280話 「人馬一体  後編」


 回避したばかりのアンシュラオンは動けない。


 そこに空からプライリーラの急襲。


 普通ならば、このまま受けるしかない。音速以上の速度で突っ込んでくる相手の直撃を受ければ、いかにアンシュラオンとて無傷とはいかない。


 それでもこの男は慌てない。


 たゆまぬ修練の末に到達した感性が、自然とその動きをする。頭で考える必要もなく、ただ感覚に身を任せればいい。


 魔戯級以上の武人がどうして怖れられるのか。人類の希望になりえるのかを、この男が証明する。



「はっ!」



 バーンッ


 アンシュラオンは左手で発気。掌で戦気を爆発させ、それによって一メートル半だけ身体を右側に移動させる。



 それは絶妙の距離と刹那のタイミング。



 ランスの切っ先が肩先一センチを通り過ぎ、衝撃波が防御の戦気と触れあい、磨耗し、反発した一瞬の間合い。



 そこで―――入れ替わる。



 くるんっ


 プライリーラが発した風によって押し出されるように、上下が反転した。



「っ!!」



 獲物であるはずのアンシュラオンが、自分の背後にいる。真上にいる。


 その時に感じたプライリーラの恐怖はいかほどのものだったか。まさに狩る者と狩られる者が逆転した瞬間である。



 すでに加速して止められないプライリーラに―――蹴り。



 ドゴッ!


 プライリーラはよけられない。蹴りは上から被せるように背中にヒット。


 加速しているところにさらに力が加わり、そのまま地上に激突しそうになる。



「ぐうううっ!!! うおおおおお!! 舞い上がれ!!」



 ドゴッ ドガドガドガッ ガリガリガリガリッ


 ランスが大地を抉り、身体半分が土に埋まりながらも低空飛行を続ける。


 ブオオオッ ブワッ


 そこからの上昇。ギリギリで大地への正面激突を避け、再び空に舞い上がっていく。


 その顔には、ひやりとした汗が滲んでいた。



(この一撃をかわすのか!!? 回避した直後だぞ! 緊急回避を移動手段に使うとは…! …いや、もっと怖ろしいのは【予測力】と【決断力】だ。一瞬で私の速度を見切り、自分の行動を決めたのだ! しかも初見だ…知っているわけがない! ならば、それを感覚だけでやってのけた…初めて見る技をこうも簡単に…! なんという懐の深さだ!)



 見てから考えては遅い。一流の武人同士の戦いでは、常に相手の行動を予測しなければならない。


 相手だけではない。自分の力量を完全に把握し、どのタイミングでどう動けば一致するのかを分析する必要もある。


 アンシュラオンは、それがほぼ完璧である。自分の動きを完全に熟知している。


 しかもプライリーラの攻撃を見るのは初めてだ。それにもかかわらず反撃を合わせてくることが一番怖ろしい。


 この領域に達すると、頭で考える必要はほとんどない。空気の流れが、世界の振動が感覚で理解できる。それも凄まじい修練の結果に自然と身についたものだ。


 今回は命拾い。あと少しでもまともに入っていれば、そのまま大地に激突して自分の力で大ダメージを負っていた可能性もある。



「あははははははは!! すごいぞ、ホワイト氏!! 熱い、熱い! どんどん私の身体が熱くなっていく!!」



 プライリーラは喜々としながら空を駆けていく。楽しくてしょうがないという様子だ。




 それを見送りながら、アンシュラオンは計算に微調整を加えていた。



(思ったより少し速かったな。あの馬が作り出した風の分だけ流れたってことか…微調整が必要だね。こうくるから…この感じでドンッと。うん、次は捉えられるかな)



 今回は相手が一人ではないので、その分だけずれが生じたようだ。初見なのだから仕方ないだろう。


 だが、それもすでに調整した。新しい何かをやってこない限り対応は可能だ。


 それより問題は、相手が空を飛んでいることである。



(空を飛ぶやつは面倒だな。打撃系のダメージが半減される。鳥型魔獣と戦っている気分だ)



 プライリーラが大地に激突しなかったのは、衝撃の大部分が宙に逃げてしまったからだ。このアドバンテージは思った以上に大きい。


 あの鎧を装備して浮遊状態になると、種族に『飛行』が追加される。スキルではなく【種族扱い】になる点が重要だ。


 なぜ種族扱いなのかは不明だが、おそらく人間だけに規制がかかっていることに起因しているのだろう。データ上はそうなっているのだから仕方ない。


 飛行の種族特性は、【同じ飛行を持たない種族からの飛び道具以外のダメージを半減】するという非常に厄介なものである。



 そして、種族特性なので【スキル破壊ができない】。



 つまりは永続的に各種耐性スキルが付与されているようなものだ。


 物理的に空を飛ぶ器官あるいは防具を破壊すれば効果は失われるが、それまでは何があっても常時発動しているわけだ。


 さらにここに本来の各種耐性スキルがあれば効果は重複するので、ダメージは四分の一になる。


 それだけ空を飛ぶことは有利であり、接近戦を主体とする武人には圧倒的不利となる。


 アンシュラオンも鳥型魔獣とはよく戦ったので、その特性を熟知していた。単純に攻撃が届きにくいし面倒なのだ。


 地球の戦いにおいても戦争の主役が戦艦から戦闘機や爆撃機になったように、空を飛ぶメリットはかなり大きい。だからこそ女神が規制をかける必要があったのだろう。



(あそこまで大空を飛ばれると追撃するのが難しい。ゼブ兄なら【空を跳べる】から追えるけど、オレには難しいな)



 ゼブラエスが持つスキル『一時飛行跳躍』は、空中に足場を生み出して自在に跳び回るものなので、鳥型魔獣であっても簡単に狩っていたものだ。


 彼の異名「空天の覇者」も、そこから付けられたものに違いない。空中戦ではパミエルキ以上の性能を発揮する化け物だ。


 当然、アンシュラオンにそんなスキルはないので、地上から何とかするしかない。


 が、対処法がないわけではない。



(音速程度なら低空飛行した時に動きを読めば捉えられるけど…撃ち落とすほうが早いな。戦弾の威力を高めにして強めにホーミングを追加して…と。戦闘機だって誘導ミサイルで落ちるからな。それと同じ要領だ。見てろ。当ててやるぞ)



 再びアンシュラオンは戦弾の発射態勢に移るが―――背後から巨馬が迫ってきていた。


 そう、相手は独りではないのだ。常に人馬一体の攻撃を仕掛けてくる。



「おっと、また速くなったな! よっこいせ!」



 ブゥウウウウウウウウウンッ ドババババッ


 手に戦気を集めて壁として、いなすようにギリギリで回避。すっかり忘れて空を見ていたので、少し危なかった。


 よって、戦弾は発射できない。


 馬を見送った瞬間には、すでにプライリーラは再攻撃の態勢を整えていた。



「はああああああ!」



 今度は直接向かってはこず、ランスに戦気を圧縮している。


 戦気は剣気になり、ランスの尖端に集約された力が―――解き放たれる。


 ドンッ!


 丸い弾丸状になった剣気が放射された。


 剣王技、剣衝波。剣圧と一緒に剣気を飛ばす剣衝と違って、圧縮した剣気をそのまま丸ごと放出する技だ。


 そうすると剣でも打撃系の衝撃技として使うことができる。相手を押し出したり圧殺したり、斬撃とは違う効果が生まれる。



 その剣衝波が―――空中から飛来。



 空からの攻撃に人間は慣れていないので、それだけでも脅威である。


 だが、鳥型魔獣との戦闘経験が豊富なアンシュラオンは動揺することなく、拳衝を放って迎撃。



 両者の力が激突し、爆発。



 暴風の中がさらに掻き乱される。


 この程度の攻撃は可愛いものだ。倒したらゴールドハンターになれるという撃滅級魔獣の黄金鷹翼〈常明せし金色の鷹翼〉ならば、空中から山すら穿つレーザーを雨のように撃ってくる。


 逆に言えば、そうした経験のない武人相手ならば驚異的な強さを発揮するのだろう。



「はぁああああ! まだまだああああ!」



 ドンドンッ ドンドンッ


 プライリーラが剣衝波を連発。大きなランスを軽々と振り回し、次々と空中から遠距離攻撃を仕掛ける。


 アンシュラオンはよけたり迎撃したりと、的確にすべて相殺していく。これだけならば何ら問題はない。


 しかしながら、その間も地上では巨馬が突進を続けており、執拗にこちらを付け狙ってくる。


 プライリーラが剣衝波を使っている目的は、空から【爆撃】を行うことによってアンシュラオンの動きを制限するためである。


 剣衝波が相殺あるいは地面に衝突すると、衝撃波が発生して周囲に影響を与える。これは斬撃にはない特徴だ。


 それによって、ただでさえ竜巻の影響で動きにくい戦場がさらに動きにくくなり、本命である巨馬の攻撃が当たりやすくなる。今回は守護者をサポートするのが彼女の役割だ。



 その間合いが―――絶妙。



 一人と一体、プライリーラは巨馬を人扱いするのであえて二人と呼ぶが、二人の呼吸はぴったり合い、アンシュラオンが迎撃しようとするたびに突進が繰り返される。


 そのため強い攻撃をなかなか仕掛けられないでいる。単体では簡単に対処できる相手でも、それが二つになれば脅威になる。


 まさに人馬一体の攻撃。


 彼女たちは二人で一つなのだ。




「最高だな、ホワイト氏! 私は今、すごくいい気持ちだ! こんなに心地よい時間はないぞ!」



 プライリーラが飛びながらアンシュラオンと併走する。


 その顔は興奮に満ち満ちていた。わざわざ降りてきたのは、どうしてもこの感情を伝えたかったのだろう。


 むろん、アンシュラオンもそこで攻撃を仕掛けるほど野暮ではない。彼女の笑顔を楽しむ余裕すらある。



「楽しそうだね、プライリーラ」


「ああ、楽しいよ! だって、君は強いからね! 全力を出せる!」


「全力? 攻撃にも遠慮が見られるし、まだまだ全力ではないだろう。もしかして君は、本気を出したことがないんじゃないのかな? まだお嬢様の皮を被っているの? 全然足りないね。これじゃオレのほうは満足しないよ」


「その余裕が憎らしいよ! 君の仮面を剥ぎ取って、あの美しい顔を見せてもらおうか! 私の物になる、あの美しい顔をね!」


「ははは、同感だね。オレはプライリーラの本当の顔が見たいよ。オレが処女を奪うに相応しい獣の顔をね」


「ならば、剥ぎ取ってみればいい! そのためにはギロードを止める必要があるがね!」


「じゃあ、そうさせてもらうよ。よく見てな」



 プライリーラは再び上昇し、剣衝波を撃ってくる。


 アンシュラオンは迎撃しながらも、今度はその場から動かない。




 そこに巨馬の突進が迫る!




 だが、まだ動かない。そのままじっと待っている。



(なんだ? まさか受け止める気なのか!? いくらホワイト氏でも無事では済まないはずだぞ!)



 この突進の威力は見た目以上に凄まじい。これがグラス・ギースに直撃したら、最低でも三キロはある城壁の半分以上は砕け散るだろう。


 まさに大型兵器に等しい威力があるのだ。さすがに正面から受け止めるのはアンシュラオンでも危険すぎる。


 当然、馬と抱き合うつもりがないこの男は、そんなことはしない。



 プライリーラが見つめる中、巨馬がアンシュラオンにぶつかると思った次の瞬間―――ボンッ。



 足下が爆発し、もはや建造物といっても差し支えないほどの巨体を誇る守護者が、空中を一回転、二回転、三回転と回っている。



「おっ、よく回るな。スピードを出している時には事故に気をつけないといけないぞ。大怪我をしちゃうからね…って、もう包帯を巻いているか。準備が良すぎるのも考えものだな」



 クルクルクルッ ドォッォオオオオオオンッ!!



 回転していた巨馬が【墜落】。



 その衝撃で、隕石でも落下したかのように大きなクレーターが生まれた。



「ギロード! 何が―――っ! まさか…トラップか!!」



 ふとアーブスラットから聞いた話を思い出す。


 アンシュラオンが仕掛けた床のトラップ、停滞反応発動のことを。


 慌てて爆発した箇所を見ると、巨馬が跳ねたあたりの大地が円形状に消失していた。あの場所に【地雷】を仕込んでいたのだ。


 巨馬は微妙に浮きながら突っ込んでいるので厳密には地雷では意味がないが、その上を高速で飛来するものに反応するようにすればいい。


 しかも手動制御でいつでも起動できるので、任意のタイミングで爆発させることもできる。


 アンシュラオンは回避しながら地雷を仕込んでいたのだ。それは一個だけではない。


 巨馬の速度、爆発の威力、タイミングをすべて計算し、落下場所さえ予測できれば―――



 ドンドンッ ボボボボボンッ!!



 守護者が墜落した場所で、再び激しい爆発が起こった。その衝撃でまた巨馬が宙を舞う。


 アンシュラオンの手の平で弄ばれるように、くるくると回っている。すべてこの男の計算通りである。



「ギロード! 地上から離れろ! 空中に飛べ!」


「おっと、それは困るな」


「なっ!」



 視線を守護者に向けている隙に、いつの間にかアンシュラオンが目の前にいた。


 空を飛んだわけではない。『跳んだ』だけだ。


 プライリーラがいるのは地上五十メートル程度。それくらいならば垂直跳びで十分届く距離だ。


 不意をつかれたプライリーラは驚きで硬直している。よけられる状態ではない。まさかここまでジャンプするとは思わなかったのだろう。


 今まであえてジャンプして攻撃しなかったのは、相手に自分の間合いを教えないためである。これも駆け引きの一つだ。



「ちぃっ!!」



 プライリーラはランスを引いてガード。



 直後―――アンシュラオンの拳が炸裂。



 ドゴーーーンッ


 思いきり振り抜いた一撃がプライリーラに直撃し、吹っ飛ばされる。


 そして、そのまま宙を浮かんでいた守護者と激突。


 ヒューンッ ドンッ!! グルグルグルッ


 ぶつかった両者は、一緒にきりもみ状で地上に落ちていく。



「忘れもんだよ」



 ドドドドドドドッ ドンドンドンドンッ


 そこに戦弾を連射。


 今までのお返しとばかりに地上に向かって、二メートル大になった戦弾の雨が降り注ぐ。


 撃つ撃つ撃つ 撃つ撃つ撃つ


 ドンドンドンドンッ ドカンドカンドカンッ


 撃つ撃つ撃つ 撃つ撃つ撃つ


 ドンドンドンドンッ ドカンドカンドカンッ


 戦弾の威力が大きくないにしても、これだけの数を撃ち込めばダメージは蓄積する。


 それがアンシュラオンが放つものならば、なおさらだ。そこらの討滅級魔獣程度ならば、すでにバラバラになっていることだろう。



 ドンドンドンドンッ ドカンドカンドカンッ

 ドンドンドンドンッ ドカンドカンドカンッ

 ドンドンドンドンッ ドカンドカンドカンッ



 それでもさらに撃ち続ける。


 視界が土煙で完全に見えなくなっても、撃ち続ける。



 それがしばらく続いたあと―――爆ぜた。




「ああああああああああああ!」



 ドッバーーーーーーンッ


 大量の戦気の放出によって、一気に視界が開けていく。


 漂っていた土煙も一瞬で吹き飛ばされ、そこにいたプライリーラの姿がはっきりと映し出された。




 プライリーラは―――無事だった。




 鎧が光り輝き、周囲に風の防護フィールドを形成。薄緑色の球体が彼女を守っている。


 守護者も覆い被さるように彼女の上に立って壁となり、戦弾の大半を防いでいたようだ。



「はぁはぁはぁ!! ふふふ、この鎧の防御機能まで使うことになるなんて…! さすがだよ! さすがホワイト氏だ!! ギロードもありがとう。助かった!」


「プシュルルル」



 アンシュラオンの戦弾を受け止めた体力もすごいが、魔獣が人間を守るというのは初めて見たので驚きだ。



(魔獣…いや、もはや【聖獣】と呼ぶべきだな。契約によって人間側についた魔獣は、もう人に仇なす存在ではないということか。あれだけの防具と聖獣を持っているんだ。それだけでジングラスはたいしたもんだ。サナにもあれくらいの武具と守護獣を与えてやりたいな)



 プライリーラは防具と聖獣の力で、アンシュラオンの攻撃を防いだ。


 何を使おうとも、それは力である。武具や道具を含めての実力だ。




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