278話 「人馬一体 前編」


 サナへの賦気が終わると、プライリーラがかなりの距離まで近寄っていた。


 そして、鞍上から凛々しい声でアンシュラオンに話しかける。



「待たせたな、ホワイト氏」


「それが守護者ってやつ? グルグル巻きだけど大丈夫?」


「問題ない。強いかどうかは戦ってみればわかるだろう」


「なるほど。それは楽しみだね」


「相変わらずの余裕だな。さすがは四大悪獣を倒すほどの実力者だ。こちらも油断はしないことにするさ」


「そうしたほうがいいね。全力でくるといい。遊んであげるよ」


「まだ私を女の子扱いかね?」


「女の子は何をしていても女の子さ。馬に乗って槍を振り回しても中身は変わらない」


「…そうか。それでこそ私が見込んだ男だ。約束は覚えているね?」


「当然だよ。オレの腕一本でも取ったら君に従おう。もしくは、その槍でオレを貫けたらね。そっちが負けた時の条件も覚えているよね?」


「むろんだ。その時は好きにするといい。しかし、いろいろと考えてみたが、それだけでは見合わないな。君の代償が大きすぎる」


「そう? これでもかなりオッズは高めだよ。プライリーラがオレに勝つって意味でね。正直、万馬券だ。オレだったら勝負は避けるね」


「言うね。だが、私にもプライドがある。何か他に欲しいものはないかね? なに、遠慮するな。社長が部下にボーナスを支払うようなものだ。これからずっとそうなるだろうからね。今のうちから慣れておくといい」


「ははは、勝つ意欲があるなら賭けを提案した甲斐もあるよ。うーん、欲しいものねえ…」



 いきなり言われても何も浮かばないが、ふとプライリーラが乗ってきた輸送船が目に入る。



「あの輸送船…もらおうかな」


「あんなものでいいのか? てっきり先日の船を要求すると思っていたよ」


「おっと、その選択肢もあったか。ただ、あれは大きすぎる。まだそんなにスレイブもいないし、ちょっと持て余すかな。維持費もかかりそうだしね」


「たしかに経費はかかるね。では、あの輸送船も君に提供しよう」


「気前良く出すなんて、やっぱりジングラスは金持ちだ」


「今からでも乗り換えていいよ」


「一度言ったことは曲げないよ。勝負ってのはそういうもんだ。オレはもう賭けた。あとは結果を信じて待つだけだ」


「いいだろう。私も自分を信じることにしよう。こちらの準備はできた。そちらはどうだ?」


「こっちも大丈夫だよ」


「一度あちらに戻って距離を取る。合図を出してからが勝負開始だ」


「そう。わかった」



 ドスドスドスッ


 プライリーラは巨馬を連れて再び距離を取る。



(甘いな。そういうところが駄目なのさ。問答無用でオレに襲いかかってくればよかったのに。そんな君だからマングラスの相手は任せられないんだ)



 アンシュラオンが逆の立場ならば、迷うことなく不意打ちをしていただろう。もしくは期日も無視して、いきなり事務所を攻撃してもよかった。


 当然、人数だってこだわる必要はない。守護者がいるとはいえ、一騎討ちにすることも無意味だ。



 プライリーラは―――甘い。



 当人には誇りがあるのだろうが、そこに執着している限りは絶対に勝てない。


 それを知っているアンシュラオンは、彼女に対して一種の「庇護欲」のようなものを感じていた。穢れない白いものを守りたいという気持ちだ。


 同時に支配欲も刺激される。


 そんな彼女を喰らったのならば、少しは欲求不満も解消できそうだという期待もある。



(プライリーラ、君の中のプライドのすべてを破壊してあげよう。戦獣乙女という存在すらオレが消し去るよ。ソブカに喰われる前にね。しかしあの馬…まさか【見えない】とはな)



―――――――――――――――――――――――

名前 :ギロード


レベル:???/???

HP :???/???

BP :???/???


統率:?   体力: ?

知力:?   精神: ?

魔力:?   攻撃: ?

魅力:?   防御: ?

工作:?   命中: ?

隠密:?   回避: ?


☆総合: ?


異名:ジングラスの守護者

種族:魔獣

属性:?

異能:?

―――――――――――――――――――――――



 アンシュラオンが情報公開を使用したが、見えたデータはこれである。



(一応魔獣なのは間違いないみたいだな。だが、名前と異名、種族以外は見えない。情報公開ってのは【現状でのデータ】を参照するから、あの包帯を巻いた状態がこれってことかな? やっぱりあれは何かしらの『封印』なのかもしれないな。外部から情報を守るためか、あるいは力を封じるためか…どちらにしても今は見えないな。初めてだから勉強になったよ)



 ここで『情報公開』の欠点が一つ明らかになる。


 全身鎧や、ラーバンサーのように普通の布くらいでは無理だろうが、何か強い術式がかかった物で外見を覆えば【情報を隠蔽】することができるらしい。


 このスキルは、『視認した生物のデータ』を参照するものだ。データというのが何かが問題になるが、ひとまず使用者が『その瞬間に観測した一時的な状態』を指すものだと思われる。


 あの包帯が封印術式だとすれば、それによって力を封じられている状況を観測していることになるが、それが情報公開で定義できる情報(あるいは信号)にまで至らないのだろう。


 要するに、文字化けや電波障害のようなものだ。


 ロゼ姉妹の『念話』も何らかの思念の回線を使って対話していたが、観測者と対象者の間には何かしらのやり取りがあるのだろう。それが阻害されている状況といえる。


 これによってこのスキルが【術式の系統】に属するものであることがわかる。鑑定と同じく術式スキルの一つなのだ。だから同等の手段で防ぐことができる。



(あの状態の魔獣のデータは観測できないってことか。まあいいや。『情報公開』はオマケみたいなもんだし、見れなくても問題ない。欠点があっても…いや、逆にこれはいいのかもしれない。見られない状態にあれば、相手が何かしらの手段で正体を隠している可能性があるってことだ。それを逆手に取ればいいだろう)



「守護者の力は未知数だ。お前たちもオレから少し距離を取れ」


「うすっ!」


「じゃあな、黒姫。少し離れるが、あとは自分で考えるんだぞ。これも修練だ」


「…こくり」


「すごく寂しいと思うけど、がんばるんだぞ」


「…こくり」


「すごくすごく寂しいと思うけど、泣いたりしちゃ駄目だぞ」


「…こくり」


「本当に絶対に寂しいはずだけど、これも大事な修行なんだ。だから我慢するんだぞ。わかったか?」


「…こくり」


「超絶に無限に寂しいだろうが…」


「オヤジ殿、そろそろ行かれては?」


「くっ!! 足が、足が動かない!!」



 全然離れない。残念ながら、名残惜しいのは当人だけである。



(サナを信じよう。愛するからこそ信じるんだ。サナならば大丈夫だ)



「よし、行ってくる。お前たちは死んでも黒姫を守れよ」



 と思いつつ、ちゃんと保険はかけておく。裏スレイブを犠牲にすれば、逃げる時間くらいは稼げるだろう。




 ようやく妹離れしたアンシュラオンは単独で移動し、十分な距離を確保する。


 ざっと二キロといったところだろうか。ここからならばサナたちの様子も見えるし、すぐに駆けつけることが可能だ。


 当然サナとはできるだけ離れたくないのだから、これだけ距離を取ったことには理由がある。



(プライリーラは都市周辺での戦いを避けた。単純に守護者が機密だから見せたくないのは事実だろうが、それ以上の何かがあると思うべきだ。オレの近くにいたら、逆にサナが危険かもしれない。これくらいは離れたほうがいいだろう)



 プライリーラが出した条件は、二つ。


 守護者と一緒に戦うこと。「被害を出したくないから」誰もいない荒野で戦うこと。この二点だ。


 そして、彼女が選んだのが、この地形。障害物のない平らな荒野である。


 この場所こそ彼女たちが最大の力を発揮できる条件なのだろう。





 プライリーラは一度輸送船の近くにまで戻る。


 それからアーブスラットに釘を刺す。



「爺、本当に手出しは無用だぞ」


「もちろんです」


「…私の可愛いクラゲちゃん(ホスモルサルファ)まで持ち出して、本当に何を考えている?」


「周囲に監視している者はおりませんが体裁は必要です。館から動かすだけで、他派閥はホワイト商会と戦うために連れていったと理解するでしょう。館の警備はご心配なく。連れてきたのは五体のみ。ほんの一部です。仮に滅びても館にある分裂体からすぐに再生できます」


「それはわかっているが…心配だな。こういうときの爺は何かをしでかす」


「おや、すでにしでかしているのはリーラ様だと思われますが。後に引けなくなって少し後悔しているのでは?」


「後悔などしない。…したくない。だから私はギロードとともに駆けるさ。今だけは獣に戻る」


「ならば執事として、私は自分の責務を果たすといたしましょう。リーラ様と共に戦います。あちらの戦罪者たちはお任せください。彼らはジングラスの構成員を殺しました。その報いくらいは受けさせてもいいでしょう」


「あの槍使いの僧も相当な腕だ。もう歳なのだから気をつけてな」


「まだまだ組手ならばリーラ様にも負けませぬ。ご心配なく」


「ふっ、そうだったな。では、参ろう」




 パーーーンッ



 プライリーラが手綱を大きくしならせ、音を出す。





「わが名はプライリーラ・ジングラス! グラス・ギースの戦獣乙女なり!! ホワイト氏! いざ尋常に勝負!!」





 ドスドスッ ドスドスドスッ!


 さきほどと同様、巨馬がゆっくり動き出す。


 少しずつ加速するも、速度はせいぜい六十キロほどか。図体は大きいが、これではただの駄馬だ。


 しかし、ジングラスが保有する『秘宝』が、この程度であるはずがない。



「戦獣乙女が命じる! 封印術『壱式』解除!」



 ギチギチギチッ バチンッ!!


 きつく絞められた包帯のような術符の一部が輝き、弾け飛ぶ。



 弾けたのは、四足の部分。



 それによって白い馬脚が露わになる。


 ただし、その足は【鱗】のようなもので覆われており、全体的に緑がかった光沢が見える。毛で覆われた普通の馬とは明らかに違う。



 直後―――周囲に巨大な砂嵐が発生。



 まるで突風が起きたかのように砂が舞い上がり、一瞬にして視界が悪くなる。


 衝撃はさらに広がり続け、サナたちの場所まで砂埃が襲いかかってきた。


 これは攻撃を仕掛けたのではない。ただ単に足の封印術式を解除しただけだ。


 それだけで力の余波が周辺を薙ぎ払い、砂嵐を発生させたにすぎない。



「風をまといし白き脚よ! 駆けよ! 疾風となりて敵を屠れ!!」



 プライリーラが馬上槍、長さ三メートルはあるランスを頭上に掲げる。


 ドドドッ ドドドドッ ドドドドドドドッ


 その合図で、足の封印が解除された巨馬が軽快に走り始め、さらに加速を開始。


 すると馬体の周り、脚回りに風が生まれ、この巨体が軽々と浮き上がるのがわかった。



 そこからの―――急加速。



 そこに段階というものはない。一気に時速三百キロという速度に到達してアンシュラオンに向かってくる。


 さっきまでの鈍い動きとは段違いだ。その落差に驚いて、普通の相手ならば逃げ惑うかもしれない。


 しかもあれだけの巨馬が高速で突っ込んでくるのだ。


 地球にある大型ダンプカーの二倍の大きさの物体が、三百キロで突っ込んでくると思えば、その迫力がいかに凄まじいかがわかる。


 が、アンシュラオンは黙ってそれを見ていた。眼前に迫っても動揺したそぶりはない。



 そして―――回避。



 当たる直前、大地を蹴って横に大きくかわす。


 隣を通り過ぎていった巨馬の風圧で、髪の毛がばっさばっさと揺れるが、ただそれだけだ。ダメージはない。



「やれやれ、戦気でガードしないと服が汚れるな。白スーツはもうやめようかな。かといって赤スーツは芸人みたいで恥ずかしいし…」



 パンパンとスーツを叩き、砂を叩き落とす。


 この男にとって、これくらいの速度はなんてことはない。巨体の圧力にさえ気をつければ、目を瞑っていてもよけられるだろう。



「おお!! よけた!! よけたな、ホワイト氏!」



 通り過ぎたプライリーラが楽しそうに笑う。



「そりゃよけるよ。当たる意味がないしね。こんなノロマな動きに当たるやつはいないさ」


「いいぞ、いいぞ、ホワイト氏!! ギロード! ギアを上げろ! もう一度だ!」



 プライリーラが手綱を引き、方向転換。


 あの手綱も相当な長さと荒縄並みの太さがあるので、常人ならば踏ん張ることも難しいだろうが、プライリーラの腕力ならば軽々と引き絞れる。


 巨馬は再び風を発生させて百八十度に急旋回。


 ギュルルルッ クルッ


 普通の馬ならば大きく回り込まねばならないが、守護者は違う。あの風のおかげで、まったく速度を緩めることなく転進することが可能なのだ。



(やっぱりあの術符は【封印系】だったようだな。脚が露わになってからは動きが段違いだ。どうやら守護者ってのは風を操る魔獣らしい。たしかプライリーラの武具も『暴風の戦乙女』とかいったか。お互いに風か。…この様子だと、まだまだ速度は上がるな)



 風属性の特徴は、何よりも速度である。


 今の突進が挨拶代わりでありウォーミングアップなのはすぐにわかったので、これからが本番だろう。


 しかも巨馬は、まだ多くの術符によって力が制限されている。


 一部を解放しただけでこの力である。全部を解放したらどうなるのかは想像するまでもない。


 ああして隠すくらいだ。かなり強力な魔獣なのだろう。



(思えば馬型の魔獣は初めてだ。火怨山では見かけなかったな。…なるほど、この地形を選んだ理由がわかったよ。崖を駆け上るような山鹿ならばともかく、速度重視の馬ならば足場がしっかりしているほうがいい。平らなら、なおさらいいしね)



 アンシュラオンの見立て通り、巨馬はどんどん―――加速。



 次に突っ込んできた時には、一気に時速六百キロに到達。


 周囲にさらなる砂煙を巻き上げながら突っ込んできた。


 シュッ


 が、これもアンシュラオンはあっさりと回避。



(風で少し揺れるが、この程度ならば問題ないな)



 体表を軽く戦気でガードしているので、さほど風の影響は受けないで済む。


 この程度の速度ならば避けること自体は難しくはない。



「ははは!! またかわしたな!!」


「一度お嬢様の乗馬の練習に付き合ってみたかったんだ。でも、あんまりノロいと反撃しちゃうよ」



 アンシュラオンが過ぎ去ったプライリーラに向かって、掌を向ける。



―――発射



 ドドドドドドンッ


 まるでアサルトライフルの速射のように、アンシュラオンが連続して戦弾を放出した。


 ガンプドルフに、あるいは領主城に撃ち込んでいた戦弾である。それを一気に六発ほど発射。



 戦弾は巨馬の速度を一気に超え、プライリーラの背後に迫る。



 プライリーラは進路を少しずらして回避しようとするが、追尾するように曲がって追いかけてきた。



(爺が言っていたように遠隔操作系か。速度を上げれば逃げ切ることも可能だが、そのような戦いは望まぬ! 正面から叩く!! それでこそ戦士よ!)




「ギロード!! 回転だ!!」



 プライリーラは即座に巨馬を回転させ、戦弾を迎え撃つ。



「はぁああああああ!!」



 ランスから剣気が放出され、元の長さの三メートルから十メートルまで刀身が伸びていく。


 アンシュラオンもよく使う剣硬気である。十メートルまで伸ばせれば、十分達人の領域だ。


 プライリーラは手綱を左手で持ちながら、右手でランスを振り回す。



 ブーンッ バシィイインッ ボンボンボンッ



 まったく力負けせず、三発の戦弾を薙ぎ払って破壊した。




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