支障はない。戦士の頑強さと剣士の攻撃力を両立させているってわけだ。この威力にも納得だな)



 プライリーラは、『剣士型戦士』という枠組みに入る武人だろう。


 基本的に肉体だけで戦うアンシュラオンとは違い、武器を使う戦士のことだ。


 攻撃力が低いサリータのような防御型の戦士や、あるいはマキのような防御に不安が残る攻撃型の戦士が、こうしたタイプになることが多い。


 かといって大型の盾や全身鎧を身にまとうと動きが鈍るので、スピードだけを求める武人にはマイナスにもなる。


 また、仮に戦士因子を10発動させる場合、他の因子の発動ができないので剣王技が使えなくなり、武具を使わないほうが強いことも多い。


 ゼブラエスなどの生粋の戦士は、もともと剣士因子を持たないことが多いので基本は無手である。その代わり、肉体自体が伝説の武器になるほど強化が進むというわけだ。



 プライリーラの場合、能力値を見る限りはバランス型戦士だと思われる。


 体力があり、攻防にマイナス要素がなく、スピードもある。穴がない非常に高いレベルでまとまった武人であるといえるだろう。



 一方、バランスの良さは【決め手】がないことを意味する。



 何をしても一定の数字は残せるが、一芸に秀でる相手には後れを取る。現に攻撃力と瞬発力だけならば、階級が二つ下のマキのほうが上だろう。


 マキが自己の弱点を思いきりの良さと攻撃特化によって補うように、プライリーラは装備の性能で補っているというわけだ。


 しかも武具が『覚醒武具+精霊武具』という超一級品なので、攻撃力は武具の上乗せ分にすべて任せてしまって、自身は肉体強化にだけ集中するスタイルだ。


 結果、攻防ともに高いレベルを維持することができる。戦士因子5、剣士因子4という合計9の因子を使っているので強いのも当然だ。


 これはまさに王竜級のレベル。各国に数えるほどしかいない国家最高峰の力だ。


 さすが良家のお嬢様。生まれ持った血の才能と伝統、金の力をすべて使って強くなっている。



 が、それでも―――当たらない。



(なぜだ! なぜ当たらない!! 私は全力を出しているはずだ! すべての力を開放しているのに…なぜ!!)



 アンシュラオンは何事もないように静かに受け流していく。


 この男は、まだ仮面を被ったままだ。この被り物に特別な力がない以上、まだ本気にもなっていないことを示している。


 現にアンシュラオンは、戦士因子4だけを使って戦っている。まだ因子を抑えた省エネモードなのだ。


 一方のプライリーラは合計9。それにもかかわらず、互角以上。


 これは単純に性能の違いである。


 因子の覚醒率が同じでも同じ強さになるわけではない。アンシュラオンの戦士因子1とプライリーラの戦士因子1は、同列ではないのだ。


 もともと規格外の資質と肉体を持っているアンシュラオンの因子は、そこらの戦士を遙かに凌駕する。


 現在発動している因子が4であっても、一般の戦士の倍、おそらくは8に匹敵する性能を誇っているわけだ。


 そこに肉体性能の違いが追加されれば、プライリーラの攻撃が当たるはずがない。


 ただし、ここにもう一つの要素があることを忘れてはいけない。才能以外の決定的な違いがあるのだ。




(うーん、技は切れるけど…動きが野暮ったい。洗練されていないな)



 一見すれば凄まじい攻撃に見えるのだが、細かく見れば動きには多くの隙があり、いくらでも反撃のチャンスがある。


 あまりに隙があるので、逆に攻撃するのが躊躇われるのだ。だからプライリーラにしてみれば、優しく撫でられているような気持ちになる。


 実は、マキもこれと同じ欠点を持っている。


 彼女の突進と勢いは素晴らしかったが、アンシュラオンならばカウンターを簡単に合わせられただろう。


 そこには勢いだけでは超えられない【武術の壁】がある。



(武術とは、人が編み出した究極の力の一つだ。多くの先人が血反吐を吐いて人の可能性を引き出した偉大なる功績だ。プライリーラはそれが自分のものになっていない。素質は剣士のおっさんに匹敵するけど、練度はまったく違うな)



 ガンプドルフはアンシュラオンに攻撃を当てていた。あの当時も今と同じことをしていたので、わざと攻撃をくらっていたわけではない。


 しかも下手をすればアンシュラオンに致命傷を与えていた可能性もある。今思えば、それがいかにすごいかがわかるだろう。


 彼は剣士としての激しい修練を積んでおり、武術を剣豪の領域にまで伸ばした男である。魔剣士の名は伊達ではない。


 その剣技はヤキチのような自己流ではなく、しっかりとした基礎と実戦による強化によって洗練されていた。だから強いのだ。



(プライリーラも、たぶん執事のじいさんが師匠なんだろうけど…さすがに才能がありすぎて対応しきれないか。優れた武闘者が優れた師匠であるとは限らない。オレ自身がそうだからね)



 アーブスラットはマキの師匠にもなった実力者だ。そこに疑いの余地はない。


 しかし、自分以上の才能を持つプライリーラを教えることは荷が重かった。マキに基礎しか教えていないと言っていたように、彼自身は生粋の師範タイプではないのだろう。


 アンシュラオンも、いまだにサリータに戦気を覚えさせられないでいるので、師匠としては最低レベルだと自覚している。


 そのためアーブスラットの苦悩も手に取るようにわかった。こんなところで気持ちが通じるとは思わぬ展開である。


 ただ、師匠だけが悪いわけではないのだ。



(武術の質は仕方ない。こればかりはめぐり合いの要素もある。オレだって師匠と出会っていなければ、ここまで伸びなかっただろうしね。が、問題はそれ以前にある。そもそも彼女は全力じゃない。いや、【全力を出せない】んだ。当人は力を出しているつもりでも無意識のうちに身体がブレーキをかけている。弱い相手とばかりつるんでいたら当然だ。感覚も身体も、その劣悪な環境に慣れてしまったんだな。なんてもったいないんだ!)



 グラス・ギースの武人レベルの中で、彼女は突出している。才能値を見ても間違いなくナンバーワンだろう。


 しかし、人間性の低い者たちと一緒にいると自分まで低いレベルに合わせてしまうように、それに見合った場所にいないと、どんどん人間は退化していってしまうものだ。


 超一流のアスリートは、同等の人間が集まる超一流のリーグで研鑽を積むべきである。そうでないと弛んでしまう。緩んでしまう。弛緩してしまう。


 現在のグラス・ギースにいる限り、彼女がそれ以上に才能を開花させることはないのだろう。まさに宝の持ち腐れである。


 そして、もう一つ気になることがある。



(聖獣の封印は解かないのか? 見た感じ、あと一個っぽいが…まだ躊躇っているのかな? ふむ、やはりプライリーラには【怯え】が見受けられる。力を出すのを怖がっているようだな)



 弾けた術符の面積を見る限り、封印は残り一つ。頭部から背中にかけての部分だけだろう。


 だが、プライリーラはまだそれを解かない。



 いわく―――「ジングラス総裁としての責任が」


 いわく―――「戦獣乙女の威信が」


 いわく―――「この都市のために」



 いろいろなものが彼女を縛り付けている。それらが重石となって、あるいは理性の一つとなって獣になることを拒んでいる。


 たとえば休みの日を全力で楽しみたい時でも、仕事のことが気になって思わず憂鬱になるように、その時にがむしゃらにすべてを出し切れないのだ。


 必死にランスを振るう彼女は、まるで悶えるように、苦しがっているようにすら見える。



(やっぱり根が真面目なんだよな。オレみたいな、いい加減な人間じゃない。まあ、そうじゃないと困るけどさ。リーダーとして責任があるやつは大変だな。しかし、このままではすべてが中途半端だ。それでは意味がない。オレが欲しいのは本当の君の叫びなんだよ。そうじゃないと美味しくないんだ。食べる価値がない。…いいだろうプライリーラ、君の【枷】を壊してやろう。悪いが、オレは甘いやり方は嫌いでな。ちょっと痛いのは覚悟しろよ)




 スッスッスッ


 アンシュラオンは無造作にプライリーラに歩み寄る。


 本当にまったく構えない。まるで自然体で歩いてくる。


 軽々と技をかいくぐって至近距離まで接近し―――



「っ!」



 ゴンッ ズザザザッ!


 プライリーラが躊躇した瞬間、アンシュラオンの拳がプライリーラの胸元にヒットしていた。


 だが、その前に風の防護フィールドが発動。拳の威力を軽減したおかげで、軽く吹っ飛ばされるだけで済む。



「はぁっ!! あ、危なかった!!」


「いい防具だね。でも、それがあるから君は弱くなる。いざとなれば守ってもらえると思っているから判断力が鈍くなるんだよ。今だって本気を出せば回避できたはずだ」


「そんなつもりはない! これはこういう防具だから…」


「ならば、その間に打ち込まないと意味がない。アーブスラットから習わなかった? 武具に頼るなって。君はまだ本当の意味で武器を使いこなしていない。頼っているだけだ」


「頼っているつもりなど―――ぐっ!」



 ブオッ


 アンシュラオンが蹴りを放つふりをした瞬間、プライリーラが空を飛ぼうとした。



「ほら、また逃げようとしたね」


「くそっ! 私は―――つっ!」


「警戒が緩んでいるよ」



 話している隙にアンシュラオンが接近し―――掌底。


 ドゴッ ブゥウウウンッ


 今度も風のフィールドが防いだが、もしそれがなければ致命傷になっていただろう。



「君の中には獣がいる。しかし、お嬢様の皮がどうしても剥けない。囚われているからだ。身分に立場に体裁に。その武具の性能にね。考えてもみなよ。そんなもの、獣とは正反対のものばかりだろう? どうして自分をさらけ出せないんだ?」


「私には責任があるんだ…! 戦獣乙女として戦うからには負けるわけにはいかない!」


「矛盾だね。戦獣乙女は獣だから価値がある。獣だから魔獣と一緒に戦える。それなのに君は獣になりきれない。だからオレは君を選ばなかった」


「っ!! 獣になるさ!! なって、君を喰らう! 認めさせる!」


「オレに認めてもらいたいなんて、可愛いことを言うね。そんなことを言われたらドキドキしちゃうじゃないか。でも、それは無理だ。君にはできない」


「できる!! ギロード!! 私とともに駆けろ!」



 守護者が再び―――アンシュラオンに接近。



 プライリーラが戦っているため周囲を回るように走っていたが、劣勢の彼女に加勢するべくアンシュラオンに突撃してきた。



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